あっちこっち出張まみれで全く書けません。多分次話も遅くなる気がするので、気長にお待ちいただけると幸いです。
拳の周りにアステロイドを浮かべて腰だめに構える。動かないトリオン兵を直線状に収めて、深く息を吸い込む。
細く、長く息を吐き────息が切れたのを合図に、最高速度で突っ込む。一瞬で標的に手が届く距離にたどり着く。
「ふっ──!」
拳を突き出し、同時にアステロイドを発射。狙い通りコアを粉砕し、トリオン兵は砕け散った。
はぁ、こんな感じかな。もうちょい詰められそうな気はするけど。
開発室に確認したところ、俺の望むような武器は現状存在しないという。近接トリガーは弧月だけだそうで、今後開発されるかもしれないとは言っていたが。
恥ずかしい話、俺のファイトスタイルは喧嘩で出来上がっている。いわゆる喧嘩殺法というヤツだ。だから武器の扱いは下の下だし、逆に素手ならそこそこ戦える自負があるから、できれば慣れたスタイルでやりたい。だから一番近いアステロイドで戦えるよう試行錯誤してるわけだ。
なんかこう、手足から自由に生やせる奴とかあれば面白そうなんだけど。
「よぉ朝田」
「諏訪さん、風間さんもお疲れ様です。」
「久しぶりだな朝田。ボーダーでは初めて会うか」
訓練室を出るとお馴染みの金髪が視界に飛び込んできた。隣にはツンツンした黒髪の少年と見間違いそうな先輩もいる。
「見てたぜ。なんか面白そうなことしてんじゃねーか」
「げ、何見てんすか」
「訓練室使うのは初めてだろう。映像を流さないようにする設定もあるから、今度教えてやる」
周りを見ればちらちらとこちらを伺う者が散見される。大方流れていた俺の訓練映像を見ていたんだろう。
「で、何してた?全部吐きやがれ」
「見てくれが悪いぞ諏訪。で、何をしていた?」
「どっちも見てくれ悪いんですよ。はたから見たらカツアゲでしょうこんなもん」
「人聞きが悪いな。後輩に構ってやっているだけだ」
「ヤンキーの常套句~」
…………この人ら今大学生なんだよな?ノリが高校生。
「……まぁ大したことじゃないです。素手で戦いたいんですけどトリオン体削れないんで、アステロイド使って疑似徒手空拳やれないかなー、と」
「アステロイド暴発したとか言ってたなそういや」
「俺も聞いたぞ。最初の訓練で自分の顔面にアステロイドをぶち込んだんだろう」
「やめてくださいもうそれ。…………弧月も使ってみたんですけど、どうにも合わないんで自分なりに模索してた結果、アステロイドを手の周りに浮かべて、突っ込んで超至近距離からぶっ放せば狙い付けなくていいし細かい設定もいらないかな、と思って」
手のひらに握りこんで、掌底打つみたいにしてデカいの一発ブチかます、みたいな騙し討ちもできる。威力と弾速に割り振ればいいから考えることも減る。上手く射手トリガーを扱えるなら相当強力な手札になるだろう。
「遠距離はともかく、至近距離なら外しようがないんで、これが一番しっくりきました」
「なぁるほどな。弧月は重てぇし、得意不得意はあるからな」
「だったら応用して自分に合わせる、というのは見習うべきだな」
デメリットとしてはアドバンテージである距離を完全に喪失することだ。せっかく遠距離から削れるというのに、一メートル圏内に入る理由はほとんどない。そんなことするくらいなら弧月持つしな。俺みたいな我儘野郎しか得しない戦闘方法だ。
「よし、ブースに入れ朝田。その戦い方が実戦で使えるものか見てやる」
「…………俺訓練生ですけど、やれるんですか?」
「ポイント移動なしの模擬戦ならできる。ランク戦は無理だが、十分だろう」
とんでもない膂力でブース前に引きずられていく。力強っ。俺よりちょっと高いくらいの身長なのにどっから出てんだこのパワーは。
「…………なんかちょっと前に見たなこの光景」
「ちょお、助けてくださいよ諏訪さん!」
「おー行ってこい。せいぜい絞られて来いや」
「クソ金髪が!」
「口悪ぃなおめー」
ぜってぇ許さねえからな!
この後めちゃくちゃボコボコにされた。
踏み込んだことで前に出た左半身を蓑とし、腰だめにアステロイドを構える。相手は俺の首元に夢中で、腰など眼中にないようだ。その証拠に、開ききった瞳孔は痛いほど俺の首を見つめている。
突き出される弧月の刃先を首をひねることで辛うじて躱し、ガラ空きになった脇目掛けて右手を掬い上げるように振り抜く。その軌跡をなぞるように、アステロイドが発射され、相手の左脇から首筋、右肩にかけてを貫いていった。
《トリオン伝達器官破損。緊急脱出》
無機質な声と浮遊感の後、景色がガラリと変わる。目の前のタブレットには対戦相手の名前と、その右に五つのバツ、俺の名前の横には五つの丸が刻まれていた。
うん、上々上々。思った通りに動けてるな。実戦形式のしごきが活きている。
以前風間さんにフルボッコにされてからしばらく、ランク戦そっちのけで風間さんたち大学生組にしごかれまくっていた。基本的な戦闘を風間さんと諏訪さん、体捌きを木崎さん、トリガーに運用のコツを寺島さんに叩き込まれ、一応の合格をいただいたので、ランク戦に励んでいる次第である。おかげさまで今のところ負け無しだ。
手の甲に刻まれた数字は三千と少し。確か四千ポイントで昇格なので、あと少しでもう正隊員になれる。もうちょっと訓練生でぬくぬくしたかった気もするが、この芋服から脱却できると思えばまぁよかろう。
ブースを出ると刺さる視線を無視してラウンジに向かう。終わったら来いと厳命を受けていたからだ。
「朝田、こっちだ」
よく通る低い声を頼りに人混みをかき分けていく。お馴染みの大学生四人組が座る席へ近づいた。
「お疲れ。どうだったよ」
「順調も順調ですね。まだ負け無しです」
「そうか、よくやった」
「ステゴロアステロイドは使えるようになった?」
「なんとかモノにはなったと思います。まだ風間さんには通じないでしょうけど」
「当然だ。年季が違う」
「年季て。お前もせいぜい一年だろうが」
新戦法はステゴロアステロイドと名付けられたらしい。なかなかに治安の悪い字面だが、実際そうなのだから否定しようもない。
「ちなみに、朝田の希望に近そうな近接トリガー、偶然にも今開発中だよ」
「え、そうなんですか。風間さんは弧月以外は無いって」
「まだ開発途中だからな。開発に協力している連中以外には使えん。使えんのなら無いのと変わらないだろう」
なんてこった。タイミング悪いな。それじゃあこのスタイルを身に着けたとしても、完璧にモノにする頃にはもうできてるかもしれないってことじゃん。徒労ですか。
「それはそうと朝田、どうせもう三千ポイントは取ってるだろう。すぐ正隊員になれるだろうから、しばらくはランク戦に専念しておけ」
「正隊員になったら祝ってやる。諏訪の家でな」
「ンで俺んちだよ」
「レイジが飯作ってくれるってよ。知らない人がいる玉狛呼ぶより諏訪ん家で、この面子だけのほうが朝田が楽でしょ」
木崎さんの飯かぁ。確かにめちゃくちゃ美味いんだよな。こんなゴリムキの体でエプロンしてる姿はめっちゃシュールだ。エプロンが筋肉ではち切れそうなのって見たことないでしょ?
まーいいけどよ、と頭をがりがり掻く諏訪さんたち大学生四人組は、結構俺に甘い。何かと世話を焼いてくれるし、構ってくれる。年下だからというより、子供を甘やかす大人みたいな構図に自然となっている。身近に甘やかしてくる大人というものがいなかったこともあり、この人達といるのは新鮮で面白い。
「そんならとっとと昇格しなきゃですね」
「おう、無理しない程度にな」
「鍛えてほしければいつでも来い」
「いつかは玉狛にも来い。うちのが興味持ってるんだ」
「開発室にも顔出してよ。俺の実績にもなるから」
約一名打算混じりではあるが、励ましの言葉をもらって解散となった。少しばかりの寂寥を空になった缶コーヒーを弄んで誤魔化す。
寺島さんは最近開発室にも籍を置いているらしく、実質戦闘員との兼任みたいになっているそうだ。元々がめっちゃ強いのに、頭脳まで組み合わさったら手が付けられなくなるのではなかろうか。
そんな益体もないことを考えていると、携帯がぶるりと震えた。慣れない手つきで画面を開くと、通知欄には綾辻さんからのメッセージ。
『今日急にシフトの穴埋め入っちゃってご飯用意できないかも!ごめんね!』
土下座のスタンプと共に送信されてきていたメッセージは、俺のテンションを下げるには十分な威力を持っていた。
綾辻さんは料理が上手い。レイジさんとどっちが、と思うかもしれんが、どっちにもアジがあってとても比べられるものではない。イチゴの飴とブドウの飴のどっちが美味いかなんて個人によるだろう?そういうことだ。
無意識のうちにため息を吐き、携帯をしまう。美味しい美味しい綾辻さんの手作り料理が食べられないとなると、気分も落ちようというもの。今日は帰ろうかしら。
「そこの君、ちょっといいかしら?」
背後から鈴を転がすような声が飛んできた。が、たぶん俺じゃないだろう。俺に声を掛ける女の子は現状綾辻さん以外おらず、綾辻さんは今ここにいない。というわけで俺は無関係。帰ろ。
「あなたよあなた。目つきの悪い不健康そうな男の子」
「…………俺?」
「そう。あなた」
金髪を肩甲骨あたりまで伸ばした女性が、にんまり笑ってこちらを見つめていた。
声を掛けられる心当たりは全く無い。怒られる覚えも糾弾される覚えもない。また何か因縁でも付けられると思うと気が重くなる。
「はぁ…………なんか御用で?」
「うふふ、そんなに警戒しないで。ただのランク戦のお誘いよ」
「ランク戦?」
目の前の女は訓練生特有の芋ジャージを着ていなかったから、てっきり正隊員かと思っていたが。
「訓練生と正隊員はランク戦できないでしょう」
「あら、そうだったわね。じゃあ模擬戦にしましょう。ポイント移動しないやつ」
にこやかな表情を崩すことなく、両手を打ち合わせて忘れていたと言わんばかりに提案を続行する女が、俺は早くも苦手になり始めていた。
こういう人間は苦手だ。確固たる自分のペースを持ち、決して主導権を譲らないマイペースの究極系とも言える人間。綾辻さんもその気はあるが、彼女は性根が優しさで満たされているので、相手に合わせて柔軟に態度を変えたりする。
対して、目の前の美人はそういうこともなさそうだ。何せ目に映る彼女の感情は、黄色系ばっかりだ。経験則だが、この色は楽しんでいるときが多い。そこに少し暗めの色が混じっている。これは愉快、愉悦の感情。要はこっちの反応を見て楽しもうとしているわけだ。
「…………帰るとこだったんすけど」
「いいじゃないちょっとくらい。減るものじゃないし」
俺の精神が削れるんだよ。
ちょっと前なら気にせず無視していたところだが、今はそうするのも得策じゃない気がする。
「ね、ね?いいでしょう?私、このままだとあなたのことが気になりすぎて夜も眠れなくなっちゃいそう」
もうほとんど纏わりつくような体勢で迫られる。本当に勘弁してほしい。ここ公共の場です。
「……ああもうわかった、わかりました。やりゃいいんでしょ」
「やった!そうこなくちゃ」
「ただし十本勝負一回で終わりです。それ以上は絶対やらん。いいですね」
「うーん本当はもっとやりたいんだけど、頼んでる立場だししょうがないわね。いいわよ」
なんでこっちが譲歩したみたいになってんだよ。しょうがないって言いたいのはこっちだっての。
颯爽とブースに引っ込んだのをため息とともに見送り、俺もブースに入る。部屋番号を入力して対戦を申し込むと、即座に承諾が帰ってきた。はっや。
「はぁあ…………やるかぁ」
やる気がまるっきり出ないまま、転送の浮遊感に身を任せる。できるだけ省エネに終わらせよう。
この時の俺は生意気にもそんなことを考えていた。
戦闘描写は次回に持ち越し。苦手なのでご容赦をば。
金髪美女とは果たして誰なのか。