Cyberpunk: After Glow — Main Story 作:AfterGlow
午後一時二十七分。ワトソン地区、カブキ。
何を売っているのか、よく分からない露店。「大安売り」の看板を掲げたリパードク。ジャンク品を取り扱う武器屋。ナイトマーケットは今日も、彼らなりの論理で営業しているようだった。
マーケットの路地を抜け、人通りが少なくなり始めた広場の一角。
そこに、件の廃工場はあった。
「いかにも……って感じだな」
アレックスが呟く。
ノヴァはホロ画面を開き、先ほどの地図と現在地を照合した。
「うん。ここで間違いないと思う」
「見張りは……いないようですね」
廃工場の前には人っ子一人おらず、不気味な静寂が侵入者を拒むようだった。
「敵影は確認できますか?」
Errataの柄に手を置き、リリィが尋ねる。
「うーん。熱源だけでいうなら、結構あるね。三十以上」
「熱源だけ、というと?」
「ドローンとかタレットもあるっぽい。けど、ジャミングされてるのか詳細までは分かんない」
「侵入できますか?」
ノヴァは短くうなずくとSTELLAへとニューロポートを接続。ネットの海に潜った。
「……んー、だめだこりゃ」
ノヴァが顔を上げた。
「だめ……ですか?」
リリィがノヴァの顔を覗き込む。
「うん。ハックどうこう以前に閉められてるね。外からは入れない」
「中から直接繋ぐしかないってことだろ」
アレックスは入口の周囲へ一度だけ視線を走らせた。人影がないことを確認すると、そのまま廃工場の中へ入っていく。
「あっ! 突っ込むなって言ったでしょ!」
「突っ込んでないよ。入っていってるだけ」
「そうだとしても、もうちょい慎重にさあ……」
いつものように口論を始める二人を見て、リリィは大きく息を吐き、その後に続いた。
◇
廃工場の内部には、薬品と機械油の強烈な臭気が充満していた。奥では何かの機械が絶えず低い駆動音を響かせている。
「くっさぁ……」
ノヴァが鼻をつまむ。
アレックスはわずかに顔をしかめた。
「ノヴァ、例のクローム、どこにあるか探して」
「わーかってるって」
ノヴァは壁際の保守端末を見つけると、パーソナルリンクを接続した。施設内ネットワークへ潜り、トモコから聞いた型番を基に各部屋のデータを走査していく。
「んー、ここかな?」
ノヴァが示した部屋は廊下を進んだ突き当たりにあった。侵入経路を確保すると、端末からケーブルを抜いた。
三人は、錆びついた扉の前に立った。
「ノヴァ。熱源はこの部屋から?」
リリィが尋ねる。
「いくつかあるけど、この形は人じゃなさそう。監視カメラかタレットってとこかな」
リリィが小さく頷く。
「私が先に入ってクリアします。お二人は後詰めをお願いします」
二人が頷き、それぞれ銃を構えた。
リリィが扉を勢いよく開け放ち、部屋へ踏み込む。一台の監視カメラと二台のタレットが、三人へ向きを変える。
ノヴァが視線を送り、監視カメラへ偽情報を流す。同時に室内の警報系統へ保守中の信号を返した。敵のモニターには何も映っていない。
リリィが発砲し、一台のタレットを正確に打ち抜いた。タレットは沈黙する。
アレックスはもう一台のタレットの発砲をGorilla Armsで弾くと、一歩で距離をつぶす。そのまま台座から力任せに引きはがし、砲身ごと床へ叩きつけた。
金属製の外装が、押し潰された缶のようにひしゃげる。
「敵には?」
リリィがノヴァを見る。
「ばれてない。ここの警報も保守ログに食わせた。カメラちゃんにはこのままおねんねしといてもらおう」
三人は銃口を下げないまま、室内を見回した。どうやらその部屋は盗品の保管庫のようだった。
「スカブ野郎たちが、シコシコまじめに仕分けしてたのがこの部屋みたいだね」
「盗品をな」
アレックスが答える。
ノヴァは小さく肩をすくめると部屋を管理している端末にパーソナルリンク用のコードを差した。ノヴァが情報を吸い上げている間、二人は保管庫の入り口を警戒しつつ、部屋を見渡していた。
と、その時。
「これは……?」
箱の隅に、小さな血痕が付いていた。箱の中には型番ごとに仕分けられたクロームが、無造作に積み上げられていた。
「……まさか」
「そのまさかだね」
ノヴァが割り込んで答える。そのまま端末から抜き出したデータを読み上げた。
患者の名前ではなく、商品番号。生体組織保存用のケースのリスト。すでに発送準備されたコンテナのリスト。そして、摘出元の管理番号。
アレックスが眉を寄せる。
「……死体を漁るだけじゃなく、そもそも死体を作ってるってわけか」
「まあ、そういうことだろうね」
ノヴァが答えた。
口調は軽いが、表情は硬い。
「肝心の物は?」
リリィが口を開く。
「わかんない。少なくともこの部屋にはないね」
「……何か聞こえないか?」
アレックスが耳へ手を当てながら言った。
『うう……』
「え、なになに?怖いんだけど」
リリィは何も言わず、Errataの柄へ手をかける。
『痛い……』
『うちに返して……』
『もう、殺してくれ……』
腹の底へ響くような呻き声は、奥の部屋から発されていた。
◇
アレックスは奥の部屋へ続くドアへ、床を踏み鳴らすように向かった。
「坊ちゃん!」
リリィが危険だと制止する間もなく、ドアの認証を無視し、強引にこじ開けた。一際強い薬品臭と、濃い血の匂いが鼻を刺した。
天井から吊り下げられた医療用アーム。仕分けされ、箱に詰められた大量の医療用クローム。血を拭き取る暇すらなく作業が続けられているのか、赤黒く変色した床。
その奥、並べられたベッドの上で、人々が呻き声を上げていた。そこだけ、この世の地獄を切り取って貼りつけたようだった。
「これ、は……」
リリィがとっさに構えていたNueを下ろす。ベッドへ近づき、一人の脈を測った。
「生きています」
ノヴァがニューロポートを接続し、人々の状態を確認する。
「全員、生きてはいる……けど……」
ノヴァが顔を歪めた。そこにいた者たちは皆、身体のどこかを失っていた。
ベッドから伸びた無数のケーブルやチューブは、壁際の生命維持装置へと繋がっている。
腕。脚。背骨。あるいは、それ以外の何か。
カブキのマーケットでは、ごく稀にサイバーウェアではなく、生身の身体部位が売りに出されることがある。サイバーウェアを嫌う一部の富裕層や、宗教的理由から生身に固執する者へ高値で売るためだ。
横たわる彼らは、スカベンジャーにとっての「在庫」だった。
アレックスの脳裏に、四年前の記憶が蘇る。
『君たちに今から、戦闘用のサイバーウェアを埋め込む。僕自ら調整した最高のヤツだ』
『僕たちの身体だ!』
『おっと、まだ説明の途中だよ』
『あ、そうそう。麻酔はナシだ』
少年は眉根を強く寄せ、拳を固く握り締めた。Gorilla Armsの冷たい指が軋む。
「坊ちゃん」
「なんでもない」
その時、ノヴァが二人を呼んだ。
「二人とも」
アレックスとリリィが近寄る。
「意識ある人いたよ」
そこに横たわっていたのは年のころ三十くらいの男性だった。片腕を切り取られ、呼吸は浅く荒い。切断面には、失血死を防ぐためだけの雑な縫合が施されていた。
『君たち…は』
「しゃべらなくていい」
『奥に……まだ、連れていかれた奴が……白いケース……さっき、運んで……』
それを聞き、ノヴァが今度はこの部屋の端末から情報を吸い取る。
「あった。目的の型番は奥の処置区画に移されてる」
「状態は?」
「処理中。詳しくはここからじゃ分かんない」
アレックスは二人へ振り返る。
「全員連れて帰る」
「無理」
ノヴァが端末から読み取った情報を確認しながら言う。
「あ?」
アレックスは苛立ちを隠さない。
「なんでだよ」
ノヴァは動じず、冷静に答える。
「生命維持装置。外したらすぐに死ぬ」
「ならこの施設のメインシステムを……」
「それも無理。バッテリーがついてるわけじゃない。メインシステム切ったら生命維持装置も止まるよ」
ノヴァは大きく息を吐いた。
「ゲームじゃないんだからさ。今のままじゃ、全員は助けられないよ」
アレックスは唇を噛んだ。
「坊ちゃん」
リリィはまっすぐにアレックスを見据える。
「目的を間違えてはいけません」
彼女を睨むアレックスの視線を意に介さず、リリィは続けた。
「私たちの目的は件のクロームを回収することです」
「関係ない」
「現時点で二十名以上。全員を無事に連れ出すことは不可能です」
「ましてや、その間敵が黙って見過ごすとは到底思えません」
「でも——」
「この方々を移動させる設備も、人員もありません。敵の数も分からないまま救助を始めれば、依頼人まで救えなくなります」
リリィの言うことはどこまでも正論だった。この街で弱者救済を叫び、目の前の命を片っ端から拾っていれば、次に転がる死体は自分になる。
「……私たちは、全員を救えるヒーローではありません」
解っている。——そんなことは解っていた。
「嫌だ」
自分でもひどく子供じみたことを言っている自覚はあった。
「坊ちゃん」
リリィが呟いた、そのとき。
「なんだぁ、お前ら?」
スカベンジャーの一人と思しき男が姿を現し、アレックスたちへ銃を向けた。
「お前ら、ここがどこだか分かって――」
瞬間。
言い終わるより早く、男の首から上が吹き飛んだ。トルソー像のようになった身体が、その場に崩れ落ちる。
Omahaの銃口から、細い硝煙が立ち上っていた。
「ママに習わなかったのか?」
アレックスは銃口を下ろさない。
「……人の物を勝手に盗っちゃいけません、ってな」
ノヴァは、やれやれといった様子で肩をすくめる。
リリィが、銃を握るアレックスの腕へ手を伸ばしかけた。その瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
廊下の奥から、複数の足音が迫ってくる。
「坊ちゃん」
リリィが呼びかける。
聞こえているのか、いないのか。
「全員を今すぐ運べとは言ってない」
絞り出すようにアレックスが言う。
「ここを押さえて、トモコに繋ぐ。それでも無理?」
リリィは答えなかった。数秒、アレックスを見つめる。それから、口を開いた。
「……でしたら、先に敵を殲滅します。患者を動かすのは、そのあとです」
リリィはノヴァを見る。
「それまで生命維持系を保たせられますか?」
ノヴァが愚痴る。
「はぁ……。だから嫌なんだよ、こういうの」
ノヴァの眼前に、半透明のホロ画面が幾重にも重なって展開された。
「生命維持系だけ別回線へ逃がす。時間は稼げるから、その間に終わらせて。坊ちゃん死なせたらリリィ怖いし」
アレックスは前を見たまま呟いた。
「リリィ、ノヴァ」
「はい」
「はいはい」
「てめえらぁ……」
駆けつけたスカベンジャーたちが、首を失った仲間を見る。驚愕が、すぐに怒りへ変わった。
一斉に銃口が持ち上がる。
「ぶっ殺す!!!」
「——援護、頼む」
言い終わるや否や、少年は目の前の敵へ猛然と殴りかかった。