静まり返った剣の聖地。
本堂の奥、冷たい月光が差し込む一室で、ガル・ファリオンは酒杯を傾けていた。
対面に座るのは、剣神流の最高幹部であり、ジノの父でもある剣帝ティモシー・ブリッツ。
ティモシーは静かに杯を置き、昼間の騒動を思い返すように問いかけた。
「……ガル様。グレイというあの少年は、そこまでの資質を秘めているのですか?」
その問いに、ガルは鼻で小さく笑うと、呆れたように手元の杯を揺らした。
「お前も剣帝なら、もう少しマシな目をつけろよ、ティモシー」
「……と、言いますと?」
「技のキレや速さはまだまだだ。型も出来上がっちゃいねぇ。純粋な剣術の洗練度で言えば、お前の息子のジノや、うちのニナの方が遥かに上だ」
ガルは酒をぐっと飲み干すと、眼光を鋭く光らせた。
「だがな、あいつらには無いものがある。――死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、生存本能だ」
「生存本能……」
「極限の環境で研ぎ澄まされた危機察知能力……それに、相手の動きを読む勘だ。あれを突き詰めりゃ、相手が技を繰り出す前に、その先を制することすらできるかもしれねぇ」
ガルは遠くを見るような目をし、昼間の手合わせで見せたグレイの不気味な動きを思い返す。
「あの嬢ちゃんから話を聞いたが……あの猛吹雪の雪山を越える際、滑落にも雪崩にも一度も巻き込まれなかったそうだ。普通の子供なら、一歩踏み出しただけで命を落としかねねぇ環境だぞ。グレイ自身も気づいちゃいねぇだろうが、無意識のうちに危険を察知し、最善の道を選び続けてたんだろうよ」
その評価を聞き、ティモシーの表情に深い驚きが走った。
「そこまでの……」
「ジノにとっても、同い年で自分と同等、あるいはそれ以上の資質を持つ相手が身近にいれば嫌でも伸びるはずだ。ニナも同様にな」
ガルは静かに酒を注ぎ足しながら、口元を緩めた。
「実際、ジノもグレイのことを気にしているようだったしな。あいつの様子をよく見に行っているらしい」
静寂が部屋を包む。
ティモシーは手元の杯を見つめながら、どこか複雑な色を帯びた溜息を漏らした。
「……なんだか、話を聞いていると、ジノを超える才能があるのかもしれないと思ってしまいますね。親としては、少しばかり焦る部分もありますが……」
ティモシーの親としての本音に、ガルは豪快に笑った。
「ハッ、やっぱり親だな。そこまで気にするなら、お前からジノにしっかり剣に対する貪欲さを叩き込んでやれ。……まぁ、グレイが、これから示していくかもしれないが」
「そうですね……」
ティモシーが苦笑いを浮かべて杯を傾けた後、ふと気になったように目を細めた。
「そこまで大きな期待をかけるのですね、あの子に」
「あぁ。久しぶりにワクワクする資質を秘めた奴だからな」
「だから、あんな風に強引に引き止めたのですか?」
ティモシーの問いに、剣神はわずかに肩をすくめて見せた。
「子どもを危険な外の世界へ放り出さないっていう、保護した者の責任って名目もある。……だがまぁ、グレイの剣をもっと間近で見たいという俺の我儘が、その理由の一つであることも否定できねぇな」
ガルは杯に残っていた酒を喉へと流し込み、満足そうに目を細めた。
「ギレーヌがここを立ち去ってから随分と時間が経ったが……見つかったのかもしれねぇな。次の『剣王』になり得る器が」