「さて、どう始末をつけたものか」
アドレナリンの分泌も落ち着いたマクシミリアンとラインハルト、そしてキルヒアイスの3人は、いまさらながらやってもうた…と思っていた。ブラウンシュバイク公の縁者と閥に繋がる上級生を十数人も張り倒してしまったとなると処分は重いものになりかねない。いやなるだろう。放校ということもありうる。
(また、あそこに戻されるのか)
牢獄のような別邸を思うとマクシミリアンの顔は歪んでしまう。
「フレーゲルどのー」
遠くから士官が走ってくるのが見えた。
「これは!」
士官は地に累々と倒れ伏すフレーゲルと五年生たちを見て一瞬言葉を失ったが、気を取り直してブラウンシュバイク公爵家に仕えるアンスバッハ少佐と名乗り、マクシミリアンたち三人も敬礼してそれぞれ名乗った。ミューゼルとカストロプの名を聞いたアンスバッハ少佐はほんの少し目を見開いたが、それについては何も触れず、代わりに要件を口にした。
「小官は公爵の命で定期的にフレーゲル殿の様子を見に幼年学校を訪れているのだが、なにやら生意気な下級生を凝らしめるとかなんとか言って宿舎を出ていったらしいと聞いて探していたのだ。それで、これはどういう状況か教えてもらえるだろうか」
マクシミリアンが何かを言おうとする前に、ラインハルトが進み出て言った。
「少佐殿に申し上げます。我々はフレーゲル五年生他の生徒と談笑しておりましたが、何かの拍子にフレーゲル五年生他の生徒がみな躓いて転んだように見えました」
マクシミリアンは打ちどころが悪くてラインハルトの頭がおかしくなったのかと思った。そんな言い訳が通用するはずがないだろう。フレーゲル達は鼻血を出したり青痣があったりとどう見ても殴り倒された痕が明らかだし、こちらの3人も痕跡はある。だがラインハルトは平然と続けた。
「五年生の怪我が心配であります。早く医務室に連れていかれてはいかがかと」
「…そうか、なるほど。そういうこともあるでしょうな」
アンスバッハ少佐はひとつ頷いた。
「事情はわかった。君たちはすぐにここから離れなさい。フレーゲル殿達のことは小官に任せてもらいたい」
「はっ!」
ラインハルトは敬礼し、アンスバッハに目礼して宿舎への道を戻り始めた。マクシミリアンとキルヒアイスは困惑したが、ともかく敬礼すると、ラインハルトの後に続いた。夕日が長い影を作っていた。
***
もうすぐ寄宿舎というところで、マクシミリアンは口を開いた。
「ミューゼル、貴様俺を庇ったのかぁ?」
「そういうわけではない、ああした方が誰にとってもいい落としどころだと思っただけだ」
「卿はカストロプ公爵家の出であろう。同じ公爵家であるブラウンシュバイクの縁者ともめ事を起こしたとなっては、面倒なことになる」
「それはブラウンシュバイク公爵家にとっても同様であろう。アンスバッハ少佐とやらも、フレーゲル五年生の管理不行き届きを問われることにもなる」
「フレーゲルとほかの五年生も、一年生三人を集団で襲って返り討ちにされたなど、表だって訴えることはできんだろうよ」
「そういうことか…」
「俺達はまだ幼い。何者にもなっていない。無闇に敵を作るのは得策ではあるまい」
「ふん、ずいぶんお利口なこったなぁ…」
ラインハルトはまじめな顔でマクシミリアンに聞いた。
「カストロプ、卿は何をそんなに苛ついているのだ」
マクシミリアンはしばらく黙っていた。
「貴様に話しても仕方がねぇ…」
「そう言うな、このような状況はまたとあるまい。話してみるがいい」
強敵と書いて
「そうか、枷があるのは卿も同じか」
ラインハルトは自分も父親を憎んでいること、皇帝に奪われた姉のことを語った。
「貴様も縛られてるものがあったのかぁ…」
ラインハルトは夕日を眺めながらマクシミリアンに語りかけた。
「カストロプ、俺達は似たような境遇のようだ。馴れ合おうとは言わんが、競い合う仲になろうではないか。そして…」
そして、力をつけて、いつか互いの枷を断ち切ろう。続くラインハルトの言葉は風に消えたが、マクシミリアンの心には残った。
「ミューゼル、今日のことは借りておくぞぉ」
マクシミリアンはラインハルトに右の拳を突き出した。ラインハルトもそれに自分の右拳を合わせた。2人は顔を見合わせて、笑った。
マクシミリアンとラインハルトは、友人になったとは言えないが、お互いのことを少し認め合った。
マクシミリアンとラインハルトは卒業まで幼年学校の表番と裏番を務めた。
キルヒアイスは空気だった。
***
幼年学校卒業式で、マクシミリアンは成績最優秀者に選ばれた。ラインハルトが2位、キルヒアイスが3位だった。滅多にないことに、卒業式には大貴族の来賓があった。カストロプ公爵オイゲンである。たまたま財務尚書としての業務のため帝都に顔を出したついでだったが、軍から子息が最優秀卒業生であることを理由に招待されたのである。軍としては門閥貴族の雄とのつながりは常に作っておきたかった。
マクシミリアンは数年ぶりにオイゲンを見た。相変わらず厚い脂肪に覆われた醜いオイゲンは、来賓代表として短い挨拶を述べたのち、さっさと帰っていった。卒業生代表として答辞を述べたマクシミリアンと言葉を交わすこともなかった。
式典の後、マクシミリアンはいつかのように体育館裏にラインハルトを呼び出した。
「ミューゼル、俺を殴れ!」
「藪から棒にどうした」
「本来は貴様が最優秀者だったはずだ・・・だが、あいつに忖度した学校側が順位を操作しやがった。俺のことを目にも入れない、あいつにこびへつらってよぉ・・・」
マクシミリアンは泣いていた。父親のことは嫌いだ。血縁とも思いたくない。向こうも自分のことが視界に入っても、見ようとしない。なのに繋がりは放っておいてくれない。目に見えない枷が。そんなくだらないもののせいで、強敵に恥をかかせた自分が情けなくて許せなかった。
「そうか、では歯を食いしばれ」
「ぐはぁっ!!」
ラインハルトは遠慮なくマクシミリアンを殴り飛ばした。倒れたマクシミリアンを助け起こしながら、ラインハルトは笑った。
「許してやるからひとつ言うことを聞け」
「なんだぁ?」
「これからはミューゼルではなくラインハルトと呼べ。俺も卿のことをマクシミリアンと呼ばせてもらう」
「何言ってんだ貴様はぁ…」
マクシミリアンとラインハルトは笑いあった。2人の少年は友人になった。
キルヒアイスは、成績優秀者3位での卒業を喜ぶ両親と久しぶりの再会を喜んでいて、空気だった。
アンスバッハは原作と同じく苦労人です。