悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:狸のピクルス炙り
学院の授業自体は退屈というほかありませんでした。
ある程度の位の貴族子息子女であれば、家庭教師で既にやっているような内容の授業ばかり。いえ、理屈は分かります。
特待生枠や平民の一部も通う都合上、上に合わせるわけにはいかないのです。
私もミリス様の影武者として、ミリス様と同水準以上の教養を求められていなければ、授業にはついていけなかったかもしれません。
実際、同じ授業を受けていたフルリナ嬢はあまり頭に入らなかったご様子。
頭の上にクエスチョンマークが浮かびそうな顔をしてました。
ただ、同年代の観察をするのには良い時間でしたね。
私をミリス様ではないと疑っている人物は、おそらくいない。
つまり、ミリス様の行方を知っている人物もいない。
他の貴族の家に逃げ込んだという線は消えました。
もちろん、当主の身が知っていて子息子女は知らないという可能性も考慮できますが。可能性として低くなったことは確実でしょう。
そもそもミリス様の交友は元々そこまで広くはありませんでした。
ミリス様はご自身に不釣り合いな相手とは不用意に関わり合いにならない、賢明な方でしたから。だからこそ、私を拾い上げたことが異常なのですけれども。
授業自体はそつなくこなし、早々と昼食の時間に。
学院内の学食なる施設に行ってみましょうか。
同じ授業を受けた人以外に、ミリス様をご存じの方がいらっしゃるかもしれませんからね。
年代ごとに受ける授業が違いますが、昼食の時間は皆さん食堂に集まりますから。
「あ、あの!」
「はい?」
「一緒に、お食事どうですか!」
元気な声で話しかけてきたのはフルリナ嬢。
……はて。どうしましょう。
親しく、という悪役令嬢必携ノートの文言に従うのであれば、同席するべきでしょう。
ただ、それを許してしまえば今後別の方に誘われたときに断りづらくなる側面もあります。
アークライト家は平民びいきとされるのもミリス様が見つかった際の事を考えればよくありません。バランスが大事なのです。
「そうですね……」
「いいじゃないか。僕らも同席させてもらってもいいかな?」
「わっ、第一王子殿下!?」
思わぬ乱入者が。
まさか、こちらの様子を伺ってらした?
ミリス様は王子殿下と幼いころは交流がございましたが、失踪直前になって交友を絶たれました。
「第一王子殿下が仰るのであれば、お供いたしますわ」
「だからそう畏まらないでほしい。それに、昔はレオと親しく呼んでくれていただろう?」
……まずい。この当たりの情報は、お嬢様からお聞きしていない部分も含まれています。
些細なやり取りから違和感にたどり着かれてしまうかもしれません。
「当時はまだ幼かったものですから」
「なら、王家とアークライト家の仲だ。それに朝も言った通り、学園内では身分差を考慮しないように、だろう?」
「……はぁ、承知いたしました。レオ様」
こうも言われては、逆らう方が不敬というもの。受け入れる他ないでしょう。
第一王子殿下。本名、レオナルド・デ・テンディパレス殿下。
民からの指示はよく、悪い噂も聞かない、次期国王有望株。
十五になる現在でも婚約者がいないのが気になるところですが……。
後は、『腹黒』と悪役令嬢必携ノートには記されていましたね。
意味こそ分かりませんでしたが、ミリス様が途中で交友を絶ったということは、警戒するべき対象ではあるのでしょう。
望ましくない何かが、彼にはある。
「わ、私も同席してよろしいのでしょうか……」
恐れを知らず手をあげるフルリナ嬢。
凄い胆力ですね。
この貴族学院において、その胆力は長所でもあり短所にもなりえますよ
「うん、構わないよ」
「…………」
快諾したレオ様の後ろで何かを言いたげに控えているのは、彼の側仕えであるキンディ様。
宰相の家の息子で、将来はレオ様の右腕になることが確約されているとか。
その視線の色、隠してはいるつもりのようですが、にじみ出ていますよ。
平民風情が、という。見下す視線が。
「さあ、移動してしまおう。僕らが移動しないと他の人達も移動しづらいだろうからね」
「はい、そのように致しましょう」
気が付けば、教室中の視線を集めてしまっていましたね。
王族に、高位貴族、特待生の平民の集まりは彼らにとってあまりにも刺激的な見世物だったことでしょう。
なら、移動してしまいましょう。
食堂の食事内容は可もなく不可もなく。
まあ、貴族に食べさせるのですから下手なものは出せないでしょう。
毒見役もいましたし。フルリナ嬢は驚いていましたね。
平民の間では毒見なんて文化ありませんものね。わかりますよ。
毒どころか道端のゴミを拾って食べてたこともありますもの。私は。
おかげで、多少の毒であれば混入していても大事にならない体になりました。
影武者としては誇れる立派なスキルです。
「……しかし、ミリスは変わったね」
「殿下——レオ様と交流させていただいていたのはもう七年近くも前ですもの。それだけの時間があれば、淑女は変わりますわ」
「ははっ、その通りだ。これは僕が失礼だったね」
内心ではひやひやしていますが。
疑われている? 頻繁に変わったという言葉を使われるのは、暗にお前が影武者だと見抜いているという示唆?
いや、だとすればここまで好意的な視線を向けてくる理由がわからない。
『腹黒』という言葉の意味さえ分かればどういうことなのか分かりそうですが、その意味を知るのは、ここにはいないミリス様だけです。
「その、レオ様とミリス様は親しい仲なのですか?」
フルリナ嬢から質問が飛んできた。
キッとキンディ様が彼女を睨みつけ、レオ様がそれを制止します。
「……そうだね。アークライト家は古くから王家に良く仕えてくれている家門だ。同年代ということもあって、交友はあったよ」
「そうですね。幼き頃はお供させていただいておりました」
政治的な意味を考えれば婚約者候補の選定という意味もあったのでしょうが。
幸いなことに、未だに決まっていないということはミリス様は対象外だったのでしょう。
「ただね、毎年顔を合わせていたんだけれど、七年前から急に顔を見せてくれなくなって。病気にでもなったんじゃないかって心配だったんだ」
「はえー、そうだったんですね!」
睨みつけられても物おじしない度量はすごいですね。
これがヒロインとしての適性? いや、ヒロインがそもそも何なのか知りませんが。
平民としてはかなり異質なのは伝わります。
「ね、ミリス」
「……申し訳ありませんでした。少々立て込んでおりまして。今日再び殿下にお目見えできて、大変喜ばしいですわ」
――本当に心配だったのでしょうか?
私の知る限り、ミリス様がレオ様との交友を絶たれた後、心配する手紙などは送られてきていません。
むしろ、順当にだらだら続いていた関係が終わった。そのように認知しています。
ご当主様も深くは捉えてらっしゃらないご様子でしたし……何を考えているのでしょう、この方は。
わからない。この笑顔の裏には、たくらみごとがあるというのでしょうか?
「そう思ってくれているのなら嬉しいよ。また仲良くしてくれると嬉しいな」
言いながら、握手の手を差し出してくる。
これを断ることは、できない。
「――ええ、学院期間中、よろしくお願いいたします」
私の義務には、ミリス様ではないとバレないことも含まれております。
レオ様——この方は最も私の正体までたどり着きやすいお方。
警戒が、必要ですね。
「ミリス様はその、お体が弱かったんですか?」
「少し、ここ数年体調を崩していただけですわ」
対外的にはそのようになっている。
家として必要な最低限の付き合いはしていたけれども、ミリス様がいない中での交流は本来は避けるべきだからだ。
「僕の誕生日には欠かさず来てくれていたけれど、挨拶も最小限だったね」
暗に、それ以前はもっと喋っていたという事ですか。
……ミリス様の影武者としてまともに働き始めたのはここ八年ほど。
ギリギリ、ミリス様のご様子が変わられる前には準備が間に合わなかったのです。
「今後は……じっくり親睦を深めようじゃないか。ねぇ、ミリス」
……視線が何とも、恐ろしい。
ひょっとして、フルリナ嬢よりも私が警戒するべきなのはレオ様なのでは?
あるいは、他の攻略対象なる人物もこれほどまでに警戒しなければならなかったり?
おかしいですね。
攻略対象と親身になるのは、ミリス様ではなくフルリナ嬢と記載されていたはずなのですが???