また元に戻った。すぐに異邦人たちのそばに行こうとした。
でも異邦人たちは見つからなかった。どの階を探しても見つけられなかった。いつもこの時に現れてくるはずだったのに。ワタシはプイを探した。あの時、一緒に行動した全員が消えてしまったと思ったから。
プイの繭がある部屋に行くと、黒い人と赤い人が争っていた。奥の方ではプイは既に産まれていた。
「(プイ。)」
「…あなたはいたんだね。ねえ、ムルソーやダンテは?」
「(…ワタシも分からない。)」
とりあえずプイを外に連れ出す。黒い人が呼ぶ黒い神の声は信託のようなものではなかった。普段と違う声色の紙に黒い人たちは混乱している。
「(プイ、これからどうするの…?)」
「みんなを待ってる。」
プイが選んだのは待ってることだった。待つ度にプイは飢餓に苛まれる。でも待った。
シーズンが変わる。新しい人が来る。
シーズンが変わる。新しい人が来る。困ってる、苦しんでいる。助けてあげなくちゃ。
プイの飢えは限界だった。この百貨店全ての赤い人を連れて歩き出す。前の時間とは違く、誰もプイの疑問に答えない。誰もプイの意見に反対しない。誰もプイに靴を履かせてくれない。誰もプイと目を合わせてくれない。
「わたし、あなたの気持ちが分かった気がする。」
「(…ワタシの?)」
「わたしを見てるはずなのに、わたしを見ていない。そんな気持ち。」
「(それについては、分からない方が良かったかもね。)」
赤い人はどんどん侵攻して行く。それの影響で困ってる人たちがどんどん増えていく。
「ねえ、わたしが産まれる前まで歌ってた子守唄。今、唄ってくれる?」
「(それはあの赤くて大きい人が唄ってたよ。)」
「わたしはあなたの唄の方が好き。あなたはわたしを見て唄ってくれたから。」
ワタシは唄う。誰も気づかない、プイにしか聞こえない子守唄を。その時だけはプイは飢えを、ワタシは助けたいという気持ちを忘れることができた。
でもシーズンは変わる。人は増える。飢餓感は増える。
長い時間が経ち、百貨店は徐々に崩れていった。地下から上に向かって。人も崩壊に巻き込まれて少なくなってきた。
そして異邦人たちは帰ってきた。
「ムルソー。なぜ私たちは苦しまなくてはならない?私は永遠に満たされず、小さき光は望まぬ救済を続けてしまう?」
「そのように生まれたからだ。」
「他の者は私たちを望む。だが望んでいるのは私たちではなく、声だけなのか?」
「ああ、そのように望まれている。」
「そうか…。」
ビュッフェは落胆したように呟いた。
「だが、その苦痛を忘れる時があった。新しいことを知って行く時。うにょりと共にいる時。ゲームを、遊びをする時。」
「そう言われると君が抜かしていたものも一つ、鮮明に思い出した。時折、振り返る君たちと目が合った時。その時も…少しも辛くなかった。」
ビュッフェは私たちをしっかりと見つめる。
「君たちがいない間も、私は一つのことで苦痛を忘れることができた。小さき光が唄う子守唄だ。」
ビュッフェが言っていた光。姿形も見えず、ビュッフェだけに声が聞こえる、カルメンとは別の光。
「彼女は私が生まれる前から子守唄を唄ってくれた。ビュッフェではなく、プイを見て唄ってくれた。」
ビュッフェは再び立ち上がる。
「だが、私は小さき光に対して何もできない。彼女の苦しみを取り除けない。」
ビュッフェの大きな腕に力が入る。
「…君たちはこの百貨店を壊そうとしている。だけど、壊されてしまったら私は君たちとも、小さき光とも永遠に別れてしまう。」
ビュッフェが剣を振り払う。
「いっそ…再びここに留まれ、異邦人たち。」
長い戦闘が続いた。ビュッフェは攻撃する度、受ける度、防ぐ度、反撃する度に攻撃が緩んでいった。囚人たちも苦しそうな顔をする。
ビュッフェは飢えとプイとしての記憶に板挟みになっていく。
一度瞬きをした。ビュッフェがいた場所にプイが見えた気がした。ビュッフェのマントがビュッフェ自身の体を覆う。
『わたしのこと、プイだって覚えていて。ありがとう。』
そう聞こえた気がした。ビュッフェの体が横たわる。
「ムルソー、ダンテ…。私たちは何だろう?私たちはどんな本性を持っていて…、こんなふうに生まれたんだろう?」
囚人の中からムルソーがさらに一歩近づく。
「ビュッフェ、お前はなぜ…。」
「…プイ。その名前で…呼んで。」
「…プイ。なぜ、それ以上戦わずに止まった。」
「ただ…、もう戦いたくないから。わたしもあの子も、もう望んでないから。」
ムルソーは真っ赤なプイの足を見る。
「きっと靴は無かっただろう。…足は痛まなかったか。」
「痛い。今も、痛い。だから…もう一度、あの花の靴を履かせてくれる?」
「そのあとは、わたしたちも…もう一度また君たちについていけるかな。」
「あぁ、そうなるだろう。」
プイの体の動きが弱くなっていく。
「ねえ、お願いがあるの。また…子守唄を唄ってくれる?」
プイが誰かに話しかける。きっとあの小さい光のことなんだろう。
私たちは六階に向かった。私たちの後ろで優しくて小さい光と、落ち着くような子守唄が聞こえた気がした。
横たわるプイの願いでワタシは唄う。ワタシが体を持っていたらきっと泣いてしまうし、声もめちゃくちゃになってた。
「…君は、わたしとずっといてくれる?」
あの時に言われた問い。あの時はすぐには答えることができなかった。
「(もちろんだよ、プイ。だからゆっくり眠ってて。ずっと見てるから。)」
「うん…。約束だよ。」
そう言うと、プイは完全に動かなくなった。それでもワタシは唄い続ける。
「光だ。ここに光が…!」
辺りを見渡すと崩壊に巻き込まれていない人たちがいた。多くはない。けれど赤い人も黒い人も、他の人も関係なしでワタシの周りにいた。
ワタシを見ていない。でも、不思議と恐怖は無かった。今だけは頭に響いてた声も関係なく、唄う。それでみんなを救えているから。
気がつけば黒と白と灰色だけの世界にいた。一点に眩い光が見える。みんなはそこに向かっていた。
「"お疲れ様。"」
目の前にいる女の人から聞こえたのは、あの声だった。
「"ここなら時間はたくさんあるから、あの時の質問に答えることができるよ。"」
ワタシはその声に無い耳を傾ける。
「"簡単に言えば、あなたは生まれるはずの無い新しい神。黒き神とも、赤き神とも違う、黄金の神。作られるはずもなく、意識を持つことも無かったはずなの。"」
「"ここは私の声を望む人が多かった。だからなのかな?百貨店はあなたを生み出したの。"」
「"もしかしたらプイみたいに体を持って生まれたかもしれないけど、あの子たちが望んだのはとても困った時に自分たちを救い出す優しい声と暖かい光。"」
「"それだけの特徴で釘付けにされたあなたはついに生を受けた。光が届きにくい場所まで、光を望んだ百貨店のすべての人たちを救うために。"」
光と声しか要素がない。だからそれを受け継いだワタシも光と、救う時だけにしか出ない声。
「わかった。ワタシが生まれた理由。ワタシの抗えない本性。」
「"あなたはこれからどうするの?"」
「ワタシは出ていけない。だから眠れるまで、ここで待つの。」
だから目を閉じる。視界が黒闇に染まる。眠ればいつの間にか消えてるはず。だから、怖くないから。
「…見つけた。」
声が聞こえた。忘れるはずもない声。
「行かないの?」
目を開けるとプイが立っていた。
「ワタシはまだやる事があるから。」
嘘だ。ワタシはただ消えるだけ。百貨店で体を持っていたプイなら可能性はあるはずだけど、体すら持っていないワタシには到底無理な話だ。
「…わたしと一緒にいてくれるって言ってた。」
「…一緒にいたいよ。でも無理なの。」
「どうして?」
「百貨店にすら体を持たないワタシは、きっと外には出られない。」
意識を持った時から思ってた外の世界。残念だけどそれを叶えることはできない。
「ワタシは光と声だけで釘付けにされている。外に出たとしてもすぐにバラバラになっちゃうよ。」
「…怖く、ないの?」
「…怖いよ、とても。でも、これが運命だから。」
ワタシは必死に強がる。プイに悲しそうな顔を、もうしないで欲しいから。
「じゃあ…わたしが決めたい。あなたのことを。」
そう言うと、プイはワタシに近づく。
「ずっと思ってた。あなたの声を聞いた時から。」
「きっと、わたしに似た姿で、声は…、顔は…。」
プイが言う度に、ワタシの体に変化が起きる。見えるはずの無い手が、足が。触ることのない頭が、顔が…ありとあらゆるものが作り出される。
「"この子を釘付けにしたのね、プイ。それが…あなたの選択なのね。"」
「行こう、一緒に。」
プイがワタシの手を引っ張って光に向かう。ワタシは眩しくて目を閉じた。
上がって、漂って、落っこちた。
「…大丈夫?」
「…大丈夫だよ、プイ。」
結果として、ワタシたちは百貨店の外に出る事ができた。
「ねえプイ。お腹は空いてない?足は…痛くない?」
「ちょっと空いてるし…足もちょっと痛い。でも、辛くない。」
「…良かった。」
「これからムルソーたちを探さないと。」
「そうだね。」
「でも…行く前に、お願いを聞いてくれる?」
「どうしたの?」
「子守唄を、一緒に唄おう。」
「…いいよ。」
赤と黒の煙が空に立ち込めて、赤と黒の雨が降る。百貨店と外の人たちの叫び声がこだまする。でも、ワタシとプイにはそれらは入ってくることは無かった。
ワタシたちは、座って、体を揺らし、ゆっくりと子守唄を一緒に唄った。
赤き神が望まれて作られたなら、黄金の枝バージョン、黄金の神もやってみようと思い、この小説を書きました。設定があやふやですが楽しめていただけたら何よりです。