Cyberpunk: After Glow — Main Story 作:AfterGlow
マーリンのオフィスはナイトシティに似つかわしくない静かさだった。
葉巻から立ち上る紫煙。鼻をくすぐるバーボンの香り。落ち着いた木目調の調度品。マーリンという男の価値観が現れたような部屋だった。
そのオフィスにアフターグロウの面々は立っていた。マーリンからのホロコールで呼び出されたのだった。
「それで、話って何? マーリン」
アレックスが口を開く。
「仕事?」
「ああ」
マーリンは煙を吐き出しながら答えた。
「カブキ地区で、ジョイトイの失踪事件が頻発している」
アレックスが僅かに眉を顰める。
「共通しているのは、十代後半の少年少女であること、容姿が整っていること、同地区の違法ジョイトイクラブへ出入りしていることだ」
「それで? なにしたらいいの?」
「依頼内容はその違法クラブへの潜入、および調査。そのクラブがクロなら被害者の救出だ。ちょうど今、店では新人の女ジョイトイを募集している。そこから入るのが一番自然だろう」
アレックスが眉を寄せる。
「……女?」
ノヴァの口元が、ゆっくり吊り上がった。
「うん。女」
それを聞き、リリィの右目の色が変わる。
「マーリン、それは……」
マーリンは灰を落としながら言う。
「……まあ、お前らには酷な依頼かもしれん。断りたければ断っても構わん」
アレックスが口を開く。
「NCPDは? モックスも黙ってないはずだ」
「この街じゃ、何者でもない者が救われることは稀だと、お前自身がよくわかってるはずだ」
それは、NCPDが動くほど価値のある事件でも、モックスが限られた戦力を割いてまで介入できる案件でもないという意味だった。
「依頼人は失踪者の友人、知人。金は持ち寄って作ったらしい。報酬は高くないぞ」
アレックスは返した。
「受ける。俺が潜るよ」
リリィが目を瞠る。
「いけません」
強い口調でアレックスを止めた。
「俺にしかできない仕事だ」
アレックスはリリィを、次いでノヴァを見た。
「ノヴァは足が目立つし、リリィは……その……」
「年取りすぎ?」
ノヴァが茶化したように言う。
「そうじゃない!」
アレックスは慌てて訂正した。
「でも、俺の方が条件には合ってる。俺がやるしかない」
「何も坊ちゃんでなくても、この街に傭兵はごまんといます」
リリィは穏やかな声で続ける。……穏やかな声を装っているように見えた。
「ジョイトイへの潜入なんて、できるやつは限られてる」
アレックスの赤い瞳が揺らめく。
「それに、失踪者がどうなってるのかもわからない。ほっとけないよ。急がないと」
リリィは俯き、唇を噛んだ。
「……私が止めても、行かれるのですね」
「うん」
「でしたら、必ず私の指示に従ってください」
「話は決まったか?」
「ああ」
マーリンが聞き、アレックスが答えた。
「わかった。潜入は今晩から。二十時までに準備して店へ行け」
「店の名はブルー・ヒートだ」
「わかった」
アレックスは頷く。その横で、伏せられたリリィの右目が昏く、重く沈んでいることに、誰も気づかなかった。
◇
アジトに戻った三人は、潜入の準備を始めた。ノヴァはSTELLAへポートを繋ぎ、表層ネットからクラブ周辺の記録を洗っていた。
目的は件のジョイトイクラブ。しばらく意識を飛ばしていたが、やがて目を開けると二人の方へ向いた。
「うーん、詳細はやっぱ現地に行かないとわかんないね」
「そうですか……」
リリィの表情がさらに曇る。
「うん。この分だと、クラブ内部に閉鎖ネットワークみたいなのがあるのかもしれない。ただ……」
「ただ?」
「失踪した人たちの共通点。若くて、見た目がいい感じで、クロームがあんま入ってない子たち。んで、入った記録はあるけど出た記録はない」
アレックスとリリィは黙って聞いていた。
「それと、一部の来店者だけ通常客とは違う導線に案内されてるみたい」
ノヴァはホロ画面を指で払う。
ノヴァはSTELLAの背もたれへもたれた。
「わかんないけど、な〜んかきな臭いよね」
「だからわざわざ俺が行くんだろ」
アレックスが口を挟む。普段はリリィとノヴァしか使わないドレッサーに座り、リリィに化粧を施されていた。
夜を切り取ったような黒髪。どこか人を寄せつけない赤い瞳。普段の黒いジャケットではなく、薄い桃色の女性用衣服を身にまとっていた。
胸には詰め物をし、女性らしいシルエットを作っている。ノヴァがアレックスを見つめる。
「……なんだよ」
「うーん、流石リリィ。いい仕事しますなぁ〜」
おちゃらけて言う。
「うるせ。素材がいいんだよ」
アレックスの表情も明るい。ただ一人、リリィの表情だけが昏く沈んでいる。化粧を終え、追跡装置をアレックスの衣服に取り付けていたリリィの手が止まる。
アレックスはリリィに視線を投げる。
「似合ってる?」
わざとおどけた調子で声に出した。
「……」
リリィは口を開かない。
ノヴァもその様子を見て、口を閉じた。
二度と、こんなことにはさせないと、自分自身に誓ったはずだった。
それなのに、自分で同じ姿へ戻しているという事実が、リリィを苛んだ。まるで、誇りを踏み躙られたような……いや、目の前の少年は彼女にとっての誇りそのものだった。
「……似合ってません」
リリィは肩を震わせながら言った。
「似合ってなど……いません」
いつか聞いたのと同じような台詞に、アレックスは言葉を継げなかった。
「……できることとやるべきことは違います。これは……坊ちゃんがやるべきことではありません」
アレックスはリリィの目を見据えてはっきりと声に出した。
「それでも、俺がやるべきなんだ。マーリンが言ってたろ? この街じゃ救われること自体が稀だって」
その肩に力が入る。赤い瞳が揺らめいた。
「俺たちにはマーリンがいた。まあ、もうちょい早く来てくれても良かったけど……」
少しだけ、芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「だからこそ、ほっとけないんだ」
ノヴァが口を開く。
「リリィ、前言ったよね。何があったのかは聞かないよ」
「……はい」
ノヴァは不安に押しつぶされそうな子供を諭すような穏やかな声色で言った。
「その上で、アレックスはあたし達で守ろう」
リリィが顔を上げる。
「お前に守られるほどやわじゃない」
「今大事な話してるから黙ってて」
まだ悪態をつきたそうなアレックスを無視して続ける。
「生体反応、位置情報、音声、視界映像は全部共有する。もしもの時にはすぐ逃げられるように準備しようよ」
「ただし、地下区画だと通信が不安定になる可能性もある。それは頭に入れといて」
それを聞き、リリィの右目が少しだけ明るくなった。
「ノヴァ」
「ん?」
「……ありがとう」
ノヴァは屈託のない笑顔で笑った。
「どういたしまして!」
リリィはアレックスへ向き直る。
「坊ちゃん」
「なに?」
アレックスの手に、自分の手を重ねた。
リリィの手は震えていた。
「大丈夫だよ」
「必ず……必ず無事に戻ってください」
「……わかった」
アレックスは、リリィの手を優しく握り返した。
◇
カブキの路地裏。人目を避けるようにその店はあった。
ブルー・ヒート。ネオンが瞬き、店の外まで安い香水の匂いが漏れ出していた。その匂いが、忘れたふりをしていた記憶を引きずり出す。
アレックスは少し身震いすると、通信を開いた。
「リリィ、ノヴァ、聞こえる?」
リリィとノヴァは店の近くに停めたマッキノーの中にいる。何かあれば突入は辞さない。それが二人が出した結論だった。
『聞こえてるよー』
『聞こえております』
二人の声が聞こえる。
アレックスは少しだけ安心した。
「じゃあ、行ってくる」
暗がりへ足を踏み入れた。あの日、二度と戻らないと誓った地の底へ。