【第一章完結】悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
次の日の朝。
夜遅くだったので、村に泊まり。
一通り、懐かしい時間を堪能いたしました。
……ですが、まだハッピーエンドでは終われないのです。
「……本当に、戻ってきてはくださらないのですね?」
「言ったでしょう? 私が戻れば、ミリス・アークライトの席は私に戻る。そうしたら、狙われるのはあなたなのよ、ティカ」
全ては、私を守るため。
枯れるぐらい泣いたはずなのに、また涙がこぼれ落ちそうになります。
「ティカ・アークライトをどこへ隠したのか。ミスティア教がそう錯覚している今ほどのチャンスはないの」
ミリス様はミスティア教を潰そうとして、失敗した。
その未来を、マドカ嬢が知っている。
「私では、あなたが自由に動ける未来は実現できない。その事実は認めなければならないわ」
ミリス様が語る間、瞳はどこか遠くを見つめていて。
絶対者であるこの方も、全知全能ではないのだと、思い知らされます。
「だから、ティカ。あなたがやりなさい」
「――はい」
「影武者では、あまりにもあなたを守るのには甘い。まず、あなたには立場が必要なのよ」
ミリス様は、動けない。
動かないのではなく、動けない。
動けばミスティア教は必ず察知して、私こそがティカ・アークライトだとバレてしまうから。
ミリス様が当初立てていた策が失敗するぐらいに、相手は狡猾で強大なのです。
「――ドルーギア帝国へ行きなさい、ティカ。そして、産婆を探し出すのよ」
「はいっ!」
ミリス様を連れ戻すためには。
私がアークライト家の娘であることを証明しなければならない。
そうすれば、今度は公にアークライト家とミスティア教で対立ができる。
現状では、私が政治的に弱い立場だから。
ミリス様も本気では動けなくなってしまっているのです。
「レオに私からの言伝だと言いなさい。きっと留学の手続きをしてくれるはずよ」
「わかりました」
今後の方針は定まりました。
ドルーギア帝国へ行き、産婆を見つけ出す。
――マドカ嬢が言うには、次回作? の舞台となる土地ですね。
「それと、これを持っていきなさい」
「これは……?」
渡されたのは、一冊の本。
表紙には、悪役令嬢必携ノート二冊目と書かれています。
「マドカと私の知識にある、ドルーギア帝国の注目人物の情報を記してあるわ」
『えと、産婆さんについてはわからないことが多いんですが、向こうで過ごす間に出会うだろう人物について書いてあります』
そっと本を受け取って。
じんわりと、またここから始まるのだという思いが渦巻きます。
まだ、ミリス様を取り戻すための旅は終わっていないのですね。
少しだけ強く、ぎゅっと、書物を握りしめます。
「ありがとうございます」
「これ以上何もできないのは心苦しいけれど、朗報を楽しみに待ってるわ」
「はいっ!」
非常に名残惜しいですが。
これ以上時間をかけると、馬車の出発が遅れてしまいます。
行かなければ。
長居すればするほど、ミスティア教がこの土地に目をつける確率も上がるのですから。
「必ず、必ず朗報をお持ちいたします」
「楽しみにしているわ」
ちょいちょいと近くに寄る様に指示されたので、ミリス様の近くまで寄ります。
すっと頭に手を乗せられて、やや下を向かせられると。
ちゅっ、と。おでこにキスを……。
キスをっ!?
「行ってらっしゃい。私の可愛い可愛い片割れ」
「……はいっ!」
ここまでされては、吉報を持ち帰らずにはいられないというもの。
「では!」
「ええ、行ってらっしゃい」
今度はしっかりと別れを告げ。
私たちは馬車へと乗り、学園へと戻っていくのでした。
――全てはミリス様が戻ってこられるように。
ドルーギア帝国へ、向かう準備をするべく。
◇ ◇ ◇
「行っちゃったわね」
ああ、なんて名残惜しいのかしら。
せっかく会えたのに。ようやく打ち明けられたのに。
叶うならば、ずっと一緒にいたかった。
でも、浅慮な欲望に左右されて大局を狂わせるのは愚か者のすることよ、ミリス。
『ミリス様』
「なあに、道化」
『……ティカ様たちに教えなくてよかったんですか?』
「あら、何をかしら」
道化がなにを言いたいのかはわかっているわ。
私は、意図的にティカに教えてないことが幾つかあるもの。
その中でも何が気になっているのかしら。
『――ミスティア教にも、私みたいに
そう、その可能性が高いと私は踏んでいる。
理由は単純。この道化を見つけたのが、ミスティア教の施設だったからこそ。
他にも魂を捕まえて、未来知識を得ていてもおかしくはないわ。
いえ、そう考えないのは油断というものよ。
「それを知って、あの子たちにできることがある?」
『それは、そうかもですけどぉ』
「自分の決断が読まれているかもしれない、という迷いは時に致命傷になるわ」
だから、あの子たちは知らなくても良い。
なぜならば、あの子がこうして動いていることこそが
「それよりも、私たちは私たちの準備をしなければね」
『前々からおっしゃってましたけれど、本当にここを去るんですか?』
「ええ。ティカたちに見つかった以上、ミスティア教は必ず痕跡を追うはずだもの」
そうすれば、私がここにいることがバレてしまう。
バレること自体はいいの。私が、ミリスであることさえバレなければ。
万が一、今表に出ている“ミリス”が“ティカ”であるとバレることこそが一番避けるべきことなのだから。
「だから、私たちはここから逃亡生活よ。せいぜい、ミリスに命じられてミスティア教から逃れようとするティカ・アークライトを演じるとしましょう」
私たちがミスティア教を引き付ければ引き付けるほど。
ティカたちが楽に動けるようになる。
どこかでレオと連絡を取る手段も確立したいけれど。
今は少し、リスクの方が高いわね。
『気に入ってたんですけどねぇ。お芋生活』
ふふっ。本当に心の底から道化ね。
このミリス・アークライトの体を得て、やることが農作業なのだもの。
欲がないというか、何と言うべきか。
……まあ、平穏だったこの五年間は、決して悪い時間ではなかったと私も思うわ。
でもね、人には責務があるの。
能力に見合った責務が。
人より優れたる私には、人よりもやらなければならないことが多くある。
人の上に立つものは、世界がどうあるべきなのかを語らなければならないのよ。
「行くわよ、道化」
『しばらくは私もミリス様の中でお休みですか?』
「そうね、あなたに体を任せられる時間も減るかしら」
ここから先は綱渡りな場面が多いもの。
失態を犯す確率は低い方がいい。
とはいえ、道化のような一般人の動きが有用な場面もあるから、時折入れ替わるとしましょう。
「それとも、あなたもティカたちについていきたかった?」
『まさか! 恩もありますし、どこまでもお供いたしますよぉ』
「あらあら、頼りない連れができたものね」
『それは……今更です』
ふふっ。愉快ね。
ああ、でも。
一人で何とかしようとひたすら模索してた時期に比べれば、随分と気持ちが楽かしら。
「きっと、明日は晴れるわね」
指を鳴らす。
風が吹き、私の身を包み込む。
――次の瞬間には、銀色の髪、
服装も、旅装束のそれに、大きめの外套を身に纏い、深くフードを被って顔と髪を隠す。
「では、行きましょう」
『はい、ミリス様』
外套の裾を翻し。
私たちは、村を最後に一瞥して――再びミスティア教と争う日々へと歩を進め始めたの。
これにて第一章完結となります。
次回からは少し第二章ドルーギア帝国編が始まるまでの間章を書こうかなと思います。
深堀あんまりできなかったキンディとかルーファスの話とか。
ミスティア教視点とかで少し補足を入れたりだとか。
なんか読者の方が見たいお話とかも、要望あれば小話書きたいなという気持ちがあります。
書ける範囲でですが。(感想でいただくと規約違反になりそうなので、今回メッセージ解放しました)
ちょっと今月末からカクヨムコン始まってしまうので、第二章はプロット練りつつ様子見ながら投稿していきたいなという考えですね。
では、あとがき長くなりましたが、日頃より応援ありがとうございます。
感想、高評価、お気に入りいずれも大変励みになっております。
この話も面白かったら、是非感想、高評価、お気に入りをよろしくお願いいたします!
ここまでお読みいただきありがとうございました!