悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:狸のピクルス炙り
◇ ◇ ◇
本来であれば、食べ歩きなどというはしたない真似はしたくはありません。
ですが、それがここでの流儀というならば。
それもある種の礼儀作法なのでしょう。
ですが、私はミリス様の影武者として、礼儀作法がなってないなどという状況に陥ることは許されません。
結論、私たちは座れる場所を探して、そこで食事をすることにいたしました。
「朝からお肉は重いですわね……」
「市場なんてこんなものだよ」
「殿……レオ様は慣れてらっしゃいますね」
意外なことに、レオ様たちは慣れているご様子。
お忍びで町に来訪しているのでしょうか。
思えば、ミリス様もそういう事されていたような……。
拾われた直後はミリス様の模倣よりも、影武者としての訓練の方が多かったですからね。
本格的にミリス様の側仕えになれたのは、それこそ失踪の三年前。様子が変わられる前年からです。
それまでは向こうから様子を見に来てくださったりしない限りお会いすることはあまりありませんでした。それでも、十分なほど機会をくださりましたが。
『ミリス様、どうしてこのようなことが必要なのですか?』
わざわざミリス様直々に貴族令嬢の服装やら、礼儀作法やらを教えてくださったときに、思わず聞いてしまったことがあります。
ミリス様の影武者である私は、緊急時以外に表に出ることはありません。
すなわち、最小限にしか表に出ないのにも関わらず、どうして常に表に出ることを意識したような教えをしてくださったのか、問うたのです。
『——ティカにもわかる日が来るわ。大丈夫、私は全てを覚えているから』
――いつか、全部表に出せる日がくるから、それまでは待っててちょうだい。
と。仰っていたのを覚えています。
ふと、思い出せば。
様子が変わられる前のミリス様は全てを覚えている。という言葉を割と頻繁に口にされていたような。
七年前、己の破滅を口にし始めてからは……覚えているという言葉を使ってらした?
……使って、いなかった気がする。
何でしょう、この違和感は。
大事なような気もしますし、そうでないかもしれません。
けれども、あのミリス様が無駄な言葉を口になさるかどうか。
なさるはずがない。
「――ミリス様、ミリス様?」
「ミリス?」
はっ。私としたことが。
つい物思いに馳せてしまいました。
今はこの場の事に集中しなければ。
「失礼しました」
「ほら、ガブッ。ガブッっていくんですよ!」
「はしたないですよ、フルリナ嬢」
串焼きをどう食べるか。でしたね。
皿やカトラリーがあれば悩む必要もないのですが。
ちらりと見れば、レオ様も串焼きを食べてらっしゃいます。
キンディ様やルーファス様も。
そのまま、ぱくりと口にして。
やはりそれが礼儀作法として正しいのでしょうか。
ならば、私もそれに習うべきでは?
しかし、ミリス様の代役としてはしたない真似を――。
「もしかして、お気に召しませんでしたか?」
フルリナ嬢が、少しだけ落ち込んだ様子に。
その動作を見た瞬間、咄嗟に串焼きを口へ運んでいました。
「――そのようなことはありませんよ」
努めて、笑顔で。穏やかに。
速やかに咀嚼し、言葉で落ち着かせてあげます。
串焼きは若干冷めていて、さほど美味ではありませんが。
腹を満たすのには十分すぎるほどの重さです。
「あははっ」
「レオ様?」
「いや、ミリスが串焼きをほおばっているのが何だか面白くてね」
キンディ様もルーファス様も、予想だにしないものを見たという表情をしております。
やはり、ミリス様の代役としては不適格な行動だったのでしょう。
ですが……フルリナ嬢を悲しませるのも、ミリス様ならなさらなかったはずです。
まだまだ己の能力不足を恥じるばかりですね。
ミリス様なら、完璧に対処し、全てを丸く収めてくださっていたはずですから。
「笑わないでくださいませ。淑女に失礼ですよ」
「その通りだね。いや、失礼した」
「まだ笑っておりましてよ!」
一通り笑われて。それでも、渡された分の串焼きは食べ終わって。
フルリナ嬢が皆さんの串を回収して、串焼き屋さんに返しに行きました。
「……さて、フルリナ嬢が戻ってくるまで、少しの間時間があるね」
「そうですね」
串焼き屋さんからは少し歩いてきてしまったので、フルリナ嬢が戻ってくるのには少しの時間がかかるでしょう。
私が大人しく食べ歩きに頷いていれば、話は変わったのでしょうが。
それは流石に認めることができませんでした。
「ルーファス、キンディ」
「はっ」
「御心のままに」
「?」
レオ様が手振りで指示をすると、その場でお二人が直立姿勢になりました。
私たちに、背を向けるようにして。
「さて、少し歩こうか」
「でも、フルリナ嬢が……」
「せっかくだから、君の時間を独り占めさせてもらえないかな?」
レオ様はそうおっしゃいながら、私の手をそっと取りました。
これは、どういう意図の行動でしょうか。
婚約者でもない女性と二人っきりで行動する?
ミリス様は婚約者候補ではないはず。
どういう意図があるのでしょうか。
この誘いに乗るべきか、反るべきか。
――いえ、アークライト家は王家の臣下。
不義理なことなど、できようはずがございません。
「――喜んで、お供いたします」
「ありがとう」
そう言いながら、レオ様は私をエスコートしてくださります。
行く先に迷う足取りはなく。目的地はきっと明確なのでしょう。
しかし、段々と人気が少なくなってきていて。
こうなるとルーファス様を置いてきたのが大丈夫なのか気になってしまいます。
「心配かい?」
「ええ、この当たりは人気がありませんので。あらぬ誤解を生む可能性がございます」
「今更さ。昔っから、僕たちの仲は周知されているからね」
ふむ。私は同席していませんでしたが、確かに昔からミリス様はよく王宮へお呼ばれしていたような気がします。
いつかは私も同席するのだと意気込んでおりましたが、その機会は結局訪れませんでしたね。
「では、安全面は?」
「安心していい。人気こそ少ないが、ここら一体は僕の息がかかっている」
なるほど。綺麗ごとだけではなく、暗いところまできちんと目を入れていると。
レオ様は暗君ではないと確信しておりましたが、やはり為政者の器ですね。
いつかはこの国からスラム街が消える日がくるのでしょうか。
そうなれば、どれほどよいことでしょう。
静かにレオ様の背後につき、彼の行く道を黙ってついていきます。
あの二人を置いてきたのは、フルリナ嬢へ対する気遣いだったのでしょう。
一人置いて行かれては気が気でないでしょうから。
「……この道を通っていると、かつて君と話したことを思い出すよ」
「そうなのですか?」
「ああ。『王というのは――誰よりも強く、何よりも脆い座だと自覚なさい』ってね。この国の基盤がどれほど脆いのか、ここは如実に教えてくれる」
ミリス様らしい、王族にも怯えぬお言葉ですね。
ですが、ここは話を合わせなければいけません。
なんて返すべきでしょうか。
「ミリス。君には香水をプレゼントしたいと言ったね」
返しの言葉を考えているうちに、話しかけられてしまいました。
淑女として失態です。
「ええ、そういうお話でしたね」
「この場で受け取ってくれるかな?」
「え?」
このような場で?
周囲は荒れ、貧民が暮らすような区画。
人気はなく、襲われたとて下手人を引き渡すのにも手間がかかる程の奥地。
こんな場所で、プレゼントを?
レオ様は懐に手を入れると、小さな小瓶を取り出しました。
淡い水色の液体が小瓶の中でつるりと揺れています。
「特注品でね。魔法の品なんだ」
「それは……珍しいですね」
魔法の香水? そんなものは聞いたこともありません。
どういう意図がおありなのでしょうか?
「……ごめんね」
「え?」
レオ様はこちらへ小瓶の口を向けると、一拭き、吹きかけてきました。
咄嗟に顔を守るように腕を動かします。
小瓶から噴き出された液体は、色のついた煙となって私の周囲を取り巻きました。
明らかに香水の挙動ではありません。
これは、一体何!?
殿下は私に何をしようとしているのですか!
煙の中でどうするべきか逡巡していると、不意に手首を掴まれ、乱暴に引っ張られました。
「けほっ、けほっ」
「これはね。魔法効果を打ち消す作用があるんだ」
魔法作用を打ち消す煙?
どうして、そのようなものを?
「君は本物のミリスじゃない。なら、何らかの方法でミリスの姿になった影武者だ。正体を現してもら――」
煙から引きずりだされた私を見て、殿下は硬直いたします。
それもそのはず。
私の見た目がミリス様と瓜二つなのは生まれつき。魔法や化粧の類で誤魔化してなど、いないのですから。
「――なんだって?」
魔法効果を打ち消す前と後で姿が変わらないことに、さぞかし混乱されていることでしょう。
表情がどれほど予想外だったのかを如実に語ってくださっております。
ともあれ、殿下に正体を疑われていたことは、理解しました。
ですが、見た目は、見た目だけは私とミリス様は同じなのです。
本当に不思議なことに。
「いや、おかしい。どういうことだ?」
「――気はすみましたか?」
この場で無礼を働いたのは、殿下です。
だとしても、強く追及しては私がミリス様ではない証拠を掴まれてしまうかもしれない。
ここは、非難しつつも曖昧にしてしまうのが最も良い選択肢だと愚考します。
「まずは謝罪をしてくださいますか?」
「ああ、いや。いや、そうだな、違う」
「何が違うというんですか?」
「何もかもがだ!」
手首は掴まれたまま、その状態で壁に押し付けられます。
流石に力の差は歴然で、抵抗する余裕すら与えてくださいません。
その状況で、ぐいと顔を近づけられて。
私と殿下の視線が、間近で交差しました。
「ミリスではないのに、ミリスの姿と声をしている、お前は誰だ?」
丁寧だった殿下の物腰が豹変し。
そこにいたのは、恐怖を瞳に湛えた、ただ一人の男の人でした。