先日、日間ランキングで97位にランクインしており、大変驚いております。
これもひとえに、読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
まだまだ拙い部分も多いかと思いますが、これからも楽しんでいただけるよう頑張っていきます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
剣の聖地での修行は、グレイにとって苛烈でありながらも、どこか心地よく、楽しいものだった。
グレイの鍛錬は、もっぱら型の再確認と実戦形式の打ち合いだ。実力が拮抗している同世代のニナやジノとの稽古が、日課の大半を占めていた。
一方、アイシャはいつの間にかガル・ファリオンと話をつけていた。給仕の手伝いや掃除をしながら、グレイの身の回りの世話をすることを許されたのだ。
『グレイお兄ちゃんの邪魔は絶対にしないから!』
そう胸を張っていたアイシャが、毎日笑顔で生き生きと過ごしている。
その姿を見られることが、グレイにとっては何よりもうれしかった。
「ふっ!」
鋭い風切り音とともに、ジノが渾身の居合を放つ。
グレイは即座に重心を低く落とし、その軌道をかわした。続けざまに返しの木剣をジノの首筋へと伸ばし、寸前でぴたりと止める。
「……まいった」
ふぅ、と息を吐きながら、ジノが木剣を下ろした。
「やっぱり強いね、グレイは」
「そんなことないよ。ジノだって前より剣速がずっと上がってる。俺だって結構必死だよ」
「僕からしたら、随分と余裕そうに見えるけど?」
「余裕に見せてるだけ。心の中じゃ、かなり焦ってるって」
苦笑いするグレイに、ジノは心底羨ましそうな視線を向けた。
「グレイなら、もう聖級になってもいいんじゃないかな。光の太刀だって、きっとすぐ使えるようになるよ」
「いや、まだまだだよ」
グレイは手にした木剣を見つめながら、静かに首を振った。
「今のだって、もっと早く予測できていれば、ジノが剣を抜く前に制することができたはずだ。予測が遅れたから剣を抜かれたし、かわした後の体勢も悪かった。こんなんじゃ、まだまだ届かないよ」
己に妥協を許さないグレイの言葉に、ジノの目が真剣みを帯びる。
その剣に対する貪欲な姿勢に触発されたように、ジノは握った拳に力を込めた。
「……グレイ。もう一回、お願い」
「ちょっと、次は私とジノの番でしょ!」
食い下がるジノの背後から、木剣を肩に担いだニナが割って入った。
「あ、ごめん、ニナ」
「まったく……二人とも、すぐ自分の世界に入るんだから」
呆れたように肩をすくめたニナだったが、すぐに二人へ視線を戻す。
「……でも、どんどん強くなっていくわね。私なんて、二人に負け越しっぱなしだし……」
「そんなに焦らなくていいよ。ニナは俺より型も基本もずっと綺麗なんだから。そこを突き詰めれば、まだまだ伸びしろはあるって」
「グレイみたいな予測、ジノみたいな圧倒的な剣速……そういう『強み』がある方が羨ましいわよ」
溜め息をつくニナに、グレイは苦笑いを浮かべながら場所を譲った。
「とりあえず、次はジノとニナでどうぞ。反省会は後でやろう」
二人が木剣を構え直した、その時だった。
通りかかった先輩剣士がグレイに声をかけてきた。剣神ガル・ファリオンが呼んでいるという。
グレイがガルの執務室へ向かうと、剣神は豪快に鼻を鳴らしながら、一枚の羊皮紙を弄んでいた。
「シャリーアのギルドから、例の『フィットア領転移事件』に関する情報が入ってな。ちょうどあっちのギルドに情報提供を求めるツテがあったから、お前が書いた手紙を、そっち経由で出しておいてやったぞ」
シャリーアから中央大陸各地へと手紙を転送するとなれば、届くまでには相応の時間がかかる。
「返事は気長に待て。まあ、生きちゃいるさ」
「……ありがとうございます、先生」
グレイは深々と頭を下げた。
自分の力だけでは手繰り寄せられなかった、故郷との繋がり。
それをガルは、さりげなく整えてくれたのだった。
その日の夜。
稽古と仕事を終えたグレイとアイシャは、部屋の縁側に並んで座り、夜空に浮かぶ月を眺めていた。
「パウロ師匠たちの捜索隊が立ち上がったって、先生から聞いたよ。手紙を出してもらったから、きっと俺たちの無事も伝わるはずだ」
グレイが静かに告げると、アイシャの瞳がぱあっと輝いた。
「本当!? お父さんやお母さんに……会えるの?」
「ああ、会えるよ」
「……会いたいな」
小さく零したアイシャの頭を、グレイは優しく撫でた。
「そういえば、アイシャはもう五歳だね。次の休養日にお祝いをしようか。……ごめんね、プレゼントらしいものは用意できそうにないけど」
「ううん! プレゼントなら、前にお兄ちゃんが作ってくれた手袋があるから大丈夫。今はグレイお兄ちゃんと一緒にいられるだけで、私、すごく嬉しいの」
幼いながらも健気に微笑むアイシャは、きゅっとグレイの袖を掴んだ。
「でもね……もしお祝いしてくれるなら、一緒にお祝いのご飯を作りたいな!」
「よし、決まりだ。美味しいものを作ろうね」
二人は顔を見合わせ、温かな笑みを交わした。
◇
場所は変わり、中央大陸南部――とある街の酒場。
どん、と不躾な音を立てて、木樽のジョッキがテーブルに置かれる。
そこに座っていたのは、身なりも荒れ果て、酒の匂いを撒き散らす男――パウロ・グレイラットだった。
フィットア領転移事件から、長い時間が過ぎていた。
妻のゼニスも、息子のルーデウスも、そして弟子であり家族同然だったグレイも、その両親も。
誰一人として見つからない。
自ら立ち上げた『フィットア領捜索団』冒険者ギルドを活動の起点にしているが、手がかりのない焦燥と絶望に苛まれたパウロは、いつしか酒に逃げ、身も心もボロボロに擦り減らしていた。
「おい、パウロ! 本部から転送されてきた手紙だぞ! お前宛てだ!」
仲間が飛び込んできて、テーブルの上に一通の手紙を叩きつけた。
何度も人の手を渡り、いくつものギルドを経由してきたのだろう。
羊皮紙は角が擦れ、あちこちに煤や汚れがついていた。凄まじく長い旅路を物語るように、紙面には無数の皺が寄っている。
パウロは重い瞼を持ち上げ、自虐的に鼻で笑った。
「どうせ、該当者なしって手紙だろ」
投げやりに手紙を開く。
だが、煤にまみれた紙面に記された差出人の名前と、見覚えのある幼い筆跡を目にした瞬間、その呼吸が止まった。
『パウロ師匠、お元気ですか。
グレイ・カーティスです。
今、僕はアイシャと一緒に剣の聖地にいます。
聖地近くの雪山に飛ばされて、僕は少し怪我をしましたが、アイシャは無事です。
すぐにそちらへ向かおうとしましたが、剣神様から、安全に旅ができるようになるまで聖地で修練を積むようにと言われました。
他のみんなとは合流できたでしょうか?
アイシャも、お母さんや他の家族のことを心配しています。
ルディは、なんだかんだで元気に戻ってきそうだと思っています。
僕の父さんと母さんのことも、もし何かわかっているのなら返信をお願いします。
この地でもっと強くなって、アイシャを師匠のもとへ届けたいと思っています。
そして、みんなでまた笑顔で暮らせる日が来ることを願っています。』
「……ッ、あ……っ」
パウロの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
汚れと皺だらけの羊皮紙を強く抱きしめ、声を押し殺して泣いた。
あいつは生きていた。
過酷な状況の中でアイシャを守り、ちゃんと生きていてくれた。
自分が絶望して酒に逃げている間も、幼い弟子は必死にアイシャを守り、強くなろうと前を向いていたのだ。
「……ふぅーっ……!」
パウロは乱暴に袖で涙と鼻水を拭うと、目の前の酒をぐっと飲み干した。
そして、ジョッキを力任せにテーブルへ叩きつける。
「おい! すぐに出発の準備をするぞ! これ以上、酒に逃げてる場合じゃねえ……!」
その瞳には、かつての鋭い剣士の光が戻っていた。
パウロは再び捜索団の先頭に立ち、家族と弟子と再開するため、再び歩き始めたのだった。
「ノルン、グレイお兄ちゃんのこと、覚えてるか?」
「覚えてる。……手袋くれたお兄ちゃんでしょ?」
「そうだ、よく覚えてるな」
「お兄ちゃんが来たのに気づいて外に出たアイシャを追いかけると、いつも優しくて……手を繋ぐと暖かかったから、よく覚えてるの」
「そうか……ふたりとも無事だった。すぐ会えるからな」
「うん! ……私のこと、覚えててくれてるかな?」