Cyberpunk: After Glow — Main Story   作:AfterGlow

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EP3 NOTHING ELSE MATTERS/大したことじゃない PART2

 

【挿絵表示】

 

 

ブルー・ヒートの中に入ると、安い香水の匂いはより一層強くなった。アレックスは僅かに顔を顰めながら辺りを見回す。趣味の悪いピンクのネオンライト。腹の底に不快さが響くような重低音。体を絡め合う男女、ドラッグをヤる老人、BDであちらの世界へ飛び立った者もいる。

 

快楽だけを煮詰めて腐らせたような場所だった。

 

アレックスが辟易していると、向かいの事務所と思しき部屋からスタッフが現れる。

 

『アレックス! きたよ!』

 

ノヴァが通信を送る。

 

「いちいち言わなくてもいい」

 

アレックスは口には出さず通信を返し、そのままスタッフへ声をかけた。

 

「あの……」

 

普段の生意気な態度が嘘のように、ジョイトイを演じた。

 

「わたし、ここでなら働けるって聞いて……」

 

喉元のボイスモジュレーターには、あらかじめノヴァが学習させた女性音声を仕込んである。経験上、場慣れして気の強そうな女を演じるより、初めての仕事に怯える娘を装う方が、こういう男は扱いやすいことを知っていた。

 

「ああ、聞いてるよ」

 

スタッフの男は疑う素振りもなく信じた。

 

「こっちだ。ついてきて」

 

「ありがとうございます」

 

アレックスはおずおずと頭を下げるフリをした。

 

『いいねぇ〜、サンディちゃんエロいよ〜』

 

「黙れ」

 

軽口を叩くノヴァに通信を送る。リリィはここまで一言も喋らなかった。

 

アレックスはスタッフの男について行った。

 

◇

 

通されたのは、ちょっとしたブースのような席だった。普段は男女の盛り場として使われているのだろう。いくつか、そういう道具が置いてある。アレックスは反吐が出る気分だったが、嫌悪を自分の中へ押し込んだ。

 

「きゃっ……」

 

「ああ、びっくりしちゃったかな」

 

「い、いえ。大丈夫です」

 

アレックスは穏やかに微笑んでみせた。

 

男は笑いながらホロ画面を開き、マーリンが手配した偽の履歴書を見る。

 

「アレクサンドラ・ヴェスパーね。なんだかすごく品があるね。前にもこういう仕事やってたの?」

 

「いえ、実は初めてで……」

 

「あ、そう。まあ君みたいにかわいい娘なら、すぐに稼げるようになるよ」

 

「本当ですか?」

 

アレックスは表情を少し明るく見せる。

 

「弟を食べさせないといけないんです……なんとかお願いします」

 

男の面接は尋問のようだったが、アレックスはすべて、事前に用意した回答を返してみせた。

 

年齢、身元、家族の有無、クローム搭載歴など。

 

Gorilla ArmsもBerserkも、人工スキンで隠していた。

 

「クロームを入れているかどうかが、関係あるんですか……?」

 

アレックスは手で口を隠しながら聞く。

 

「いやいや、セキュリティ上の問題だよ」

 

「クロームは、基本OSくらいで……他はあまり……」

 

「OK、ちょっとごめんね」

 

「あ、はい」

 

男が手首からコードを引き出し、アレックスの首のニューロポートに接続する。

 

「んっ……」

 

『いや、マジでアレックス演技上手いね』

 

「……」

 

ノヴァの軽口は止まらない。

 

リリィはなおも押し黙ったままだった。ただ、その掌には爪が食い込んでいた。

 

「おっ、きたきた。いらっしゃいませぇ〜」

 

ノヴァはアレックスと男の接続を確認すると、相手側へ偽情報を流しつつ、こちらへは男のセキュリティ情報を吸い寄せた。

 

「クソ雑魚ICEだね。ちょろいちょろい」

 

「ノヴァ、早くしてください」

 

リリィはいつになく急かす。

 

「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ。ん?」

 

ノヴァの指が止まる。

 

「どうしたのですか?」

 

そこに並んでいた項目は以下の通りだった。

 

神経負荷耐性、高出力OS適合率、疼痛耐性、クローム拒絶反応、精神崩壊率。

 

「なにこれ? こんなの検査する必要なくない?」

 

ノヴァが訝しむ。

 

男はコードを抜いた。

 

「うん、OK。綺麗な体して……」

 

言いかけて、男の口が止まった。ホロ画面の上を視線が走る。

 

「おい」

 

「はい」

 

男が別のスタッフを呼び寄せる。小声で話しているため、内容のすべては聞き取れなかった。

 

「壊れたところで、適合した個体だけ残せばいい」

 

その言葉だけが、はっきりと聞こえた。アレックスは、なぜかその言葉に既視感を覚えた。

 

「……?」

 

不意に、背中に埋め込まれたBerserkが疼いた。しかし、その理由がアレックスには分からないままだった。

 

◇

 

「アレクサンドラ、ついておいで」

 

男はアレックスを呼んだ。もしかしたら、そこに行方不明となった人たちがいるのかもしれない。

 

作り物の名だと分かっていても、そう呼ばれることに虫唾が走ったが、アレックスは大人しく従った。

 

「あの……」

 

「なんだい?」

 

「どこへ行くんですか?」

 

アレックスは初心な少女を装いながら問いかける。

 

「いいところ。君も稼ぎたいんだろ?」

 

「はい……そうなんですけど……少し怖くて」

 

言ってから、その言葉がすべて演技というわけではないことに気づいた。

 

怖い。そう思っている自分が確かにいる。深呼吸し、心を落ち着けた。

 

大丈夫だ。あの頃とは違う。そう、自分に言い聞かせた。

 

「大丈夫だよ。あ、こっちだ」

 

男が示したのは、さらに地下へ続く階段だった。その先を、重苦しい鉄の扉が塞いでいる。

 

「はい」

 

アレックスは階段を降りる。その時、リリィから通信が入った。

 

『坊ちゃん、作戦は中止です。撤退を』

 

「何言ってるんだよ。もうすぐで尻尾を掴めるって時に」

 

『そこは危険です。……なんだか、嫌な予感がします』

 

予感なんてリリィらしくもない。アレックスがそう思っていると、ノヴァからの通信が乱れた。

 

『やばいかも。つ……しんが……』

 

『アレッ……地下……入った?』

 

「なんだって?」

 

『ただの電波不良じゃな……多分、ジャミング……』

 

——プツン。

 

通信が切れた。地下へ入ったせいか、それとも意図的な妨害か。

 

二人の声が消え、自分の呼吸しか聞こえない。その沈黙に、アレックスは足を止める。ここで引き返せば、店側に勘づかれるかもしれない。そうなれば、失踪者たちを別の場所へ移される可能性もある。

 

「……もうちょい」

 

小さく息を吐く。

 

「……まあ、いざとなれば大暴れしてやる」

 

アレックスは、店の入口よりさらに下層へと降りていった。

 

◇

 

「着いたよ。ここだ」

 

男に通された部屋は、まるで監獄のような様相だった。殺風景な部屋の奥に、鉄格子だけがある。

 

その奥に、幾つかの光るものが見えた。瞳だ。誘拐されたのであろう少年少女たちが、鉄格子の中に閉じ込められていた。

 

アレックスは男へ振り返る。

 

「あ、あの……これは……」

 

その時、男がアレックスを突き飛ばした。

 

「きゃっ」

 

短い悲鳴と共に、アレックスは鉄格子の中へ押し込まれる。

 

「言ったろ? いいところだって」

 

アレックスは演技を続けた。

 

「ひどい……騙したんですね!」

 

男は悪びれもせず答える。

 

「騙してなんかいないさ。稼げるってのは本当だぜ。……まあ、その金がお前に入ることはないけどな」

 

そう言って笑うと、階段を上って去っていく。

 

「いいコにして待ってな。サンディちゃん」

 

そう言うと、地下室の扉を閉めた。

 

アレックスは周囲を見回す。少年少女たちは、怯えた目でアレックスを見つめていた。

 

「お前ら、こいつらに見覚えはあるか?」

 

あらかじめ許可を得ていた依頼者たちの写真を見せる。写真を順番に見せると、何人かが小さく頷いた。どうやら、失踪した者たちはここへ連れてこられているらしい。

 

「助けに来たぞ」

 

ボイスモジュレーターの細い声のまま告げる。

 

「助けに……って、お姉さんも捕まってるじゃない」

 

「うるせぇ。そもそも俺は……まあいいや」

 

彼らへ向き直る。

 

「お前ら、動けるか。ここから逃げるぞ」

 

返事はなかった。皆一様にひどく怯えていて、状況を飲み込めていない。中には薬漬けにされているのか、目の焦点が合わない者もいる。

 

その時だった。

 

『坊ちゃん!!!!!』

 

『アレックス!!!』

 

いきなり回線が開き、耳をつんざくリリィとノヴァの叫びが聞こえた。アレックスは耳を押さえた。もちろん、そんなことをしても意味はないのだが。

 

「うるせぇな!」

 

『も、申し訳ありません。坊ちゃんはご無事なのですか?』

 

『やっと繋がった! ジャミング固くてさー、今どんな感じ?』

 

「ああもう、いっぺんに喋るなよ!」

 

アレックスは息を吐くと答えた。

 

「今んとこ問題ない。被害者たちと合流した」

 

『では、突入します』

 

「待て、まだ早いっての」

 

アレックスは鉄格子の中へ目を向けた。怯えた少年少女たち。まともに動けそうにない者もいる。

 

「……今ここで騒ぎになったら、こいつらを危険に晒すかも」

 

『ですが——』

 

「分かってる。長引かせる気はないよ……っつーか、そういうのは俺の役目だろうが」

 

二人の声を聞いて少し安心すると、改めて囚われている少年少女へ目を向ける。

 

彼らの腕には番号の焼印。番号で管理されていることを示していた。そして、その横にはアルファベットとクロームの名前が焼き付けられている。

 

中でも数人には、「出荷待ち」や「再教育」といった、人間へ刻むにはあまりにも無機質な言葉が焼き付けられていた。

 

「なんだ……こいつら」

 

『アレックス、視界共有して』

 

ノヴァが言う。

 

アレックスは頷いた。視界共有が開始される。ノヴァはアレックスのKiroshiを通して、地下牢の端末をハックした。

 

『……そういうことか』

 

ノヴァの声が低くなる。

 

「どういうことだよ?」

 

『移植履歴と経過観察ログがある。あいつら、この人たちへ違法クロームを無理やり入れて、検査結果を記録してるんだろうね』

 

「人体実験ってことか?」

 

『うん。ジョイトイの面接にしては、検査項目が明らかにおかしかった』

 

「……それでか」

 

合点がいく。ジョイトイへ現在入れているクロームを聞くこと。訳の分からない検査項目。

 

——そして。

 

「壊れたところで、適合した個体だけ残せばいい」

 

あの言葉。目の前の彼らは、あの時のアレックスと同じだった。無理やりクロームを入れられ、自分の人生を滅茶苦茶にされている。

 

そう気づいた瞬間、アレックスの鼓動が早くなった。

 

背中のBerserkがひどく疼く。

 

『笑え!!!』

 

『そこに並べ。おい、動くな!!!』

 

『リリィは……リリィはどこ!?』

 

『大丈夫です……』

 

『いっ……だっ……い゛い゛!!!』

 

さまざまな記憶が、浮かんでは消えていく。強烈な吐き気を覚え、口を押さえた。

 

『……坊ちゃん?』

 

リリィの通信が届く。

 

「だ……大丈夫だ……。まだいける」

 

それを聞いて、リリィは即座に決断した。

 

『突入します。以降は、坊ちゃんの身の保護を最優先とします』

 

「待て……」

 

アレックスがリリィを制止した、その時。後ろから、扉を開く大きな音がした。

 

「やあ、子猫ちゃんたち! ご機嫌いかがかな?」

 

入ってきたのは、歳の頃五十前後の男だった。腹はでっぷりと膨らみ、歯はすべて金歯になっている。オイルで撫で付けられた金髪が、ベタベタと光っていた。

 

その体からは、香水をいくつも混ぜたような、なんとも言えない異臭が漂っている。

 

「ちっ」

 

舌打ちをして、アレックスは少年少女たちの中に紛れる。

 

「新しく入ったのって、どの娘?」

 

男は部下に尋ねた。パーキンスと部下たちは部屋へ入り、そのまま開かれた鉄格子の中へ足を踏み入れる。男はアレックスを見つけると、品定めするように全身をじろじろと眺めた。

 

「ふむ……」

 

アレックスへ近づき、べたべたと体を触り始める。たまらなく不快で、アレックスは今すぐ男を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。

 

だが、できない。ここで暴れれば、同じ鉄格子の中にいる少年少女たちへ危害が及ぶ。リリィとノヴァへ突入のメッセージを送り、耐える。

 

「この娘、実験台にしちゃうのもったいなくない?」

 

男は下卑た笑みを浮かべながら、部下の方を見る。

 

アレックスはひたすらに耐えていた。

 

「パーキンス様、そいつは……」

 

部下の一人が口を開く。

 

「ああ、報告にあったやつか。まあ、上に引き渡す前に一回くらいいいでしょ」

 

アレックスは、パーキンスと呼ばれた男を睨め付けた。パーキンスはようやくアレックスから手を離す。

 

「まあ、今は我慢だね。それよりも今は……君だ!」

 

男が、アレックスの隣に立っていた少女の腕を掴む。

 

彼女の腕には「再教育」の焼印。

 

「い、嫌っ……」

 

少女は手を振り解こうとするが、男の手は離れない。

 

『坊ちゃん』

 

通信越しに聞いているらしいリリィの顔が、視界の隅に映る。

 

『坊ちゃん、今そちらへ向かいます。どうか冷静に……』

 

「分かってる」

 

「君は前からいいと思ってたんだよ。出荷前に楽しむために、再教育にしておいたんだ」

 

「……ッ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、アレックスは激昂した。

 

開かれた鉄格子の扉、そのすぐ内側。アレックスはパーキンスの顔面を渾身の力で殴り飛ばした。

 

人工スキンが破れ、両腕のGorilla Armsが露出する。パーキンスは金歯を何本か撒き散らしながら、部屋の入口方向へ数ヤード吹き飛び、壁に激突した。

 

「い、いひぃ〜! 痛いぃ!」

 

情けない声を上げるが、死んではいなかった。でっぷりとした身体の下には、衝撃吸収用の皮下装甲でも仕込んでいるらしい。

 

瞬間、部下たちがアレックスへ銃を向ける。アレックスは、やってしまったと思いながらも、開け放たれた鉄格子を抜け、部屋の出口へ駆けた。

 

自分が外へ出れば、銃口はこちらへ集中する。その隙に、少年少女たちを逃がせるかもしれない。そう判断した。

 

だが、

 

「動くな!!!」

 

アレックスは足を止め、振り返る。部下たちはアレックスではなく、鉄格子の中に残された少年少女たちへ銃を向けていた。

 

「お前、傭兵か? さしづめこいつらの救出ってとこか」

 

「下衆野郎どもが……」

 

アレックスが唇を噛む。すると、パーキンスが壁に手をつきながら、ひょこひょこと近寄ってきた。涙と鼻水を垂らしながら、憎悪だけを剥き出しにしている。

 

「おー、いてぇ。思いっきり殴ってくれちゃって」

 

「顔面が砕け散る勢いで殴ったんだけどな。どうやら相当、面の皮が厚いらしい」

 

「クソガキが……!」

 

パーキンスが顎で示す。部下が短銃を抜き、アレックスの脇腹へ複合弾を撃ち込んだ。

 

「うぐっ……!」

 

着弾と同時に、青白いノイズがアレックスの視界を走る。Gorilla Armsの駆動音が途切れ、Kiroshiの表示が激しく明滅した。

 

膝から力が抜ける。遅れて、弾頭から注入された鎮静剤が血流へ回り始めた。

 

『坊ちゃん……? 坊ちゃん……!』

 

『アレックス!』

 

『坊ちゃん!!!』

 

事態を察したのか、リリィとノヴァがアレックスの名を呼ぶ。

 

しかし、その声はもう遠い。

 

「クソガキめ。上へ引き渡す前に、たっぷり遊んでやる……!」

 

パーキンスは高笑いした。アレックスは悪態をつこうとしたが、舌も動かない。そのまま、意識は暗闇へ溶けていった。

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