吹雪が狂おしく舞う、一面の銀世界。
指先の感覚は、もうほとんど残っていなかった。
身体を動かそうとしても、思うように力が入らない。
冷たいという感覚さえ、次第に遠のいていく。
それでも少年は、必死に顔を上げた。
白い。
どこを見ても、白い。
少年の身体は、腰まで雪に埋もれていた。
何度立ち上がろうとしても、脚に力が入らない。
それでも少年は、震える身体を必死に動かした。
「……お父さん……お……母さん……だ……れか……っ」
助けを求める声が、誰かに届くことはない。
視界の端が、少しずつ暗くなっていく。
もう、自分がどれだけここにいるのかも分からない。
それでも少年は、ただ誰かに届くことを願っていた。
ただ荒れ狂う吹雪の音だけが、絶望的な白の景色を静かに包み込んでいた。
◆
『__彼はこの世界の、もう一つの特異点と言ってもいいかもしれないね。……本当に、忌々しい』
真っ白な、何も存在しない空間。
音もない。
風もない。
ただ、どこまでも続く白の中に、何かの気配だけが漂っている。
それが何なのか。
誰がそこにいるのか。
それを知る術はない。
『……まあ、いいさ』
くすり、と。
誰かが笑った。
『まだ、始まったばかりなのだから』
◆
「ん……なに、今の……夢……? 雪山……?」
まぶたを開けた少年は、ゆっくりと体を起こした。 今しがたまで見ていたはずの、あの寒々と凍てつく銀世界を思い出そうと脳裏をたぐる。しかし、朝の光が差し込むにつれて、夢の情景は指の隙間からこぼれ落ちる砂のように急速に薄れていった。
それでも、胸の奥に残った妙な寒気だけは消えなかった。
夢の内容は、もうほとんど思い出せない。
それなのに、なぜか胸の奥だけがざわついていた。
階下から、鍋をかき混ぜる音と共に柔らかい声が響く。
「グレイ、朝よ!」
「……今いくよ、お母さん」
ベッドから脚を下ろすと、足裏に伝わる木床の温もりが夢の冷たさを消し去っていく。
階段をトントンと降りると、香ばしいスープの匂いが部屋いっぱいに広がっていた。
ここはアスラ王国・フィットア領の端にある小さなブエナ村。
村はまだ朝の静けさに包まれていた。
「お母さん、今日のスープ、すごくいい匂いがする」
「ふふ、顔を洗ってお父さんを起こしてちょうだい」
「うん!」
幼いグレイは素直にうなずき、洗面台へと向かう。 鏡に映るのは、まだ幼さの残る丸みを帯びた自分の顔だ。
顔を洗い、手ぬぐいで拭うと、グレイはそのまま父の寝室の扉をそっと叩いた。