Cyberpunk: After Glow — Main Story 作:AfterGlow
「トモコー、いるー?」
診療所の前でアレックスが呑気な声をあげる。ノヴァはアレックスの横でSTELLAのサイドポケットから取り出したポテトチップスを齧っている。
「そんなバカみたいな声出さなくても聞こえてるでしょ」
「バカみたいってなんだよ」
「坊ちゃん」
アレックスの後ろについていたリリィが声をかける。
「トモコの治療が嫌だからといって、逃げ出してはいけませんよ」
「ガキ扱いしないでよ」
先日のタイガークロウズとの戦いの後、アレックスのGorilla Armsから異音が発生。治療の為、懇意のリパードクであるトモコの元を訪れていた。
「トモコー!いないのー?」
「うるさいな、聞こえてるわよ」
薄暗い診療所の奥からトモコが頭を押さえながらゆっくり歩いてきた。
トモコ・ナカジマ。カブキで診療所を営むリパードクであり、アレックスとリリィにとっては命の恩人でもある。年齢を感じさせない整った顔立ちは、今日は血色の悪さと目の下の隈に完全に負けていた。
「トモコ、いつにも増して顔色悪いね。だめだよお医者さんが飲みすぎちゃ」
ノヴァが冗談めかしてトモコにいう。
「二日酔いならよかったんだけどね」
リリィがトモコを見つめる。彼女たち二人は現在では時折酒を酌み交わす仲だった。だからかもしれない。リリィがトモコの手が震えていることに気づいたのは。
「トモコ、何かあったのですか」
トモコは深く息を吐いた。
「まあ、ちょっとね。それで、今日はどこ壊したの?」
アレックスが口を尖らせる。
「どこも壊してない。なんでみんな俺がどこか壊す前提なんだ」
ノヴァが横から口を挟んだ。
「嘘はいけないよ、リーロイ君」
アレックスが抗議の言葉を吐き出しかけた時、収拾がつかなくなることを悟ったリリィが話した。
「先日のギグ以来、坊ちゃんの両腕の調子が思わしくありません。診ていただけますか」
トモコは薄い笑みを浮かべながら言った。
「なるほど、ママンに連れられてクリニックに来たってわけね」
「リリィはママンじゃないし、俺は一人でこようとした。二人が勝手についてきたんだ」
「ガキはいつもそう言うのよ」
アレックスがますます不機嫌になるのを見ると、それを無視して笑った。
「上がって」
トモコは三人を診療所へ迎え入れた。
◇
「銃弾の破片が関節に入り込んでる。また無茶な使い方したでしょう」
トモコは慣れた手際でアレックスのGorilla Armsから異物を除去していく。アレックスは苦痛に顔を歪めながら言った。
「無茶じゃない。トモコがつけてくれた腕だから耐えられると思ったんだ」
トモコは一瞬手を止めると、口の端を持ち上げた。
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。ご褒美に、凄く苦い薬をかなり苦い薬に変えといてあげるわ」
「たいして変わらないじゃん」
そう言いながら、ちらちらと集中治療室へと視線を向けるトモコを見て、アレックスは少しだけ訝しんだ。
リリィはアレックスのそばにつき心配そうに処置を眺めている。ノヴァは早々に飽きたのか、冷蔵庫を物色していた。
「あはっ、合成プリンみっけ」
ノヴァはまるで自分の家の冷蔵庫のようにプリンを取り出すと今にも封を開けようとする。
「トモコー、これ食べてもいいー?」
「勝手にしなさい。私甘いの嫌いだし」
「じゃあなんで冷蔵庫に入れてんの?」
「あんたみたいなのがよく来るからよ」
その言葉を聞くや否や、ノヴァは封を開け放ち、プリンにスプーンを突っ込んだ。
「えー、トモコやさしー!」
ノヴァは満面の笑みを浮かべてプリンにぱくついている。
アレックスはそれを横目に見ながら、早く終わらないかな、と処置台の上で足を揺らした。
◇
治療が終わる頃、アレックスは痛みと説教でぐったりとしていた。
リリィがそばによる。
「坊ちゃん、よく頑張られましたね。帰りになにか甘いものでも買って帰りましょうか」
「だからガキ扱いすんな」
アレックスはほとほとうんざりしたように答えながら、トモコの方へ向き直った。
「それで、どうしたの?」
トモコが質問で返す。
「何が?」
「酒も飲んでないのにいつもより濃い隈はどうやって作ったの?」
「このガキンチョめ、やっぱり凄く苦い薬出しとくわ」
アレックスは少しだけ自分の言動を後悔しながら続けた。
「ごめん。でも、普段通りって顔には見えない」
トモコは一際大きな息を吐くとひとりごちた。
「あんたらには関係ない話よ。本当ならね。……でも、どのみちマーリンには依頼を出すつもりだった」
「依頼、ですか」
リリィが尋ねる。
「ええ……、見てもらったほうが早いか」
トモコは三人へ顎で示すと、診療所の奥へ歩き出した。
「ついてきて」
「えー、ちょっと待ってよ!」
その後ろをまだプリンを堪能している最中だったノヴァが追いかけた。
◇
トモコの診療所の奥、集中治療室に彼女はいた。年齢は十一、二歳だろうか。黒髪の下、顔は額から顎までほとんどが鈍い銀色の人工外殻に置き換わっていた。両目は光を飲み込むような黒いサイバーオプティクス。口元から顎にかけては外装が大きく開放された構造になっており、その奥に人工顎のフレームと細い駆動部が覗いている。顎下から喉へ機械構造が続き、身体中には管が繋がれていた。荒い呼吸だけが、彼女が生きていることを知らせている。
「こんなに小さい子が……」
ノヴァの顔がこわばった。
その横で、アレックスの脳裏に4年前の記憶が蘇る。薄暗い処置室。脊髄を直に舐められるような不快な声。鼻を刺す薬品臭。一歩歩くどころか、体を起こすことさえできなかった自分。
アレックスが何も言えないでいると、それを見かねたようにリリィは口を開いた。
「脊椎……ですか」
トモコが答える。
「そうよ。事故で脊椎損傷、ここに運び込まれたわ」
「治せないの?」
後ろからノヴァが口をはさむ。
「私を誰だと思ってんの。これくらい訳ない……はずだったんだけどね」
三人は黙ったまま、腕を組むトモコの話に耳を傾けている。
「本来なら今日手術する予定だった。……盗まれたのよ」
「盗まれた?」
「ええ。この娘に適合する型の医療用クローム」
「……スカベンジャーか」
アレックスが吐き捨てるように言う。
「それがなければこの娘の手術は不可能。同型の代替品はすぐに手に入らないし……時間が経てば神経が劣化して、移植しても回復できなくなる」
「なるほど……それでマーリンに」
リリィが頷く。
「取り返してきて。すぐに……壊さずにね」
リリィとノヴァがアレックスを見る。
「任せろ」
二人は何も言わずに頷いた。
「たのむわよ、移植のタイムリミットは3日ってとこね」
リリィが言う。
「坊ちゃん。まずは情報の整理をしましょう」
「ああ」
ノヴァの周囲に半透明のホロが展開される。
「この辺でお仕事してるスカベンジャーのリストと周辺の地図出すね」
十数分後、三人の目は地図上の一点に集まっていた。打ち捨てられた廃工場。近隣の者でも近づく者はいない。
リリィが地図を指さす。
「このあたりだけ、異様なほど出入りが多いですね」
複数のスカベンジャーが、頻繁にそこへ出入りしているようだった。
「トモコ、盗難されたクロームのIDは?」
「SKT-33582」
ノヴァは小さく頷くと、廃工場周辺で使われている闇市場のローカル取引ログを洗った。該当IDを商品データに含む取引スレッドが一件引っかかり、そこに二人分の音声ログが残っていた。
『……こいつは上物だな。神経系インプラントは滅多に市場に出回らねぇ』
『あぁ。しかし、どうやって手に入れやがったんだ?』
男の音声が喜色に満ちる。
『リパードクへの搬送車をどついてやった。なに、俺にとっちゃボロい仕事だったぜ』
トモコは何も言わなかった。さっきまで震えていた指が、ぴたりと止まる。
「決まりだ」
アレックスは、そんなトモコを横目で見ながら立ち上がる。
「いくぞ」
「畏まりました、坊ちゃん」
「今回はもう突っ込まないでよ~」
診療所を出る直前、アレックスはトモコへ振り向いた。
「これ、ちゃんと取り返して来たら、苦くない薬にしてくれる?」
呆気に取られたトモコは少し固まる。やがて、決壊したように吹きだした。
「クリスマスのお菓子より甘~~い奴にしてあげるわ」
「OK」
それだけ言うと、三人は振り返らず歩き出した。