転生をしたらそこはゴミ山。ゴミ山から始まる友情 作:板前さん
試験会場の場所は、誰にも教えられなかった。
申し込みの後に届いたのは、古びた切符が一枚だけだった。
行き先の欄は空白。出発の日付と時刻だけが印字されている。
乗り場は、裏に手書きで記されていた。
大陸の真ん中の砂漠を横切る、今はもう使われていない貨物線の、名前もない小さな駅。
そこにたどり着くこと自体が、最初のふるいだった。
「念は使うな」
山を下りる前に、シンに言われた。
「試験官は大抵、念の使い手だが、受験者の大半は素人だ。素人相手に念を見せびらかすやつは、ろくなもんじゃねえ。それに、お前の体なら、念なんざ使わなくても十分通る」
三日かけて砂漠を越え、アッシュがその駅にたどり着いたのは、出発の前夜だった。
崩れかけた木造の駅舎。錆びた一本きりの線路。
その周りに、すでに三百人ほどの人間が集まっていた。
傷だらけの傭兵。大剣を背負った大男。眼鏡をかけた学者風の男。目つきの悪い双子。誰もが、周りを値踏みするように黙り込んでいた。砂漠の夜の冷たい風の中で、空気だけがひりついている。
その中に、一人、場違いなほど小さな影があった。
十四、五くらいの少年だった。着ているものは継ぎだらけで、目ばかりが大きい。駅舎の壁にもたれて、膝を抱えていた。どこかの貧しい村から、一攫千金を夢見て出てきたのだろう。周りの大人たちは、誰も少年を見ていなかった。
アッシュは、なぜか少しだけ、その少年が気になった。
夜明けとともに、地平線の向こうから、汽笛が聞こえた。
砂煙を上げて、列車がやってきた。黒い機関車に、二十両ほどの古い貨車が連なっている。客車は一両もなかった。列車は駅に停まると、蒸気を吐き出して静かになった。
機関車の昇降口から、一人の女が降りてきた。
車掌の制服を着た、四十がらみの女だった。
制帽を目深にかぶり、手には懐中時計を持っている。
「おはようございます、受験者の皆さん。第283期ハンター試験の、一次試験官です」
女は、懐中時計の蓋をぱちりと閉じた。
「試験会場は、この列車です」
ざわめきが起きた。
「この列車は、これから三日三晩、止まらずに砂漠を走り続けます。皆さんには、最後尾の貨車に乗っていただきます。三日後、終着駅に着いた時に、この機関車に乗っていた方が合格です」
「……それだけか」
誰かが言った。女は、制帽の下で微笑んだ。
「それだけです。ただし、この列車は、走りながら、後ろの貨車から一両ずつ切り離していきます。切り離された貨車に乗っていた方は、そこで失格。砂漠の真ん中に置いていかれます。もちろん、救助は出しますよ。三日後に」
ざわめきが、どよめきに変わった。
「貨車と貨車の間の通路は、施錠してあります。進むなら、屋根の上をどうぞ」
女は、懐中時計を開いた。
「それでは、ご乗車ください」
列車は、砂漠をひた走った。
最初の切り離しは、出発から一時間後だった。
最後尾の貨車が、がたんと音を立てて外れ、砂煙の中に遠ざかっていった。
屋根に登り遅れた二十人ほどが、その中に取り残されていた。
それから、一時間ごとに、一両ずつ。
屋根の上は、地獄だった。強い風。照りつける日差し。揺れる足場。
貨車と貨車の間は、跳んで越えるしかない。
足を踏み外せば、車輪の下か、砂の上だ。
前へ進もうとする者同士が、狭い屋根の上で押し合い、突き落とし合った。
アッシュは、揺れる屋根の上を、ゆっくりと前へ進んだ。
貨車から貨車へ。足場から足場へ。
地面に降りずに、瓦礫の山の端から端まで渡る時と、何も変わらなかった。
揺れの癖を覚え、風の向きを読み、揺れが一番小さくなる一瞬に跳ぶ。
急がなかった。切り離しの速さより、少しだけ速く進めばそれでいい。
夜、アッシュは、あの少年を見つけた。
貨車の屋根の端に、しがみついていた。前の貨車へ跳ぶ勇気が出ないまま、そこにいたらしい。指先が、震えていた。
アッシュは、少年の隣にしゃがみ込んだ。
「揺れには、癖がある。三つ大きく揺れたら、一つ小さくなる。その時に跳べ」
少年が、驚いたようにアッシュを見上げた。
「それと、着いたら止まるな。止まると、揺れに持っていかれる。着いたら、もう次を見てろ」
ゴミ山で、子どもたちに教えたのと同じ言葉だった。
少年は、しばらく揺れを見ていた。
三つ。そして、一つ。少年は、跳んだ。
前の貨車の屋根に、転がるように着地して、そのまま、止まらずに次の足場を見た。
アッシュは、少しだけ笑った。それから、自分も跳んだ。
三日目の夕方、列車は終着駅に滑り込んだ。
機関車に残っていたのは、九十人あまり。その中に、アッシュと、あの少年がいた。
終着駅は、砂漠の縁にある古い交易の町だった。
日干し煉瓦の家並み。入り組んだ細い路地。
市場には、香辛料と家畜と人いきれの匂いが混じり合っている。
人口は、三万ほどだという。
駅前の広場で、二次試験官が待っていた。
杖をついた、小柄な老人だった。眼鏡の奥の目が、ひどく穏やかだった。
「皆さんに、人を探していただきます」
老人は、受験者一人一人に、封筒を手渡していった。
「中に、写真が一枚入っています。写っているのは、この町に住んでいる誰かです。
明日の日没までに、その方を、この広場まで連れてきてください。
手荒な真似は、失格です。ご本人に、ご自分の足で来ていただくこと」
アッシュは、封筒を開けた。
写真は、古かった。色が褪せ、角が擦り切れている。
写っていたのは、七つか八つくらいの女の子だった。
おさげ髪で、前歯が一本欠けていて、何かを両手で抱えて笑っている。
子どもの写真。
周りでも、受験者たちが戸惑いの声を上げていた。
皆、同じだった。全員の写真が、子どもの頃のものだった。
「写真は、二十年ほど前のものです」
老人が、穏やかに言った。
「皆さんがお探しの方は、今はもう、大人になっています」
受験者たちは、町へ散っていった。
写真を手に、片っ端から聞き込みをする者。
市場の真ん中で、写真を掲げて大声で呼びかける者。
役場に忍び込んで、古い記録を漁ろうとする者。
アッシュは、まず、写真を長いあいだ見つめた。
顔は、変わる。二十年経てば、別人になる。
おさげ髪も、欠けた前歯も、とうに残っていないだろう。
だが、変わらないものもある。
女の子が抱えているのは、魚だった。両手でようやく抱えられるほどの、大きな川魚。
その魚の持ち方が、少しだけ変わっていた。
腹ではなく、えらの下に指を引っかけて、尾を脇に挟むようにして抱えている。
慣れた人間の持ち方だった。
それから、女の子の左手。親指の付け根に、小さな傷跡のようなものが写っている。
アッシュは、市場へ向かった。
魚を売る店を、一軒ずつ回った。店先に立って、何も買わずに、売り子たちの手元だけを見た。魚をどう掴むか。どう抱えるか。どう客に渡すか。
日が傾きかけた頃、市場の外れの、小さな川魚の店で、アッシュは足を止めた。
三十くらいの女が、客に魚を渡していた。
大きな川魚を、えらの下に指を引っかけて、尾を脇に挟むようにして抱え上げている。
客から代金を受け取る左手の、親指の付け根に、古い傷跡があった。
顔は、写真の女の子とは似ても似つかなかった。
髪は短く、頬はこけ、目元には疲れが刻まれている。
それでも、間違いなかった。
アッシュは、店の前に立った。写真を差し出す。
「これは、あんたか」
女は、写真を見て、目を丸くした。それから、ふっと笑った。笑うと、前歯の一本が、差し歯の色をしていた。
「……懐かしいね。父さんが、初めて大物を釣った日だよ。どこで、こんなもの」
「事情があって。明日の夕方、駅前の広場まで、一緒に来てもらえないか。来てくれるだけでいい」
女は、しばらくアッシュの顔を眺めていた。それから、肩をすくめた。
「店を閉めてからでいいならね」
その夜、宿の屋根の上で、アッシュは写真を眺めていた。
顔は変わる。癖は、変わらない。
二十年経った人間を、写真一枚で探す。
それは、今の自分が、十六年かけてやろうとしていることと同じだった。
ジャイロは、今、二十八になっているはずだ。顔も、背丈も、声も、もうあの頃とは違うだろう。街ですれ違っても、気づかないかもしれない。
それでも。
荷物を運ぶ時の、決まった順番。無駄のない、動き。首を傾げる、あの仕草。
癖は、変わらない。きっと。
屋根の下の路地を、あの少年が駆けていくのが見えた。
写真を握りしめて、まだ必死に誰かを探している。
アッシュは、屋根の上から声をかけた。
「顔を見るな。手を見ろ。癖を見ろ」
少年が、驚いたように見上げた。
それから、写真をもう一度見つめて、何かに気づいたように、また駆け出していった。
翌日の日没、駅前の広場に戻ってきた受験者は、四十人だった。
その中に、あの少年もいた。隣には、写真の中で凧を揚げていた男の子が、大人になって、照れくさそうに立っていた。
三次試験は、町の外れの岩山にある、地下洞窟だった。
受験者は、くじで四人ずつの組に分けられた。迷路のように入り組んだ洞窟に放り込まれ、四人揃って反対側の出口までたどり着けば合格。一人でも欠ければ、組全員が失格。
アッシュの組は、寡黙な傭兵崩れの男と、口の達者な詐欺師のような男。
そして、あの少年だった。
「……また、一緒だね」
少年が、小さな声で言った。名前を聞くと、リオ、と答えた。
洞窟の中は、暗く、寒く、罠だらけだった。落とし穴。崩れる天井。
毒の霧が溜まった窪み。四人は、互いを疑いながらも、少しずつ奥へ進んでいった。
二日目の夜、詐欺師の男が、裏切った。
出口の手前に、深い谷を渡る、狭い一本道の吊り橋があった。その向こうが、出口だった。詐欺師の男は、真っ先に橋を渡りきると、懐から取り出したナイフで、橋の綱を切り始めた。
「悪いな! 俺は、こっち側で、別の組の連中と話をつけてあるんだ! 四人揃わなきゃ失格なら、揃わなきゃいい! 俺の席は、あっちの組に買ってもらってる!」
綱が、一本、ぶつりと切れた。橋が大きく傾いた。
橋の上には、リオが残っていた。
傭兵崩れの男は、すでに橋の手前で足を止めていた。
リオを見て、それから、切れかけた綱を見た。そして、首を振った。
「無理だ。行けば、俺も落ちる」
それは、正しい判断だった。この橋が落ちれば、四人はもう揃わない。
どのみち失格だ。ここで死ぬ理由は、どこにもない。
リオが、傾いた橋板にしがみついたまま、こちらを見ていた。
何も言わなかった。助けてくれ、とも、置いていかないでくれ、とも。
泣いても無駄だと知っている顔だった。
守る相手を、自分で選べるようになれ。
誰に言われたからじゃなく、自分の目で見て、自分で決めろ。
アッシュは、橋に飛び乗った。
傾いた橋板を蹴り、跳ぶ。崩れかけた足場から、まだ持ちこたえている足場へ。
揺れには癖がある。列車の屋根の上で、リオに教えたことだった。
二本目の綱が切れた瞬間、アッシュはリオの体を片腕で抱え込んでいた。
橋が、落ちた。
アッシュは、落ちていく橋板の最後の一枚を蹴った。
対岸の岩壁に、空いた片手で指をかける。リオを抱えたまま、壁をよじ登った。
対岸の出口の前で、詐欺師の男が、ぽかんと口を開けていた。
アッシュは、リオを降ろした。それから、詐欺師の男の前に立った。
何も言わなかった。男は、ナイフを取り落として、尻もちをついた。
三次試験の試験官が、出口の脇の暗がりから姿を現したのは、その時だった。
「……規定では、四人揃わなければ失格です」
試験官は、淡々と言った。それから、手元の記録に何かを書き込んだ。
「ですが、この試験で見ているのは、出口にたどり着くことではありません」
試験官は、詐欺師の男を見下ろした。
「あなたは、失格です」
それから、アッシュとリオを見た。
「お二人は、通過です。橋の向こうの方は、残念ながら」
アッシュは、橋のあった場所を振り返った。
暗い谷の向こうに、傭兵崩れの男が、まだ立っていた。表情は、見えなかった。
リオが、アッシュの袖を、そっと掴んだ。何も言わなかった。
けれど、その手は、もう震えていなかった。
最終試験に残ったのは、十二人だった。
連れて行かれたのは、交易の町から列車で半日の、大きな港町だった。倉庫と酒場と安宿がひしめく、潮と油の匂いのする町。
波止場の倉庫の一つで、最終試験官が待っていた。
五十がらみの、がっしりとした体つきの女だった。短く刈った白髪混じりの髪。
片方の耳が、半分ちぎれている。腰には、使い込まれた手錠が何本もぶら下がっていた。
「ブラックリストハンターの、ヘルガだ」
女は、ぶっきらぼうに名乗った。
それから、受験者一人一人に、紙を一枚ずつ放り投げた。
手配書だった。
「本物の賞金首だ。大物じゃない。けちな詐欺師、空き巣、密売人。懸賞金も、安酒が何本か買える程度のもんだ。だが、どいつも、この町のどこかに潜り込んでる。四十八時間以内に、生きたまま、ここに連れてこい」
倉庫の中が、ざわついた。
「生きたまま、だ」
ヘルガは、繰り返した。
「殺したら失格。半殺しにしても失格。町の人間に怪我をさせても失格。ハンターの仕事ってのは、捕まえて終わりじゃねえ。捕まえた後に、そいつに罪を償わせるところまでが仕事だ。」
アッシュは、手配書に目を落とした。
写真の中の男は、四十くらいの、痩せた、眼鏡の男だった。
罪状は、文書偽造。役所の証明書や、身分証を偽造して売りさばいていたという。
身分証を、偽造して。
流星街の人間が、一番欲しがるものだった。
アッシュは、港町を歩いた。
二次試験で覚えたことを、そのまま使った。顔は見ない。手を見る。癖を見る。
文書を偽造する人間の手には、痕が残る。指先に染みついた、落ちないインクの色。
細かい作業を続けた者特有の、右手の中指の胼胝。
そして、そういう人間が必要とするもの。上質な紙。特殊なインク。細い筆。
アッシュは、町中の文具屋と印刷所を回った。それから、そういう品を、まとめて、しかも現金で買っていく客がいないかを尋ねた。
二日目の昼、港の裏手の、潰れかけた写真館で、アッシュはその男を見つけた。
手配書の写真よりも、髪が伸びていた。眼鏡も、違う形のものに変えていた。だが、カウンターの向こうで帳簿をつけている右手の中指に、固い胼胝があった。指先が、青黒く染まっていた。
アッシュは、店に入った。
男が、顔を上げた。アッシュの胸元のハンター試験の受験証を見て、顔色を変えた。
カウンターの下に、手を伸ばす。
その手首に、アッシュは触れていた。
念は使わなかった。ただ、伸ばしかけた手の勢いを、ほんの少しだけ横へ流す。男の手は、カウンターの下の拳銃に届かずに、空を掴んだ。
そのまま腕を背中に回して、カウンターに押さえつける。
「……見逃してくれ」
男が、喘ぐように言った。
「俺が作ってたのは、行き場のない連中の身分証だ。身分がない連中が、まともに働けるように。悪いことばかりじゃなかったはずだ」
アッシュは、少しだけ黙った。
記録のない連中。自分も、その一人だった。もし、十五の時にこの男に出会っていたら、自分も、ここで身分証を買っていたかもしれない。
「その身分証で、何人が人買いに売られた」
男の体が、ぴくりと強張った。
グラナートの書類を、アッシュは覚えていた。売られた子どもたちには、新しい名前と、新しい身分証が用意されていた。どこの誰とも分からない子どもを、どこかの誰かとして、国境の向こうへ送り出すために。
「……知らねえよ。俺は、作って売っただけだ」
「なら、それをちゃんと話せ。誰に売ったのか。全部」
アッシュは、男の手首に手錠をかけた。
期限の夕方、倉庫に戻ってきたのは、八人だった。
リオは、最後の一人だった。日没の鐘が鳴り終わる、ほんの数秒前に、倉庫の扉を押し開けて転がり込んできた。顔は痣だらけで、服は破れていた。
それでも、その手は、自分より一回り大きな空き巣の男の手錠を、しっかりと握っていた。
ヘルガは、リオの捕まえた男を一瞥した。それから、リオの顔を見た。
「怪我は、させてねえな」
「……させて、ない。俺のほうが、殴られた」
ヘルガの口の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。
「合格だ」
八人のうち、一人は捕まえた男の腕を折っていて、失格になった。
残った七人が、第283期ハンター試験の合格者だった。
講習は、港町の古いホテルの一室で行われた。
講習の後、一人ずつ、小さなカードを手渡された。
手のひらに収まるほどの、何の飾り気もないカード。
だが、その一枚で、世界のほとんどのどこへでも行けるとい言うハンターライセンス。
アッシュは、それを指先でつまんで、しばらく眺めていた。
名前の欄に、アッシュ、とだけ刻まれている。
記録のない人間が、初めて手にした、自分の名前が載った証だった。
会場を出ると、門の脇の石段に、見慣れた男が座っていた。
無精髭。古びた革の外套。片手に、齧りかけのパン。
「よう」
シンが、片手を上げた。
「……来てたのか」
「弟子が試験受けてんのに、山で寝てるわけにもいかねえだろ」
シンは立ち上がって、アッシュの手元のカードを覗き込んだ。
それから、満足そうに鼻を鳴らした。
「言っとくがな、表の試験に受かっただけじゃ、まだ半人前だ。ハンターってのは、念を使えて初めて一人前として扱われる。協会は、合格者が念を身につけるのを、陰で見てるんだよ。裏試験ってやつだ」
「……裏試験」
「お前の場合は、とっくに済んでる。俺が保証人だ。協会には、もう話を通してある」
シンは、アッシュの肩を拳で軽く小突いた。
「おめでとさん。これで、お前も一人前のハンターだ」
その夜、アッシュは、港町の情報屋に頼んで、端末を一台借りた。
ハンター専用の情報サイト。ライセンスがなければ、入ることもできない場所。
世界中のあらゆる情報が集まっていると、シンは言っていた。
検索欄に、名前を打ち込んだ。
ジャイロ。
結果は、ほとんど何も出てこなかった。同じ名前の、関係のない人間がいくつか。
古い記録の断片。そのどれも、あの少年とは繋がらなかった。
流星街。
今度は、いくつかの記事が出てきた。外の世界とは、ほとんど交わらない街。その住人を探すのは、極めて困難である。どの記事にも、同じようなことが書かれていた。
分かっていたことだった。ライセンス一枚で、十六年分の空白が埋まるわけではない。
それでも、アッシュは、画面を閉じなかった。
ブラックリスト、の項目を開いた。
世界中の、賞金首の一覧。名前と、罪状と、懸賞金の額が、果てしなく続いている。
その一番上のほうに、ひときわ大きな文字があった。
幻影旅団。危険度、A級。
構成員の人数、不明。顔写真、なし。名前、ほとんど不明。
団員の体のどこかに、十二本脚の蜘蛛の刺青があるらしい、という一行。
そして、これまでの罪状の一覧。その中に、クルタ族、という文字があった。
大人も子どもも、全員。
アッシュは、その画面を、長いあいだ見つめていた。
翌朝、港の桟橋で、シンが聞いた。
「で、どうする。ハンターにも、いろいろあるぞ。宝探し、獣探し、遺跡掘り。ライセンスがありゃ、どの道にだって行ける」
アッシュは、海を見ていた。
ジャイロを探すには、裏の世界に入り込める立場がいい。記録のない人間は、表の世界には足跡を残さない。残すとすれば、裏だ。
それに。
グラナートの離れの、檻の中の目。三次試験の橋の上で、泣かなかった少年。教会の裏の、小さな十字架。そして、昨夜、画面の中で見た、百二十八という数字。
守る相手を、自分で選べるようになれ。
「ブラックリストハンターになる」
アッシュは言った。
「あんたと、同じ道だ」
シンは、しばらく黙っていた。それから、照れくさそうに頭を掻いた。
「……物好きだな。儲からねえし、恨まれるし、命がいくつあっても足りねえ仕事だぞ」
「知ってる」
「そうかい」
シンは、外套のポケットから、折りたたんだ紙の束を取り出して、アッシュに放った。
手配書だった。
「なら、最初の獲物は、俺が選んでやる。卒業試験だ」
アッシュは、手配書を開いた。
朝日が、海の向こうから昇ってきた。日の昇る方を、右手に。
アッシュは、北へ向かう船の時刻表を、頭の中で確かめていた。