悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:狸のピクルス炙り
さて、こうなるとどうするべきなのでしょう。
悪役令嬢必携ノートは完璧な予言書ではなかった。ということなのでしょうが。
では、ミリス様はどのような神託を受けて逃亡を?
破滅するというのも……かりそめのものだったのでは?
いえ、アークライト家の後継者という責務を投げ捨ててまで姿をお隠しになったのです。そこには並々ならぬ覚悟があったことでしょう。
少なくとも、ミリス様は悪役令嬢必携ノートに描かれている未来を本当に起こりうるものだと想定していた。そう思うべきでしょう。
中庭を歩きながら、私は仮説と検討を繰り返します。
「これは、早急に内容の精査が必要ですね」
原典は持ち込んでいませんが、翻訳書は持ち込んでいます。
寮に行き次第、確認するとしましょう。
なれば、残りの授業もさっさと片づけて――。
「あっ」
私としたことが、考え事に夢中になるあまり、躓いてしまいました。
「おっと、大丈夫か?」
令嬢にあるまじき失態を瞬時に頭の中で恥じていると、そっと通りがかりの殿方が受け止めてくださいました。
姿勢を整え直して、礼をします。
「ありがとうございます。助かりましたわ」
「考え事か? 気を付け――ん? その銀髪。お前、ミリス・アークライトか?」
私の事をご存じ?
顔をあげて、殿方の顔を確認します。
「――ルーファス・トーカン様?」
現王国騎士団長の御子息である、ルーファス・トーカン様。
彼とはこれが初対面ですが、短く切りそろえた赤髪が特徴的で、その整った体つきから、間違えることはありません。
「ちっ。お前なら助ける必要もなかったか」
随分とミリス様の事を嫌悪なさっている様子。
隠す様子もなく悪態をつかれました。
「いえ、助かりましたわ」
「……けっ。ミリス・アークライト! お前の思い通りにはさせないからな!」
こちらを指差し、高らかに宣言なさる。
思わずきょとんと、眼を丸くしてしまいました。
思い通りにはさせない? それはどういう意味でしょうか。
もしや、いえ、様子を見るに私をミリス様だと思っている様子。ミリス様捜索の邪魔をするというわけではなさそうです。
では、思い通りとは?
「何のことかは存じ上げませんが、杞憂に終わると思いますよ」
「とぼけるなこの悪女め! レオナルド様に色目を使っているのは知っているぞ!」
……ああ、そういう。
次期王妃の座を狙っていると思われているわけですね。
アークライト家としては不都合はありませんが、ミリス様がいらっしゃらない今その席を確保するわけにはいきません。
何せ、代役である私はスラム街出身。下賤の血を最も尊き血に混ぜるわけにはいきません。
ご当主様が許容なさるはずがありません。
「殿下の婚約者様はまだ未決定と存じておりますが」
「だから、未だにその座を狙っているんだろう!」
――未だに?
と、言うことはミリス様は元々王妃の座を狙ってらした?
状況を整理しましょう。
ミリス様はご自身が破滅する未来を見て、お隠れになった。
同時に、それまで築いていた交友関係のほとんどを最小限にするようになさった。
それまでは、王妃の座を狙ってレオ様と交流なさっていたとするならば。
王妃の座に就くことが、ミリス様の破滅に繋がる?
「……おい、何を考え込んでるんだ?」
「失礼いたしました。少々状況を整理してまして」
人と会話しているというのに、考え事に耽るのは礼にかける行為でした。
素直に謝罪をします。
「お前、本当にミリスか?」
顔を顰められて、引かれました。
失礼な方ですね。素直に謝罪をするだけでそのように思われるだなんて。
本物のミリス様は完璧な淑女、謝罪だって状況次第ではなさりますとも。もっとも、気高き方なのでそのような状況に陥ることは殆どございませんが。
「ええ、私は間違いなくミリス・アークライトですわ」
疑われはしましたが、本気で私が影武者だと思っているわけではなさそうですし。
ここは、これで大丈夫でしょう。
私の堂々とした態度を見て、ルーファス様は少しばかり感心したような表情を浮かべます。
「……なんだかんだ七年経ってるからな。成長したってことか」
「淑女に年月の話はあまりなさるものではありませんよ、ルーファス様」
「ん、それもそうか。すまない」
実直な方ですね。
裏表がない、感情をそのまま出すタイプ。
扱いやすくも扱いにくくもある。この方を制御なさっているレオ様はやはり有能でらっしゃるのでしょうね。
キンディ様も一癖ある方でしたが。
一癖や二癖ある有能な側近を上手く扱うのも、為政者として求められる才能ですから。
「それに、昔から私は完璧でしたわ」
「ああ、やっぱりミリスか。そうだな、お前はそういう奴だ」
どういう意味でしょう?
よくわかりませんが、ミリス様だという確証を得られたようならば何より。
目的自体は達成できました。
しかし、ルーファス様も攻略対象の一人と悪役令嬢必携ノートには記されておりました。
なんか、私攻略対象の方ばかりと関わりもっていませんか?
攻略対象と関わりを持つべきはフルリナ嬢のはずなのですが……。
その肝心なフルリナ嬢はというと、あまりにもしつこいので撒いた後なのですが。
こんなことならば連れてくればよかったですね。
いっそのこと、攻略対象とやらとくっつけることも視野に入れるべきでしょうか……?
そのあたりも今晩寮で整理するとしましょう。
「まあ、王妃の座を狙ってないならいいんだ。うむ」
「そもそもレオ様は婚約者を定めるおつもりがあるのでしょうか?」
通常貴族の婚約は十までには決まります。
それをはねのけているのですから、よほどのことがあるのでしょう。
『腹黒』という単語に何か関係があるのだとしたら、己の無知を恥じるばかりですね。
「レオ様? まて、お前そこまで殿下と親しかったか?」
……騎士団長の御子息だけあって、おそらくミリス様がレオ様と交流なさっていた時からご一緒されていたはずです。
ならば、昔の交流時にはレオ様とお呼びすることはなかった、という事でしょうか?
まずいですね。大変まずいです。これは誤算でした。
「……殿下がそう呼ばれるように、おっしゃられたのです」
「殿下がっ!?」
この驚きよう、仮説は正しかったようです。
ミリス様の昔の情報が欠如していたのが、ここにきて響くとは。
「いや、しかし、でも……」
「殿下のお戯れでしょう。今更私を婚約者候補に挙げるぐらいならば、昔にお決めになさっていたはずですから」
「それもそうだな。お前の言う通りだ」
困惑しきってしまっているルーファス様に助け舟を出します。
もっとも、これは私の願望でもあるのですが。
最悪のケースが、今現在の私を婚約者として名あげされること。
そうなってしまえば、影武者の存在を隠すわけにもいかず、ミリス様失踪を王家に伝えることとなります。
そうなれば、他の貴族に隠し切ることも難しくなるでしょう。
王家にすら教えない、徹底した情報統制を敷いているからこそ、ミリス様失踪を隠せているのですから。
……悪役令嬢必携ノートによれば、攻略対象とフルリナ嬢が恋愛的な意味でくっつく必要があるということでした。
最悪のケース、レオ様とフルリナ嬢の間を取り持つとしましょう。
ええ、じっくりと検討を重ねる必要がありますが、その可能性も考慮するべきでしょうね。
「まあ、改心したようならばいいんだ。改心したんならばな」
「まぁ。改心も何も、昔から私は完璧な淑女ですわ」
「よく言う口だ。まあいい、次からは転ばないように気を付けろよな」
しょうがないとばかりに笑ってくださいました。
ここで忠告してくださるあたり、根っこは善良な方なのですよね。
ルーファス様。今後積極的に関わる選択肢もありでしょうか。
対レオ様に関して有益な情報も手に入れられそうですし。
「ええ、改めて、ありがとうございました。楽しい時間でしたわ」
「昔っからよく回る口だ。じゃあな」
「ええ、また」
爽やかなやり取りをして、ルーファス様は去って行かれました。
ミリス様に悪感情を持たれていたようですが、この程度のやり取りで払拭できる程度ならばたいしたことはなかったのでしょう。
今後の事を考えれば、ミリス様の昔の素行に関してももっと調査をするべきでしょうか?
影武者として育成されている最中は、ミリス様は完璧な淑女として教えていただいたので、その通りに振舞っているのですが。
レオ様やルーファス様の御様子を見ていると、昔のミリス様は少し違ったようですし。
ご当主様の目から見て完璧でも、殿下たちの前では別だった可能性が出てきました。
今後、じっくり探っていくこととしましょう。
そこに、ひょっとしたらミリス様の行く先の手掛かりがあるかもしれませんからね。
些細な情報も、集めれば力となるものです。
「見つけました!」
「ひぃ!」
後ろの藪からフルリナ嬢が登場し、思わずびくりと体を震わせてしまいました。
……淑女にあるまじき失点です。