(サンド~バッグに~ 浮かんで消えるゥ~)
装甲擲弾兵の朝は早い。起床してまずは駐屯地の周囲をロードワーク。帰隊後、汗を流して朝食を取り午前は基礎トレーニング。午後は模擬戦というのが日課だ。
(憎い~あん畜生~の 顔めが~け~)
二列縦隊で走る隊士たちが歌うのは、古代地球時代が発祥と伝わる、徒手空拳の格闘術を極めんとする装甲擲弾兵が歌い継いできた
隊列はやがて駐屯地に戻ってきた。駐屯地を囲む、堀を兼ねる川に掛かる橋の名を泪橋という。無言で駐屯地に帰隊する戦死した装甲擲弾兵を仲間が迎えるところであることからその名があると言われていた。
(明日は〜どっちだ〜)
***
マクシミリアンは幼年学校卒業後、装甲擲弾兵に配属された。そこで出会ったのが副総監オフレッサー大将である。
「狂乱の貴公子という小童は貴様か」
新兵の訓練の場にいきなり現れたオフレッサーは、マクシミリアンが模擬戦で数人の兵を叩きのめすのを見ていたが、ニヤリと笑うと軍服の上着を脱ぎ捨ててリングに上がってきた。マクシミリアンは、いくつもの傷跡の残るオフレッサーの凶悪な顔つきが、いつか見た夢の老人に似ている気がした。
「ひとつ試してやろう。遠慮なくかかってこい」
はちきれんばかりの筋肉に覆われたオフレッサーが両の拳を構え、ぐっと姿勢を低くする。その姿は、獲物に飛びかかる寸前の熊かというところ。だがマクシミリアンは怯まない。スピードファイターのマクシミリアンのパンチではあの分厚い筋肉の鎧を通して打撃を与えるのは厳しいかもしれないが、顔面を叩けば倒れるだろう。
「うぉぉぉぉ!」
マクシミリアンのワンツーがオフレッサーに迫るが、ピーカブースタイルを取るオフレッサーのディフェンスに阻まれる。逆にオフレッサーの速くて重いジャブにマクシミリアンはたたらを踏む。ならばとステップで死角に回ろうとするが、オフレッサーの方からインファイトに持ち込まれ、2発、3発と食らってしまう。カスタムメイドの巨大な戦斧で敵兵をかち割ることで有名なオフレッサーだが、若いころは隊内ボクシングのチャンピオンとして名を上げ、その後装甲擲弾兵に伝わる総合格闘術を修めた経歴を持つ。
「軽い。ジャブとはこう撃つのだ」
オフレッサーは左拳を引いて構えてみせた。
「肘を左脇から離さない心構えで。やや内角を狙い…抉り込むように、撃つべし!」
ジャブとは思えない剛拳が唸った。顔面への強烈な打撃で棒立ちになったマクシミリアンを右ストレートが追撃する。
「そしてすかさず、右拳に全体重を乗せ、まっすぐ目標をぶち抜くように、撃つべし!」
マクシミリアンはリングの端まで吹き飛び、ダウンした。
「ふむ、まだまだというころか」
興味を失ったかのように背を向けたオフレッサーだったが、気絶したかに思えたマクシミリアンがよろよろと立ち上がり、ファイティングポーズを取るのを見て口角を上げて再び向き直った。
「まだまだぁ…」
自らも構えるオフレッサーだったが、マクシミリアンはパンチを撃とうと右腕を伸ばし、そのまま倒れ、今度こそ昏倒した。
「医療班を呼べ。それとこいつには本格的に仕込んでやれ」
オフレッサーは上機嫌だった。
マクシミリアンは徒手空拳で敵基地や艦隊に突入して白兵戦を行う実験部隊に配属された。部隊は総監となったオフレッサーの肝いりで、隊員たちは時折稽古をつけにくるオフレッサーに叩きのめされながらも親父殿と呼ぶようになった。マクシミリアンも手技メインだったのが蹴りも関節技も上達してストライカーと呼ばれるスタイルを身につけ、弱点を克服していた。やがて実戦にも投入され、幾多の戦場で実績を上げていった。
***
「おぅ、ミューゼル准将」
「しばらくだな、カストロプ准将」
マクシミリアンとラインハルトは共に出陣したヴァンフリート星域で再会していた。ヴァンフリート4=2と呼ばれる小さな衛星に同盟軍が建設した補給基地を攻略すべく、マクシミリアンが主将、ラインハルトが副将として陸戦部隊を率いて地上に降下するよう、艦隊司令官であるグリンメルスハウゼン中将に命じられたところだ。
「死にかけの老人の相手はうんざりしていたが、マクシミリアン、卿とならこの戦いも楽しめそうだ」
「違いない、よろしく頼むぞぉラインハルト」
普通なら同格の他者の下に配属されて喜ぶラインハルトではないが、ほかならぬ強敵との共闘であり、快く指揮を受け入れた。笑いあう二人に、後から機嫌の悪い声がかかった。
「おい卿ら、俺のことを忘れていないか」
もう一人の副将、リューネブルク准将はいないもの扱いされて怒っていた。
***
「敵将ヴァーンシャッフェ、マクシミリアン・フォン・カストロプ准将が討ち取ったりぃ!!」
同盟軍補給基地攻略戦において帝国軍は基地を防衛する
「カストロプだと…」
「カストロプ公爵なのか、あの大貴族の」
「見ろ、あの返り血で真っ赤な装甲服を」
この日、ヴァンフリート4=2の戦場で、マクシミリアンに新たな異名が付けられた。
「
一方その頃、ラインハルトは同盟軍基地に突入してセレブレッゼ中将を捕虜としていた。
キルヒアイスは空気だった。
リューネブルクは功を焦り、ラインハルトに先行して基地に侵入したところ、基地内での爆発による崩落に巻き込まれて戦死した。
***
「金髪の孺子に狂乱の貴公子か、帝国軍は年端もいかぬ小僧どもにいいようにされているようだな」
司令部で報告書を読みながら苦笑するミュッケンベルガー元帥に、傍に立つ装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将はずけずけと言った。
「元帥閣下ご自身が、あえてそうさせておられるのでしょう?」
「フッ、卿の目は誤魔化せんか」
「あの2人の働きをやっかむ者もおりますが、負けじと奮起している者の方が多い」
「そうよ、二十歳にもならぬ若造二人に武勲を攫われるのを指をくわえてみているような腑抜けは、我が宇宙艦隊には要らぬ」
「装甲擲弾兵も同じくであります」
ミュッケンベルガーとオフレッサー、帝国軍最高幹部2人は、マクシミリアンとラインハルトの働きを触媒として帝国軍の体質改善を図ろうとしていた。そのためにあえてマクシミリアンとラインハルトを最前線に投入し続ける。彼らに力量があれば武功を立て、さらに他の将兵を奮い立たせるであろう。力量が足りなければ戦死するだけだ。それはそれで本人達の運命であろう。
この作品のオフレッサーは石黒版準拠です。
リューネブルクは話の都合上早期退場を余儀なくされました。