転生をしたらそこはゴミ山。ゴミ山から始まる友情 作:板前さん
シンが選んだ最初の獲物は、ヴァーゴという男だった。
手配書の写真は、三十半ばの、顎の尖った男。罪状は、強盗と殺人。三つの国で、合わせて十一人。懸賞金は、それなりの額だった。
「念の使い手だ」
北へ向かう船の甲板で、シンは言った。
「放出系。指先から、念の礫を飛ばしてくる。一発一発は大したことねえが、数が多い。距離を取って、近づかせずに削り殺すのが手口だ。今まで追ったハンターが二人、そいつにやられてる」
「……近づかせない相手、か」
「お前の能力と、相性は最悪だ」
シンは、にやりと笑った。
「だから選んだ。触らせてくれる相手ばっかりじゃねえってことを、最初に覚えとけ。俺は手を出さねえ。見てるだけだ」
ヴァーゴは、北の港町の、廃業した缶詰工場に潜んでいた。
三日かけて居場所を突き止め、四日目の夜、アッシュは工場の中に踏み込んだ。
シンは、外の給水塔の上で、腕を組んで見下ろしていた。
工場の中は、錆びた機械と、崩れかけた棚が迷路のように並んでいた。
一歩、踏み込んだ瞬間だった。
暗がりの奥から、光の礫が飛んできた。
アッシュは、反射で身を沈めた。頭の上を、礫が通り過ぎる。背後の鉄の柱に当たって、拳ほどの穴を穿った。
「ハンターか」
奥の暗がりから、乾いた声がした。
「若いな。三人目か。前の二人と同じところに、埋めてやるよ」
礫が、雨のように降ってきた。
アッシュは、機械の陰に飛び込んだ。
礫が、鉄の外板を叩く。一発一発は軽い。
だが、絶え間がない。顔を出せば、蜂の巣にされる。
距離は、二十歩ほど。
近づけない。触れられない。シンの言った通りだった。
タッチアンドコマンドは、触れなければ始まらない。
だが、触れる相手は、人間だけではない。
アッシュは、足元のコンクリートの床に、拳を叩きつけた。念を込めて。
床が砕けて、破片が跳ね上がった。跳ね上がった破片は、落ちなかった。
「飛べ」
破片が、ヴァーゴのいる暗がりへ、一斉に撃ち出された。
礫の雨が、一瞬だけ止んだ。ヴァーゴが、飛んでくる破片を払うために、手を割いたのだ。
その一瞬に、アッシュは機械の陰から飛び出した。
崩れかけた棚を蹴り、錆びた配管を足場にして、跳ぶ。床を走れば、礫に撃ち抜かれる。
だから、床には降りない。瓦礫の山の端から端まで渡る時と、同じように。
ヴァーゴが、舌打ちして礫を放った。三発。
アッシュは、空中で体を捻って二発を躱し、一発を、腕に纏わせた堅で受けた。
腕の芯まで、痺れが走った。
だが、距離は、もう五歩しかなかった。
ヴァーゴが、両手を前に突き出した。
指先に、ひときわ大きな光が集まっていく。
至近距離で、ありったけの礫を撃ち込むつもりだ。
アッシュは、着地と同時に、もう一度床を殴った。
跳ね上がった破片を、今度は撃たなかった。組んだ。
瓦礫が寄り集まって、不格好な人の形になる。
肩の高さほどの、石の人形。命令は、一つ。
組みつけ。
人形が、ヴァーゴの両腕に抱きついた。
ヴァーゴの指先の光が、人形の胸で炸裂した。人形が、粉々に砕け散った。
その粉塵の中を、アッシュは抜けていた。
ヴァーゴの右手首に、触れた。
込められるだけの念を、込めた。
「止まれ」
ヴァーゴの右腕が、凍りついたように止まった。
指先に集まりかけていた光が、行き場を失って霧散する。
左手を上げようとしたヴァーゴの左手首にも、アッシュは触れていた。
「止まれ」
両腕を封じられたヴァーゴが、目を見開いた。
アッシュの膝が、その鳩尾に入った。
ヴァーゴの体が、くの字に折れて、床に崩れ落ちた。
工場の外に出ると、給水塔の上から、シンが飛び降りてきた。
「三発、もらったな」
「一発だ。あとの二発は躱した」
「腕、見せてみろ」
シンが、アッシュの左腕の袖をまくった。堅で受けたはずの場所が、どす黒く腫れ上がっていた。
「堅が薄い。俺なら、痣にもならねえ」
「あんたと比べるな」
シンは、からからと笑った。
それから、手錠をかけられて地面に転がっているヴァーゴを見下ろした。
「まあ、及第点だ。卒業おめでとさん」
「……及第点か」
「満点は、無傷で捕まえた時にくれてやる」
シンは、アッシュの頭を乱暴に掻き回した。
いつものことだった。けれど、その手は、いつもより少しだけ、長くそこに置かれていた。
「今回は特殊な監獄に連れていく」
ヴァーゴを車の後部座席に押し込みながら、シンが言った。
「特殊の監獄?」
「トリックタワーだ。ブラックリストハンターが所長をやってる、塔の監獄だよ。……まあ、所長の性格は、あれだがな」
シンは、珍しく言葉を濁した。
車で二日。荒れ野の真ん中に、それは立っていた。
巨大な、円筒形の石の塔だった。窓は一つもない。
灰色の壁が、空に向かってまっすぐに伸びている。周りには、草木一本生えていなかった。
見渡す限りの、乾いた荒れ野。逃げ出したところで、どこにも行けない。
塔の根元の、小さな鉄の扉を叩くと、覗き窓が開いた。
看守が、アッシュのライセンスと、ヴァーゴの手配書を確かめる。重
い扉が、軋みながら開いた。
中は、薄暗い石の廊下だった。どこまでも続いているように見えた。看守に先導されて、アッシュとシンは、ヴァーゴを引きずりながら塔の奥へ進んだ。
所長室は、塔の中ほどにあった。
扉を開けた瞬間、アッシュは、目を細めた。
壁一面に、画面が並んでいた。何十、いや、百を超える小さな画面。
そのどれにも、塔のどこかの部屋や廊下が映し出されている。
独房で膝を抱える男。廊下を歩く看守。何もない石の部屋。
そして、その中央の大きな机の向こうに、一人の男が座っていた。
「やあ、いらっしゃい」
男は、画面から目を離さずに言った。
「シンくんじゃないか。久しぶりだね。今日は、お弟子さん連れかい」
「……相変わらずだな、リッポー」
シンの声には、うんざりした響きがあった。
リッポーと呼ばれた男が、ようやく椅子を回してこちらを向いた。
人当たりのいい、にこやかな笑顔を浮かべていた。
だが、アッシュは、その笑顔の奥の目が、少しも笑っていないことに気づいた。
用心棒の仲介屋と同じ目。いや、それよりも、ずっと冷たく、ずっと楽しそうな目だった。
「はじめまして。この塔の所長をやっている、リッポーだ。君と同じ、ブラックリストハンターさ」
リッポーは、アッシュを上から下まで眺めた。
「第283期の合格者だね。ヘルガのところの最終試験、生け捕りの課題を一番に戻ってきたって聞いてるよ。彼女とは、昔、組んで仕事をしたことがあってね」
「……アッシュです」
「アッシュくん。よろしく」
リッポーは、机の上の書類に、さらさらとペンを走らせた。それから、床に転がされているヴァーゴを、面白そうに見下ろした。
「放出系の、ヴァーゴか。十一人殺しの。懸賞金は、手続きが済み次第、口座に振り込もう」
リッポーは、ヴァーゴの顎を、ペンの先でくいと持ち上げた。ヴァーゴは、憎々しげにリッポーを睨んでいた。
「いい目だね。生きがいい」
リッポーの笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。
「試験に使える駒が、一つ増えた」
「試験?」
アッシュが聞き返すと、リッポーは嬉しそうに頷いた。
「ハンター試験だよ。この塔はね、何年かに一度、試験会場として貸し出されるんだ。受験者には、塔のてっぺんから下まで、決められた時間内に降りてもらう。その途中に、いろいろな仕掛けを用意する」
リッポーは、壁の画面の一つを指差した。何もない石の部屋が映っていた。
「仕掛けの一番の目玉が、囚人たちさ。塔の中に、受験者の行く手を阻む役として、囚人を配置する。受験者を足止めした時間の分だけ、刑期を減らしてやる約束でね。みんな、張り切ってくれるよ」
「……囚人に、受験者を襲わせるのか」
「襲うかどうかは、本人次第さ。勝負の内容も、囚人に決めさせる。殴り合いを挑むやつもいれば、賭け事を持ちかけるやつもいる。人間ってのは、自由を目の前にぶら下げられると、実に面白い顔をするんだ」
リッポーは、床のヴァーゴを見下ろした。
「このヴァーゴくんも、いい駒になる。放出系の礫使い。受験者の足止めには、うってつけだ。うまくやれば、刑期が何十年か縮むかもしれないね」
アッシュの眉が、寄った。
「そいつは、十一人殺した」
「知ってるとも」
「その罪を、試験で受験者を足止めした時間で、減らすのか」
リッポーは、首を傾げた。不思議そうに。
「それの、何がいけないんだい。檻の中で何十年も腐らせておくより、よほど世の中の役に立つじゃないか。将来のハンターを鍛える砥石になる。それも、立派な償いの一つだろう?」
「捕まえたのは、償わせるためだ」
アッシュの声は、低かった。
「殺された十一人の家族が、何を失ったか。そいつが、それと向き合うためだ。遊び道具にするためじゃない」
所長室が、しんと静まった。
リッポーは、しばらくアッシュの顔を眺めていた。笑顔は、少しも崩れていなかった。それから、ぱちぱちと、小さく手を叩いた。
「いやあ、律儀だねえ」
リッポーは、楽しそうに言った。
「シンくんの弟子らしい。その青臭さ、嫌いじゃないよ。でもね、アッシュくん。君が捕まえた後の囚人を、どう扱うかを決めるのは、この塔の所長である僕だ。君の仕事は、捕まえて、ここに連れてくるところまで。それが、この業界の決まりさ」
アッシュは、拳を握った。
シンが、その肩に手を置いた。何も言わなかった。ただ、首を小さく横に振った。
リッポーの言うことは、決まりとしては、正しかった。
「……分かった」
アッシュは、拳を解いた。
「でも、俺は、あんたのやり方が嫌いだ」
「正直でいいね」
リッポーは、まるで褒められたかのように笑った。
「嫌いでも、仕事はしてくれるだろう? 君が捕まえた賞金首を、僕が預かる。お互いに、それで食っていける。仲良くしようじゃないか」
それから、リッポーは、ふと思い出したように言った。
「そうそう。君、人を探してるんだって? ヘルガから聞いたよ」
アッシュは、顔を上げた。
「この塔にはね、流星街出身の囚人も大勢いる。流星街の出だって噂のある連中も、何人かね。名簿を見たいなら、見せてあげよう。今日の手土産のお礼だ」
リッポーが机の引き出しから取り出した名簿を、アッシュは一頁ずつめくった。
囚人番号。罪状。収監日。名前の欄が空白のものも、少なくなかった。
ジャイロという名前は、どこにもなかった。
二十代後半の、流星街出身の男。それらしき記録も、なかった。
「残念だったね」
リッポーは、心から楽しそうに言った。
「でも、見つかったら、ぜひ教えておくれよ。君がそこまで探してる友達が、どんな悪党に育ってるのか。いつか、この塔で会えるのを楽しみにしてるよ」
アッシュは、何も答えずに名簿を閉じた。
塔を出て、荒れ野の道を車で戻りながら、シンがぽつりと言った。
「ああいうやつだ」
「……あんたも、嫌いなのか」
「好きなやつは、いねえよ」
シンは、窓の外の荒れ野を見ていた。
「だが、腕は確かだ。仕事も早い。あいつの塔から逃げ出した囚人は、一人もいねえ。俺たちが捕まえたやつらを、確実に閉じ込めておいてくれる。それだけで、あいつと付き合う理由は十分なんだよ」
「好きか嫌いかと、仕事は別、ってことか」
「そういうこった」
アッシュは、バックミラーに映る塔を見た。
荒れ野の真ん中に、灰色の円筒が、どこまでもまっすぐに立っていた。
いつか、この塔で会えるのを楽しみにしてるよ。
リッポーの言葉が、耳の奥に引っかかっていた。
それから、アッシュは一人で仕事をするようになった。
「いつまでも師匠の後ろをついて歩くハンターなんざ、聞いたことねえ」
シンは、そう言って、アッシュを山小屋から追い出した。
追い出したと言っても、数ヶ月に一度は、ふらりと山に顔を出す。
そのたびに、シンは組み手を挑んできて、アッシュの纏の薄いところを、相変わらず正確に殴った。
賞金首を追う日々が始まった。
手配書を手に入れ、情報屋を回り、足取りを辿る。潜伏先を突き止め、乗り込み、捕らえる。生きたまま。捕らえた賞金首は、念の使い手や特殊な賞金首ならトリックタワーへ、そうでなければ各国の警察へ引き渡す。
詐欺師。密輸人。人買い。殺し屋。
アッシュが追う相手は、自然と偏っていった。子どもを食い物にする連中。記録のない人間を、記録がないのをいいことに売り買いする連中。グラナートの書類に載っていた名前を、アッシュは一つずつ潰していった。
トリックタワーには、二か月に一度は足を運んだ。
そのたびに、リッポーは所長室の画面の前で、にこやかに出迎えた。
「やあ、アッシュくん。今日も律儀に、生け捕りだね」
「仕事だ」
「知ってるとも。君の持ってくる囚人は、みんな傷が少なくて助かるよ。試験の駒にするにしても、使い勝手がいい」
「……」
「冗談だよ。半分はね」
リッポーとの会話は、いつもそんな調子だった。好きにはなれなかった。
たぶん、一生なれないだろう。
それでも、引き渡した囚人が逃げ出したという話は、一度も聞かなかった。
好きか嫌いかと、仕事は別。シンの言った通りだった。
月に一度、アッシュはハンター専用のサイトを開いた。
検索欄に、名前を打ち込む。
ジャイロ。
結果は、いつも同じだった。関係のない同名の人間が、いくつか。それだけ。
流星街の名前で調べても、出てくるのは、いつもの、記録のない人々の街、という記事ばかりだった。
それでも、毎月、打ち込んだ。打ち込まない月があったら、何かを諦めてしまう気がした。
ある月、サイトの片隅の小さな記事が、目の端に引っかかった。
どこか遠い国で、自然と共に生きることを掲げる団体が、急速に支持を広げているという。機械を捨て、化学製品を捨て、土と共に暮らす。
若い指導者の下で、信奉者が年々増えているらしい。
アッシュは、それを読み流した。
人探しには、関係のない記事だった。
その年の暮れ、一枚の葉書が、シンの山小屋に届いた。
差出人は、リオだった。
拙い字で、短い文が並んでいた。
ハンター試験の後、行方不明者を探す仕事をしているハンターの事務所に、見習いとして雇ってもらったこと。
毎日、写真を見て、癖を見て、人を探していること。
この前、初めて、一人の子どもを親元に帰せたこと。
最後の一行は、少しだけ字が大きかった。
揺れには、癖がある。三つ大きく揺れたら、一つ小さくなる。
アッシュは、葉書を何度か読み返して、それから、外套の内ポケットにしまった。
年が明けて、二十九歳になった春。
トリックタワーに、新しい囚人を引き渡しに行った時のことだった。
所長室へ向かう石の廊下で、すれ違いざまに、独房の中から声がした。
「……おい、ハンター」
鉄格子の向こうで、痩せこけた男が、床にうずくまっていた。目の焦点が合っていない。指先が、細かく震え続けていた。
「持ってねえか。白いやつ。少しでいい。少しでいいから」
看守が、うんざりしたように男の鉄格子を蹴った。
「最近、こういうのが増えてるんですよ」
看守は、肩をすくめた。
「新しい薬らしいです。どこから出回ってるのかは、誰も知らない。一度やったら、二度と抜けられないって話でね。売人も、仕入れ先を吐かない。吐く前に、みんな、こうなっちまう」
アッシュは、独房の中の男を見下ろした。
男は、もうアッシュを見ていなかった。何もない壁の一点を見つめて、白いやつ、白いやつ、と、同じ言葉を繰り返していた。