Cyberpunk: After Glow — Short Stories 作:AfterGlow
最初から、気に入らない連中だった。
「おまえか、After Glowのアレックスってのは」
男は、アレックスの全身を値踏みするように眺めた。頭を丸く剃り上げた、40歳前後の男。左の頬から顎へ走る銀色の補強フレーム。着古した戦闘ジャケットの胸には、黒い猟犬を模したパッチ。
男の名は、ラウル・グレイヴス。傭兵チーム《BlackDog》のリーダーだった。
「Gorilla ArmsにBerserkなんて、Animalsにでもいるような大男でも出てくるのかと思ったら……」
グレイヴスは鼻を低く鳴らした。
「とんだガキじゃねえか」
そう言うと、後ろに控えていたBlackDogのメンバーはげらげらと耳障りな声で笑いだした。メンバーはグレイヴスを含めて五人。いずれも大柄で、屈強な男たちだった。
アレックスは何も言わず、ただ赤い眼を細めた。隣でノヴァが小さく吹き出す。
「坊ちゃん、めちゃくちゃ舐められてんじゃん」
「そっちが噂のランナーか」
グレイヴスの視線がSTELLAへ落ちる。
「椅子ごと現場へ出るってのは本当だったらしい。あんたの巻き添えで死なないことを神に祈ってるぜ」
「STELLA」
ノヴァは不愉快さを隠そうともせずに言葉を返した。
「あ?」
「椅子じゃなくて、STELLA」
BlackDogのメンバーの笑い声が止み、空気が少しだけ硬くなった。グレイヴスはノヴァをじっと見たあと、口角を上げた。
「口は動くらしい」
「頭もね。見たところ、あんたはどっちも鈍そうだけど」
「ノヴァ」
リリィが静かにその名を呼ぶ。
「そのあたりにしておきましょう」
「向こうから喧嘩売ってきたんじゃん」
ぐちぐちと文句を垂れながら、ノヴァは渋々引き下がった。グレイヴスは三人のやり取りを眺め、肩をすくめた。
「ガキどもが……。ピクニックかなんかと勘違いしてやがるのか?」
リリィは冷えた視線を投げかけた。
「依頼内容を確認しましょう」
◇
仕事は企業輸送車両の護衛だった。依頼人は、サントドミンゴの工業区に拠点を置く小規模な医療機器メーカー。輸送物は、高純度の神経伝達素材が入ったスマートコンテナ。市場価格は高く、仮に盗もうものならしばらく仕事をしなくても暮らせる額になる。
そのためか、輸送ルートは直前までフィクサーにすら伏せられていた。
護衛は二チーム。前方車両にBlackDog。後方車両にAfter Glow。中央を走る装甲トラックを前後から挟み込みながら監視する形だった。
装甲トラックにはフィクサーが手配したドライバーが乗り込んでいる。ノヴァは装甲トラック内部へ入り、車両ネットワークと周辺監視を担当する。
コンテナは盗難やハッキング対策のため、積荷管理系は外部ネットワークから断絶されていた。ネットランナーが直接監視する必要があるところに、ノヴァが名乗りを上げたのだった。
アレックスとリリィは、走るマッキノーから前方の車両を見つめていた。
『あいつら感じ悪くない?組むのは今回限りだね』
ノヴァが通信で言った。リリィが運転席から答える。
『そうですね。ですが、今回は我慢してください、ノヴァ。』
『ま、生きて帰れたらの話だけどな』
アレックスは助手席から、周囲に意識を張り巡らせていた。空は濁った黄土色。煙突から吐き出された煙が、太陽を薄く覆っていた。道路の両側には、放棄された機械と焼けた車両が転がっており、何とも言えない寂寥感があたりを漂っていた。
『そういう不吉なこと言わないでよ』
ノヴァの声が通信越しに響いた。
やがて、車列は廃工場と精製施設の森に入り込んだ。アレックスは目を細め、鼻をひくつかせる。
「敵が来るとしたらここだな。俺ならそうする」
「……そうですね」
リリィは前方の車列から目を離さないまま頷いた。道が狭く、前後を塞ぎやすいうえに、左右には高い建造物。待ち伏せて襲い掛かるのに、誂えたような場所だった。
「同感です」
『じゃあ速度上げてとっとと抜けない?』
「前方車両へ伝えます」
リリィが通信を切り替える。
「BlackDog。こちらAfter Glow。周辺地形が襲撃に適しており危険です。速度を上げてください」
『臆病だな』
引き笑いをかみ殺すような、グレイヴスの声が通信越しに響いた。
『速度を上げる必要なんてない。予定通り行く』
「……理由を伺っても?」
リリィは右目を細めた。
『フィクサーから聞いてなかったのか?今回の積荷はえらくデリケートな代物だ』
『もちろん聞いています。ですが……』
『もし損傷させれば、たとえ敵から守っても契約失敗……』
リリィの抗議を、グレイヴスの声が遮った。
『あんたらが立て替えるってんなら別だが……十万エディーはくだらないだろうな』
アレックスは身を起こすと、忌々し気に舌打ちした。
『この程度で臆病風に吹かれるとは……早いとこおうちに帰って、人工ミルクでも飲んでた方がいいんじゃないのか?』
通信越しにBlackDogの小馬鹿にしたような笑い声が響いた。
「こいつ、よく今日まで生き残ってこれたね。こんな杜撰なリスク管理でさ」
「さあ、なぜでしょうね。運よく危険の少ない仕事ばかりにあたってきたか……あるいはそもそもそういう仕事を避けてきたか……」
アレックスとリリィは、芝居がかった大げさな声で話した。
『聞こえてるぞ、ガキ共』
「聞こえるように言ってんだよ。四の五の言わず速度を上げろ。死にたいのか?」
『悪いが、テメエらみたいなガキに指図されるほど落ちぶれた覚えはない』
「そこを何とか頼むよ。俺らは死にたくないからね」
『……ふん』
そう言うと、通信が切れた。アレックスはしばらく無言で装甲トラックを透かして前方車両を見るように遠くを見つめていた。
『……感じ悪』
通信越しに聞いていたノヴァが、アレックスの代わりとばかりに口を開いた。
「坊ちゃん」
リリィがルームミラー越しにアレックスを見る。
「挑発に乗ってはいけませんよ」
「乗ってない。リリィだってあからさまなこと言ってたじゃん」
「あら、あれでも相当抑えていたのですよ?」
ノヴァが通信越しに笑った。
アレックスが答えようとした、その時。右前方、精製施設の屋上で光が瞬いた。
「伏せろ!」
アレックスが叫ぶ。直後、前方の道路が爆発した。
◇
アスファルトが唸りを上げて持ち上がり、先頭を走るBlackDogの車両が横転した。甲高い金属音が耳をつんざき、バチバチと火花が躍る。
後続の装甲トラックが急ブレーキをかけた。リリィはハンドルを切り、マッキノーを滑らせる。爆発で飛んだ車両の破片が車体へ突き刺さった。
「ノヴァ!」
『大丈夫! ネットワーク防壁展開する!……っと』
見ると、爆発で飛んだ先頭車両の金属片がひび割れたフロントガラスを突き破り、哀れなドライバーの顔面を直撃していた。夥しい量の血が流れ、二、三度痙攣するとドライバーは動かなくなった。
「うわちゃ~。ご愁傷様」
間髪入れず、左右の建物から銃撃が始まった。弾丸が装甲トラックへ集中する。
「わわっ!」
「ノヴァ!」
アレックスは車両から飛び降りると、着地と同時にOmahaを抜いた。屋上に二人、窓際に三人。路地から車両も飛び出してきた。
『増えてる! 熱源八!』
「ギャングですか!?」
リリィが車両を遮蔽物へ入れ、Nueを抜いた。
『装備がバラバラ。たぶんScavと雇われ傭兵の混成だわ!』
アレックスが屋上へ発砲すると、チャージ弾が手すりを吹き飛ばした。一人が姿勢を崩す。リリィの弾丸が、その額を抜いた。
「前方チームは!?」
『死んではいないっぽいね。あのいけ好かないおっさんも!』
横転車両の扉が蹴り開けられ、BlackDogのメンバーが這い出した。グレイヴスがアサルトライフルを撃ちながら、装甲トラック側へ走る。
「チッ……バカ共が……。積荷を守れ!」
「馬鹿野郎!先に道路を開けろ!」
アレックスが叫ぶ。
「ここにいたら囲まれるぞ!」
「言ったはずだ!指図すんじゃねえ!」
その時、敵の銃弾がBlackDogの一人の肩を捉えた。
「ぐあっ」
短い悲鳴と共に、肩から血が噴き出した。
「やりやがったな、てめぇ!!」
グレイヴスはアサルトライフルを乱射した。屋上にいたもう一人は尚も応戦してくる。
「ネイトを引っ込めとけ!」
グレイヴスの檄が飛ぶ。BlackDogのメンバーは頷くと、ネイトと呼ばれた負傷した仲間を建物の陰に引っ張り込んだ。
それを横目で見ながら、グレイヴスは尚もアサルトライフルを撃ち続ける。そのうちの一発が敵の頭を捉え、男は血飛沫を上げながら倒れた。
窓際にいた三人も姿を消し、路地から飛び出してきた三人と合流した。その合間に敵が四人、装甲トラックめがけて突撃してくる。さらに側面から敵が二人、手には手榴弾らしきものを握っている。
「チッ」
アレックスは短く舌打ちすると、Omahaを発砲した。一人の胸部を撃ち抜くと倒れ伏して動かなくなる。弾丸を撃ち尽すやいなや、地面を蹴りもう一人に急接近する。
「くそっ」
「遅いな」
慌てて銃を構えた敵の腕を手の甲で外に逸らすと、鳩尾に重い一撃を叩き込んだ。
「ぐっ……」
敵は銃を取り落とし、血を吐きながらそのまま崩れ落ち、二度と動かなかった。
その背後で、手榴弾を握った男がピンを抜き、装甲トラックに向かって放り投げようとした。
瞬間、時間が引き延ばされる。リリィがSandevistanを起動していた。舞い上がった土埃が、立ち消えずにいつまでも残っている。
リリィはERATTAを振るい、手榴弾を握った敵の腕を斬り落とすと、その腕ごと装甲トラックから遠ざけるように蹴り飛ばした。時間が元に戻る。
男は訳も分からないまま後方に吹っ飛び、倒れ伏した。その目の前には、斬り落とされた自分の腕に握られた手榴弾。ピンは抜かれている。
「ちょっ……」
次の瞬間、手榴弾が爆発する。爆風に乗った血が降りそそぎ、地面に赤い水溜まりを作った。
「ひっ……」
その光景を見た残りの三人の脚が止まった。そこへBlackDogのメンバーの銃弾が降り注ぐ。
「ぎゃっ」
短い悲鳴を上げながら二人が斃れ、ついに敵の数は残り一人まで減った。
「たっ、助けてくれっ!」
最後の生き残りは踵を返すと、一目散に逃げ去っていった。誰も後を追わなかった。
その背中を見つめながら、グレイヴスはぽつりとこぼした。
「……使えねぇ」
その声は風に飲まれて消え去り、誰の耳に届くこともなかった。
「……ふう」
リリィはERATTAを納刀した。
「怪我はありませんか?坊ちゃん、ノヴァ」
「だいじょーうぶ!」
装甲トラック内から、ノヴァは親指を立てた。
「ああ。俺も……」
「ぐっ……」
その時、背後から届いた苦悶の声にアレックスは振り返った。見ると、ネイトが肩を押さえて蹲っていた。
「おい、大丈夫かよ」
他のメンバーがその方へ止血帯を巻く。
「へへっ、こんくらい痛くも痒くもねえよ」
ネイトは脂汗を滲ませながら答えた。
「やせ我慢してんじゃねえよ」
そう言うと、男たちは笑った。
「おい」
その時、おもむろにグレイヴスがアレックスのもとへ歩み寄った。
「輸送車はもう動かせねえ。積荷をどっちかの車両に積みかえるぞ」
「動くよ」
装甲トラックの中からノヴァが会話に割り込んだ。
「あたしが運転するから、死体だけどけて」
そう言って、運転席の死体を見た。
「……ああ、わかったよ」
そう言うと、グレイヴスは踵を返した。
◇
『よし、動くね。いいコだ』
ノヴァはSTELLAから延びるコードを装甲トラックへ繋ぐと、軽い調子で息を吐いた。ふと、窓から外へ目を向けると、BlackDogの連中が横転した車両を総出で転がしていた。
何とか車両を元に戻す。あちこちガラスが割れ、フレームも大きく曲がっていたが走行不能、というほどでもないらしい。ちなみに、アレックスは一度も手伝おうとしなかった。
「ったく……いつまで喧嘩してんだか」
そう言いながら、車両システムを走査し問題点がないか最終チェックしていく。
「よし、システムオールグリー……ん?」
最後に通信システムをチェックしていたノヴァの眼に、奇妙な情報が飛び込んだ。車両にビーコンが取り付けられ、どこかへ位置情報を送信している。
ノヴァの指が滑り、位置情報の送信先を割り出した。送信先のコードは、先ほどの襲撃者のものと一致していた。
「戦闘中に取り付けたのかな?」
そう呟くと、接続履歴を調べた。
「……っ!」
ノヴァの表情が固まった。そこに残っていたのは、BlackDogの端末認証だった。
さらに深く、残されたBlackDog側の通信ログへ侵入していく。ノヴァの眼が橙に染まる。
今回の護送ルート、襲撃地点、装甲トラックの情報。ほぼすべての情報が先ほどの襲撃者へ向けて送信されていた。
『ねえ』
ノヴァは普段より低い声で二人へ通信を飛ばした。
『どうした?』
アレックスがこめかみへ指をあてながら返答する。
『さっきの連中、BlackDogに手引きされてたみたい』
二人の顔色が変わった。
『あいつらグルだ。たぶん、積荷を盗んで金にしようとしたんでしょ』
アレックスはBlackDogから目を離さない。
「……ボス」
「どうした」
メンバーの一人が、グレイヴスへ声をかけた。
「ネットに入られた。多分バレてるぜ」
グレイヴスの表情から、笑みが消えた。アレックスとリリィを見据える。二組の視線が交わった。
グレイヴスは、大きく息を吐いた。
「……やれやれ、半端に首を突っ込まなきゃ、死なずに済んだのにな」
グレイヴスが手を上げる。
「殺せ」
BlackDogが発砲した。
◇
「伏せて!」
リリィがアレックスを押し倒した。弾丸が二人の頭上を走る。
アレックスとリリィは這いずるように遮蔽物の陰へ隠れると、通信越しにノヴァへ叫んだ。
『ノヴァ、逃げろ!』
『……分かった!』
装甲トラックのエンジンが耳障りな唸り声を上げた。ノヴァはギアをバックに入れると、脱兎の勢いで後退した。後方の交差路まで下がると、頭を振りその場を離脱する。
グレイヴスが叫ぶ。
「逃がすな!」
グレイヴスは焦っていた。ノヴァには今回の顛末の証拠をすべて握られている。このまま逃がせば、BlackDogは終わる。仕事がなくなるどころか、フィクサーからの報復は免れないだろう。
BlackDogの一人が、肩へ担いだ重火器を構える。四連装のマイクロミサイルランチャー。その照準を、ノヴァが乗る装甲トラックへ向けた。
「やめろ!」
アレックスは遮蔽物から飛び出すと、Omahaを発砲した。弾丸がランチャーの外装へ当たる。だが止まらない。
男が引き金を引いた。四発の不吉な光が、尾を引きながら装甲トラックへ飛んでいく。
「ノヴァ!」
リリィはSandevistanを起動すると、ミサイルへ向かって走りだした。だが、いくら時間を引き延ばそうが、いくら強化腱を積んでいようが、空を飛ぶミサイルに追い付けるはずもなかった。
持続時間が切れ、ミサイルが装甲トラックへ着弾した。
一発目がトラック後部へ着弾し、装甲板が吹き飛ぶ。二発目は左側面に直撃し、車体が大きく傾いた。
「……こんにゃろうっ!」
激しく揺れる車内でノヴァはミサイルをハックする。三発目は着弾することなく、空中で爆発した。
「やべ、間に合わなっ……」
四発目は一発目で開いた後部の穴へ吸い込まれた。
爆炎が上がる。
装甲トラックの内部から火球が噴き出す。アレックスの視界が白くなり、音が消えた。
車体が横転し、道路を滑りながら二回、三回と転がる。金属とアスファルトが削れ、火花が長く尾を引いた。
「……ノヴァ」
アレックスは閉じた喉からかすれた息のような声を絞り出した。
「……っ」
リリィは横転したトラックへ到達すると、熱と爆発で歪んだ運転席へERATTAを差し込むと、てこの原理でこじ開ける。
「ノヴァ!」
返事はなかった。トラックの向こうから金属音。リリィが何かを引きずり出す。
最初に見えたのは、ラベンダー色の髪だった。煤で汚れ、トレードマークのツインテールは片方が燃えて短くなっている。そのあと、血に染まった白いパーカーが見えた。
ノヴァはリリィの腕の中にいた。額から血を流し、目を覚まさない。STELLAの左側面は潰れ、推進器の一基から煙が上がっていた。
「ノヴァ」
リリィが血色を失ったノヴァの頬を叩いた。
「……聞こえますか、ノヴァ」
反応がない。リリィの右手が、ノヴァの首元へ移る。弱々しい拍動が、リリィのサイバーアームに伝わってくる。
「生きています!」
リリィはアレックスへ向けて叫んだ。アレックスは、全身の力が抜けたように膝をついた。
「ちっ……生きてやがったか」
そう言うと、グレイヴスは間近のアレックスへアサルトライフルを向けた。
「とりあえず俺はあのランナーと女を殺しにいく。全員でこのガキを殺せ」
そう言うと、グレイヴスはその場を走り去り、リリィとノヴァを追いかけた。
「じゃあなガキ。お前らが悪いんだぜ?」
先ほどランチャーを発射した男が、アレックスの後頭部へショットガンを押し当てた。その引き金に指がかかった。
瞬間。
アレックスのGorilla Armsが矢のような速度で動いた。ショットガンの銃口を握りつぶす。
「っ……!」
驚いた男はたたらを踏みながら二、三歩後退した。
アレックスはゆっくりと立ち上がると、BlackDogの面々へその赤い瞳を向けた。
「……殺す」
アレックスは、Berserkを起動した。
◇
脊椎の奥で、金属が噛み合った。心臓が一度大きく跳ねたかと思うと、身体中へ痛みを伴った熱が迸る。全身を内側から引き裂くような圧力。背中は反り、歯が剥き出しになる。
「━━うあっ!!!」
獣じみた赤い瞳が見開かれた。
「やっちまえ!」
ランチャー男が叫んだ。ネイトがサブマシンガンを乱射する。
雨のような弾幕に向かって、アレックスは正面から歩みを進めた。弾丸が胸へ、肩へ、脇腹へ当たる。身体は揺れるが、足は止まらない。
強化腱を起動する。稲妻のように、ランチャー男の懐へ入り込む。
アレックスはそのまま男の顔面を鷲掴みにすると、機械の指が頬骨へ食い込んだ。
「待――」
そのまま、力任せに地面へ叩きつける。後頭部がアスファルトへ当たると、おおよそ人体から出たとは思えない鈍い音が響いた。
一度では終わらない。頭を持ち上げ、もう一度振り下ろす。アスファルトに蜘蛛の巣状に亀裂が入り、顔の下で血が広がる。
三度、振り下ろす。頭蓋が割れ、指の間から柔らかいものが押し出された。
アレックスは手を離す。男の身体だけが、遅れて痙攣した。
「囲め!」
左右から二人がアレックスを挟み込んだ。一人はモノワイヤーを手首から引き出し、もう一人は電熱斧を構えている。
「野郎っ!」
一人は手首からモノワイヤーを引き出すと、一瞬のうちに、アレックスの身体を囲む輪っか状にモノワイヤーを巡らせた。両腕を交差させ、アレックスを締め上げる。
「コマ切れにしてやる!」
鋭利なワイヤーが食い込み、Gorilla Armsから火花が上がった。
次の瞬間、アレックスは両断……されなかった。何でもないかのように両腕を開くと、たわんだワイヤーから抜け出した。そのままワイヤーを掴む。
「馬鹿、ワイヤーを切れ!」
電熱斧を持った男が叫ぶより速く、乱暴にワイヤーを手繰り寄せた。
「うぉっ!?」
異常な力で引き寄せられた男は紙飛行機のように宙を舞った。アレックスは相手の胸へ左腕を突き出した。拳が装甲を割る。肋骨を潰し、内部へ沈みこんだ。
男の口から血が噴き出した。アレックスは腹腔まで入った腕を横へ振ると、男の身体が裂けた。半ば千切れた上半身が路面を滑り、内臓とケーブルが後を引いた。
その時、電熱斧が背中へ入った。
「……へへ」
男はくぐもった笑い声をあげた。肉が焼ける匂いが立ち込め、アレックスの身体が前へ傾く。
斧の男が引き抜こうとする。抜けない。
アレックスは右足を地面へ突き刺して踏ん張ると、振り返った。赤く発光する血に濡れた瞳が電熱斧を持った男を見据える。
左手が、斧を持つ腕を掴んだ。肘を逆方向へ折り、骨が皮膚を突き破る。
「あぎゃっ!」
男が叫ぶ。
アレックスは斧を奪うと、刃を相手の肩口へ押し込んだ。鎖骨、肋骨、肺。電熱斧が肉を焼きながら、胸の中央まで沈む。
男の声が血の泡へと変わっ。アレックスが柄を両手で持ち、横へ引くと胸郭が開き、血と蒸気が噴き出す。男の身体が二つに折れ、道路へ崩れた。
「ひっ、ひぃっ」
ネイトはか細い悲鳴を上げると、アレックスへ向けて再びサブマシンガンを乱射した。しかし、恐怖に震えた照準はアレックスの身体を捉えることはない。
ついにネイトの眼前に迫ると、アレックスは銃口をつかんだ。機械の指がスライドを潰す。男が手を離す。
「ま、待って!」
胸ぐらを掴み、壁へ叩きつける。コンクリートがひび割れた。
「あがっ」
「お前らは、ノヴァを待たなかったろ」
アレックスの拳が、男の腹へ入る。装甲越しに、内側で骨が潰れる感触が伝わってきた。男の身体が壁へめり込む。
それでもネイトは腰へ手を伸ばした。ホルスターから拳銃を引き抜く。震える銃口が、目の前にいるアレックスへ向いた。
「なあ」
もう一発。胸部装甲が陥没する。ネイトの口から血が噴き出した。それでも拳銃を手放さない。
引き金が引かれた。乾いた銃声。弾丸がアレックスの頬を掠める。
「おい」
三発目。肋骨が折れ、肺を裂く。
「どうなんだ」
ネイトの指から拳銃が落ちた。もう立ってはいなかった。壁とアレックスの腕に挟まれた、物言わぬ肉塊と化していた。
アレックスは死体を投げ捨てる。ネイトだった肉塊は路地の壁へ当たると、べちゃり、と湿った音を立てて地面へ落ちた。
◇
「悪いが死んでもらうぜ」
ノヴァを抱きかかえるリリィへ追いついたグレイヴスは、アサルトライフルの銃口を向けていた。
「お前らは、見ちゃいけねえもんを見た」
「……馬鹿な人ですね……」
リリィは冷たい、どこか憐れむような視線をグレイヴスへ投げた。
「なん……」
言い終わらないうちに、アスファルトを砕く音が聞こえた。振り返ると、目の前に返り血に塗れた少年が立っている。アレックスだった。
近くの建物を伝って接近してから飛び降りたのか、足元のアスファルトには亀裂が入っている。
「おまえっ、俺の部下は━━」
「全員殺した」
短く言うと、アレックスは一歩でグレイヴスの懐に潜り込む。銃を向けようとするグレイヴスの腕を手刀でへし折った。
「がっ」
骨があらぬ方向に曲がり、アサルトライフルを取り落とす。切り裂かれた皮膚は肉を裂き、骨を断ち、腕は皮一枚でやっとつながっている。
そのまま、鳩尾へ横蹴りを放った。足刀はグレイヴスの腹部へめり込み、赤く染まった。
その場に膝をついたグレイヴスの胸倉をつかむと、強引に立たせる。鉄槌のようなGorilla Armsを振り上げた。
「じゃあな、犬っころ」
「ま━━」
そのまま、グレイヴスの顔面目掛けて振り下ろす。
「アレックス!」
握った拳がグレイヴスの鼻先でピタリ、と止まった。ノヴァの声だった。
グレイヴスのすぐ後ろに、ノヴァはいた。STELLAの駆動音は不規則に揺らめいている。片側の推進器が壊れ、姿勢が少し傾いている。それでも、リリィに支えられながらなんとか浮いていた。
ノヴァは額へ応急パッチを貼り、煤だらけの顔でこちらを見ていた。よろよろとアレックスの側に寄ると、その腕を掴んだ。
「退け」
アレックスの声は掠れている。
「嫌」
STELLAの外装から、火花が一度だけ飛んだ。
「この犬は、やっちゃいけないことをやった」
「うん、そうだね。痛かったし」
振り上げたままの拳から、誰の物かもわからない血が滴り落ちた。
「じゃあ退け」
「アレックス」
ノヴァはアレックスの頬を両手で包んだ。
「あたしを見て」
ノヴァは紫色の瞳で、まっすぐアレックスを見る。赤い瞳が揺れる。背中から伝わるBerserkの不快感と、鳴りやまない鼓動。
「あたし、生きてるよ」
アレックスの眉が深く寄る。
「あんたは、何のためにこいつを殺すの?」
「それは……」
アレックスが言葉に詰まった。やがて、吐き出すように震える声を出した。
「死んでたかもしれないだろ」
ノヴァはすぐには返さなかった。アレックスが何に怒っているのか。何を怖がったのか。ノヴァには、分かる気がした。
「怖かった?」
「……怖かったよ」
アレックスは俯くと、拳がわずかに下がった。
「……そう」
ノヴァはアレックスの頬を押し上げ、少しだけ強引に目を合わせた。
「あたしも、怖いよ」
先ほどまでの戦闘音が嘘のように、周囲は静まり返っていた。アレックスの荒い呼吸だけが残る。
やがて血と肉片に塗れた拳を下ろすと、アレックスはBerserkを解除した。Berserkが落ちた途端、押し殺されていた痛みが全身へ戻ってきた。
◇
グレイヴスは、路面へ座り込んでいた。腹の傷へ無事な方の手を当て、ぜいぜいと苦しそうな呼気を漏らしている。
そんなグレイヴスを覆うように小さな影が落ちた。見上げると、アレックスが立っていた。
「くそっ。ガキが、全員殺しやがって」
グレイヴスは血の混じった唾を吐いた。
「先に俺らを売ったのはお前らだろうが」
アレックスは顔色を変えずに返した。
「……青いな。これだからガキは嫌なんだ」
「あ?」
アレックスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「坊ちゃん」
「……分かってるよ」
アレックスの怒りが再び燃え上がりそうになるのを察すると、リリィは釘を刺した。グレイヴスは意に介さずに続けた。
「こういうこともしねえと、この街では生き残れない」
「あっそ」
「……今にわかるさ」
ノヴァの方へ視線を向けた。壊れたSTELLA。煤だらけの白いパーカー。それでもこちらを見ている紫色の瞳。
「俺は、お前みたいにはならない」
そう言うと、リリィへ視線を投げた。
「フィクサーに連絡しよう。積荷もめちゃくちゃだし、こいつを突き出さなきゃな」
「……承知しました」
リリィは、フィクサーへホロコールをかけた。
その後ろで、ノヴァがアレックスの耳に口を寄せた。
「アレックス」
「んだよ」
「ありがとね、怒ってくれてうれしかったよ」
アレックスは目を丸くしてノヴァを見た。
「おまえ、お礼が言えたのか」
「どういう意味!?」
フィクサーとの会話中、後ろから聞こえてくる喧騒にリリィはこめかみを押さえた。