Cyberpunk: After Glow — Short Stories   作:AfterGlow

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#5 BAD COMPANY/ろくでなしチューマ

 

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「いいか、坊主。仕事ってのはなァ……」

 

「その話、長い?」

 

ワトソン ノースサイドの安酒場、バウンシング・ベニーズ。

 

アレックスは憮然とした表情でニコーラの入ったグラスを傾けた。

 

「あのなァ……。偉大なる先達の話はちゃんと聞けよ」

 

気勢をそがれた男が酒をあおると、瞬く間にグラスは空になった。

 

男の名はレジー・ウェスト。

 

いかにもうだつの上がらなそうな顔つき、伸びた無精ひげ、色あせたレザージャケット、腰には使い込まれたレキシントン。

 

今日、初めて組んだ傭兵だった。

 

「いやァ、お前さんは命の恩人だよ……おかわりィ!」

 

上機嫌で酒を注文するレジーに、アレックスは早くも来たことを後悔し始めていた。

 

「別に、あんたを助けようとしたわけじゃない」

 

今日の昼、共に挑んだギグでレジーが侵入経路を間違えた。あわや命を落としかけた所を、アレックスが助けた。その礼にと、レジーがアレックスを誘ったのだった。

 

「俺ァお前さんのそういうところが気に入ったんだよ。今日は俺の奢りだ!!飲め飲め!」

 

脇腹に受けた傷のことなど、すっかり忘れたかのようにレジーは上機嫌で笑った。

 

「ちょっと、レジー。アンタ金はあるの?」

 

カウンターの向こうから女性バーテンダー、チェリー・バボムが口をはさんだ。

 

「心配すんなって、金なら……」

 

そういいながら、決済UIを視界に表示したレジーが固まった。

 

「……借金の引き落としに充てられてやがる」

 

チェリーが肩をすくめるのに目もくれず、レジーはアレックスの肩をつかんだ。

 

「いいか、坊主。この街じゃあ、時には信頼を金で買わなきゃならねぇ時ってもんが……」

 

「金なら貸さないよ」

 

そういって、アレックスはスコップ・ドッグを口いっぱいに頬張った。

 

「まだなんも言ってねぇだろうが!」

 

「おい、レジー。今度は何やらかした?」

 

少し離れたテーブルでカードを切っていた男が、こちらへ声を飛ばした。

 

「人助けだよ、人助け」

 

「そうか。じゃあ近いうちに死人が出るな」

 

「縁起でもねえこと言うなよ」

 

チェリーが空のグラスを取り上げた。

 

「死人が出るなら外でやってよ。掃除代までツケにされたらたまんない」

 

「お前ら、俺をなんだと思ってんだ?」

 

「失礼」

 

アレックスの肩を揺さぶるレジーの背後に、ばかに整った身なりの男が現れた。背後には、数名の屈強な男たちを連れている。

 

「……なんだい、とっつぁん」

 

「レジー・ウェストだな」

 

酒場の喧騒をよそに、二人の周囲だけ空気が冷えていくのを、アレックスは感じていた。

 

◇

 

「この男に見覚えは?」

 

ミロシュ・ヴァンダーと名乗った男は、一枚の写真をレジーに向かって突き付けた。

 

「……知らねぇよ」

 

「嘘はよくないな」

 

写真に映っているのは、一人の企業研究員。

 

「数年前、君はこの男を逃がしたはずだ。……調べはついてる」

 

レジーは、先ほどまでの調子はどこへ行ったのか、カウンターを指先でなぞりながら押し黙っていた。

 

「この男には、研究倫理に関わる重大な疑惑があってね。我々としても見過ごすわけにはいかない」

 

「へえ。企業が倫理の話?」

 

横で話を聞いていたアレックスが口を挟んだ。

 

「彼は誰だ?ウェスト」

 

「……別に誰だっていいだろうが」

 

レジーは顔を上げない。

 

ミロシュは息を吐くと、その能面のような顔に気味の悪い薄笑いを浮かべた。

 

「いいかい、ボク? この男は人を実験台にしていたんだ。そんな人間を野放しにするわけにはいかないだろう?」

 

「ふーん」

 

アレックスの興味なさげな声に、レジーは噴き出すのを堪えながら言った。

 

「正義の味方ってツラかよ……」

 

ミロシュはギロリとレジーを睨みつける。だが、その顔が再びアレックスの方へ向くころには、薄笑いが戻っていた。

 

「君の隣のおじさんは、そんな男を逃がしたんだ。困ったものだろう?」

 

そういって、ミロシュはレジーへと視線を戻した。

 

「逃亡を手配した業者がいるだろう。その名前を教えろ。……もちろん、タダでとは言わない」

 

突如、レジーの視界UIにミロシュからのメッセージが届く。そこには、車を三台ほど買える程度の金額が記載されていた。

 

「見たこともないくらいの大金だろう。なに、名前を教えるだけさ。裏切るわけじゃない。君の評判にも、傷はつけないと約束しようじゃないか」

 

レジーの肩へ、そっと手を置いた。

 

「肩の荷を下ろして、楽になろうじゃないか。え?」

 

レジーは、ゆっくりと振り返った。

 

「断る」

 

「は?」

 

全く予想外の答えに、ミロシュは目を大きく見開いた。

 

「断るっていってんだよ。さっさと帰んな」

 

「何故だ?まさか、損得も計算できないほど馬鹿なのか?」

 

レジーはゆっくりとミロシュの胸元を指さした。

 

「……そのネクタイ」

 

「……ネクタイ?」

 

レジーは頷くと、芝居がかった動作で肩をすくめた。

 

「趣味が悪すぎる。そんな趣味のやつに打ち明け話なんて、百万エディー積まれたってゴメンだね」

 

ミロシュの額に、はっきりと青筋が浮かんだ。

 

「……そうか、残念だ」

 

ミロシュが指を鳴らすと、後ろにいた大男たちが、ゆっくりとレジーへ向かって歩を進めた。

 

レジーが、重い腰を上げる。

 

「……!?」

 

不意に、乾いた破砕音が鳴り響いた。投げつけられたグラスが、先頭の巨漢の顔面に当たり、粉々に砕け散った。

 

「悪り。手ぇ滑っちゃった」

 

グラスの主、アレックスは不敵に笑うと、砕け散ったガラスの破片を踏みしめながら立ち上がった。

 

「俺、コーポ嫌いなんだよね」

 

「ガキィ~」

 

グラスをぶつけられた男が、顔からニコーラを滴らせながらわなわなと唇を震わせる。

 

一触即発の空気。

 

周囲の客たちはそそくさと帰り支度をはじめ、チェリーは表でやれと言わんばかりに鋭い視線を投げつけていた。

 

「坊主!」

 

そんな空気は、この日初めて叫んだレジーの怒声によってかき消された。

 

「……なんだよ、オッさん」

 

「坊主、お前さんは帰んな」

 

アレックスは唇を尖らせた。

 

「いや、俺もケンカ売られてんだけど」

 

「いいから。……すまねえな。こんなことになっちまって。また今度飲みなおそうや」

 

アレックスはレジーを一瞥すると、そのままスタスタと出口へ向かって歩き出した。

 

「おい、待てやこのガキィ!」

 

グラスをぶつけられた男は憤懣やるかたない様子でアレックスを追おうとした。

 

「待て!」

 

その足が、ミロシュの一喝によってピタリと止まった。

 

「何のために高い金払ってると思ってる、馬鹿が。さっさとこいつを表に連れていけ」

 

そういって、ミロシュは顎で裏口を示した。

 

その様を、レジーのくすんだ瞳が見つめていた。

 

◇

 

「さっさと吐いたほうが身のためだぞ?こっちだって、一方的に殴り倒すようなことはしたくない」

 

店の裏、少し開けた路地裏でミロシュは低く呟いた。

 

その左右には、屈強な男たち。

 

恐らくは今回のために雇われたギャングか傭兵といったところだろう。コーポとは違う、下品な暴力の匂いを全身から漂わせている。

 

レジーはポケットに手を突っ込んだまま、振り向こうとしない。

 

「どうした?」

 

ミロシュの言葉に、ゆっくりと振り向くレジー。

 

視線が一瞬、男たちの肩口に刻まれた小さなマークを捉えた。

 

隙のないその動作に、ミロシュたちは胸元の銃に手をやった。

 

次の瞬間。

 

レジーは両手を地面についた。

 

「すみませんでした!勘弁してください!」

 

美しさすら感じる、本気の土下座。頭を地面に擦りつけることに、一片の躊躇も見当たらなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

あっけにとられたミロシュたちは固まると、やがて大きく笑いだした。

 

「まったく、情けない奴だ。やっと立場ってものを理解したか」

 

「へぇ。痛いのは嫌なんで」

 

顔を上げたレジーは、揉み手をしながら媚びた笑みを浮かべている。

 

「ならさっさとそう言えばよかったじゃないか」

 

ミロシュは先ほどとは打って変わって穏やかな顔でほほ笑んだ。

 

「さっきはあの坊主がいたもんで。カッコワリいとこ、見られたくないじゃないスか。あいつは俺のこと尊敬してるんすよ」

 

「尊敬、ねぇ……」

 

ミロシュは懐から煙草を取り出すと、火を点けながらレジーの全身を見回した。

 

「まあいい。じゃあさっさと情報を吐け」

 

「あ、それも勘弁してください」

 

媚びた笑みを張り付けたまま言うレジーに、ミロシュが固まった。

 

煙草の灰が落ちる。

 

「は?」

 

「いやだから、それも勘弁してほしいんスよ。何のためにわざわざ土下座したと思ってるんスか」

 

「嘗めやがって……」

 

再び般若の面を被ったような顔になったミロシュが顎で示す。取り巻きの男たちが前に出てきた。

 

「あちゃあ……。やっぱダメ?」

 

言うやいなや、レジーは目の前の男の足元へ身を滑り込ませた。

 

足首を払われた巨漢が、隣の男を巻き込んで倒れる。

 

「じゃ、お先に!」

 

混乱に乗じて駆け出すレジー。

 

だが、三歩目で脇腹に鋭い痛みが走った。

 

「……っ!」

 

ほんの一瞬、足が止まる。

 

乾いた銃声が響いた。

 

「うぐっ……」

 

取り巻きの一人が放った銃弾が、レジーの脹脛に大きな穴を開けた。

 

その場に倒れこむレジー。

 

「おいおいおいおい……」

 

ゆっくりとレジーに近づいたミロシュは、その傷口を踏みつけた。

 

「ぐあっ!」

 

痛みに顔をゆがめるレジー。

 

「いったいどういう思考回路をしていれば、ここから逃げ出せるなんてカップケーキみたいな甘い考えができるんだ?」

 

ミロシュが指を鳴らすと、取り巻きの男たちがレジーを取り囲んだ。

 

「やれ。……殺すなよ」

 

リンチが始まった。

 

◇

 

「あっぐっ……」

 

数分もしないうちにレジーはボロ雑巾のようになっていた。顔は腫れあがり、くぐもった息を漏らす。骨も何か所か折れているのは明らかだった。

 

「何故吐かない?死にたいのか?」

 

ほとほと辟易したような表情で、ミロシュは声を落とす。

 

「そこまでして義理立てする必要なんてないだろう。さっきも言ったように、情報は漏らさないと約束する」

 

穏やかに、諭すようなミロシュの声色に、レジーは嗤った。

 

「嘘つけ。お偉いコーポ様が俺みてえなのとの約束なんて守るわきゃねえだろ」

 

ミロシュが眉を顰める。

 

「……なんていうかな。俺はどこにでもいるしょっぱいナイスガイだがよ……」

 

ぜいぜいと苦しげな呼吸が、路地裏に響いた。

 

「酒代は踏み倒すし、約束は忘れる。だがな……終わった仕事まで売り直すようになったら、俺は本当に終わっちまう」

 

血の混じった唾を吐き捨てる。

 

「分かるか?それは、俺にとっちゃあ最後の一線ってやつなんだよ」

 

「……なるほど」

 

ミロシュは立ち上がると、レジーへ背を向けた。

 

「どうやら想像以上のバカらしい」

 

振り返ると、短くなった煙草を地面に投げ捨てた。

 

「これから、お前の両手足に何発かずつ鉛球をぶち込む。それでも耐えたら、両手足の指を全部折る。最後は、両手足を全部引きちぎってやる」

 

「へ?」

 

取り巻きの男たちが、懐から銃を取り出した。黒光りする銃口が、レジーを見つめる。

 

「……芋虫にならないうちに全部吐くことをお勧めするよ」

 

「……おいおい。冗談キツいぜ……」

 

乾いた銃声が、路地裏に響き渡った。

 

◇

 

「ぐあっ……」

 

硝煙が立ち上り、赤い血が流れた。レジーは固く目を瞑り、襲い来る激痛に耐えようとした。

 

━━?

 

その身体に、新たな痛みが刻まれることはなかった。ゆっくりと目を開ける。

 

取り巻きの男たちの腕から、赤い血が流れている。

 

「……?」

 

「貴様……!」

 

怒りに燃えるミロシュ。

 

状況が理解できないレジーは、這いずるように周囲を見渡した。

 

「……その辺にしときなよ。ダッサいオッさん寄ってたかって苛めるなんて、ダサすぎて目も当てらんないから」

 

Omahaから立ち上る三筋の硝煙。

 

アレックスが、建物の上から見下ろしていた。

 

「ぼ……うず……」

 

「喋んなくていいよ。……立てるか?」

 

地面に降り立ったアレックスに肩を貸され、よろよろと力なく立ち上がるレジー。

 

「なん……で……」

 

「喋んなくていいってば」

 

「ガキが……!そこのゴミはともかく、お前は別だ。ぶち殺してやるよ」

 

「……はっ」

 

アレックスは心底愉快そうに口元を歪めた。

 

「銃も握れないでくの坊が四人と、運動不足のオッさんが一人。言っとくけど俺、相当強いよ?」

 

「馬鹿が」

 

ミロシュが指を鳴らす。甲高い音が響き渡ると、大通りから総勢三十名はくだらない軍団が現れた。

 

アレックスは目を見開いた。

 

レジーは増援の肩口にも、先ほどと同じマークを見つけた。

 

「う、うっそだあ……。集まり良すぎでしょ、あんたのお友達」

 

「こういう状況に備えてるとは、考えやしなかったか?これだからストリートのガキは嫌になる」

 

余裕を取り戻したミロシュは、新しい煙草を一本くわえた。

 

「あのガキを殺せ。横のゴミは殺すなよ」

 

「……よし」

 

アレックスはくるりと踵を返すと、強化腱を起動する。

 

「……逃げるぞ。オッさん」

 

「ちょっと……待っ……」

 

アレックスはレジーの身体を担ぎ上げた。

 

「お、おい! 傷が……!」

 

「舌噛むよ」

 

「殺れ!!」

 

強化腱が唸りを上げた。

 

アレックスは屋根の上へと跳び上がり、そのまま尻尾を巻いて逃げ出した。

 

◇

 

屋上の空調機に銃弾が弾け、火花が散った。

 

眼下では何台もの車がエンジンを唸らせ、路地という路地を走り回っている。

 

「ほらよ」

 

アレックスは走りながらポケットからエアハイポを取り出すと、担いだレジーの手に押し付けた。

 

「わっ……たっ……と」

 

レジーは慌ててそれを掴むと、自分の首筋へエアハイポを押し当てた。中の薬液が注入され、一時的に痛みが遠のいていく。

 

「ふぃ~……。効くぅ~……」

 

そういって、アレックスの肩をタップする。

 

「おい坊主、もう降ろしていいぞ。自分で逃げれる」

 

「そっか」

 

短く言うと、アレックスは屋根を飛び降り、路地裏に着地した。そのままやや乱暴にレジーを下ろす。

 

「あでっ……痛ぅ~。おい、もっと優しく降ろせよ」

 

周囲に敵がいないことを確認すると、レジーは壁に手をつき、よろよろと立ち上がった。

 

撃ち抜かれた脹脛は、相変わらず言うことを聞かない。

 

「おい、なんで戻ってきやがった。お前にゃ関係ねえだろ」

 

「……俺があんたのことを尊敬してるなんてバカな事言うもんだから、訂正しときたくてさ」

 

そういうと、アレックスは小さく肩をすくめた。

 

「はぁ!?そっから見てやがったのか!?……ならもっと早く助けてくれよ~」

 

堂々と情けないことを言うレジー。

 

アレックスは答えないまま、逃走を再開する。

 

「あっ!おい、待てって!」

 

レジーは片脚を引きずりながら追いかけた。

 

路地から路地へ、できる限り人目につかない場所を逃げる。

 

その時、曲がり角の向こうでタイヤが鳴いた。

 

アレックスは咄嗟にレジーの襟首を掴み、路地の陰へ引っ張り込む。一瞬遅れて、黒塗りの車が二人の目の前を走り抜けていった。

 

アレックスが車の行方を確かめている間、レジーは視界の端に通信UIを開き、短いメッセージを送った。

 

「……ったく、しつこい連中だな」

 

「おい、どこまで行く気だよ!」

 

「ジャパンタウン。向こう岸なら入り組んだ裏道がある。車じゃ追いにくいでしょ」

 

背後で、再びタイヤが鳴いた。

 

振り返ると、黒塗りの車が狭い路地へ曲がり込んでくる。

 

「おい、また来たぞ!」

 

「分かってるって!」

 

アレックスは路地の突き当たりにある塀へ飛びついた。

 

一息に乗り越えると、今度はレジーへ手を伸ばす。

 

「ほら、早く!」

 

「無茶言うなよ……! こっちは脚を撃たれてんだぞ!」

 

レジーが差し出した腕を掴み、アレックスはその身体を引き上げた。

 

「あだだだだ! もうちょい優しくできねえのか!」

 

二人が降り立ったのは、幹線道路の脇だった。

 

橋の向こう、海を隔てた対岸にジャパンタウンの明かりが見える。

 

「……お前、この橋の一本道はどうするつもりだ? 車以外通らねえぞ」

 

「走る。いやなら置いてくぞ」

 

そう言って、アレックスは橋の中央へ向かって走り出した。

 

レジーは数秒逡巡した。

 

その時、視界の端に小さな通知が点った。レジーはちらりと目をやると、すぐに表示を閉じた。

 

やがて意を決したようにアレックスの背中へ視線を向ける。

 

「ま、待てって。置いてくなよ」

 

レジーは片脚をかばいながら、必死に後を追った。

 

「そこまでだ」

 

不意に、二人を眩い光が照らした。

 

「っ……」

 

腕で光を遮ると、二人はやっとの思いで前を見た。橋の中央には何台もの車が並び、その中央にはミロシュが立っていた。

 

「やあ、久しぶり」

 

ミロシュが投げる視線は、まるで夜のバッドランズのように凍てついていた。

 

◇

 

「絶体絶命……というやつかな」

 

勝ち誇ったような笑みをその顔に張り付けながら、ミロシュが片手を挙げた。連動するように、数十の銃口が一斉に持ち上がり、アレックスとレジーの方へ向いた。

 

「ガキは殺せ。あのゴミは……そうだな。足をハチの巣にして這いつくばらせてやれ」

 

「ちっ……」

 

アレックスは舌打ちすると、自身の背中に埋め込まれたBerserkへ意識を向けた。

 

「おい、オッさん。俺が暴れて突破口を作る。その間に……」

 

「必要ねえよ」

 

そういうと、レジーはまるで朝の河川敷を散歩するかのような無防備さで、敵陣の只中へ向けてゆっくりと歩きだした。

 

「おい!オッさん!」

 

「馬鹿め。せいぜい自分の信念とやらに殉じるがいいさ。……1エディーにもならんがな」

 

そう言ってゆっくりとその腕を振り下ろした。

 

「撃て!」

 

「クソっ……!」

 

アレックスが前へ出ようと駆けだした。

 

橋の上に、一陣の風が吹き抜けた。

 

「……?」

 

「……?」

 

なぜか、銃弾は一発も発射されない。

 

「う、撃て!撃て!」

 

次の瞬間、アレックスもミロシュも信じられないものを見た。

 

先頭の傭兵が耳元に手を当て、何事かを聞き取ると、隣の男へ短く合図した。

 

銃口が次々と下がっていく。傭兵たちは左右へ退き、橋を塞いでいた車列もゆっくりと動き始めた。

 

さながらモーセの様に、レジーは悠々と包囲網を通り過ぎた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なんだと……?貴様ら、何をしている!ふざけるのも大概にしろ!」

 

動転して喚き散らすミロシュを脇目に、レジーはゆっくりと振り返った。

 

「どうした、坊主?ついてこないなら置いてくぞ」

 

「……え?……あっ!」

 

目の前で起こっていることが理解できないまま、アレックスは慌ててその背を追う。

 

背後からは、いつまでもミロシュの怒声が響いていた。

 

◇

 

「ここまでくれば大丈夫だろ。ふぃ~、いてて。あいつら、しこたま殴りやがって」

 

ジャパンタウンの路地裏で、レジーは壁に寄りかかりながら、煙草に火を点けた。

 

「……何がどうなってんの?」

 

「へへっ。知りたいか、坊主?」

 

「当たり前でしょ。あんた、何したわけ?」

 

レジーは得意げに鼻を鳴らした。

 

「あの連中、ミロシュんとこの私兵じゃねえ。金で雇われた傭兵だ。装備のマークに見覚えがあってな。ちょいと元締めに連絡してやったのさ」

 

「……いつの間に?」

 

「車から隠れたときだよ。あのコーポ様が寄越した報酬のメッセージと、手下が四人も撃たれたって話をな」

 

「……それで、なんであいつら帰っちゃったの?」

 

「考えてもみろ。名前一つ聞き出すために車三台分の金を積むような仕事だぜ? それなのに、雇われた連中はろくに事情も知らされず、お前みてえな化け物と殺し合いだ」

 

「化け物って言うな」

 

「おっと、失礼」

 

レジーは肩をすくめた。

 

「そりゃ元締めだって怒るわな。追加報酬に治療費、前金の保証。話がまとまるまで全員撤収だとよ。橋に着く前に返事が来てたのさ」

 

「……だから道を開けた?」

 

「お前さんを止めようとすりゃ、また死人が出るかもしれねえ。追加の金も貰わずに、そこまでする義理はねえってことよ」

 

アレックスはしばらく考え込んだ。

 

「……でも、あのオッさんなら払うでしょ?」

 

「払うだろうな。だが、今すぐじゃねえ。条件を詰め直して、元締めが撤収命令を取り消すまでには時間がかかる」

 

レジーは芝居がかった仕草で両手を広げた。

 

「つまり! あのコーポ様は自分の金で、俺たちの逃走時間を買ってくれたってわけだ!」

 

「…………」

 

アレックスはレジーをまじまじと見つめた。

 

「……あんた、案外すごいんだね」

 

「おっ?」

 

レジーの顔がぱっと明るくなった。

 

「なんだ坊主、やっと分かったか! いいか、傭兵ってのは腕っぷしだけじゃねえ。大事なのはここよ、ここ!」

 

得意げにこめかみを指さす。

 

「……で、またあのオッさんが追ってきたら?」

 

「そんときゃ、また逃げるさ」

 

「……それだけ?」

 

「生きてりゃどうにかなるもんよ。……今度は、お前が答える番だぜ。坊主」

 

「?」

 

「なんで、わざわざ戻ってきた?俺の嘘を訂正するため……なんて、それこそ嘘だろ?」

 

アレックスは息を吐くと、少し顔を赤らめながら頭を搔いた。

 

「いや、最初は見捨てるつもりだったけどさ。オッさんが啖呵切ってんの見て……なんか、ここで死ぬには惜しいなって」

 

レジーは目を白黒させた。煙草の灰が落ちる。

 

「カァ~、なんだてめぇ。その上から目線はよォ。俺はお前の倍生きてんだぞ?」

 

そんなことを言うレジーがなぜか可笑しくて、アレックスは噴き出した。

 

「変なの」

 

そういって、レジーに手を差し伸べた。

 

「るせぇ。あっ、そうだ。今回は俺がいなかったらやばかったよなァ?」

 

レジーはその手を取りながら、よろよろと立ち上がった。

 

「俺がいなくてもやばかっただろ」

 

口を尖らせるアレックスを意にも介さず、レジーは続ける。

 

「礼は、金じゃなくてもいいぜ。そうだなァ……。久々にリジーズバーにでも行きてえな。クラウドでもいいぞ!」

 

鼻の下を伸ばすレジーを、アレックスの冷えた目線が見据えた。

 

「スケベオヤジめ」

 

「まァそういうなよ。お前ももう少し大人になりゃ……ぐぅっ!」

 

不意にレジーの膝が折れた。その身体が、派手な音を立てて地面に崩れ落ちる。

 

「レジー?」

 

「エ、エアハイポが……切れた……。たの……む……。リパーのところに……」

 

アレックスは呆れた様子でレジーを見つめた。

 

「自分でいけば?じゃあね」

 

そう言って、アレックスは踵を返した。

 

「ま……まって……」

 

その時、出し抜けにレジーの視界UIにメッセージが届いた。

 

「……?」

 

差出人は、チェリー・バボム。

 

『親愛なるろくでなしへ。アンタの連れの坊やが割ったグラスの請求書を送っておくよ。 追伸。今までのツケも来週までに耳そろえて払わなけりゃ、NCPDに突き出すからね!』

 

「……がっ」

 

そこで、レジーの意識は途絶えた。

 

「……ったく」

 

アレックスは引き返すと、倒れたレジーを担ぎ上げた。

 

「今度こそ貸しだからね。レジー」

 

◇

 

ワトソン リトルチャイナ。

 

アフターグロウのアジト。

 

あれから数日が経っていた。

 

「アレックス、こないだは散々だったね」

 

ノヴァがからかうように笑った。

 

「ほんとだよ。金にもならないし」

 

アレックスはソファでニコーラを飲みながら寛いでいた。

 

「……そのレジーという男、坊ちゃんの教育上よろしくないのでは?」

 

アレックスの隣に座るリリィが不機嫌そうに口を挟んだ。

 

「まあ、そんな悪い奴じゃないし……ん?」

 

アレックスの視界UIに、一件のメッセージ。

 

『よお、坊主!レジー様大復活だ。飲みに行くぞ!もちろん、お前の金でな!』

 

アレックスはうんざりとした表情で立ち上がると、ソファにかけたジャケットを手に取った。

 

「レジーが飲みに行こうだって。……俺の金で」

 

リリィのこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「やはり、縁を切ったほうが良いのでは……?」

 

「おもろいオッさんだね」

 

ノヴァが楽しそうに口を挟んだ。

 

アレックスは苦笑する。

 

「まあ、そう言わないでよ。実際こないだはあいつがいなきゃ危なかったし……」

 

そういって玄関に向かうと、スニーカーに乱暴に足を突っ込んだ。

 

「……チューマだからな」

 

消え入りそうな声でそういうと、玄関を開けて出ていく。

 

その足取りは、どこか軽やかだった。

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