無職転生 IF 〜ただ一振りの剣で〜   作:ユタ01

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【18話】剣聖と剣王

 

本堂の中央では、二人の剣士が向かい合っていた。

 

ジノ・ブリッツと、剣王ギレーヌ・デドルディア。

 

その対峙を見守る門弟たちの間から、グレイは先ほどから気になっていたことを口にした。

 

「……どうしてジノが戦うことになったんですか?」

 

隣にいた先輩剣士が、中央に目を向けたまま答える。

 

「剣帝ティモシー様が焚き付けたらしい」

 

「ティモシー様が?」

 

「ああ。最年少で剣聖になったのは、お前たち二人だろう。今、剣王に最も近い剣聖も、おそらくお前たちだ」

 

先輩剣士は、ジノの背中に視線を向けた。

 

「ジノの父親であるティモシー様は、息子を早く剣王にしたいんだろう。だからギレーヌ様に手合わせを申し出たんじゃないか」

 

なるほど、とグレイは納得した。

 

剣帝としての立場もあるのだろう。息子の実力を確かめさせると同時に、剣王への道を切り開きたいのかもしれない。

 

中央では、互いに一定の距離を保ったまま、二人が構えを取っていた。

 

ジノは居合の型。

 

ギレーヌもまた、腰を落とし、いつでも抜き放てる姿勢を取っている。

 

「お前も大変だな」

 

ギレーヌがジノに声をかけた。

 

親の期待だけではない。そこに別の感情が混じっていることも、彼女には感じ取れているのだろう。

 

「どうでもいいですよ。別に」

 

ジノは構えを崩さずに答えた。

 

「ジノ・ブリッツです。よろしくお願いします」

 

「ギレーヌ・デドルディアだ」

 

二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

「始め!」

 

号令が響いた。

 

次の瞬間、二人の姿が視界から消えた。

 

動きを追えた者は少ない。

 

本堂に木剣の衝突する音が響き、両者の姿が再び視界に戻る。

 

「ジノの一撃を止めた!」

 

ニナが声を上げた。

 

ジノが放った光の太刀。それをギレーヌは正面から受け止めていた。

 

「いや、ここからだよ」

 

グレイは二人から目を離さずに答えた。

 

両者が地を蹴る。

 

木剣が交差し、互いの間合いが目まぐるしく入れ替わる。

 

「すごい……ギレーヌと互角なんて」

 

目の前の剣戟に、エリスが思わず声を漏らした。

 

「ギレーヌさんの方が上手だよ」

 

グレイは二人の剣を追いながら答えた。

 

「ジノの光の太刀は、常に最短最速を狙っている。相手が守る前に斬り伏せる。仮に防がれても、すぐに次の手を繰り出す。角度を変えて、また最短の一撃を狙うんだ」

 

ジノの剣は無駄がない。

 

踏み込みから斬撃まで、余分な動作が削ぎ落とされている。

 

一太刀を防いだところで終わりではない。防御に使った剣の位置、崩れた重心、そのすべてが次の一撃を導く。

 

ジノと戦うなら、二手三手先まで読まなければならない。

 

それでもギレーヌは、ジノの剣を受け止めていた。

 

「それに、あの間合いで打ち合えるのが本当にすごい」

 

ギレーヌの剣は、ジノの最短の一撃をわずかに逸らしていた。

 

獣の直感と、剣王として積み重ねた経験。

 

斬撃の軌道だけではない。踏み込みの癖、肩の動き、重心の移動。そのわずかな兆候を拾い、剣を合わせている。

 

ジノの剣は速い。

 

だが、ギレーヌはその速さに置いていかれていなかった。

 

弾かれたジノが距離を取る。

 

再び居合の型。

 

呼吸を整え、ギレーヌを正面に捉える。

 

焦りはない。

 

ただ次の一太刀を考えている。

 

反撃の機会を与えなければ、いずれ勝てる。

 

そう考えているのだろう。

 

余分な動きを削り、一太刀一太刀を鋭くする。

 

理想の形を積み重ねれば、剣王にも届く。

 

そんな意志が、ジノの構えから伝わってきた。

 

グレイは、その剣を知っている。

 

ジノは本気で剣王を倒すつもりなのだ。

 

⸻

 

『結構やるぜ』

 

ギレーヌは内心でジノの力量を認めていた。

 

油断などしていない。

 

それでも、想像していた以上の強さだった。

 

剣聖の域はとうに超えている。

 

この年齢で、これほどの速さと精度を備えているのなら、いずれ自分を追い越す日も来るだろう。

 

だが。

 

速さはある。

 

剣の理合いも理解している。

 

それでも、まだ足りない。

 

ギレーヌの口元に笑みが浮かんだ。

 

ジノが踏み込む。

 

木剣が走った。

 

狙いは手首。

 

最短の軌道を通り、ギレーヌの剣を握る手へと迫る。

 

だが、その一撃が届いた瞬間には、すでにギレーヌの剣がジノの首元に添えられていた。

 

「参りました」

 

ジノはあっさりと負けを認めた。

 

その視線は、自分の首元ではなくギレーヌの手首に向いている。

 

手首を打った。

 

それなのに、剣を落としていない。

 

(……わざと撃たせたのか)

 

ジノは木剣を下ろし、ギレーヌに手を差し出した。

 

「真剣なら出来ない手ですね」

 

「ああ、そうだな」

 

ギレーヌは短く答える。

 

「速さだけにこだわるな。一太刀の重さも磨け」

 

「覚えておきます」

 

ジノは一礼すると、木剣を持ったままグレイの方へ歩いてきた。

 

そして、その柄をグレイに向ける。

 

「次はグレイだよ」

 

「えっ?」

 

思わずジノの顔を見る。

 

「ギレーヌさん、手首を打たれただろ? すぐには……」

 

「いや。問題ない」

 

ギレーヌが答えた。

 

それでもジノは師匠の方を向く。

 

「師匠、治癒師は?」

 

「おい、誰か呼んでこい」

 

ガルの声を受け、門弟の一人が本堂を出ていった。

 

ジノは改めてグレイを見る。

 

「僕は君の剣が、剣王様にどこまで通用するのか見てみたいんだ」

 

その目は真っすぐだった。

 

グレイは一瞬だけ迷い、それから差し出された木剣を受け取った。

 

「あ、ああ。分かったよ」

 

周囲から声が上がる。

 

「これでグレイがギレーヌ殿に勝てば、次の剣王はグレイか?」

 

「いや、ジノもいるだろう」

 

そんな声を聞きながら、グレイは木剣を軽く振って感触を確かめた。

 

剣王との手合わせ。

 

自分の剣がどこまで通じるのか。

 

それを確かめる機会は、そう多くない。

 

やがて治癒師が到着し、ギレーヌの手首の治療が始まった。

 

治療を終えたギレーヌは、手首を何度か曲げ、具合を確かめる。

 

「すまない、待たせたな」

 

「いえ、大丈夫です」

 

グレイは木剣を構えた。

 

対するギレーヌは、ジノと同じく居合の型を取る。

 

ただし、その構えにはジノとは異なる重みがあった。

 

全身の力が抜けているようでいて、どこにも隙がない。

 

号令が響いた。

 

二人が動く。

 

グレイはギレーヌの間合いを読み、距離を取った。

 

ギレーヌは追う。

 

間合いに入れば、すぐに斬りかかる。

 

グレイはそれを避ける。

 

剣が届く寸前に身を引き、あるいは踏み込んで斬撃の起点を潰す。

 

その攻防が続いた。

 

(……すごいな)

 

グレイはギレーヌの動きを追っていた。

 

だが、読み切れない。

 

直線的な動きではない。

 

踏み込みの幅も、重心の移動も一定ではなく、こちらが予測した位置からわずかに外れてくる。

 

獣のような動き。

 

相手の反応を見てから次の動きを決めているのか、それとも最初から複数の選択肢を持っているのか。

 

一つの動きを読んでも、その先が定まらない。

 

本堂の中だからこそ、まだ対応できている。

 

これがもっと広い場所なら。

 

木々の入り組んだ森や、足場の悪い野外なら。

 

自分の目が追いつかなくなる場面もあるだろう。

 

グレイは距離を保ち、ギレーヌの動きを観察し続けた。

 

その様子を見ていたエリスの隣で、ジノが口を開く。

 

「グレイの剣は、相手の間合いを読んで、動きを見ながら直感的に予測を立てるんだ」

 

「予測?」

 

「相手が攻撃してくると感じれば、間合いから外れる。あるいは、あえて接近して剣を振らせない」

 

ジノは二人の動きを見つめていた。

 

「攻撃はほとんどしないの?」

 

エリスが尋ねる。

 

「そんなことはないよ。グレイ自身の殺気や動きで隙ができれば攻撃する。相手が痺れを切らして無理に攻撃してくれば、返しの一撃を受けることになる」

 

ジノは淡々と説明を続ける。

 

「見方によっては、受け流しやカウンターを狙う剣に見える。だから、グレイの剣は水神流が混じった、本当の剣神流ではないと言う人もいるけど……僕はそうは思わない」

 

エリスがジノを見る。

 

「隙を見つけるまで撃たない。撃つときは一撃で決める。それも剣神流の剣だよ」

 

ジノの視線は、グレイから離れない。

 

「グレイは本当にすごい」

 

その言葉に、偽りはなかった。

 

⸻

 

勝負は、少しずつ動いていた。

 

ギレーヌの動きが激しくなる。

 

踏み込みが深くなり、左右への移動も大きくなる。

 

だが、剣は振られていない。

 

剣を振る意思を見せれば、グレイは距離を取る。

 

反対に、間合いを詰めれば剣を振る前に接近される。

 

攻撃の起点を作れない。

 

ギレーヌが剣を振るう機会は、まだ訪れていなかった。

 

グレイは相手の重心を見ていた。

 

肩の動き、足の運び、視線の向き。

 

わずかな変化から次の動きを予測し、間合いを調整する。

 

攻めているつもりはない。

 

ただ、相手に攻撃させない。

 

それがグレイの剣だった。

 

(なるほどな)

 

ギレーヌはグレイの剣の意味を読み取っていた。

 

直感と予測によって間合いを測り、相手の意識の隙間を突く。

 

剣を振らずとも相手を動かし、攻撃の意思を持たせない。

 

一見すれば受け身の剣だが、その実、相手の行動を制限する攻めの剣だった。

 

だが、弱点もある。

 

常に相手の動きと身体を見続けなければならない。

 

長時間の戦闘になれば、負荷は蓄積する。

 

まして格上を相手にするなら、相手の動きを読み続けること自体が大きな負担になる。

 

ギレーヌは動きの幅を広げた。

 

本堂の中という制約はある。

 

それでも、グレイに要求する情報量を増やすことはできる。

 

前後だけでなく、左右にも揺さぶる。

 

踏み込みの深さを変え、重心の移動を読ませない。

 

グレイは対応している。

 

だが、その分だけ意識を割かれているはずだった。

 

(……あのジノと戦ってきた剣か)

 

ギレーヌはグレイの剣を見て、そう考えた。

 

ジノとの戦いを繰り返す中で磨かれた剣。

 

最短最速の攻撃を持つジノに対抗するため、相手の間合いを読み、攻撃を成立させない技術を身につけたのだろう。

 

だからこそ、ジノとの戦いには強い。

 

だが、相手が変われば話も変わる。

 

ギレーヌは一歩、踏み込んだ。

 

グレイの視線が動く。

 

次の瞬間、ギレーヌは反対側へ重心を移した。

 

グレイはそれに対応する。

 

まだ読めている。

 

だが、わずかに遅れた。

 

ギレーヌはその変化を見逃さなかった。

 

さらに動きを大きくする。

 

グレイの意識が、次々と変化する身体の動きを追う。

 

その負荷が増していく。

 

(……そろそろか)

 

ギレーヌの動きが、一瞬だけ止まった。

 

グレイの殺意が走る。

 

ここだと判断したのだろう。

 

グレイが踏み込む。

 

木剣が最短の軌道を通り、ギレーヌへと迫った。

 

だが、ギレーヌはその殺意に乗った。

 

自ら作った一瞬の硬直。

 

それを隙と見たグレイが、必ず仕掛けてくる。

 

そう読んでいた。

 

グレイの光の太刀が放たれる。

 

その瞬間、ギレーヌの身体が動いた。

 

剣が交差する。

 

光返し。

 

グレイの木剣が手から離れ、宙を舞った。

 

勝負は決した。

 

「参りました」

 

グレイは素直に頭を下げた。

 

ギレーヌは構えを解く。

 

「最後の動きが止まったのは、誘いましたか?」

 

「ああ」

 

ギレーヌは答えた。

 

「あれほど考えながら剣を振るうんだ。負担が掛かれば、こちらの隙に乗ってくると思った」

 

グレイは自分の手を見た。

 

確かに、最後の一瞬は好機だと思った。

 

あの硬直を見逃す理由はなかった。

 

「だが、冷や汗をかかされたぞ」

 

ギレーヌが続ける。

 

「こんなに頭を使ったのは久しぶりだ。あれほど嫌らしい間合いの取り方をする剣士は、そうそういない」

 

グレイは顔を上げた。

 

負けた。

 

だが、剣王に自分の剣を認めてもらえたことは素直に嬉しかった。

 

⸻

 

「どうだった? ギレーヌ。俺様の直弟子たちは」

 

ガルが口を開いた。

 

ギレーヌは二人を見比べてから答える。

 

「素晴らしい腕前だった。二人とも剣聖の域はとうに越しているな」

 

そして、ガルに尋ねた。

 

「剣王には上げるのか?」

 

ガルは少し考えるように間を置いた。

 

「この際だから話しておくか」

 

本堂にいる門弟たちへ視線を向ける。

 

「皆も知っている通り、グレイは魔力災害でここに転移してきた。本来なら、すぐにでもここを出たがっていたが、当時はまだ未熟だった。だからここで修練を積ませてきた」

 

グレイは黙って師匠の話を聞いていた。

 

「そろそろ成人も近い。グレイはここを立つことになる」

 

周囲がわずかにざわめいた。

 

ニナは隣にいるジノへ顔を向ける。

 

「ジノ、知ってたの?」

 

「まあね。同じ直弟子だから」

 

ジノは特に驚いた様子もなく答えた。

 

ガルは門弟たちを見渡した。

 

「剣王は、いずれジノかグレイのどちらかになるだろう。だが、まだ先の話だ」

 

二人の名前を挙げた後、少しだけ間を置く。

 

「グレイが出立する直前に決める。それまでは他の者にも機会がある。腕を磨いておけ」

 

その言葉に、門弟たちの表情が引き締まった。

 

グレイは手の中に残る木剣の感触を確かめる。

 

剣の聖地で過ごす日々も、終わりが近づいている。

 

ここで学んだこと。

 

師匠から受けた教え。

 

競い合った仲間たち。

 

それらを胸に、いずれ自分はここを離れる。

 

その先に何が待っているのか、まだ分からない。

 

ただ、一つだけ確かなことがあった。

 

グレイはもう、ここに来たばかりの頃の自分ではない。

 

そして、剣の聖地で過ごす残された時間も、決して無駄にはしないつもりだった。





ウキウキ解説ジノ君
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