甲龍歴417年。
「行ったぞ!」
駐在騎士の怒号が響く。
牙を剥いたアサルトドッグが右側の騎士へと突撃するが、騎士は盾を構えて衝撃を受け止め、隙を見せた首元へ別の騎士が剣を突き刺した。
一方、師匠は襲い来る二体のアサルトドッグを、瞬く間に斬り伏せた。
残されたターミネートボアが形勢不利と見て脱兎の如く逃げ出すが――その逃走ルートは完全に読んでいた。
俺は逃げ道へと先回りし、低く踏み込んですれ違いざまに横一文字へ刃を滑らせる。
「……ふぅ」
倒れ伏す魔物を背に息を吐くと、師匠が満足そうに口元を緩めた。
「よくやった、グレイ。見事な先回りだ」
「やはり最近は、魔物が凶暴化していますね」
刃の血を払いながら騎士が吐露する。
「対処していくしかないが、こうも立て続けだと骨が折れるな……」
俺たちは警戒を怠らないまま村へと戻り、駐屯地へと着いた。
「グレイ」
「はい、師匠」
「そろそろ、十歳の誕生日だったな」
パウロ師匠はそう言うと、脇に置いてあった一振りの剣を俺に差し出してきた。今の俺の身長や体格に合わせて作られた、上質な剣だった。
「これは……」
「誕生日の祝いと、正式な『剣神流』および『水神流』の中級昇格の証だ。もっと早くても良かったんだが、実戦での魔物討伐も申し分ない。いい節目だからな」
俺は慎重に鞘から引き抜き、美しい刀身を見つめた。自然と笑みがこぼれる。
「ありがとうございます、師匠! この剣に恥じぬよう、より一層精進します!」
「おう! これからもっと厳しくしごいてやるから覚悟しとけよ!」
パウロ師匠は乱暴に、けれど温かく俺の頭をガシガシと撫でまわした。
◆
カーティス家での、俺の十歳の誕生日。
母さんが腕によりをかけたごちそうを家族三人で囲み、賑やかな夕食を終えた頃。父さんがゆっくりと立ち上がり、奥の部屋へと向かった。
戻ってきた父さんの手には、一振りの真剣が握られていた。
「グレイ、十歳おめでとう。成人まであと五年だと思うと、本当に早いね。……パウロさんからも貰っているから被ってしまうけれど、これを」
父さんは真剣な眼差しで、俺にその剣を託してくれた。
「正直に言えば、グレイが剣を始めた時はあまり嬉しくなかったんだ。読み書きの延長程度のつもりだったからね。……でも、グレイが本気で剣の道を目指すなら、父さんは全力で応援するよ。いつか剣を極めるためにこの村を旅立つと言うなら、止めはしない。――だがね、必ず生きて帰ってくること。何年かかってもいい、絶対に帰ってくると約束しておくれ」
「父さん……」
『死ぬな』と、父さんは言っているのだ。
剣士や冒険者は、人知れず野垂れ死に、二度と故郷へ戻らない者も多い。だからこそ『生きて帰ってこい』と。
「……誓うよ、父さん。この剣に」
「あぁ、信じているよ」
俺たちが固く約束を交わすと、母さんも優しく微笑み、一つの包みを差し出してきた。
「私もね、危ない剣なんてやってほしくなかったのよ。でも、あなたがあまりに楽しそうに打ち込むものだから止められなくて。……これは私からのお守りよ。怪我だけは絶対にしないでね。それと、編み物の手伝いももう少し続けてくれると嬉しいわ」
受け取った包みを開けると、そこには首に下げられる小さな手製のお守りが入っていた。
◆
誕生日から数ヶ月。季節は巡り、息の白くなる寒さが再び訪れていた。
「行ってくるね、母さん、父さん」
「気をつけてね、グレイ」
「パウロさんに、よろしくな」
「……母さん、父さん、いつもありがとう」
「どうしたの?改まって」
「いや、なんとなく……。行ってきます!」
俺は腰に二本の剣を帯び、家を出た。
二刀流として戦うわけではない。だが、あの日に立てた誓いを忘れないため、俺は二つの意志を背負って歩く。
一方は『強くなるため』。もう一方は『生きて帰るため』。
グレイラット家の屋敷に入ると、庭先でアイシャが出迎えてくれた。
「おはよう、アイシャ。もしかして待っててくれたのか?」
「おはよう、グレイお兄ちゃん! そろそろ来る頃かなって!」
「寒いのにありがとうな」
「へへ、大丈夫だよ! 今年も手袋、ありがとうね!」
アイシャは嬉しそうに手袋をした手を振ってみせる。
「パウロ師匠は?」
「まだ寝てると思うよ」
「そっか、少し早く来すぎたかな」
「ふふ、グレイお兄ちゃんは本当に剣が大好きだもんね」
「そりゃあな。でも師匠が寝てるなら、少しここで待たせてもらおうか」
二人で並んで腰掛け、他愛もない会話を交わす。
ルディの十歳の誕生日は祝えなかったから、成人のときは盛大に祝おうとか、昨日あった出来事とか。俺たちはそんな話をしながら、穏やかな時間を過ごしていた。
(……なんだ……この感触は……?)
「グレイお兄ちゃん?」
アイシャが不思議そうにこちらを見上げてくる。
言いようのない不気味な悪寒が、静かに脳髄を駆け抜けていた。
野性の勘が、生まれて一度も感じたことのない異質な『何か』が迫っていると告げている。
「アイシャ、家の中に入ろうか。パウロ師匠を呼んできてくれるかい」
アイシャを不安にさせないよう、努めて落ち着いた声で、なるべく優しく伝える。
だが、その言葉が終わるかどうかの刹那――。
空の彼方から、地上へと巨大な光の柱が幾筋も降り注いだ。
遠くの山並みの向こうにも、次々と光の柱が立ち上がっていく。
何が起きているのか理解する間もなく、眩い光が視界を埋め尽くし、世界が白に染まっていく。
(……来る……っ!)
「アイシャ!!」
取り乱す暇すらない。俺は即座に幼いアイシャの体を己の腕の中へと引き寄せ、全身で覆い隠すように深く抱きしめた。
視界のすべてが白で塗り潰され、感覚が消えていく――。