Cyberpunk: After Glow — Main Story 作:AfterGlow
「あぁ?いつからチャリティ活動なんてするようになった?」
通信越しにも、マーリンの苛立ちははっきり伝わってきた。
「トモコから聞いてる。依頼はクロームの回収だったはずだ。それがどう転んだら二十人以上、それも生命維持装置つきで連れ帰る話になる?」
リリィはバツが悪そうに謝る。
「申し訳ございません。その、はずみと言いますか——」
最終的にアレックスの意見を認めた自覚があるからか、歯切れが悪い。
「ったく、お前んとこのガキにもよく言っとけ。慈善活動家になりてぇなら他所にいけってな」
アレックスが苛立ちながらリリィに言う。
「リリィ、スピーカーにしてよ」
「ですが……」
「いいから」
マーリンの顔が空中にホロで投影される。
「マーリン、その……悪かったよ。でも、言い出したのは俺だしさ、あんまりリリィを怒らないでよ」
「おう、えらく殊勝だな。……まあ、お前の気持ちもわからんでもないがな」
そう言うと、マーリンは大きく息を吐いた。
「……わかった。医療搬送と受け入れ先はこっちで当たる。ただし、諸々の費用は今回の報酬から引いておくからな」
「うん、それで構わない」
「ったく、ガキが一丁前に言うようになりやがって」
頭を掻きながらそう答えるマーリンは、態度の悪さを隠そうとはしていなかった。しかし、どこか優しげな声色だった。
「今、車を何台か回した。顔の利くリパーや医療施設にも声をかけてる。先発は十分ほどで着くはずだ」
「ありがとう」
それだけ言うと、マーリンは通話を切った。
「二人とも、ごめん。勝手に決めちゃった」
アレックスが二人に頭を下げた。
「坊ちゃんを止めなかった私の責任でもあります」
リリィが言う。
「しゃーない、アイス三つで手を打つよ。あ、新しいゲームなら一本でもいーよ!」
ノヴァは相変わらず軽口を言っている。
アレックスは少し微笑んだ。
十分ほどして、マーリンの手配した先発の医療搬送チームが廃工場へ到着した。
患者の生命維持系は一人ずつ携行型ユニットへ切り替えられ、作動を確認してから固定設備との接続が外されていく。ノヴァはバイタルを監視しながら、その引き継ぎを手伝った。
◇
「あんたたち、いつからチャリティ活動なんてするようになったの?」
トモコの診療所に戻った三人は、強烈な既視感に襲われていた。
マーリンの手配した医療搬送で、患者たちは状態に応じて別々の受け入れ先へ送られていく。
トモコの診療所へ回されたのは、その中でも重篤な患者と目的のクローム。それでも、患者の数は十人を超えていた。
「依頼はクロームの回収だったはずよ。それがどう転んだら、十人以上も受け入れることになるわけ?」
「マーリンにも同じこと言われた」
「やっぱり元夫婦は似るんだね」
ノヴァが軽口を叩くとトモコは鬼のような形相でノヴァを睨んだ。
「あいつと結婚した覚えはないわ」
「す、すみません……」
流石に謝った。
「トモコ、なんとかお願いできないでしょうか?」
リリィが聞く。
トモコが大きく息を吐いた。やはりマーリンと同じだった。
「……できる範囲で診るわ」
「全員診てくれるの?」
「ええ。……ただし、手が足りないわ。あんたたちも手伝ってちょうだい」
「あたしたちにもできること?」
ノヴァが不安そうな顔でトモコを見る。
トモコは優しく微笑みながら答えた。
「リリィは処置の補助。私のそばから離れないで。適宜指示を出すわ」
「はい」
リリィが力強く頷く。
「ノヴァは患者データと生命維持系の引き継ぎ。あんたにしか任せられない仕事よ。できる?」
「やってみる!」
「よし」
トモコは再び微笑むと、アレックスへ視線を投げた。
「アレックスは……」
「俺は?」
「とりあえず待機」
「……たいき」
アレックスは、自分が何でも壊すから厄介払いされたのでは、と疑いかけたが……。
「何かあったら言うから力をためといてってこと」
「……うん!」
トモコの言葉を聞いて、安心しながら頷いた。
◇
夕方。トモコの診療所は戦争さながらの様相だった。
マーリンが手配した医療スタッフも、トモコの指示で慌ただしく動き回っていた。
「リリィ、そっち押さえて」
「は、はい」
「ノヴァ、こっちの患者のデータは」
「ちょ、ちょっと待って!えーと、えーと……」
「早く!」
「は、はい!」
アレックスも結局、患者や大荷物の搬送という仕事に落ち着いた。
「アレックス!ぼさっとするな!」
トモコの怒号が響き渡る。
「う、うん」
アレックスは慌てて患者を乗せたベッドを運んだ。できる限り揺らさないよう、慎重に歩を進める。
「痛くない?」
「大丈夫……」
患者は元気のない声だったが、安心した顔をしていた。
「ありがとう……」
「いや、別にこのくらい……」
アレックスは患者を指示された区画へ運び、その場を離れる。
「患者は呻くし、トモコは怒るし……」
アレックスはひとりごちた。
「でも……」
さっきまで人を殺していた手。その同じ手で、今は患者を揺らさないようベッドを運んでいる。それが何故だか、アレックスには少し誇らしかった。
ふと、自分の背中へ意識を向ける。
自分で選んだこの腕とは違う。背中に埋め込まれたBerserkは、望んで手に入れたものではなかった。それでも、いつ、何のために使うか。それだけは、今の自分が決められるものだった。
◇
深夜。アレックス、ノヴァ、リリィの三人は手術室の前で疲労困憊になっていた。
搬入された患者のうち、二人は処置が間に合わなかった。数人は依然として予断を許さず、奪われた部位を取り戻せない者もいる。トモコはそれを淡々と三人へ告げた。
「全員は無理だった」
アレックスは俯いた。
ノヴァも、リリィも何も言わなかった。
「でも、あんたたちが連れてこなかったら、助かった人数はもっと少なかった」
慰めるような口調ではない。ただ、事実を伝えていた。
搬入された患者の処置を済ませると、トモコは依頼者の少女の手術へ向かう。
「言ったでしょ。タイムリミット。休んでる暇はないわ」
「ま、あんたたちは休んでなさい。お疲れ様」
事もなげに言い残し、彼女は手術室へ消えていった。
ノヴァが口を開く。
「つっかれた~!え、毎日これやってんの?トモコすごくない?」
リリィの戦闘中も乱れなかった銀髪はぼさぼさに乱れていた。気にする余裕もなく、そのまま答える。
「はい、本当に……」
「うん」
アレックスはエナジードリンクを飲みながら言う。
「トモコはすごいよ。昔からだ」
その言葉を聞き、リリィは柔らかく微笑んだ。
ノヴァの足元に、空になったクロノマンティコアの缶が五本ほど転がった頃、手術室の扉が開いた。
トモコが現れる。
「ふ~、終わった終わった」
三人が一斉に顔を上げた。
アレックスがゆっくりと立ち上がる。
「……どうだった?」
リリィとノヴァも、黙ったままトモコを見る。
トモコは数時間ぶりの煙草に火をつけ、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。
「うめ〜」
「いや、うめ〜じゃなくてさ」
アレックスは半ば呆れたようにトモコを見る。
「何回言わせるつもり?」
「え?」
「私を誰だと思ってんの?」
彼女はそういうと、表情筋の死んだ顔でピースした。
三人の張り詰めていた空気が、一気にほどけた。
アレックスはその場にへたり込み、ノヴァはSTELLAの背にもたれる。リリィもようやく肩の力を抜いた。
そんな三人を見て、トモコは呆れたように眉を上げる。
「なんであんたたちが喜ぶのよ。もし手術が失敗しても、金は入るでしょ」
返事はなかった。
「……ん?」
アレックスは壁にもたれたまま目を閉じ、ノヴァはSTELLAに身体を預けたまま動かない。リリィも二人のそばに腰を下ろしたところで、そのまま眠りに落ちていた。
◇
翌日。依頼者の少女の病室には、トモコと三人の姿があった。
仕事の顛末を見届けたいと頼み込む三人に、トモコが根負けしたのだ。
少女が目を覚ました。
「ん……」
「目が覚めたわね」
「先生……」
少女の黒い人工眼が、アレックスたちを捉える。
「この人たちは……?」
トモコは顎に手を当てると、少しだけ考えこんだ。
「正義の味方……じゃないわね。悪の敵?」
「なんだよそれ」
アレックスが悪態をつくと少女は少しだけ笑った。
「足、動かせる?」
彼女は自分の足に力を込める。僅か。ほんの僅かに足の指が動いた。
「動く……動きます」
黒い人工眼の縁に涙がたまり、鈍い銀の頬を細く伝った。
「現代の医療に感謝ね。ただし、リハビリは手加減しないから覚悟しておきなさい」
「この人ほんとに手加減しないから覚悟しといた方がいいよ」
アレックスは余計な一言を言い、トモコから拳骨をもらった。
少女は少し笑みを浮かべると、安心したように目を閉じた。
◇
診療所の中庭に三人を集め、トモコは煙を吐いた。
「ありがとね。本当に助かったわ」
「いいっていいって!報酬さえ弾んで貰えば……んがっ」
言いかけて今度はノヴァの頭にリリィの拳骨が落ちた。
「はしたないですよ」
「痛い〜」
それを見てトモコはアフターグロウの共有口座に追加で入金した。
「おおっ♪」
ノヴァの瞳が輝く。
「いいのですか?」
リリィが聞く。
「いいのよ。搬送代の足しにでもしなさい。あんたら、余計な人助けして出費かさんだんでしょ」
「トモコが支払う必要は……」
「いいってば。……私は医者だからね」
そう言ったトモコの横顔はいつになく穏やかだった。
アレックスはそんなトモコとリリィを見て口を開いた。
「あの子、怖くなかったのかな」
「何が?」
「また身体にクローム入れるの」
トモコは煙を吐いた。
「怖かったに決まってるでしょ」
アレックスがトモコを見る。
「それでも、あの子が選んだのよ」
「……そっか」
そんな二人を見ながらノヴァがリリィに声をかける。
「ねぇ、リリィ。あたし前に二人に何があったかは聞かないって言ったけどさ……」
「気になりますか?」
リリィは穏やかに問いかけた。
「うーん」
ノヴァは腕を組み、少し考える。
「……やっぱいいや!あたしも言ってないことあるしね」
あっけらかんと言った。
「そうですか」
リリィは右目を閉じたまま言う。
「あたしもいつか話すからさ……そん時は二人も話してね」
リリィはわずかに目を伏せた。
「……では、それまではお互い様ですね」
「あ、そうだ」
トモコが思い出したように言う。
「なに?」
「無事お使いを終えた坊やにご褒美をあげなきゃね」
アレックスが眉をひそめる。
「何回ガキ扱いすんなって言わせんの?」
「まあそう言いなさんな。……はい!新しい抑制剤。キャンディタイプよ」
「キャンディって……」
渡された抑制剤は、棒付きキャンディのような形だった。アレックスは毒づきながら、どこか嬉しそうだった。
これまでトモコから処方されてきた抑制剤は、どれもろくなものではなかった。針が太く、痛い注射タイプ。もしくは、ひどく苦い薬液タイプ。……いずれにせよ苦手だった。
「クローム入れたガキ用の商品らしいわ。まあ舐めてみ」
アレックスは辟易とした風を装いながら抑制剤キャンディを口にする。
——口の中に広がる風味。まるで、合成ピーマンと人工コーヒーと合成ゴーヤと……この世の全ての苦味をキャンディ状に固めたような味がした。
「にっっっっが!!!」
アレックスはキャンディを口から引っこ抜く。
「甘くないじゃん!」
「あら、今までよりはよっぽど甘いわよ。痛くもないし」
「嘘つき!」
「嘘はついてない」
「やっぱガキじゃん」
ノヴァが笑った。
「うるさい!」
リリィもつられて笑った。中庭にはナイトシティらしくもない、爽やかな風が吹いていた。