今後は週一ペースを目標に書いていきます。
今更だが、俺にはよくわからない特殊能力的なものがある。あ、決して中二病じゃない。拗らせてないから。
それは、視界に映った人間の感情が見える、というもの。感情は色を持って示されており、赤は怒り、黄色は喜び、みたいな感じで、本人の周りに色つきのオーラが見える。
人間誰しも大なり小なり感情がある。正にしろ負にしろ、感情のない人間は存在しない。そしてその感情を表に出すか、隠すのかは本人の意思次第だ。
そんな感情という秘密を、俺は詳らかにできてしまう。隠したいと本人が思っていても、俺はお構いなしに目に入れることができてしまう。
普通は、そんな人間に近付きたくないと思うだろう。なにせ隠し事ができないのだ。常時裸を見られているのと変わらない。そんなの気持ち悪すぎる。
だから、俺は俺がずっと嫌いだった。
晴久くんは人の心が読めるのではなかろうか。
「いやぁ、流石にそんなことはないんじゃないですか?」
「急ですね。何かあったんですか?」
根付さんから頂いたお高いクッキーとお紅茶を嗜みながら、後輩二人は怪訝な顔をする。
「最近の晴久くんがね、なんというか……察しがいいの」
「いいことじゃないですか」
「そうなの。そうなんだけど…………何て言うか、良すぎる?の」
前々からというか、初めて出会ったときの印象から、彼は気遣いできる人だな、というのはわかっていた。口調がぶっきらぼうだったり素っ気なかったりすることはあっても、こちらが不快になるようなことは言わないし、しない。
人として当たり前のことかもしれないが、思春期の男子としては変だ。成熟しすぎていると言ってもいい。
「仕事とか私生活で嫌なことがあって、気分が沈むことがあるでしょ?そういうとき、彼はただ黙って傍にいてくれるの。無理やり明るく振る舞おうとしたら、「無理するな」って言われもした」
「朝田先輩って意外と優しいですよね」
「コラ佐鳥、失礼」
他にも少しイライラしてる時は、必要以上に干渉してこない。理由もなく寂しくなったときは、晴久くんから話題を振ってくれたり。普段は苦手でやろうとしないことを、積極的に買って出てくれることもある。
「めちゃくちゃいい人じゃないですか!」
「おれたちと初めて会ったときも丁寧だったしね。よかったじゃないですか。大事にされてる」
「でもね、私何も話してないの」
「……と、言うと?」
「イラつくとか悲しいとか、そういうの何一つ晴久くんに話してないんだよ。なのに的確に対応してくれるの」
広報活動によって獲得したポーカーフェイスにはある程度自信がある。少なくとも、多少感情が浮き沈みしても、絶対に顔に出ないようにはできるのだ。
それでもなお、彼は私の感情の動きをほぼ正確に捉えているように思えた。
「…………考えすぎじゃないですか?」
「そうかなぁ。私は心が読めるって言われた方がしっくりくるよ」
私と一緒にいる彼の姿を思い返す。
一緒に登下校しているとき、ご飯を食べるとき、お喋りしているとき、私を見つめているとき。
その全てで、彼は自然に視線をズラす。目を逸らすほどではなく、ほんの一瞬だけ。私の体を変な目で見ているわけでもない。
その視界に、果たして何が映っているのだろう。
「…………気になるなぁ」
「もういっそのこと聞いてみたらどうです?」
「へ?」
「オレらに相談したって埒が明かないですよ」
「朝田先輩なら答えてくれるんじゃないですか?」
ポリポリとクッキーをかじりながら、あま……と呟く時枝くんと佐鳥くん。このクッキーそんなに甘いかな。おいしいけど。
紅茶を入れ直し、こくりと口に含む。クッキーの甘さと紅茶の芳醇な香りが気分をリラックスさせてくれる。
「……まぁ、今度聞いてみようかな。さりげなく」
「そうしてください」
時枝くんのなんだか刺々しいような態度に覚えがなくて、首を傾げる。苦笑いしている佐鳥くんがなんだかムカついて、一発拳骨しておいた。
カリカリ、ぺらり。ペンを動かす音と、紙をめくる音だけが部屋に響いている。家具がほとんどない故に、ちょっとの音でもそこそこ響くのがこの家の悪いところだ。
退院して数日。夏休みももう終わりに差し掛かっている。俺も綾辻さんも、宿題はとっくのとうに片付いているが、綾辻さんは六頴館への進学を目指している。そのための勉強を、今からしているというのだから偉い。見習うべき学生の模範と言えるだろう。俺?俺は本読んでるだけ。進学もしないのに勉強なんざするか。
「んー…………」
唸り声をあげながら頭をがりがりと掻く綾辻さん。ペンの動きを見るにあまりうまいこと進んでいないらしい。本に栞を挟み、腰を上げ、キッチンへ向かう。元々調理器具一つとしてなかったキッチンは、今やフライパンやら調味料やらが並んでいる。綾辻さんがいろいろと持ち込んでくれたものだ。
戸棚を開け、インスタントコーヒーの粉を取り出す。ポットに沸かされたお湯と粉を注ぎ入れ、ほこほこと湯気を上げるマグカップを二つ、卓上へもっていく。
差し出せば、眉間に皺を寄せた美少女が顔を上げた。ほんのり赤みの強いオレンジ色が、俺を視認してすぐに黄緑色に近い黄色へ変わる。
「あ……ありがとう、晴久くん」
「煮詰まってんなら一回休憩したら?」
程よく冷めたコーヒーを口にする。芳醇な香りと、対照的に焦げ付くような苦みが舌を刺し、一息つく。
ぽちゃりと角砂糖をひとつ落とし、スプーンで黒い液体をかき混ぜる綾辻さんと目が合った。
「…………なに?」
「ん、いや…………」
いつもの明瞭さ、快活さにあるまじきしどろもどろ。不安の色と心配の色が交錯している。何かあったか?
「なんか心配事でもあるの?」
「えっ、と」
目が合わない。視線を絶えず右へ左へ彷徨わせている。ペールブルー、グレー、ピンク。相反するような、そうでないような色が、マーブル模様を描いて綾辻さんを囲んでいる。一体それがどんな感情なのか、覚えがなかった。
「まぁ、言いたくないなら言わないでいいけど」
「あっ、ち、違うよ。心配とか不安とかじゃなくて、もちろん晴久くんがなんかしたわけでもなくて」
「落ち着け。責めないから大丈夫」
きょろきょろわたわた、明らかに挙動不審な様子が逆に不安を煽る。やってもいない過去の罪業リストを脳内で捲り出したとき、綾辻さんからか細い声が漏れ出る。少しだけ、嫌な予感がした。
「…………あの、ね、ずっと思ってたことがあって」
「……うん」
「晴久くんって、もしかして、心が読めたりするのかなーって…………」
血の気が引くというか、心臓が冷えるというか。ともかくそんな感覚が全身を覆う。
最も知られたくないこと、最も感づかれたくないこと。
俺が、俺を認めたくなかったこと。
「いやね、晴久くんすっごい空気が読めるというか、よく気付いてくれるというか、ね。私のことをすごいよく分かってくれるでしょ?」
慌てるように早口で、しかしにこにことした表情で言い募る彼女の色はオレンジ、興味がほとんど。隠れるような青白さは俺の目に入ることはなかった。
「だから、もしかしたらそうなんじゃないかなーって…………マンガじゃないんだし、ありえないよね」
「いいや、あってる」
潮時だ。
「え…………」
「俺は人の心がわかる。視界に映る人が何をどう思っているか、ある程度わかる」
線引きをする。
「
「…………」
「気持ち悪いだろう?」
心が読める、というのは少し大げさだが、間違ってはいない。秘めた感情も、俺は見えてしまうから。
沈黙した美少女を前に、積み上げた数々が剥離していくのを感じる。
下品で、下世話で、無礼な目。こんなものを持つ人間と誰が一緒にいたいと思うのだろう。
「そんなことないよ」
柔らかな、陽光のように暖かい声が耳朶に届く。
「だって、私が落ち込んでる時に寄り添ってくれた」
手のひらが重なる。びくりと引っ込めそうになった手を、あの時のように抑えつけられる。
「イライラしてる時は放っておいてくれて、悲しいときは気晴らしさせようとしてくれた」
顔を上げる。慈愛の微笑みを湛えた、恐ろしく美しい人がそこにいた。
「全部、私のためだったんでしょう?」
「…………」
「私に好かれようとか、そういう打算でもないでしょ?だったらあんなに献身的にはならないもん」
掴まれた手を引かれ、膝上の本が床に落ちる。気付けば抱き締められていた。金木犀のような甘い香りが鼻孔を満たす。
「いいの。晴久くんになら、何をされても、何を見せてもいいよ」
「…………なんで」
「あの時言ったでしょ。あなたを縛り付けるって」
ぽろ、と、瞳から何かが零れ落ちた。それが涙とわかるまで少し時間がかかった。
なんで泣いているのかわからなかった。肯定されることがこんなにも恐ろしくて、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
「…………負けだな」
しばらく泣いて、つぶやいた。
もう言い訳できないくらい負けだ。もともと勝負でもなんでもないけど、これを負けと言わずして何と言うのか。
なんだか物凄く清々しい気分だった。秋の青空を眺めるような、そんな心地だ。初めて俺を正面から肯定してくれたからだろうか。
俺はもう彼女から離れられないだろう。名実ともに、俺は彼女に縛られた。生きるも死ぬも彼女次第。それを苦に思うことはない。だって俺が選んだ道なのだから。
この日を境に、俺の日常は変わっていく。暗く、深い沼で命の終わりを待つばかりの日々から、遥か遠くの光を目指す旅路へ。
どれだけ苦痛の日々だろうと、今の俺なら歩いて行けるだろう。何せ俺には命綱がある。大事な人がそれを握りしめている限り、迷うことはなく、一人にはならないから。
TIPS:綾辻さんヒロインの小説を書くつもりはなかったのにいつの間にかこうなった
ようやく判明した特殊能力ですが、要望があれば細かい物を書くつもりです。それまではぼかしつついきます。
2026/10/14:誤字修正しました