注意!!
このお話では原作のキャラが死亡したり酷い目に遭ったりします。グロい戦闘描写もあります。ほのぼのとスカッとはちょっとしかありません。苦手な方にはお勧めしません。
「ある幼馴染の話」「猪のイゼルローン日記」「虎よ、虎よ」「その名は勅任捜査監」との関連はありません。
本作には、一部差別的な表現や、現代の倫理観・公序良俗に反する描写が含まれています。これらは物語の描写上の演出であり、特定の思想・人種・信条・職業などを差別・助長する意図は一切ありません。あらかじめご了承の上、お読みください。
(立て、立つんだマックス!)
「なんだぁ?」
ベッドから少年が起き上がる。なんだかおかしな夢を見た気がして寝覚めが悪い。片目に眼帯を着けた薄汚い老人が喚いている夢だったような気がする。吐き気がするような夢だ。きっと今日も吐き気がするような一日になるだろう。
少年はベッドから降りて身支度を始めた。周囲には同じように起きだしてきた少年たち。ここは惑星オーディンにある帝国軍幼年学校の寄宿舎である。幼年学校一年生である少年の名を、マクシミリアン・フォン・カストロプという。
***
「全隊、駆け足で、前に、進めェ!」
幼年学校の朝は早い。朝食を終え少しの休憩時間が過ぎると、すぐに一日の日課が始まる。といってもまだまだ幼い生徒達に課せられる課業は、一にも二にも体力作りだ。
教官を先頭に隊列を組んで生徒達がグラウンドを走っていく。入学するまで大した運動をしてこなかった貴族の子弟達の多くは次第に遅れがちになる。その中で同じペースを維持して走っている生徒は数少ない。その中の一人はマクシミリアンだった。
(ふん、どいつもこいつも、だらしのない奴ばらばかりだぁ…)
しかし、マクシミリアンの後方で同じ速度で走り続けている生徒が二人いる。マクシミリアンを含めた三人はついに最後まで教官から落伍することなく走り切った。
「よし、止まれ!」
教官の声で3人は足を止め、気を付けの姿勢を取った。
「今日も最後まで遅れずに着いてこれたのは卿ら3人だけだな。よくやった」
「「「ありがとうございます!」」」
「残りが戻ってくるまで卿らは休んでいてよろしい」
「「「はい!」」」
マクシミリアンは隣に立つ二人の生徒に目をやった。2人の生徒はそれぞれラインハルト・フォン・ミューゼル、ジークフリード・キルヒアイスといったはずだ。
***
マクシミリアン・フォン・カストロプは銀河帝国でも有数の大貴族であるカストロプ公爵家の男子として生まれた。父親であるカストロプ公オイゲンは過去10年以上帝国政府で財務尚書を務め、その権勢には絶大なものがあった。領地であるカストロプ星系は複数の有人惑星を持ち、帝都オーディンのあるヴァルハラ星域から近隣に位置する地の利もあり、ここから上がる収入も莫大で、オイゲンはその財力を惜しむことなく自らのために使った。惑星カストロプにあるカストロプ公爵邸は贅を尽くしたという言葉では言い表せないほど豪奢で、絢爛で、およそ類を見ないほど腐敗、堕落しており、道徳や倫理といった言葉をどこかに置き忘れてきたような場所になっていた。
そんな超がつくほどの富豪かつ退廃しきった公爵家の子弟としてこの世に生を受けたマクシミリアンが軍幼年学校などに入学したのには、少々の訳がある。
マクシミリアンはオイゲンの正妻の子ではない。オイゲンが普段そうしているように、ある日気まぐれに屋敷の侍女に手を付け、そして生まれた子だった。
オイゲンは侍女が妊娠したことを聞いても特に興味を示さなかった。子が生まれたと聞いても同じだった。オイゲンは自分の財産をわが子に継がせることに全く関心を持っていなかった。なぜなら、オイゲンにとってカストロプ公爵家の財はすべてが我がものであり、自らが好きなように使って当然のものであり、自分がいつか死んだ後に子供に遺産として継承することなどどうでもよかった。できることなら死ぬまでにすべての財産を使い尽くしたいとまで考えていた。自分が死んだ後カストロプ公爵家がどうなろうと、知ったことではなかった。死んだ自分には関係ない。
長い歴史を誇る銀河帝国の門閥貴族の重鎮としては、このようなオイゲンの考えは異常だった。貴族とはまず自家の存続を第一に考えるものだ。オイゲンは貴族としては狂人と言っても差し支えない。普通の貴族家なら当主から引きずり降ろされていてもおかしくない。
だがカストロプ公爵に連なる親族貴族家の誰もそんなことはできなかった。オイゲンの権勢はあまりにも強大だったからだ。
余談ながら、帝国政府内では密かに「オイゲン後」のカストロプ公爵家領とその権益の経営体制、移行プロセスについての研究班が秘密裏に設置されている。政府が一貴族当主の死によって起こる権力の空白、それによる負のインパクトに関心を持たざるを得ないというのは、やはり異常と言えた。
そんな狂人の子として産まれたマクシミリアンもまた、狂人だった。
***
マクシミリアンは生後ずっと別邸で育てられた。父オイゲンはマクシミリアンと母に全く興味を示すことなく、ただある程度の金と身の回りの世話をする人員だけ与えて放置した。やがて母は静かに正気を失っていき、マクシミリアンが物心ついた頃にやせ細り、死んだ。
オイゲンは葬儀にも来なかった。ある時、何かの儀礼の際に本邸にマクシミリアンも呼ばれていったが、オイゲンは我が子に声もかけなかった。遠目に見た取り巻きを侍らせ、食らい、飲むだけの醜い豚のようなオイゲンには嫌悪感しかなかった。
母を失い、父には顧みもされない少年の孤独はいつしか暴力衝動となり、側仕えたちを傷つけるようになった。オイゲンへの訴えが再三に及んだ後、オイゲンは煩わしそうに命じた。
「軍にでもやってしまえ」
かくして十歳になったマクシミリアン少年は帝国軍幼年学校に追放同然に送り込まれたのである。
マクシミリアンはこれをある意味の救済と思った。惑星カストロプの別邸は牢獄だった。そこから外に出られる機会が得られたと。
幼年学校は、しかし楽園ではなかった。カストロプの家名は少年に着いて回る。帝国有数の大貴族の子、しかし暴力沙汰で厄介払いされた庶子という汚名とともに。
少年というものは残酷だ。幼いころから虚名とプライドだけを教え込まれてきた門閥貴族の子弟は特に。彼らはマクシミリアンを陰から、密かに、あざ笑い、のけ者にした。
マクシミリアンとしては周囲からの敵視にはある意味慣れっこだった。殴る蹴るの暴行を加えた側仕えの者たちがマクシミリアンに好意的であったわけがない。敵意を向けてきた者を殴ることにも抵抗はなかった。かくしてマクシミリアンは幼年学校入学当初から喧嘩に明け暮れる日々を送ることになり、ますます孤立した。そしてついた異名が、狂乱の貴公子。
そんなマクシミリアンに関心を向けない生徒が2人いた。いや、その2人はすべての門閥貴族の子弟たちを平等に敵視していたので、マクシミリアンにもゼロ関心というわけではなかったが。また、その2人もマクシミリアンと同様に他の門閥貴族子弟たちからよく絡まれ、喧嘩ばかりしていた。それがラインハルト・フォン・ミューゼルとジークフリード・キルヒアイスだった。
成績の面でも2人はマクシミリアンにとって目障りな存在だった。意外なようだがマクシミリアンの学科成績は良い。体力面では喧嘩で身体能力が向上していったのだろうか、あるいは生来のものか。だがラインハルトとキルヒアイスも常に上位をキープしており抜きつ抜かれつの状況だった。
ラインハルトの金魚のしっぽのようなキルヒアイスはどうでもいいとして、マクシミリアンはラインハルトのことが気に入らなかった。同族嫌悪だろうか。
***
「ミューゼル、面ぁ貸せ」
ある日の日課が終了した後、マクシミリアンはラインハルトを体育館裏に呼び出した。当然のようにキルヒアイスが付き添っているが気にしない。
「なにか用かな、カストロプ生徒」
年齢の割に落ち着いているラインハルトの態度がマクシミリアンの感情を苛つかせる。
「実はな、貴様を殴りたいと思ってなぁ」
「ほう。理由を聞いても?」
「貴様が目障りだからよぉ!」
「そうか」
ラインハルトは肉食獣のように笑った。
「俺もだ」
2人は同時に地を蹴った。
「食らえぃ!」
マクシミリアンは天性のボクサーだ。誰に教わったわけでもないが古代地球の
「ぐあっ!」
地面にたたきつけられたマクシミリアンだが、すぐに起き上がって反撃する。時折拳がラインハルトを掠るが、拳闘一辺倒のマクシミリアンに対して足技、投げ技も使えるラインハルトの方がやや優勢だった。
その時、背後から二人に声がかかった。
「これは面白い見ものだ。下賤な帝国騎士の子と大貴族の庶子がじゃれあっているとは」
マクシミリアンとラインハルトは不躾な乱入者を見やった。幼年学校の上級生たちが十数人立っていた。中心にいる尊大な五年生(最上級生)は、確かフレーゲルといった。ブラウンシュバイク公爵の甥だという話は聞いたことがある。
「最近、幼年学校の規律を乱す不埒者どもが目に余るのでな、高貴な身の上の私が直々に懲罰してくれようと思って来てみたら、噛み合っているとは、何とも野蛮に過ぎる者どもだな」
フレーゲルがよくわからないことを長々と述べているのをよそに、マクシミリアンとラインハルトは顔を見合わせた。こいつはいきなりやってきて何を言い出すのだ。要は自分たちをシメようということか?
「だいたい卿らのような薄汚い者どもと私が同じ栄えある帝国軍幼年学校生徒であること自体、不愉快極まりない」
黙って聞いているマクシミリアンとラインハルトはそろそろ我慢の限界に近づいていたが、フレーゲルはそれに気づかず口上を続ける。
「門閥貴族の何たるかも知らぬ卑しい下女腹の子と」
マクシミリアンはカッチーンときた。
「皇帝陛下を誑かす女狐の弟め」
ラインハルトはプッチーンときた。
「ミューゼル」
「カストロプ」
「「やるぞ! おおおおおお!!!」」
「なんだ貴様らあ!?」
二人は上級生たちに襲い掛かった。状況を呑み込めていないキルヒアイスもともかく続いた。
乱戦になった。マクシミリアンは一人、二人と相手を殴り倒していくが、数が多い。伸びきった腕を掴まれそうになったところを、そいつの後ろから飛び蹴りを食らわしたラインハルトに助けられる。逆にラインハルトが数発食らってたたらを踏んだのにマクシミリアンが割って入り相手をアッパーで昏倒させる。キルヒアイスも主にラインハルトを助けて地味に戦っている。
「ええい、たかが三人に何をしているのだ! 複数でかかれ!」
フレーゲルの指示でマクシミリアンの正面と左右から三人の上級生たちが襲い掛かってくる。長いバトルでゾーンに入ったマクシミリアンの視界には戦場全体が見えた。視線を一点に集中するのではなく、視界に入るすべてをぼんやりと眺め、把握したマクシミリアンは三発の拳を放った。マクシミリアンに触れることもできないまま、三人は打ち倒された。
「おのれえええ!!」
「マクシミリアン、後だ!」
フレーゲルがマクシミリアンの背後から襲い掛かるのを見てラインハルトは思わず叫んだ。
そのとき、マクシミリアンは世界を把握していた。見えないはずの背後までも視ていた。血走った目で掴みかかってくるフレーゲルの顔が確かに見えた。自然と身体が動いた。後方に半回転しながら振りぬいたマクシミリアンの右の裏拳が、フレーゲルの高く整った鼻梁をしたたかに殴りつけた。
「ぎゃっ!!」
フレーゲルは折れた鼻から血を噴き出しながら吹っ飛ばされ、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
第一話あとがき
ノイサガ2周年の節目に、またまた以前思いついて忘れていたネタを思い出したので、これをベースとした新作を投稿いたします。キャラのイメージが適当にノイエテーゼ版と石黒版が混じってたりしますが、ご容赦ください。
マクシミリアンはノイエテーゼ版では30代後半ぐらいに見えましたので、本当はラインハルトより15歳ぐらい歳上のはずで、このお話では15年ほど早く産まれたことになります。フレーゲルも同様です。
「狂乱の貴公子」はF.S.Sで黒騎士になる前のデコースが名乗っていたものです。
オイゲンのイメージは、成長しても美形にならず潰れ肉まんのまま貪欲さがいくところまでいったパタリロです。
筆者は格闘戦の描写が不得手です。お許しください。それ以外が上手いとは言っていません。