転生をしたらそこは流星街?ゴミ溜めから始まる物語 作:板前さん
九月二日の朝、ヨークシンの裏の世界は、一つの知らせで持ちきりだった。
十老頭が、正式に懸賞金を出した。
地下競売を襲い、競売品を奪おうとし、何百人という客と、十老頭直属の陰獣を皆殺しにした連中。その首に、前代未聞の額が懸けられた。一人あたり、億を優に超える。生死は問わない。
アッシュは、安宿の部屋で、借りてきた端末の画面を見つめていた。
ハンター専用の情報サイトにも、マフィアの息のかかった賞金首の掲示板にも、同じ情報が流れていた。どちらも、異様な速さで閲覧数が伸びている。世界中の賞金首ハンターが、この街に向かっている。いや、もう、この街に溢れ返っているのだろう。
画面の一番上に、その名前があった。
幻影旅団。
アッシュの指が、止まった。
五年前、山道で、シンが新聞を読みながら口にした名前。ハンターになった夜、ブラックリストの一番上に見つけた名前。危険度、A級。構成員の人数、不明。顔写真、なし。
その連中が、昨夜の、あの黒い気球に乗っていた。
籠の中から溢れ出していた、重いオーラ。いくつも。蚯蚓を、一晩で葬った連中。
「……そういうことか」
アッシュは、小さく呟いた。
掲示によると、マフィアが犯人を幻影旅団と断定したのは、昨夜のうちだった。荒野で陰獣と戦った男の体に、十二本脚の蜘蛛の刺青があったという。それを、遠くから見ていた者がいた。
そして、今回は、それだけではなかった。
「構成員の顔写真、七名分」
掲示の下に、そう書かれていた。地下競売の会場に設置されていた監視カメラが、襲撃の直前までの映像を残していた。そこに映っていた、七人の顔。
五年間、どこを探しても見つからなかった、幻影旅団の顔。
それが、今、画面の向こうに並んでいた。
写真は、どれも粗かった。
監視カメラの映像から切り出したものだ。斜め上からの角度。薄暗い照明。少しぶれている。それでも、顔の輪郭と、体つきくらいは見て取れた。
アッシュは、一枚ずつ、ゆっくりと見ていった。
流星街の出だという噂のある、盗賊団。五年前、シンはそう言っていた。
もしかしたら、と思わなかったわけではない。流星街の、どこかで。すれ違ったことのある誰かが、この中にいるのではないか。
だが、流星街は広い。ゴミの山が、どこまでも、果てしなく続く街だ。そこに、記録にも残らない人間が、何万と暮らしている。自分が知っている顔など、そのほんの一握りに過ぎない。それに、流星街を出てから、もう十六年が経っていた。
一枚目。眼鏡をかけた、黒髪の若い女。どこか眠たげな顔をしている。
二枚目。痩せた、小柄な男。口元を、襟で隠している。目が細い。
三枚目。大柄で、顔中に縫い目のような傷跡がある男。
四枚目。髪を後ろで結った、和装の男。腰に、刀のようなものを差している。
五枚目。明るい色の髪の、人懐っこそうな顔の若い男。
六枚目で、アッシュの指が止まった。
小柄な女だった。桃色がかった髪を、頭の後ろで一つに束ねている。
吊り目がちの、気の強そうな顔。
見覚えがあった。
天空闘技場の、選手用の通路。ヒソカとカストロの試合の後、すれ違った女。使い込まれた小さな鞄を提げていた。鞄の口から、太い針と、糸の束が覗いていた。
値踏みするような、鋭い目で、ほんの一瞬、アッシュを見た。
あの女が、幻影旅団だった。
アッシュは、画面から目を離せなかった。
あの通路の奥にいたのは。
ヒソカ。
あの奇術師と、幻影旅団。繋がっているのか。
それとも、偶然か。分からなかった。分からないことが、ひどく気味が悪かった。
アッシュは、最後の一枚に目を移した。
七枚目。
大柄な男だった。他の六人と比べても、ひときわ体が大きい。伸び放題の、獅子のたてがみのような髪。分厚い胸板。粗い写真の中でも、その男だけが、まるで画面からはみ出してきそうな、野性的な存在感を放っていた。
アッシュは、その写真を、しばらく見つめた。
なぜか、目が離せなかった。
胸の奥で、何かが、ほんのかすかに揺れた。この男に、どこか似た、誰かを。
思い出そうとした。何も浮かんでこなかった。
大柄で、髪の長い、荒々しい男。そんな男は、裏の世界に、いくらでもいた。用心棒仲間にも。手配書の中にも。そのどれかと、似ていただけだろう。
画面を閉じても、七枚の顔は、頭から離れなかった。
アッシュは、外套の内ポケットから、古い紙切れを取り出した。五年前の、ルクソ地方の新聞記事の切り抜き。山道で、シンが読んでいたのと同じ記事だった。あの後、村まで戻って、同じ新聞を買い直した。それから、ずっと持ち歩いていた。
クルタ族、百二十八人。子どもも、全員。
目を、えぐられていた。わざと苦しめて、目の色を濃くしてから殺した。家族を向かい合わせにして。子どもを、親の目の前で。
現場には、文字が残されていた。我々は何ものも拒まない。だから、我々から何も奪うな。
流星街の言葉だった。
二十年前、あの場所で、流星街の大人が、外の監督に突きつけた言葉。外の世界に、捨てられたものとして生まれてきた人間たちが、外の世界に向かって、自分たちを守るために突きつけた言葉。
それを、あの連中は、何の罪もない一族を皆殺しにした場所に、書き残していった。
許せない、と思った。
五年前に山道で思ったのと、同じ強さで。いや、もっと強く。
顔のなかった連中に、今は、顔があった。七つの顔。
眠たげな女。
口元を隠した小柄な男。
縫い目の傷の男。
刀の男。
人懐っこい顔の若い男。
闘技場ですれ違った女。
そして、獅子のたてがみの、大男。
この中の誰かが、子どもを、親の目の前で。
アッシュは、記事の切り抜きを、内ポケットに戻した。
生死は問わない、と掲示には書かれていた。
だが、アッシュは、殺すつもりはなかった。
捕まえる。生きたまま。死体は、何も償わない。ヘルガの言葉だった。百二十八人の命を、あの連中に、生きたまま、背負わせる。
それに、もう一つ、理由があった。
グリマルディの屋敷で、木箱が別のファミリーに積み込まれていくのを、ただ見ていることしかできなかった。マフィアの懐への足がかりは、一晩で崩れた。
だが、十老頭が今、何よりも欲しがっているのが、あの七人の首だということは、はっきりしていた。旅団の誰か一人でも、生きたまま捕らえて差し出せば、十老頭は、その者に借りを作ることになる。借りがあれば、チャンスがある。
許せない連中を、捕まえる。
その手柄で、ジャイロへの道を開く。
二つの理由が、一つの道に重なっていた。
アッシュは、立ち上がって、外套を羽織った。
通りに出ると、街の空気が、昨日とは違っていた。
競売の客と、商人と、見物人。その人波の中に、明らかに異質な連中が混じっていた。傷だらけの顔。使い込まれた武器。誰かを探すように、人の顔を一つずつ確かめていく、飢えた目。
アマチュアの賞金首ハンターだった。
一晩で、街中に溢れていた。手配写真を印刷した紙を握りしめて、路地という路地を覗き込んでいる。酒場の前では、情報屋が、旅団の目撃情報を高値で売りさばいていた。どれも、怪しげな噂ばかりだった。南の倉庫街で見た。東の公園で見た。地下鉄の駅で、刀を差した男が。
金の匂いに、群がっている。
アッシュは、その人波の中を、ゆっくりと歩いた。
ほとんどが、念を知らない連中だった。銃と刃物と腕っぷしだけで、億の首を獲れると思っている。あの気球の籠の中から溢れていたオーラを、一度でも感じていれば、そんな顔はできないはずだった。
何人が、生きて帰れるだろう。
アッシュは、裏通りの酒場へ入った。
奥の席に、仲介屋が座っていた。昨日、グリマルディの屋敷が荷を取り上げられたことは、もう知っているらしかった。アッシュの顔を見て、肩をすくめた。
「災難だったな。で、今度は、首狩りか」
「目撃情報が欲しい。まともなやつだけ」
「まともなのは、高えぞ」
アッシュは、札束を一つ、卓に置いた。仲介屋の手が、それを懐へ滑らせた。
「昨日の夜から、一つだけ、まともなのがある」
仲介屋は、声を落とした。
「旅団のやつらは、昨夜、荒野で陰獣を片づけた後、街に戻ってきてる。どこかに、隠れ家があるはずだ。それで、昨夜遅く、街の外れの廃ビルに、二人組が出入りしてるのを見たってやつがいる。小柄な男と、ジャージ姿の大男。写真の七人には、大男は一人しかいねえし、そいつは獅子みてえな髪だ。ジャージの大男は、写真にない顔だ」
「写真にない……」
「七人だけってことは、ねえだろうよ。蜘蛛の脚は、十二本あるっていうからな」
仲介屋は、にやりと笑った。
「ただ、その情報、もう他の連中にも流れてる。今夜あたり、腕自慢がまとめて押しかけるだろうな。行くなら、それより先か、それより後だ。一緒に行けば、巻き込まれるぞ」
アッシュは、廃ビルの場所を聞いて、酒場を出た。
日が高くなっていた。
夜まで、まだ時間があった。アッシュは、廃ビルの下見をする前に、少しだけ、街の様子を見ておこうと思った。他の賞金首ハンターたちが、どこで、どう動いているのか。
大通りの、露店が並ぶ一角に差しかかった時だった。
人だかりができていた。
輪の中心から、威勢のいい呼び込みの声が聞こえてくる。
「さあさあ、腕相撲だ! この坊主に勝ったら、この宝石が丸ごと手に入るぞ! 挑戦料はたったの一万ジェニー!」
スーツ姿の、背の高い若い男が、手を叩いて客を呼んでいた。
その前の小さな卓に、一人の少年が座っている。
黒い髪の、少年だった。
アッシュは、思わず足を止めた。