ゴミ山から始まる友情   作:板前さん

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6.出会いと別れ

ジャイロがいなくなって、夜が長くなった。

日が傾く頃になると、体が勝手に西を向く。瓦礫を跳んで、飯場へ。

九時の鐘が鳴る前に、便所の裏へ。

四年間、毎晩そうしてきた足が、それを覚えていた。

最初の半月ほどは、気づくと飯場の柵の外に立っていた。

ジャイロたちが暮らしていた宿舎には、もう別の労働者が入っていた。

 

ひと月が経つ頃、アッシュは飯場へ行くのをやめた。

待っている者は、もういない。

 

代わりに、体を鍛えるようになった。

強くなれ、と爺さんは言った。

どうすれば強くなれるのか、アッシュには分からなかった。

前世の記憶の中にある念という力は、名前だけで、手がかりは何もない。

ただ、体を鍛えることだけは、今の自分にもできた。

 

拾いの量を増やした。重い廃材を担いで、瓦礫の上を跳んだ。

足場から足場へ、地面に一度も降りずに、ゴミ山の端から端まで。

それを、何往復も。

夜は、爺さんが眠った後で、小屋の外で腕立てをした。

 

腹筋をした。息が上がって、腕が震えて、動けなくなるまで。

一人でいると、考えてしまう。

あの夜、もっと早く言っていれば。

あの日、足が動いていれば。答えの出ない問いが、頭の中をぐるぐると回り続ける。

 

体を動かしている間だけは、それを考えずに済んだ。

十一の体は、十二になり、十三になった。

思っていたよりずっと早く、体は応えてくれた。

腕に筋がつき、背が伸び、重い廃材を担いでも、もう息が上がらなくなった。

瓦礫を跳ぶ足は、爺さんよりも速くなった。

 

ゴミ山の子どもたちは、相変わらず周りにいた。跳ぶのを真似しようとする子。拾った物の名前を聞いてくる子。相撲を挑んでくる、あの大きな王様。

アッシュは、時々それに付き合い、時々、うるさいと追い払った。

 

それ以上、深く関わることはしなかった。

できなかった、のかもしれない。誰かを近くに置けば、

また、その誰かが壊れるのを見ているだけになるかもしれない。

そう思うと、どこかで一歩引いてしまう自分がいた。

十四になった年の冬、アッシュは、小屋の壁に一本の線を引いた。

爺さんに教わった方角。北。

いつか、あの針が指していた方へ。

 

その冬、爺さんは寝床から起き上がれなくなった。

咳に、血が混じるようになっていた。

夜中に何度も目を覚まして、苦しそうに息をする。

アッシュはそのたびに背中をさすり、水を飲ませ、また眠るまで傍にいた。

 

拾った物を交換に出して、薬になりそうなものを探した。

どれも、気休めにしかならなかった。

年が明けて、ひと月ほど経った夜だった。

いつもの咳の発作が収まった後、爺さんが、珍しく自分から口を開いた。

 

「アッシュ」

「……なんだ」

「お前を拾った時の話を、したことがあったか」

「灰の中から出てきたから、アッシュ。何度も聞いた」

 

爺さんは、喉の奥で笑った。笑ったせいで、また少し咳き込んだ。

 

「俺もな、捨てられたんだ。ここに」

 

アッシュは、背中をさする手を止めた。

 

「お前よりは、ずっと大きくなってからだがな。外で、いろいろあって、もう要らねえって言われて、ここに捨てられた。それから何十年も、ここで、ゴミを拾って生きてきた」

 

白く濁った目が、暗い天井を見上げていた。

 

「外の連中は、なんでも捨てていく。壊れた物も、使えなくなった人間も。俺は、それを拾って生きてきた。拾った物の中で、一番ましだったのが、お前だ」

 

「……ひどい言い方だな」

「褒めてんだよ」

 

爺さんは、また喉の奥で笑った。

それから、ごつごつした手が、アッシュの手首を掴んだ。

思っていたよりもずっと、力のない手だった。

 

「行け」

 

「……え」

 

「俺が死んだら、ここを出ろ。お前の友達を、探しに行け。お前はもう、外で生きていけるくらいには強くなった。俺が保証する」

 

「爺さん、そんなこと——」

 

「言いそびれたことが、あるんだろう」

爺さんの目が、アッシュを見た。片方の濁った目と、もう片方の、まだ光の残る目で。

 

「俺はな、言いそびれたまま、ここに捨てられた。言いたかったやつは、とっくにどこかで死んでるだろうよ。だから、お前は」

爺さんの手に、ほんの少しだけ、力がこもった。

「生き延びて、言え。今度こそ」

アッシュは、何も言えなかった。

ただ、爺さんの手を、両手で握り返した。

その夜、爺さんは眠ったまま、二度と目を覚まさなかった。

 

朝になって、アッシュは教会へ行った。

神父と、流星街の大人が数人、小屋まで来てくれた。

爺さんの体は、粗末な布にくるまれて、教会の裏の墓地へ運ばれた。

 

墓地には、小さな十字架がいくつも並んでいた。

驚くほど小さい、子どもの墓ばかりだった。

その列の端に、爺さんの墓が一つ、加わった。

 

墓穴に土をかける間、アッシュは泣かなかった。

泣けなかったのかもしれない。

ただ、爺さんの最後の言葉を、何度も頭の中で繰り返していた。

生き延びて、言え。今度こそ。

 

「これから、どうするのかね」

埋葬が終わった後、神父が聞いた。

アッシュは、小屋の壁に引いた線のことを思い出した。

北。あの針が指していた方角。

 

「外へ行きます」

 

出ていく前の日、アッシュは東の山の麓へ行った。

告げる必要があるのかどうか、少し迷った。深く関わらないようにしてきた。

名前を知っている程度の、近所の子どもたちだ。

黙っていなくなったところで、誰も困りはしないだろう。

 

それでも、足はそちらへ向かっていた。

子どもたちは、いつものように廃材の山の周りにいた。

四年の間に、皆、少しずつ大きくなっていた。

 

「あ、兄ちゃんだ!」

クロロが、最初に気づいた。十になっても、その笑顔は変わらなかった。

アッシュは、皆の前に立った。少しだけ、言葉を探した。

 

「明日、ここを出る」

子どもたちが、一斉に動きを止めた。

 

「爺さんが死んだ。だから、外に行く」

「外?」

 

クロロの目が、大きく見開かれた。

 

「流星街の外? 本当に?」

「ああ」

「旅だね!」

クロロは、本を閉じて立ち上がった。

驚きよりも、羨ましさのほうが勝っている顔だった。

「何しに行くの?」

「……人を探しに」

「誰?」

アッシュは、少し黙った。

 

「昔の、友達だ」

クロロは、それ以上は聞かなかった。代わりに、にっこりと笑った。

 

「見つかるといいね」

それから、何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。

 

「ねえ、兄ちゃん。ぼくね、いつか、みんなで劇をやるんだ。拾ったビデオのお話を、みんなが分かる言葉にして、みんなの前でやるの。だから、帰ってきたら見に来てね」

 

劇。アッシュには、何の話なのかよく分からなかった。

この子がそんなことを考えていたことも、知らなかった。

四年間、近くにいたのに。

 

「……ああ。いつか、見に戻る」

「約束だよ!」

 

クロロが、小指を差し出した。アッシュは少し戸惑ってから、それに自分の小指を絡めた。

山の上から、王様がのっそりと降りてきた。

 

「ま、外だろうがどこだろうが、お前はお前だろ。たまには帰ってこいよ。相撲の続きがあるからな。次は俺が勝ち越す」

 

「もう勝ち越してるだろ」

 

「もっと勝ち越すんだよ!」

 

眉の薄い子が、げらげらと笑った。目の細い子は、何も言わずに、少しだけ顎を上げてみせた。それが、あの子なりの別れの挨拶らしかった。

 

パクは、何も言わなかった。

小さい子の髪を結い終えると、立ち上がって、アッシュのそばまで歩いてきた。

肩にかけていた、拾い物を入れる麻袋。その口に、何かを押し込んだ。

 

パンの半分だった。

アッシュが何か言う前に、パクはもう背を向けていた。

 

「渡してない。置いてくだけ」

小さな声で、そう言った。

アッシュは、麻袋の中のパンを見下ろした。

いつか、自分があの子の膝に置いていったのと、同じ形の半分。

 

「……ありがとな」

 

パクは、振り返らなかった。

けれど、小さい子の手を引いて歩き出すその背中は、少しだけ、ためらっているように見えた。

 

帰り道、アッシュは何度か振り返った。子どもたちは、もういつもの遊びに戻っていた。

明日も、その次の日も、きっと、この景色は変わらないのだろう。

 

持ち物は、麻袋一つだけだった。替えのシャツが一枚。拾った小刀が一本。

交換に出さずに取っておいた、いくらかの硬貨。

そして、パクが置いていった、パンの半分。

 

小屋の戸を閉める前に、もう一度だけ、中を振り返った。

爺さんの寝床。継ぎ接ぎの壁。その壁に、自分で引いた一本の線。北。

方位磁針は、もうない。

だから、方角は自分で覚えておくしかなかった。

日の昇る方を右手に。夜なら、動かない星を前に。爺さんに教わったやり方だった。

 

アッシュは、瓦礫の上を跳んだ。

最後に、もう一度だけ、西へ回った。

飯場は、まだ眠っていた。

 

宿舎の屋根のトタンが、夜明けの薄明かりにぼんやりと光っている。

アッシュは、柵の破れ目をくぐって、共同便所の裏へ回った。

 

壁の下の、浮いたレンガ。

指をかけて、引いた。奥の隙間は、四年前と同じように、空っぽだった。

アッシュは、少し考えてから、麻袋の中を探った。

小屋を出る時に、一つだけ拾ってきた物があった。

爺さんがいつも使っていた、錆びた鉄の留め具。

拾い物を束ねるのに使っていた、何の価値もない金具。

それを、空っぽの隙間に置いて、レンガを元に戻した。

 

なぜそうしたのか、自分でもよく分からなかった。

ただ、ここを空っぽのままにしておきたくなかった。

いつか、もし誰かがこのレンガを引いた時に、何かが残っているように。

 

「行ってくる」

誰に言ったのか、自分でも分からなかった。

アッシュは、柵をくぐって、飯場を後にした。

 

流星街の端は、思っていたよりもずっと遠かった。

ゴミ山を越え、また次のゴミ山を越え、日が高くなっても、まだ終わりは見えなかった。

どこまで行っても、捨てられた物の山が続いていた。

外の世界が、どれだけの物を、どれだけの人間を、ここに捨ててきたのか。

その広さが、そのまま、この街の広さだった。

 

日が傾きかけた頃、ようやく、ゴミの山が途切れた。

乾いた荒れ地の向こうに、一本の道が伸びていた。

舗装された、灰色の道。その先に、霞んだ街の影が見えた。

 

外の世界だった。

 

アッシュは、道の手前で立ち止まって、一度だけ振り返った。

夕陽に照らされたゴミの山が、どこまでも続いていた。

あの山のどこかに、爺さんの墓がある。小屋がある。浮いたレンガがある。

そして、明日も変わらず遊んでいるはずの、子どもたちがいる。

アッシュは、前を向いた。

日の沈む方を、左手に。北へ。

針の指していた方角へ。

 

翌年の春のことだった。

ゴミ山の子どもたちの中から、一人の少女がいなくなった。

明るくて、よく笑う、いつもハートの形の小さな鞄を提げている子だった。

子どもたちは、総出で少女を探した。そして、見つけた。

小さな十字架が、また一つ、教会の裏に増えた。

その日から、子どもたちは、少しずつ変わっていった。

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