Cyberpunk: After Glow — Main Story 作:AfterGlow
「ご注文は? お客様」
一瞬の沈黙が場を支配する。
先頭の男が、鼻で笑った。
「ガキが」
男が銃口を持ち上げるより早く、アレックスが地面を蹴った。油に濡れた路面が砕け、男のオプティカルが少年の姿を見失った。
「どこ行きやがった!」
銃の照準をあちこちへ向けながら少年の姿を探す。そのオプティカルが、上を指差すノヴァを捉えた。
「……上?」
次の瞬間、厄災が降り注いだ。
上空へ飛び上がったアレックスが落下とともに拳を地面に突き立てた。その小さな身体からは想像もできない破壊のエネルギーが迸る。鈍い衝撃音が響き、アスファルトが蜘蛛の巣状に砕ける。直撃を受けた一人は路面へ叩きつけられ身体が千切れ飛ぶと、そのまま動かなくなった。残る男たちは衝撃波に足を取られ、何人かが派手に転がった。
生き残った男たちが尻餅をついている様を、アレックスは冷淡に見下ろした。
「どうした?かかってこいよ」
「ぶっ殺せぇ!」
残る男たちが怒りに唇を震わせながら立ち上がり、一斉に武器を抜いた。直後、照準をアレックスへ向けていた二人のオプティカルが赤く明滅し、視界がノイズに覆われた。
「何だ、これ……!」
「見えねえ!」
「はい、二名様ご案内」
ノヴァが指先を軽く振る。その瞳には橙色の光が走っていた。
「アレックス、右!」
「見えてるよ!」
アレックスが身体を沈める。
頭上を銃弾が通り抜けた。
踏み込んできた男の懐へ入り、腹部へ拳を突き上げると、強化された身体がくの字に折れた。間を置かず、その襟首を掴む。アレックスは男の身体を持ち上げ、銃を構える仲間へ投げつけた。
「おい!」
別の男が屋台へ銃口を向けた。
「動くな! 爺ごと――」
刃が閃いた。拳銃の銃身が、右腕ごと斜めに切り落とされる。男の視線が、自分の手元へ落ちた。切断された腕が地面を跳ねる。
「う……腕っ!俺の腕っ!」
その向こうに、Errataを構えたリリィが唇の前に指を立てていた。
「店先ではお静かに」
「この……!」
男が残った左手で腰の刀を抜き、リリィへ向けて振り下ろした。
Errataがそれを受け止める。刃と刃がぶつかり、火花が散った。
男は片腕で刀を押し込もうとするが、リリィの刃は微動だにしない。
「何だ……こいつ……!」
「強引ですね」
リリィが手首を返すと、男の刀が外側へ弾かれ、胴が開いた。リリィは半歩だけ踏み込んだ。
一閃。
袈裟に入った刃は鎖骨を割り、肺を裂き、脇腹から抜けた。
その背後から、別のタイガークロウズが短機関銃を構える。
「リリィ!」
アレックスの声が響いても、リリィは振り返らない。銃声と同時に、アレックスは彼女の背後へ滑り込むと、Gorilla Armsを交差させる。弾丸が金属の腕へ連続して弾かれた。甲高い着弾音が響き、火花が二人の周囲へ散る。Gorilla Armsの外装には、細かな弾痕が刻まれていく。
「ご無事ですか、坊ちゃん」
「前だけ見て」
アレックスは銃撃を受け止めたまま前へ出た。
一歩。
さらに一歩。
弾倉が空になっても、恐怖に駆られた射手は引き金を何度も引いた。弾丸は発射されず、乾いた作動音だけが響く。
アレックスが腕を下ろした。
「終わりか?」
「来るな!」
男が投げつけた空の短機関銃を、アレックスは片手で払い落とした。そのまま距離を詰め、胸倉を掴む。
「来たのはそっちだろ。呼ばれてもないのに」
拳を振り抜く。拳は男の胸部装甲を破壊し背中まで突き抜けた。男は背中から血肉を吹き出しながらシャッターへ叩きつけられ、その場に崩れ落ちた。
正面で立っていた三人の足が止まる。
誰も、すぐには次の一歩を踏み出せなかった。背中合わせになったまま、リリィが周囲を見渡す。
「ノヴァ!」
ノヴァの声が二人の内部通信へ流れ込む。
「正面に三人。裏の一人は、こっちに来るのやめたみたい」
「逃げたのですか?」
「車出そうとしてるね」
路地の向こうでエンジンが唸り、停められていた車の一台が急発進する。狭い通りを後退しながら、逃げ道を探している。
ノヴァが小さく笑った。
「残念でした」
車の制御系に警告が走り、ハンドルが勝手に切れた。
「う……うわっ!」
運転席の男がハンドルへしがみつく。車体は言うことを聞かないまま走り出した。後輪が油に濡れた路面を滑り、そのまま積まれていた空のコンテナへ突っ込んだ。
派手な音を立てて箱が崩れ、エアバッグが炸裂すると、運転席の男の顔面をまともに打つ。車内に血が飛び散り、男は動かなくなった。
戦闘を続けている三人は距離を取り、アレックスとリリィを睨んでいた。
一人は拳銃。一人は刀。もう一人は、両腕を大型のGorilla Armsへ換装している。
「殺せ……!」
Gorilla Armsの男が、重い足音を立てながらアレックスへ突進した。勢いそのまま、金属の拳が振り下ろされる。アレックスは横へ跳んだ。拳が路面を砕く。
相手の腕は、アレックスのGorilla Armsより一回り太い。男が拳を引き抜き、続けて横薙ぎに振るのをアレックスは両腕で受けた。衝撃で靴底が路面を滑る。
男が笑った。
「細え身体だな。腕だけ換えたって……」
「試してみるか?」
アレックスが敵に殴り掛かろうとした、その時。渾身の力で放とうとした右ストレートが、中途半端な位置で止まった。
「……?」
肘に小さな違和感。思わず視線を落とした。先ほど受け止めた銃弾の一発が、不運にもGorilla Armsの関節部に深く食い込んでいた。
「うっそだろ……」
そう声を落としたアレックスの身体が、勢いよく吹き飛んだ。
「がっ……」
男の拳が、アレックスの腹部を捉えていた。
背後の壁に叩きつけられ、アレックスの呼吸が止まる。
「坊ちゃん!」
「がっはっは!ほら見ろ!伊達じゃねぇか!」
そう言うと男はアレックスへ向け、重い足音を響かせながら突進した。
駆けつけようとするリリィを手で制しながら、アレックスはふらふらと頼りなく立ち上がる。
「すーっ……ふぅぅっ!」
腹の底まで息を吸い込み、強く吐き切る。壁に叩きつけられて乱れた呼吸を、無理やり整えた。
アレックスは眼前の敵を見据える。
「死ねっ!」
男の巨拳が、眼前に迫った。
僅か、一センチ。
それだけの差で拳を躱わすと、アレックスはその腕を抱き抱えた。
腰を落とす。
相手の勢いを利用し、その巨体を背負うように持ち上げた。
男の表情から笑みが消える。
「なっ——」
アレックスは身体を捻った。
男の巨体が宙を回り、路面へ背中から叩きつけられると、アスファルトがひび割れた。
アレックスは相手の胸へ膝を置き、左のGorilla Armsを振り上げる。
男の眼が大きく見開かれた。
拳が落ちる。
顔面が陥没し、男は動かなくなった。
立ち上がったアレックスの背後へ、刀を持った男が迫る。
「坊ちゃん、頭を!」
アレックスは迷わず身を屈める。Errataがその頭上を通過した。男の刀が根元から断ち切られ、折れた刃が宙を舞った。
リリィは踏み込む。
斬撃を終えたErrataを返し、男の胴を薙ぐ。
上半身が、半拍遅れて滑り落ちた。
「あとは……あいつだけか」
アレックスとリリィは、互いを見ることなく再び背中を合わせた。
最後に残った男が、拳銃を両手で構えていた。銃口が二人の間を行き来し、額に汗が浮かんでいる。
「動くな……」
アレックスも、リリィも動かない。
男の指が引き金へかかる。
「殺すぞ」
ノヴァが首を傾げた。
「誰を?」
男の拳銃が、突然作動音を鳴らした。弾倉が路面へ落ちる。
「は?」
続けて、男の身体から火柱が上がった。
「ぐぁあああああ!!!」
「水ならあっち行った先にあるよ」
ノヴァの瞳に橙色の光が強く走る。ノヴァは悪戯っぽく笑った。
男の右腕が痙攣すると、拳銃を握っていた指が開き、武器が路面へ落ちた。
アレックスが拳銃を蹴り飛ばす。ようやく身体を包む炎が立ち消える。男は座り込んだまま、三人を見上げた。
「お前ら……何者だ」
ノヴァは目を細めると、芝居がかった仕草でSTELLAを前へ滑らせる。男の眼前まで近づくと、歌うように高らかに唱えた。
「あたし達は、泣く子も黙るサイバーパンク、アフターグロウだ!」
その後ろではアレックスとリリィが冷めた眼でノヴァを見つめていた。
「だってさ」
「締まらないなあ!」
足元に倒れた男たちを見下ろしながら、リリィがErrataを鋭く振る。刃に残った血が、ひび割れた路面へ細い線を引いた。
「お二人とも。まだ終わっていません」
その声で、アレックスとノヴァの表情が戻った。
生き残った男が路面に座り込んだまま、三人を睨んでいる。
「こんなことして……ただで済むと思うなよ」
アレックスが男へ向き直る。
「なんで?」
「この辺が誰のシマか、分かってねえらしいな」
アレックスは屋台の前に立った。背後では、チェン爺が変わらず鍋をかき混ぜている。スープの匂いが、火薬と焼けた金属の臭いに混ざっていた。
「チェン爺のだ」
男の顔が歪む。
「ガキが、調子に——」
リリィがErrataを振るう。
切っ先が男の喉元で止まり、男の言葉も止まった。
「かっ——」
「その先は、気をつけて言葉を続けてくださいませ」
「……くそっ、」
男は倒れた仲間を置いて、よろめきながら立ち上がった。動かなくなった車を置き去りにし、通りの出口へ向かう。途中で一度だけ振り返る。
「覚えてろ」
ノヴァがにこやかに手を振った。
「またのご来店をお待ちしておりまーす」
男は顔を引きつらせ、そのまま通りの向こうへ消えた。
広場に静寂が戻る。閉じていたシャッターの隙間から、店主たちが外の様子を窺っている。やがて一つ、また一つと、シャッターが開き始めた。
止まっていた換気扇が回り、火が入り、食器の触れ合う音が戻ってくる。
リトルチャイナの日常が、何事もなかったように動き出した。
「終わったな」
「まだです」
リリィがErrataを鞘へ収める。
「屋台の片づけが残っています」
アレックスの視線が、折れた椅子と散らばった食器へ向く。
「それ、俺たちの仕事?」
チェン爺が答える。
「店は閉めさせねぇって約束だったろ」
「そういう意味じゃない!」
チェン爺は三人へ背を向け、寸胴鍋の蓋を開けた。白い湯気が立ち上る。
「働いたらラーメン食わせてやる」
アレックスの動きが止まった。
「まぁ、約束だし。腰の曲がったジジイは労わんないとね」
アレックスはそわそわとした様子で曲がった椅子を持ち上げた。
「現金だなあ」
ノヴァは呆れた顔で、STELLAのアームレストに頬杖をついた。