無職転生 IF 〜ただ一振りの剣で〜   作:ユタ01

13 / 14
【第11話】波紋と影

 

 

剣神流道場の静かな一室。

 

温かい布団の中で、二人の少年少女が静かに眠り続けていた。

 

部屋の隅では、十歳の少年ジノ・ブリッツが、二人の様子をじっと見つめていた。

 

(本当に……来たんだ)

 

数日前、夢の中に現れた『ヒトガミ』と名乗る神様。

 

『北から二人の男女が訪ねてくる。助けてあげておくれ』

 

そう言われ、言いつけどおり北門の清掃をしていたところ、吹雪の向こうから本当に二人の姿が現れたのだ。

 

背中に少女を負った少年は、ひどい怪我をしていた。

 

ジノと目が合った瞬間、少年はほっとしたような表情を浮かべ、そのまま雪の上に倒れ込んだ。

 

すぐに大人たちを呼び、二人は道場の医務室へ運ばれた。

 

その際、幼い少女が泣きじゃくりながら少年の名前を呼び、必死に縋りついていたという。引き離すのにも、ずいぶん苦労したらしい。

 

(あの子、ずっとお兄ちゃんのことを呼んでたな……)

 

ジノは、眠り続ける少年の顔を見つめた。

 

一体、どれほど苦しい思いをしてきたのだろう。

 

そんなことを考えていると、部屋の扉が静かに開いた。

 

「ジノ、まだ目は覚めないか」

 

入ってきたのは、叔父であり『剣神』でもあるガル・ファリオンと、従姉妹のニナだった。

 

「ガル様。はい、まだ目が覚めません」

 

「お父さん、この子達、本当に北の山から来たんですか?」

 

ニナが不思議そうに首を傾げる。

 

ガルは腕を組み、布団の中で静かに息をする二人を見下ろした。

 

「やって来た方角からすりゃ、そう考えるしかねえな。詳しいことは、目を覚ましてから聞けばいい」

 

それだけ言うと、ガルは入口へと向かった。

 

「お前ら二人で交代して見張ってろ。目を覚ましたら報告しろ」

 

「「分かりました」」

 

二人の声が重なる。

 

大人たちが去り、再び静けさを取り戻した部屋で、ジノはもう一度、眠り続ける少年に目を向けた。

 

(早く、元気になるといいな)

 

そう思いながら、ジノは少年の寝顔を見守り続けた。

 

◇

 

その夜。

 

ジノは再び、あの真っ白な空間にいた。

 

どこまでも続く白い世界。

 

その中央に、顔の定まらない人影が佇んでいる。

 

『やあ、ジノ。久しぶりだね』

 

親しげな声が、直接頭の中に響いた。

 

「お久しぶりです、神様」

 

『二人は訪ねてきたかい?』

 

「はい! 神様の言ったとおり、北から二人が来ました。怪我をしていて、今は寝ています」

 

『それはよかった。ジノも僕のお願いを聞いてくれてありがとう』

 

「いえ、そんな……」

 

ジノは少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

神様に頼まれたことをしただけだ。それでも、こうして褒めてもらえるのは嬉しかった。

 

「あの……神様」

 

『ん? どうしたんだい?』

 

「二人は、一体誰なんですか?」

 

気になっていた疑問だった。

 

あんな小さな女の子を背負って、あの吹雪の中を歩いてきた少年。普通なら、とっくに命を落としていてもおかしくない。

 

『魔力災害に巻き込まれて、遠くへ飛ばされてしまったんだよ。他にも、同じように転移してしまった人たちがいるみたいだけどね』

 

「……そうだったんですね」

 

ジノは神妙な顔で頷いた。

 

あの二人は、好きであんな場所にいたわけではないのだ。

 

「神様、僕はこれからどうすればいいですか?」

 

『そうだね……』

 

ヒトガミは、少し考えるような間を置いた。

 

『ジノ。あの二人と仲良くしてあげておくれ。特に、男の子の方だ。彼は君にとって、大切な存在になるかもしれない』

 

「大切な存在……?」

 

『うん。きっと君のためになるよ』

 

ジノは首を傾げた。

 

まだ名前も知らない相手だ。仲良くなれるかどうかも分からない。

 

それでも、神様がそう言うのなら。

 

「……うまくできるか分からないですけど、やってみます!」

 

『ありがとう、ジノ。君なら大丈夫さ』

 

「はい!」

 

素直に頷く少年の姿が、白い空間からゆっくりと薄れていく。

 

やがてジノの意識が完全に遠ざかり、白い世界にはヒトガミだけが残された。

 

◇

 

(……まったく。直接手を出せないというのは、面倒なものだね)

 

先ほどまでの親しげな雰囲気は、もうない。

 

ヒトガミは、うんざりしたように思考を巡らせていた。

 

そもそも、グレイに助言を与えたのは、最初から何かを企んでいたわけではなかった。

 

あの大規模な転移が起きた瞬間、ヒトガミは二つの異なる波を感じ取った。

 

一つは、ひときわ大きな波紋を広げる存在。

 

ルーデウス・グレイラット。

 

そして、もう一つ。

 

その傍らで、不気味に明滅する小さな波。

 

グレイ・カーティス。

 

初めてグレイの未来を覗いた時、そこには自分の助言に従い、都合よく動く少年の姿があった。

 

少なくとも、その時点では利用できる存在だと思っていた。

 

だが、時間が経つにつれて、少しずつ様子が変わり始めた。

 

グレイの未来は、ひどく不安定だった。

 

 

未来を覗くたび、その姿は揺らぎ、時には何の前触れもなく、まったく異なる可能性が浮かび上がる。

 

そして、ついには。

 

(……僕の使徒を殺している未来まで見えるようになったか)

 

ヒトガミは目を細めた。

 

単に行動が読めないだけなら、まだいい。

 

だが、グレイは自分の計画を妨げるだけでなく、実際に手駒を失わせる存在になるかもしれない。

 

しかも、未来の映像には、自分に明確な敵意を向けるグレイの姿まで混じっていた。

 

(厄介なことになったね)

 

グレイ自身の未来が不確定であること。

 

自分の使徒を殺す未来があること。

 

そして、もう一つ。

 

ヒトガミは、ルーデウスの未来を覗く中で見た光景を思い返した。

 

ルーデウスの子供と、グレイの子供。

 

二つの家系が結びつき、新たな子孫を残す未来。

 

その先に何が生まれるのか、すべてが明確に見えているわけではない。

 

それでも、その未来は無視できるものではなかった。

 

グレイの存在は、単に未来が読みにくいというだけではない。

 

ルーデウスの血筋と結びつくことで、将来的に自分自身を脅かす可能性まで秘めている。

 

どれか一つだけなら、ここまで気にする必要はなかったかもしれない。

 

だが、これらが重なっているとなれば話は別だ。

 

もっとも、今すぐグレイを排除する必要があるかといえば、そうでもない。

 

ヒトガミには、もっと優先して対処すべき相手がいた。

 

ルーデウス・グレイラット。

 

あちらへの対処がうまくいけば、グレイを取り巻く未来も変わるかもしれない。

 

ただし、何も備えずに放置するのも危険だった。

 

(万が一ということもあるからね)

 

ヒトガミの脳裏に、先ほどの少年の姿が浮かんだ。

 

ジノ・ブリッツ。

 

剣神流の血を引き、将来は剣神に届くほどの才能を秘めた少年。

 

それでいて、今はまだ幼く、自分の才能をどう使うべきかも知らない。

 

何より、こちらの言葉を素直に聞き入れてくれる。

 

(都合のいい子だ)

 

最初から無理に何かをさせる必要はない。

 

今はただ、助言を与え、信頼を積み重ねていけばいい。

 

頼まれたことをすれば褒められる。

 

迷った時には、答えを教えてくれる。

 

そうしてジノにとって、自分が当たり前に頼れる存在になればいいのだ。

 

やがてジノが成長し、グレイと肩を並べるようになった時。

 

二人の間に何が生まれるのか。

 

ジノがグレイを友人として認めるのか、それとも自分の力を試す相手として見るようになるのか。

 

あるいは、グレイの存在がジノの心に何かを生じさせるのか。

 

今の段階では、まだ分からない。

 

だが、それでいい。

 

ジノの中に眠る様々な感情も。

 

それらは、いずれ本人が成長する中で形を変えていくだろう。

 

その時に少しだけ背中を押してやればいい。

 

強くなりたいと思うように。

 

自分の力を証明したいと思うように。

 

そして、いつか自分の助言が必要になるように。

 

焦る必要はない。

 

ルーデウスへの対処を進めながら、ジノをゆっくりと育てていけばいい。

 

グレイが本当に脅威となった時、ジノがどちらを向くのか。

 

それを決めるのは、まだ先の話だ。

 

(さて……どう芽吹いてくれるかな)

 

白い空間の中で、ヒトガミは楽しげに口元を歪めた。

 






ジノ君かわいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。