Cyberpunk: After Glow — Main Story   作:AfterGlow

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EP1 FIRESTARTER/熾火 PART 2

 

【挿絵表示】

 

 

アジトを出て数分。三人はリトルチャイナの通りを進んでいた。時刻は昼過ぎ。昼間だというのに、赤い提灯は変わらず通りを染めていた。

 

漢字と英語が混ざった看板が建物の壁から幾重にも張り出し、その下では、屋台の店主たちが湯気の立つ鍋をかき混ぜている。熱した油。鼻を刺す香辛料。合成肉を煮込む甘い匂い。通りを行き交う人々の声に、食器の触れ合う音と古い換気扇の唸りが重なっていた。

 

ノヴァはSTELLAを進ませながら、目の前へホロ画面を展開していた。

 

「しっかし、今どきみかじめ料とかベタだね」

 

今回の仕事は、リトルチャイナの屋台組合からの依頼だった。タイガークロウズの若い衆が、みかじめ料を巻き上げるのをやめさせてほしいということだ。

 

「でも、タイガークロウズがみかじめ料ふんだくっていくのなんて、今にはじまったことじゃないでしょ」

 

疑問を投げかけるノヴァに、アレックスは視線を向けないまま答えた。

 

「まぁな。ただ、やりすぎだって話だ」

 

「……ああ、なるほどね」

 

ノヴァは得心したように腕を組んだ。

 

「おそらく、ワカコの耳には入れていないのでしょう。そもそも、この辺りで彼らがそういった活動をし始めたのは最近のことですから」

 

大通りから一本外れる。人の流れが少し薄くなり、建物同士の隙間を縫うように細い通りが続いていた。頭上には後付けの配線が何本も渡され、その下に小さな飲食店と露店が並んでいる。壁際には空のケースや食材用のコンテナが積まれ、濡れた路面には看板の赤い光が揺れていた。

 

「まあ、理屈はどうだっていいよ。チェン爺の飯の美味さもわからない連中には、それなりの報いを与えてやるだけさ」

 

拳を握りしめたアレックスの視線の先に、見覚えのある暖簾が映った。歩調がわずかに速くなる。

 

古びた金属製の屋台。客席はカウンターだけ。派手な広告も、大きな看板もない。だが、鍋から上がる白い湯気とスープの匂いは、離れた場所からでもすぐに分かった。カウンターの内側では、一人の老人が開店準備をしている。

 

「チェン爺!」

 

アレックスが声を上げた。

 

チェン爺と呼ばれた老人は手を止め、ゆっくりと顔を上げる。三人を見て、眉間に皺を寄せた。

 

「なんだよその顔。せっかく助けに来てやったのに」

 

「頼んだ覚えはねぇよ」

 

「マーリンから聞いたよ、大変だって」

 

「余計なことをする奴だ」

 

チェン爺はそう言いながら、アレックスの顔をじっと見た。続いて、両腕のGorilla Armsへ視線を落とす。

 

「ったく、いつまで経っても慣れねぇな。あの小さかったガキがそんなもんつけやがって」

 

アレックスは眉根を寄せて口を尖らせた。

 

「そんなの俺の勝手だろ」

 

ぶつくさと言うアレックスを制するように、リリィが一歩前へ出た。

 

「お久しぶりです、チェンさん」

 

「相変わらず堅いな、リリィ」

 

「性分ですので」

 

口の端を持ち上げたチェン爺の視線が、横で指を咥えて鍋の中を覗き込んでいたノヴァへ向いた。

 

「ノヴァ、今日は何食べにきたんだ?」

 

「さっきご飯食べたばっかりなんだけどね。でもスープの匂いかいでたらお腹すいてきちゃって……じゃなくて」

 

チェン爺のペースに巻き込まれかけたノヴァが、慌てて話を戻そうとする横で、アレックスは屋台の周囲を見回した。

 

カウンターの端には新しい傷が走り、路面には割れた食器の破片が散らばっている。脇に置かれた椅子も、片脚が不自然に曲がっていた。アレックスの顔から笑みが消えた。

 

「これ、あいつらがやったの?」

 

チェン爺は答えないまま鍋の蓋を開けると、濃厚な香りの湯気が広がった。

 

「チェン爺」

 

「店を開ける。邪魔するなら帰れ」

 

「タイガークロウズが来たんだろ」

 

チェン爺の手が一瞬だけ止まった。それから何事もなかったように、スープをかき混ぜる。アレックスの声から、さっきまでの軽さが消えた。

 

「助けたいんだよ」

 

深く息を吐くチェン爺を見て、ノヴァは眉を寄せた。

 

「いくら?」

 

「月六百エディーだ」

 

「たっか!」

 

チェン爺が通りの向こうへ目を向ける。閉まったままの店。外された看板。シャッターの端には、赤い塗料でタイガークロウズの紋が残されていた。

 

「この店だけじゃない。払わない店は、順番に潰すつもりらしい」

 

アレックスのGorilla Armsが、低い駆動音を立てた。無意識に閉じた拳に、リリィが視線を落とした。

 

「坊ちゃん」

 

「……分かってる」

 

ノヴァは二人の会話を聞きながら、周囲のネットワークへアクセスしていた。紫の瞳に、橙色の光が細く走る。

 

「近くの監視カメラ、何台か録画が止められてるね」

 

アレックスがノヴァを見る。

 

「壊されてんの?」

 

「生きてる。けど映像だけ抜けてる」

 

「タイガークロウズが来る時間だけ、証拠を消してるのか?」

 

ノヴァは目を細めた。

 

「たぶんね。ワカコに怒られないように必死みたい。まるで寝小便した子供がシーツ隠すみたいにね」

 

その時、通りの奥から食器が割れる音が聞こえてきた。続けて、銃声と怒号が響く。

 

「払えねぇだと!?テメェら、俺らが誰かわかって言ってんのか!?あぁ!?」

 

耳障りな音に顔を顰めながら、ノヴァは舌打ちした。

 

「表の交差点に六人。裏にも一人いる」

 

アレックスがチェン爺を見る。

 

「今日は閉めろ」

 

「断る」

 

「爺さん」

 

チェン爺は鍋の火を調整する。その横顔に迷いはなかった。

 

「時間になったら店を開ける。腹を空かせた奴が来たら、飯を出す。それだけだ」

 

「そのために殺されてもいいのかよ」

 

アレックスの語気が強くなる。

 

チェン爺は初めて手を止め、静かにアレックスを見た。

 

「それを止めるために、お前たちは来たんじゃねぇのか」

 

アレックスは言葉を失った。

 

「店は閉めさせない。奴らの好きにもさせない。どっちもできるから来たんじゃねえのか?」

 

チェン爺は再び鍋へ向き直ると、店先へ暖簾を掲げた。何年も、何十年も、毎日続けてきたルーティンだった。

 

「俺の生き方まで決めるな」

 

アレックスは拳を握りしめて、諦めたように肩を落とした。

 

「あいつら片付けたら、ラーメン奢ってもらうからね」

 

「おう。いつものやつを食わせてやるよ」

 

リリィがアレックスの隣へ立つ。アレックスが横を見ると、リリィは微笑んでいた。落ち着いた、いつもの笑みだった。

 

「坊ちゃん、この店を守りましょう」

 

アレックスは少しだけ目を伏せると、通りの入口へ向き直った。

 

「うん」

 

リリィが屋台の位置と通りの幅を確認する。

 

「ノヴァは周辺ネットワークの掌握を。増援を呼ばせないよう通信も押さえてください。余裕があればハックもお願いします」

 

「了解」

 

「坊ちゃんは……正面突破です。背後は私が守りますので」

 

「いつも通りだな」

 

そう言うと、アレックスは拳を打ち鳴らした。

 

その時、通りの入口から低いエンジン音が響いた。

 

店主たちの声が止まる。

 

開きかけていたシャッターが閉まり、通りに並べられていた商品が慌ただしく店内へ引き込まれていく。一台、もう一台と車が通りの向こうへ集まってきた。車体には赤い意匠。ドアにはタイガークロウズの紋。

 

「きやがったな、ゴキブリども」

 

アレックスが毒づいていると、車の扉が開いた。派手なジャケットと金属化された顔。腰に差した刀。手にした銃。六人の男たちが通りへ降り立った。

 

ノヴァが低く告げる。

 

「裏の一人も動いた。全部で七人」

 

リリィが、腰に差した熱刀——Errataの柄に手をかけ、鯉口を切る。

 

チェン爺だけが、変わらず鍋をかき混ぜている。

 

先頭の男が歩み寄ってきた。

 

「おい、爺さん!」

 

チェン爺は顔を上げない。

 

「昨日の話、考えたか?」

 

「なんの話だ?」

 

男の口元から笑みが消えた。

 

その背後で、仲間たちも身構える。

 

アレックスが一歩前へ出る。男のオプティカルが少年の姿を捉えた。

 

細い身体。赤い瞳。そして、両腕のGorilla Arms。

 

男たちの手が武器へ伸びると、リリィは呼応するように静かに鞘を払った。

 

男たちの視線は、その後ろでSTELLAに座るノヴァへと移る。

 

「なんだぁ!?テメェら、殺されてぇのか!?」

 

アレックスは答えない。

 

リリィはErrataを下段に構え、男たちを見据えている。

 

ノヴァだけが明るく笑った。

 

「今日の店番」

 

男の視界に、赤い警告表示が走る。通信障害。照準補助の異常。サイバーウェアへの不正アクセス。ノヴァの紫の瞳が淡く光る。

 

「それで?」

 

笑みは消えていない。

 

「ご注文は? お客様」

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