時が経ち、ラインハルトは元帥に昇進し、元帥府を開くことになった。中将になっていたマクシミリアンにもローエングラム元帥府配属の内示が届き、オーディンの元帥府を訪れてラインハルトと歓談していた。
「マクシミリアン、卿には元帥府の装甲擲弾兵を任せるが、他の艦隊の護衛なしで単独でも作戦行動できるように独立艦隊も預けたい。艦隊指揮ができる人材にあてがあるか?」
「おぅ、こいつを参謀長にするわぁ」
マクシミリアンがそういうと、後に控えていた女性士官が進み出た。
「俺の妹、エリザベートだぁ」
「エリザベート・フォン・カストロプ大佐でありますぅ!」
美人だが冷酷な顔つきをした女性士官だった。どこかマクシミリアンに似ているといえば似ているかもれしない。狂気を孕んでそうなところとか。
「…卿に妹がいたのか?」
「まあ俺と同じく訳ありでなぁ。親元にいるのもあれなんでな、俺と同じく幼年学校に入れて、卒業後は艦隊勤務させていたのさぁ」
ラインハルトも初めて聞く話をしながらマクシミリアンはカカカと笑う。
「艦隊の指揮はエリザベートに任せる。それでな、艦隊指揮をこいつに勉強させたいんでな、ちょっとキルヒアイスを貸してくれんか」
「…まあ、そういうことなら構わない。しばらくの間キルヒアイスは預ける」
ラインハルトの後ろで二人の話を聞いていたキルヒアイスは、なにやら悪寒を感じた。気づくとエリザベートが自分をじっと見つめていた。絡みつく蛇のような視線にキルヒアイスは言い知れぬ恐怖を感じた。
(フフフ…かわいい子ねぇ)
ちなみに、エリザベートはマクシミリアンの3個下なので、キルヒアイスからも3個下である。
***
それから数日後、帝都に激震が走った。
カストロプ公オイゲン、叛す!
それは帝国政府内部の密かな動きをカストロプ公爵家が察知した結果だった。
オイゲンを隠居させ、その領地は収公する。公爵家が運営する多数の企業群は解体し、あるものは政府直営とし、あるものは見どころのある中小貴族家、あるいは民間資本に売却して運営させる。オークション方式とすれば売却益も見こめるであろう。それが帝国宰相代理リヒテンラーデ侯の密命の下、次期財務尚書に内定しているゲルラッハ子爵を中心とする研究班が出した結論だった。
その情報を知ったオイゲンは、これに激しく動揺した。帝国政府が直ちに自分を暗殺しようとしているのだと勘違いした。酒毒と荒淫が祟り既に正常な判断力を失ってしまっていたのかもしれない。オイゲンはカストロプ領私兵艦隊に出動を命じ、たまたま星系内を通常の訓練航行中だったシュムーデ提督率いる帝国軍の小艦隊を撃滅し、帝都に向けて独立を宣言した。
マクシミリアンは軍務省に召喚されていた。召喚といっても警備兵に両脇を固められ、連行といっていい状態だった。
「マクシミリアン・フォン・カストロプ中将をこれへ」
連行された会議室には多くの帝国軍将官、高級士官たちが居並び、マクシミリアンを待っていた。
「カストロプ中将、卿を収監する。罪状は父カストロプ公オイゲンの叛乱に対する連座である。処分は追って申し渡す」
マクシミリアンの両手に警備兵が手錠をかける。マクシミリアンは、どこか他人事のようにそれを見ていた。反逆罪の連座に対する処分など決まっている、死刑だ。
(これほどあっけなく、俺の人生は終わるのか?)
マクシミリアンの脳裏にオイゲンの姿が浮かぶ。最後に見たのは幼年学校卒業の日だ。こちらに目もむけなかった、ブクブクと脂肪で膨れたオイゲンの姿しか覚えていない。
(父親とも思ったことのない、親子として一緒に暮らしたこともない男に連座して、死ぬのか?)
(俺は最後まで、枷から逃れることはできないのか?)
赤黒い怒りがマクシミリアンの身体中にふつふつと沸いてきた。手錠など力任せにちぎってしまえばいい…そしてこの場の二十人か三十人だかの軍幹部ども、全員殴り殺すなど容易いだろう…そうすればどうなるだろうか…。
「お待ちください」
そこで声を上げた人物がいた。軍幹部の最上席、四人の元帥達の末席に座るラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵だった。
「ローエングラム元帥、何か」
発言を許したミュッケンベルガー元帥にラインハルトは答える。
「カストロプ中将は近日中にわが元帥府に配属になる予定でした。いささか早いですが、本日付けで我が麾下にいただきたく」
「何と!?」
驚く帝国軍幹部たちを尻目に、ラインハルトは続けた。
「そして叛徒カストロプの討伐、我が元帥府にお命じいただきたい。カストロプ中将をもって先鋒に充てます。中将にとっては自ら叛逆者となった父を討つことになります。見事討伐の暁には、その功をもって罪一等を減じていただきたく」
マクシミリアンは呆然とした。ラインハルトの発言は、言い渡された軍の決定に異を唱えるものであり、一歩間違えばマクシミリアンと並んで処断されてもおかしくない危険なものだった。
だが帝国元帥は大逆罪以外では罪を問われない。そして自らの元帥府に所属する将兵に生殺与奪の権を持つ。配属予定日を早めた無理筋に目をつぶれば、ラインハルトの横やりはまったくの越権とも言えなかった。
「ふむ、だがローエングラム元帥、もし中将が討伐に失敗した場合は、卿も責を免れんぞ」
「我が元帥府所属の将兵の失敗は我が失敗。当然でありましょう」
「その言やよし」
ミュッケンベルガーは微笑んで、ラインハルトの申し出を受け入れた。ミュッケンベルガーは何のかんのとラインハルトに甘かった。
***
他の者が去った後の会議室で、マクシミリアンとラインハルトはただ二人で向かい合っていた。
「…ラインハルト」
「マックス、俺は卿の手枷を外してやった」
「卿を縛る最後の枷は、卿自身の手で外せ」
ラインハルトはマクシミリアンの胸に、コツンと拳を当てた。
***
マクシミリアンが出撃した後、元帥府の執務室で書類仕事をしていたラインハルトは、傍らに赤毛の友人がいないことに気づいた。
「キルヒアイスはどこだ?」
ミッターマイヤーが困惑顔で答える。
「カストロプ中将が…いえ、大佐が連れて行きました」
「はあ?」
***
マクシミリアンとエリザベートは旗艦ダインスレイフの艦橋にいた。そして虚ろな目をしたキルヒアイスもいた。マクシミリアンはエリザベートが強引に連れてきたキルヒアイスとその分艦隊を率いて叛乱討伐に向かっていた。キルヒアイスは先日エリザベートに目を付けられ、艦隊戦指揮の授業を口実に私邸に連れ込まれて夜の肉弾戦になだれ込まれ、お婿にいけないからだになっていてエリザベートの言いなりだった。なお公式には討伐軍の監視を行う査閲監ということになっている。キルヒアイス艦隊改めカストロプ艦隊は既にカストロプ公爵家の私兵艦隊を容赦なく撃滅し、惑星カストロプに向けて進撃していた。
「惑星カストロプの軌道上に防御衛星群!同盟首都を守るアルテミスの首飾りと同様のものと思われます!」
「ジーク、何か案がないかしらぁ?」
「工作艦に指向性ゼッフル粒子を放出させて…」
「ふふ、いい子ねぇ」
魂が抜けたキルヒアイスの適切な助言のもと、カストロプ艦隊はアルテミスの首飾りを破壊し、惑星カストロプの軌道を占拠。防衛拠点に徹底的な砲撃を加えた後に地上部隊を降下させた。
***
マクシミリアンは、炎上するカストロプ公爵邸に装甲擲弾兵大隊を引き連れて数年ぶりに足を踏み入れた。絢爛豪華な本邸の何もかもが燃えていた。床には公爵家に仕えていた者たちが多数倒れ伏していた。ずいぶんと凄惨なものになったが、マクシミリアンにとっては久しぶりの里帰りと言える。感慨がないわけではないが、ほとんど居着いたこともない本邸と使用人たちが灰になろうとマクシミリアンにとってはどうでもよかった。それよりも討伐が優先だ。
「叛乱の元凶を探せ!」
私兵の抵抗を過剰な戦力で排除しながら奥へ進むマクシミリアン達の前に、何かが転がり出てきた。見れば身体や服のあちこちが焼け、煤にまみれたオイゲンだった。装甲服のヘルメットを跳ね上げ、マクシミリアンは数年ぶりにオイゲンの顔をこの目で見た。
「マクシミリアン、マクシミリアンなのか」
老いて惚けたオイゲンは、最後に見た時と変わらず肥満して醜かった。
「儂じゃ、そなたの父じゃ。よいところに来た。儂を助けよ」
喚くオイゲンの目に、マクシミリアンはどう映っていたのか。
「カストロプ公オイゲン、成敗!!」
マクシミリアンの装甲右ストレートがオイゲンの脂肪で覆われた胸板をぶち抜いた。それは到底生身の人間に耐えられるものではなく、背骨まで貫かれてオイゲンは即死した。オイゲンの上半身はほとんど千切れかかっていた。
マクシミリアンは最後までオイゲンのことを父とは呼ばなかった。
叛乱は鎮圧され、銀河帝国開闢以来の名門貴族であったカストロプ公爵家は廃絶された。マクシミリアン・フォン・カストロプは、鎮圧の功大、父を自ら成敗したこと殊勝なりとして、新たに一家を興すことが認められた。
少年を縛っていた枷は、ついに断たれた。
***
イゼルローン要塞が陥落し、その余勢を駆って同盟軍が大挙して帝国領に攻め寄せたが、アムリッツァ会戦で帝国軍が大勝利を収めた。本戦では陸戦メインのマクシミリアンには出番があまりなかったが、同盟軍主力を帝国領から叩き出した後の方がむしろ忙しく、陸戦部隊を率いて同盟軍から奪回した有人惑星に取り残されていた同盟軍残党の掃討、治安回復と民衆慰撫に奔走した。そのさなかに皇帝が死に、ラインハルトの命で子飼いの装甲擲弾兵を率いたマクシミリアンは急ぎ帝都に帰還した。
新皇帝の決定権と後見人の座を狙うリヒテンラーデ=ローエングラム枢軸とブラウンシュバイク=リッテンハイム連合の暗闘において、マクシミリアンは自らの風評を存分に活用した。これまでその手で殺した敵兵の数は知れず、ついには我が父まで冷酷非情に殺害した、父殺しの狂乱の貴公子。マクシミリアンは様々なパーティに出席し、あるいは貴族邸を訪問して自らの武勇伝を喜々として語り、貴族たちにおぞけを振るわせ、令嬢たちを何人も失神させた。この男を敵に回したら自分も家族もあのような目に遭う。そう思った多くの貴族はリヒテンラーデ=ローエングラム陣営を支持し、至尊の座にはエルウィン・ヨーゼフが座った。
このような状況に焦ったか、ブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵はリップシュタットの森で自身に与する勢力の糾合を行ったが、見込みの半分も集まらない始末に怒り心頭に発して準備も整わないうちにオーディンで暴発し、そこをマクシミリアン率いる装甲擲弾兵に一網打尽にされた。かくして内乱は小規模に終わった。
だが、戦闘が皆無だったわけではない。
主だった首謀者たちが捕縛されたことを知っても抵抗をやめない部隊がおり、かつてマクシミリアンも配属されていた帝都郊外の軍駐屯地に立て籠もって抗戦の意思を示していた。率いるのは装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将であった。
「総監…」
「ふっ、来たか小童」
マクシミリアンは泪橋を挟んでオフレッサーと対峙していた。
「総監閣下、もはや叛乱は鎮圧されました。これ以上の戦闘は無用です。どうか帰順していただきたい」
「カストロプ、狂乱の貴公子と呼ばれた卿がずいぶんとまともなことを言うではないか。卿には似合わぬな」
「…俺は、親父殿には死んでほしくない」
マクシミリアンが絞り出すように呟いた。オイゲンを父とは思わなかったマクシミリアンが、厳しくも力強く自分を導いてくれたオフレッサーを父がわりに思うようになっていたのは仕方のないことだったと言える。
「たわけ! 敵を前にして言うセリフか! 腑抜けたか、カストロプ!」
オフレッサーは一喝した。
「俺たちは義理や任務だけで装甲擲弾兵をやっているわけではない。闘争が好きなのだ。死に物狂いで殺し合う充実感がたまらなく好きだからだ。そうだろう!!」
マクシミリアンの目が覚めた。そうだ、俺は拳闘が好きだ。好きだから闘っているんだ。俺より強いやつも弱いやつも殴り倒して血だるまにしてぶち殺すのが好きなんだ。鬼と逢っては鬼を殺し、父母と逢っては父母を殺す。それが自分ではないか。誰であろうと、行く手を阻む者は殺せ。殺せ。殺せ。
狂人は狂人たるを取り戻した。
オフレッサーがいっぱいに縮められたバネのように身を低くして構えた。マクシミリアンも引き絞られた弓のように構えた。
「来い!」
「死ねぇ!!」
死闘の末に立っていたのはマクシミリアンだった。
ノイエテーゼ版におけるマクシミリアンの旗艦ダインスレイフは、北欧神話に登場する魔剣をその名の由来としており、抜けば生き血を吸うまで鞘に戻ることのない魔剣だそうです。このお話のマクシミリアンに相応しい旗艦と言えます。
エリザベートは道原かつみ版コミックに登場するオリジナルキャラクターで、兄の代理でカストロプ私兵艦隊を指揮してキルヒアイス艦隊と交戦し敗退して戦死します。わりと好きなキャラです。