転生スタンド使いの日常。   作:匿名の読む専

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転生スタンド使いの日常。第ニ話。受験が終わった人間は時間の使い方を忘れる。

 

家に帰ると母さんがリビングでテレビを見ていた。

 

「おかえり。今日はずいぶんご機嫌ね」

 

「ただいま。そうか?」

 

「そうよ。玄関を開けた時から足取りが軽いもの」

 

「そりゃまあ、受験が終わったからな」

 

靴を脱いで鞄を置きながら答える。

 

「今まで頑張ってきたんだから、しばらくはゆっくりするといいわ」

 

「そうするつもり」

 

「ところで、今日の予定は?」

 

「風呂入って飯食って寝る」

 

「……本当に気が抜けてるわね」

 

失礼な。

 

受験が終わったんだから、気くらい抜かせてほしい。

 

今まで勉強に使っていた時間が丸ごと空いたのだ。

 

自由時間が増えたというより、今まで生活の中にあった予定表の一部が突然消滅した感覚に近い。

 

おかげで、何をするにも妙に余裕がある。

 

ゲームをするにしても、時間を気にせず遊べる。

 

動画を見るにしても、途中で勉強に戻る必要がない。

 

散歩に出かけて、気が向いたからと知らない道に入っても問題ない。

 

最高じゃないか。

 

「考調、顔に出すぎよ」

 

「何が?」

 

「自由になったのが嬉しくて仕方ないって顔」

 

「そりゃ嬉しいだろ」

 

「ふふっ、そうね」

 

母さんは楽しそうに笑った。

 

別に隠すつもりもないので、好きに笑っていてもらおう。

 

そのまま階段を上がろうとしたところで、廊下の向こうから父さんがやってきた。

 

「おう、帰ったか」

 

「ただいま」

 

「母さんから聞いたぞ。今日はずいぶんと機嫌がいいらしいな」

 

「その情報共有は必要だったのか?」

 

「必要だろう。息子の様子がおかしいんだからな」

 

「おかしくねえよ。受験が終わっただけだ」

 

「その受験が終わっただけで人間はここまで変わるのか。勉強というのは恐ろしいな」

 

「父さんも受験くらいしただろ」

 

「したとも。だが、こんなに露骨だったかは覚えていないな」

 

「じゃあ俺が特別なんじゃなくて、父さんが忘れてるだけだろ」

 

「なるほど。一理ある」

 

納得するな。

 

そこで納得されると、こっちが変なことを言ったみたいになる。

 

父さんは腕を組み、妙に感心した様子で俺を見た。

 

「まあ、せっかく時間ができたんだ。やりたいことがあるならやっておけよ」

 

「言われなくても」

 

「ただし、夜更かしのしすぎは駄目だぞ」

 

「分かってる」

 

「本当に分かっている人間は、その返事をしながら明日の朝までゲームをする計画を立てたりしないものだ」

 

「俺の思考を勝手に決めつけるな。今日は普通に寝る」

 

「今日は、か」

 

父さんが笑った。

 

この家の人間、息子に対する信用があるんだかないんだか分からない。

 

まあ、普段から好きにやらせてもらっている以上、強くは言えないのだが。

 

「じゃあ、風呂入ってくる」

 

「はいはい。ゆっくりしてらっしゃい」

 

「夕飯はその後でいいのか?」

 

「大丈夫。ちゃんと温め直せるから」

 

「了解」

 

二人に手を振って、浴室へ向かった。

 

受験が終わっただけで、これほど家族に面白がられるとは思わなかった。

 

……いや、普段の俺がそんなに気を張っていたように見えていたのか?

 

自分ではいつも通りに生活していたつもりなんだが。

 

まあ、他人から見た自分と自分が思っている自分なんて、多少は違うものだろう。

 

今考えても答えが出そうにないので、ひとまず保留。

 

考えるのは風呂に入ってからにしよう。

 

*

 

浴室に入り、服を脱いで湯を浴びる。

 

温かい。

 

それだけで、受験期間中に溜まっていた疲れが少しずつ抜けていくような気がした。

 

「AXIOM」

 

呼びかけると、背後に人型のスタンドが現れる。

 

幾何学的な装飾を持つその姿は、何度見ても日常生活に馴染むようなデザインではない。

 

まあ、こいつを見慣れている俺が言うことでもないのだが。

 

「背中頼む」

 

AXIOMは無言で動き、俺の背中を洗い始めた。

 

自分で洗えばいいだろって?

 

ごもっとも。

 

ただ、せっかく便利な能力があるのだから、使える場面で使うのは別に悪いことではないと思う。

 

スタンドというのは戦闘のためだけに存在するわけでもないのだ。

 

もちろん、背中を洗わせるためだけに生まれてきたわけでもない。

 

こいつの本来の能力を考えれば、使い方としては随分と平和な部類だろう。

 

「もうちょい右」

 

AXIOMが指示に従って位置をずらす。

 

「そこ。あー、そこそこ」

 

自分で洗うよりも楽だった。

 

スタンド使いになったことで得られた恩恵を一つ挙げろと言われたら、こういうしょうもない便利さも候補に入ると思う。

 

世界を救うだの、運命に抗うだの、そういう壮大な話とは無縁のところで得をしている。

 

人生、何が役に立つか分からないものだ。

 

背中を洗い終えたAXIOMを解除し、湯船に浸かった。

 

肩まで湯に沈めて、スマホを手に取る。

 

音楽を流しながら、これからの予定を考えることにした。

 

受験が終わったのだから、時間はある。

 

問題は、その時間を何に使うかだ。

 

ゲームは当然やる。

 

カラオケにも行きたい。

 

映画も見たいし、気になる場所を歩き回るのもいい。

 

しばらく会っていない友人と遊ぶのも悪くないだろう。

 

……そういえば。

 

少し前に友人から勧められた話があった。

 

歌ってみた、というやつだ。

 

動画投稿サイトで、既存の曲を自分で歌って投稿する。

 

今となっては珍しいものでもないし、特別なことでもない。

 

ただ、俺自身がやるとなると話は別だ。

 

歌うこと自体は嫌いじゃない。

 

カラオケにも行くし、気に入った曲なら何度も聴く。

 

歌詞の意味を考えたり、MVの演出を読み解いたりするのも好きだ。

 

曲を聴いているうちに、歌っている人間が何を考えていたのか気になることもある。

 

そんな人間が、自分で歌ったものを誰かに聴いてもらう。

 

それは少し面白そうだった。

 

ただし、面白そうだからといって、すぐに始められるかどうかは別問題である。

 

機材が必要だ。

 

録音環境も考えなければならない。

 

動画を投稿する以上、著作権や利用規約についても調べる必要がある。

 

顔を出すのか、出さないのか。

 

名前はどうするのか。

 

個人情報を不用意に公開しないためには、どこまで気をつければいいのか。

 

そもそも、未成年が動画を投稿することについて、サービスごとにどんな決まりがあるのか。

 

考えることは結構ある。

 

そして、もう一つ。

 

両親への相談だ。

 

別に、歌ってみたを投稿すること自体が悪いとは思わない。

 

ただ、ネットに何かを公開するというのは、家の中で趣味を楽しむのとは少し違う。

 

一度公開した情報がどう扱われるかは、自分だけでは決められない。

 

そういうことを考えれば、黙って始めるのは違うだろう。

 

うちの両親は、俺が何かをやりたいと言っただけで頭ごなしに否定するような人たちではない。

 

その代わり、危険性やルールについてはきちんと確認する。

 

俺自身が普段から、気になることを調べて納得してから動く人間だと知っているからだろう。

 

やることを説明して、必要な対策を考えて、それでも問題があるなら話し合う。

 

そんな感じになるはずだ。

 

「……まあ、まずは調べるところからか」

 

スマホを操作し、頭の中にあった疑問をメモに書き出していく。

 

必要な機材。

 

録音と編集の方法。

 

楽曲の利用条件。

 

投稿サイトの規約。

 

個人情報の管理。

 

思いついたものから順番に並べていく。

 

こういう作業は嫌いじゃない。

 

知らないことを一つずつ調べて、何が必要で何が不要なのかを整理していく。

 

やる前から面倒だと決めつけるのはもったいない。

 

調べた結果、やめた方がいいと判断する可能性だってある。

 

それならそれで構わない。

 

やりたいと思ったことを、やりたいという気持ちだけで押し通す必要はないのだから。

 

ただ、今のところは。

 

「……やってみたいな」

 

口に出してみると、思っていたよりも素直な感想が出てきた。

 

風呂場に音楽が流れる。

 

湯船に浸かって、次の予定を考える。

 

受験が終わってから、まだ大して時間は経っていない。

 

それなのに、これからやりたいことがいくつも浮かんでくる。

 

今まで我慢していた分を取り戻そうとしているのかもしれないし、単純に暇になったからなのかもしれない。

 

どちらにしても、悪い気分ではなかった。

 

「よし。明日、話してみるか」

 

スマホのメモを保存する。

 

まずは両親に相談。

 

その前に、自分でもう少し調べる。

 

問題がなければ機材を揃えて、試しに録音してみる。

 

投稿するかどうかは、実際にやってみてから考えればいい。

 

最初から完璧な計画を立てる必要はない。

 

必要なことを確認して、一つずつ進めればいいだけだ。

 

「……あ、のぼせる」

 

気がつけば、そこそこ長い時間湯船に浸かっていた。

 

慌てて立ち上がり、浴槽から出る。

 

予定を考えるのに夢中になって、風呂でのぼせかけるとは。

 

受験が終わって気が抜けているのは、どうやら本当らしい。

 

これは母さんたちに笑われても仕方がないかもしれない。

 

……いや、仕方なくはないな。

 

別にそこまで面白いことでもないだろ。

 

そう考えながら、俺は浴室を出た。

 

とりあえず明日は、歌ってみたについて調べる。

 

それでいい。

 

受験が終わったばかりの人間に、いきなり完璧な予定管理を求めないでほしい。

 

俺だって、これから自由時間を満喫するところなのだから。

 

…………………………………………………………………

 

翌日の朝。

 

朝食を食べ終えた俺は、両親が揃っているタイミングを見計らって口を開いた。

 

「二人とも、ちょっと相談があるんだけど」

 

「なに? 進路の話?」

 

「いや、受験は終わっただろ」

 

「そうだったわね。あまりにも普段どおりだから忘れそうになるわ」

 

「俺の受験が終わったことを忘れないでくれ」

 

母さんは笑いながら食器を片付け始めた。

 

父さんはコーヒーを飲みながら、こちらに視線を向ける。

 

「それで、相談ってのは?」

 

「歌ってみたを投稿してみたいんだよ」

 

「歌ってみた?」

 

「動画投稿サイトに、自分で歌った曲を投稿するやつ。友人に勧められて少し興味が出てきたんだ」

 

「へえ、考調が歌を投稿するのね」

 

母さんが意外そうな顔をした。

 

「カラオケは好きだけど、そういうのは今までやってなかったわよね」

 

「まあな。時間もなかったし、わざわざ機材を揃えてまでやろうとは思ってなかったから」

 

「それが今になってやってみたくなったと」

 

「そういうこと」

 

父さんはカップを置いた。

 

「いいんじゃないか。受験も終わったことだしな」

 

「ただし、何が必要なのかは調べておきなさいね」

 

母さんが続ける。

 

「動画を投稿するなら、著作権や利用規約もあるでしょう。個人情報のこともそうだし、ネット上に公開したものがどう扱われるかも考えておかないと」

 

「分かってる。そこは調べるつもり」

 

「それなら、調べた内容を聞かせてちょうだい。必要なものを揃えるのは、その後でいいわ」

 

「了解」

 

話はすんなりまとまった。

 

もっとも、これで何もかも決まったわけではない。

 

両親は俺がやりたいことを頭ごなしに否定しない代わりに、やるなら必要なことを確認してからという考え方をしている。

 

俺もその方がいいと思っているので、特に不満はない。

 

そもそも、許可をもらうために都合の悪い情報を隠すような真似をしてまで始めたいわけじゃない。

 

やりたいことをやるために、やるべきことをやる。

 

それだけの話だ。

 

「ちなみに、歌には自信があるのか?」

 

父さんが聞いてきた。

 

「普通だと思うけど」

 

「普通か」

 

「少なくとも、自分で聴いて嫌になるほどではないな」

 

「その辺りは投稿してみないと分からないわね」

 

「そうだな」

 

実際、自分の歌を他人がどう評価するかなんて分からない。

 

カラオケで友人と歌うのと、録音したものを不特定多数に公開するのとでは勝手も違うだろう。

 

だからこそ、一度やってみたい。

 

やってみて、面白ければ続ければいい。

 

思っていたものと違えば、その時に考えればいい。

 

「じゃあ、調べてからまた話すよ」

 

「ええ、待ってるわ」

 

「頑張れよ」

 

「おう」

 

こうして、俺の歌ってみた計画が始まった。

 

*

 

それから数日。

 

必要な情報を調べ、両親に説明し、投稿する楽曲の利用条件や録音環境についても確認した。

 

投稿する際の名前は普段使っているものとは分ける。

 

顔や本名、学校などの個人情報は出さない。

 

コメント欄などで何かあった場合の対応も決めておく。

 

そのほかにも細かい確認事項はいくつかあったが、ひとまず問題なく始められるという結論になった。

 

「じゃあ、機材を買いに行きましょうか」

 

母さんの言葉に甘えて、必要なものを揃えることになった。

 

マイクに録音用の機材、ヘッドホン。

 

編集に使うソフトや、録音環境を整えるための小物も購入した。

 

もちろん、最初から業務用の高級機材を揃えたわけではない。

 

趣味として始めるのだから、必要十分なものからでいい。

 

実際に使ってみて、不足を感じたら買い足せばいいのだ。

 

機材を持ち帰り、説明書を読みながら一つずつ接続していく。

 

こういう作業は、ゲーム機の周辺機器を揃える時にも似た楽しさがある。

 

必要なものが揃い、動作確認が終わった時には、ちょっとした達成感があった。

 

「よし、準備完了」

 

パソコンの画面に録音ソフトを表示する。

 

マイクの入力を確認して、試しに声を出した。

 

音量を調整し、録音して再生する。

 

思ったよりも自分の声がはっきり聞こえた。

 

「……へえ」

 

これは面白い。

 

普段カラオケで歌っている時には、あまり気にしなかった部分まで分かる。

 

音程の揺れや、息継ぎのタイミング。

 

自分では自然に歌っているつもりでも、録音したものを聴くと意外な発見がある。

 

何度か試してみて、問題点を整理する。

 

そのうえで、俺はAXIOMを呼び出した。

 

「AXIOM」

 

背後に人型のスタンドが現れる。

 

今回の目的は戦闘ではない。

 

歌唱能力の検証と、自己証明だ。

 

「自分は歌唱に必要な音程、リズム、発声を高い精度で制御できる」

 

まずは仮説を立てる。

 

自分の感覚だけで、実際にどこまでできるのか。

 

それを確かめる必要がある。

 

AXIOM ACT1。

 

仮説。

 

その段階では、何も変わらない。

 

歌が上手くなったわけでも、声が変化したわけでもない。

 

ただ、可能性を設定しただけだ。

 

続いてACT2へ移行する。

 

検証。

 

録音した自分の歌を聴き直し、音程やリズム、声の出し方を確認する。

 

どこができていて、どこに改善の余地があるのか。

 

自分の感覚と実際の音を照らし合わせ、仮説を修正していく。

 

別に、最初から自分の歌が完璧だと思っているわけではない。

 

むしろ、こういう時こそ自分の認識を疑うべきだろう。

 

何度か検証を繰り返し、納得できる結論に辿り着いたところでACT3へ移行した。

 

証明。

 

「よし」

 

これで、今回の証明は成立した。

 

AXIOMの自己証明は、単純に願った結果を手に入れるための能力ではない。

 

仮説を立て、検証し、自分が納得した結論を証明する。

 

その結果として、自分自身の能力が現実へ反映される。

 

今回の場合は、歌唱に必要な要素を高い精度で制御できるという証明だ。

 

実際に歌ってみる。

 

音程は安定している。

 

リズムも崩れない。

 

息継ぎの位置も自然で、声の強弱や響かせ方まで、曲に合わせて細かく調整できる。

 

自分で言うのもなんだが、かなり上手い。

 

「……うわ、すげえな」

 

思わず感想が漏れた。

 

いや、能力の性質上こうなることは予想していたのだが、実際に録音したものを聴くと驚きがある。

 

普段のカラオケとは明らかに違う。

 

音程を合わせるだけなら、練習でも上達するだろう。

 

だが、今の俺はそれに加えて、曲に合わせた声の出し方や表現まで高い精度で制御できている。

 

「これ、カラオケでやったら友人に引かれるんじゃないか?」

 

いや、別にいいか。

 

そもそも、今は歌ってみたを投稿するために使っているのだ。

 

目的を忘れてはいけない。

 

俺は録音を何度か確認し、納得できるものを一本仕上げた。

 

動画に使う画像やタイトル、説明文も準備する。

 

楽曲の利用条件をもう一度確認し、必要な表記を入れる。

 

最後に、公開設定や個人情報に問題がないことを確かめてから投稿した。

 

「……投稿完了」

 

画面に表示された自分の動画を眺める。

 

たった一本。

 

それでも、自分が歌ったものがインターネット上に公開されたという事実は、なかなか不思議な感覚だった。

 

「さて、どうなるかね」

 

投稿した直後から大勢の人間が押し寄せる、なんてことは期待していない。

 

そもそも、俺には知名度がない。

 

宣伝らしい宣伝もしていない。

 

歌が上手いというだけで、無名の人間の動画がいきなり大勢に見つかるほど、世の中は単純ではないだろう。

 

まずは一本投稿できた。

 

今はそれで十分だ。

 

*

 

その日の夜。

 

両親がリビングでスマホを眺めていた。

 

「考調、ちょっといいかしら」

 

「ん?」

 

母さんに呼ばれ、ソファの近くまで行く。

 

「これ、あなたが投稿した動画よね?」

 

差し出された画面には、見覚えのあるサムネイルが表示されていた。

 

「……なんで知ってるんだ?」

 

「アカウントを教えてくれたでしょう?」

 

「いや、投稿する話はしたけど、動画を見つけるの早くない?」

 

「だって、気になるじゃない」

 

隣で父さんも頷いている。

 

「息子が初めて投稿した動画だぞ。そりゃ見るだろう」

 

「まあ、それはそうだけどさ」

 

別に、見られたこと自体は気にしていない。

 

家族に隠れてこっそり始めた趣味でもないし、見られたくないものを投稿したわけでもない。

 

ただ、こうして面と向かって言われると、少し妙な気分になる。

 

「それで、どうだった?」

 

「上手だったわよ。初めて投稿したとは思えないくらい」

 

「俺もそう思った。半年くらいしたら大人気になってそうだな」

 

「半年?」

 

「いや、なんとなくだ」

 

父さんは笑った。

 

「今はまだ知られていないだけで、続けていれば見つける人もいるだろう。もちろん、絶対とは言わないがな」

 

「そうね。好きで続けられるなら、それが一番だと思うわ」

 

母さんも穏やかに笑う。

 

二人とも、動画そのものを素直に評価してくれているようだった。

 

それは嬉しい。

 

嬉しいのだが。

 

「……ちょっと待て」

 

「どうした?」

 

「視聴回数、今いくつ?」

 

「ええと、二回ね」

 

「二回か」

 

俺は自分のスマホを取り出した。

 

投稿した動画の管理画面を開く。

 

視聴回数は、二回。

 

コメント欄には、二件のコメントがある。

 

一件目。

 

『初投稿おめでとう。歌がとても上手だったわ。これからも楽しみにしているわね』

 

二件目。

 

『半年後には大人気になってそうだな。応援してるぞ』

 

……なるほど。

 

そういうことか。

 

「父さんと母さんか」

 

「そうよ?」

 

「そうだが?」

 

二人とも、何か問題でもあるのかという顔をしている。

 

いや、問題があるわけではない。

 

ないのだが。

 

「いや、別にいいんだけどさ」

 

「何か気になることでも?」

 

「視聴者第一号と第二号が身内だったっていうのが、なんというか……」

 

「嫌だった?」

 

母さんが少しだけ心配そうに聞いた。

 

「いや、見られること自体は気にしてない。むしろ、見てくれたのは嬉しいよ」

 

「ならよかった」

 

「ただ、初めての視聴者が両親っていうのは、ちょっと想像してなかっただけ」

 

「一番身近な視聴者じゃないか」

 

父さんの言葉はもっともだった。

 

もっともなのだが、そういう問題でもない。

 

動画を投稿して、知らない誰かが偶然見つけてくれる。

 

そんな展開を、どこかで想像していたのかもしれない。

 

実際には、投稿した息子のことが気になった両親が、真っ先に見に来ていた。

 

そりゃそうだ。

 

俺だって、家族が何か始めたら気になる。

 

立場が逆なら、俺も見に行っていただろう。

 

「……まあ、いいか」

 

「ふふっ、そうしなさい」

 

母さんは楽しそうだった。

 

父さんも、相変わらず満足げな顔をしている。

 

この二人、息子が何か始めた時の反応が分かりやすい。

 

心配はする。

 

必要なことは確認する。

 

それで問題がなければ、好きにやらせる。

 

そして、始めたものはしっかり見に来る。

 

ありがたい話ではあるのだが、こういうところは少しくすぐったい。

 

「まあ、これからも頑張れよ」

 

「気が向いたらな」

 

「おいおい、そこは頑張ると言っておけ」

 

「いや、続けるかどうかは実際にやってみてから考えるって話をしただろ」

 

「そうだったな」

 

父さんはあっさり引き下がった。

 

俺はもう一度、スマホの画面を見た。

 

視聴回数は二回。

 

コメントは二件。

 

投稿したばかりなのだから、そんなものだろう。

 

半年後に大人気になっているかどうかなんて、今の時点では分からない。

 

そもそも、人気になることだけが目的でもない。

 

自分の歌を録音して、編集して、公開する。

 

やってみたかったことを一つ始められた。

 

それだけでも、今のところは十分に満足している。

 

「さて、次は何をやるかな」

 

「もう次のことを考えているの?」

 

「時間ができたからな」

 

「本当に受験が終わってから楽しそうね」

 

「そりゃそうだろ」

 

母さんの笑い声を聞きながら、俺はスマホをポケットにしまった。

 

歌ってみたは始めた。

 

ゲームもしたい。

 

カラオケにも行きたい。

 

映画だって見たいし、行ったことのない場所を歩き回るのもいい。

 

自由時間は、いくらあっても困らない。

 

……いや、困らないというのは少し違うか。

 

時間があると、やりたいことが増えていく。

 

そして、やりたいことが増えると、今度は時間が足りなくなる。

 

人間というのは、なかなか面倒な生き物だ。

 

まあ、今はその面倒くささも含めて楽しんでおこう。

 

受験が終わったばかりなのだから。

 

まだまだ、やりたいことは山ほどあるのだ。

 

…………………………………………………………………

 

それから一週間が経った。

 

歌ってみたの投稿は、思っていたよりも順調に続いている。

 

二日に一度くらいのペースで歌を録音し、動画を編集して投稿する。

 

今のところ、再生数が爆発的に伸びているわけではない。

 

コメントも少ないし、チャンネルの登録者数だって大したことはない。

 

まあ、そんなものだろう。

 

無名の人間が動画を投稿し始めて一週間。

 

それだけで大勢の人間に見つけてもらえるほど、インターネットは甘くない。

 

それに、俺は別に動画投稿だけに人生を捧げるつもりもない。

 

ゲームもしたいし、漫画も読みたい。

 

友人と遊ぶ予定だってある。

 

あくまで趣味の一つとして始めたのだから、無理のない範囲で続けていけばいい。

 

……もっとも、動画のクオリティについては少々事情が違う。

 

「AXIOM、そこのタイミングをもう少し詰めてくれ」

 

背後に立つ人型のスタンドが、パソコンの画面を操作する。

 

画面上では動画編集ソフトが動き、音声と映像のタイミングが調整されていた。

 

カットの位置。

 

音量の調整。

 

映像の切り替え。

 

細かなズレの修正。

 

普通なら慣れないうちは時間がかかる作業だろうが、俺の場合はそうでもない。

 

AXIOMの精密動作性とスピードは、もともと相当なものだ。

 

それに加えてACT3で「自分は精密な作業を高速で行える」といった内容の自己証明を成立させ、スタンドの性能をさらに引き上げている。

 

結果として、動画編集は一時間もかからず終わる。

 

もちろん、何をどう編集するか決めるのは俺だ。

 

どこを残して、どこを削るのか。

 

曲のどこに合わせて映像を切り替えるのか。

 

そういう判断まで丸投げしているわけではない。

 

AXIOMは俺の指示を正確に実行する。

 

そして、俺は仕上がったものを確認する。

 

それだけだ。

 

「……よし、そこまででいい」

 

AXIOMが手を止める。

 

画面を確認すると、指定した箇所はきっちり修正されていた。

 

「相変わらず仕事が早いな、お前」

 

当然、返事はない。

 

スタンドなのだから、そりゃそうだ。

 

俺は手元の漫画に視線を戻した。

 

動画編集をしている間、別のことをする。

 

これも、今となっては特別なことではない。

 

前世から、スタンドを出しながら別の作業をすることには慣れている。

 

というか、息をするようにやっている。

 

AXIOMに作業を任せている間に漫画を読む。

 

ゲームの攻略情報を調べる。

 

スマホで音楽を聴く。

 

気が向けば、次に投稿する曲を探す。

 

便利なものは便利に使う。

 

それだけの話だ。

 

スタンドというと、どうしても戦闘での使い道ばかり考えられがちだが、日常生活で役立つ場面だっていくらでもある。

 

洗濯物を畳ませることもできるし、届かない場所にある物を取らせることもできる。

 

もっとも、何でもかんでもAXIOMに任せていたら、自分で動く必要がなくなってしまう。

 

そこは一応、気をつけている。

 

便利さに甘えるのと、便利さを活用するのは別の話だ。

 

「……いや、漫画を読みながら動画編集させてる時点で、十分に甘えてるか?」

 

自分で言っておいて、少し考える。

 

まあ、いいだろう。

 

誰かに迷惑をかけているわけでもない。

 

そもそも、AXIOMは俺のスタンドだ。

 

俺がどう使うかは俺の自由である。

 

「よし、次のページ」

 

漫画を読み進める。

 

AXIOMは俺の指示どおりに作業を続けていた。

 

なんとも平和な光景だ。

 

*

 

編集を終えた動画を確認し、投稿の準備を済ませる。

 

これで今日の分は完了。

 

あとは公開するだけだ。

 

投稿作業を終えた俺は、スマホを手に取って適当に動画を眺め始めた。

 

ゲームの動画。

 

音楽関係の動画。

 

よく知らない人間が何かを紹介している動画。

 

特に目的があるわけでもなく、興味を引かれたものを次々に見ていく。

 

こういう時間の使い方は、受験期間中にはなかなかできなかった。

 

いや、正確にはできなかったわけではない。

 

ただ、途中で勉強のことを思い出して、落ち着かなくなることがあったのだ。

 

今はそういう心配がない。

 

好きなだけ動画を見て、飽きたら別のことをすればいい。

 

実に素晴らしい。

 

そんなことを考えながら画面をスクロールしていた時だった。

 

動画の合間に広告が表示された。

 

「……ん?」

 

何となく指を止める。

 

画面に映っていたのは、カラフルな遊園地の景色だった。

 

大きな観覧車。

 

派手なアトラクション。

 

それから、見覚えのあるマスコットキャラクター。

 

「フェニーくん?」

 

フェニックスワンダーランドのマスコットだ。

 

名前のとおり、フェニックスをモチーフにしたキャラクターである。

 

別に、特別なファンというわけではない。

 

ただ、テーマパークの広告で何度か見かけたことがあるので、顔くらいは知っている。

 

問題は、その横に掲載されていた情報だった。

 

秋限定! フェニーくん巨大クッションプレゼント!

 

「……巨大クッション?」

 

思わず広告を開いた。

 

説明によると、フェニックスワンダーランド内の対象アトラクションを十種類利用し、スタンプを集めると、限定のフェニーくん巨大クッションが手に入るらしい。

 

正確には、スタンプを集めた人だけが特別価格で購入できる仕組みのようだ。

 

その価格が、七百八十円。

 

「七百八十円?」

 

思わず二度見した。

 

いや、待て。

 

クッションというのは分かる。

 

巨大というのも分かる。

 

アトラクションを十種類回る必要があるのも、テーマパークの企画としては理解できる。

 

だが、七百八十円という価格は何だ。

 

広告には品質についての説明まで載っていた。

 

それによると、使用されている素材や中身の品質は、五万円相当の高級クッションにも匹敵するという。

 

……本当か?

 

いや、広告だから多少は良く見せているだろう。

 

そこは分かっている。

 

分かっているのだが、仮に説明の半分くらいが本当だったとしても、七百八十円で買えるものとしては破格ではないだろうか。

 

そもそも、限定品という言葉に弱い人間は多い。

 

俺だって例外ではない。

 

別に、フェニーくんに特別な思い入れがあるわけではないのだが。

 

このクッションは欲しい。

 

「……いいな、これ」

 

画面を拡大して、クッションの写真を確認する。

 

でかい。

 

とにかくでかい。

 

抱きついて使うこともできそうだし、部屋に置いておくだけでも存在感がありそうだ。

 

値段も安い。

 

いや、正確には、手に入れるまでの手間を考えれば単純に安いとは言い切れないのだが、それでも魅力的な条件には違いない。

 

アトラクションを十種類回る。

 

それだけなら、遊びに行くついでに達成できる可能性もある。

 

むしろ、テーマパークに行く理由としては十分すぎるくらいだ。

 

「……いつまでだ?」

 

広告の詳細を確認する。

 

秋限定。

 

つまり、秋の間しか手に入らない。

 

今は秋。

 

受験も終わっている。

 

次の週末も空いている。

 

そして、この企画が終わったら、同じクッションを手に入れる機会があるとは限らない。

 

「……今月中には行きたいな」

 

気がつけば、そう呟いていた。

 

こういうものは、後回しにしているうちに機会を逃すことがある。

 

別に、今すぐ行かなければ死ぬわけでもない。

 

クッションが手に入らなくても、人生に重大な影響が出るわけではない。

 

それでも、欲しいと思ったものを手に入れられる機会があるなら、動けるうちに動いておきたい。

 

後になって「あの時行っておけばよかった」と思うのは、あまり面白くないからな。

 

俺はスマホのカレンダーを開いた。

 

次の週末の予定を確認する。

 

特に大きな用事はない。

 

友人との約束も、今のところ入っていなかった。

 

「よし、行くか」

 

予定を一つ入れる。

 

フェニックスワンダーランド。

 

目的は、アトラクションを十種類回って、フェニーくんの巨大クッションを手に入れること。

 

ついでに、気になるアトラクションにも乗ってみよう。

 

せっかく遊園地に行くのだから、それくらいは楽しみたい。

 

「……あとは、どう回るかだな」

 

対象アトラクションの一覧を確認する。

 

場所を調べて、移動の順番を考える。

 

混雑具合によっては、思ったより時間がかかるかもしれない。

 

十種類という数も、簡単そうに見えて油断はできない。

 

行ってみたら休止中のアトラクションがあった、なんてことになったら困る。

 

そういう情報も、事前に調べておいた方がいいだろう。

 

「……いやあ、楽しみだな」

 

思わず笑みが浮かぶ。

 

受験が終わってから、やりたいことが次々に見つかる。

 

歌ってみたを始めたと思ったら、今度は遊園地だ。

 

我ながら、自由になった途端に行動が分かりやすくなっている。

 

まあ、別にいいだろう。

 

今まで頑張ってきたのだから、これからは遊ぶ時間だって必要だ。

 

そして何より。

 

七百八十円で手に入る、五万円相当の巨大クッション。

 

この広告がどこまで本当なのかは、実際に確かめてみなければ分からない。

 

だからこそ、行ってみる価値がある。

 

「待ってろよ、フェニーくん」

 

別に、クッションに意思があるわけではない。

 

分かっている。

 

それでも、そう言いたくなるくらいには欲しくなっていた。

 

次の週末。

 

フェニックスワンダーランドへ行く。

 

今月中に手に入れなければ、秋限定の機会はなくなるかもしれない。

 

なら、なるべく早く動くべきだ。

 

俺は対象アトラクションの一覧を保存し、スマホを置いた。

 

受験が終わったばかりの人間は、時間の使い方を忘れる。

 

そして、自由な時間ができた人間は、こうして新しい予定を増やしていく。

 

……まあ、予定を立てているだけで楽しいのだから、今のところは問題ない。

 

あとは当日、ちゃんと十種類回れることを祈ろう。

 

巨大クッションを抱えて帰る未来を想像しながら、俺は次の週末を楽しみに待つことにした。

 

…………………………………………………………………

 

 

フェニックスワンダーランドに行くと決めた翌日。

 

俺は、重大な問題に直面していた。

 

中学生が一人で遊園地に行くのは、ちょっと寂しすぎる。

 

いや、別に一人で遊園地に行くこと自体が悪いわけじゃない。

 

一人で映画を観に行くこともあるし、一人で知らない道を歩き回るのも好きだ。

 

ただ、今回は少し事情が違う。

 

目的はアトラクションを十種類回ってスタンプを集め、巨大なフェニーくんクッションを手に入れること。

 

つまり、場合によっては巨大なクッションを抱えて帰る中学生が誕生する。

 

その光景を一人で完成させるのは、さすがに寂しい。

 

せめて誰か一人くらい道連れが欲しかった。

 

というわけで、友人たちに連絡してみることにした。

 

まずは友人A。

 

『今週末、フェニラン行かね?』

 

『その日はボランティアに行く、主催の町内会のおっさんに前ラーメン奢ってもらったからお礼したくて……』

 

なるほど。

 

ラーメン一杯から始まる社会貢献。

 

人間関係というのは、案外そういうところから成立するものらしい。

 

俺もそのおっさんにラーメンを奢ってもらえば、ボランティアに参加する理由が生まれるのだろうか。

 

いや、別にラーメンが食いたいわけじゃない。

 

次、友人B。

 

『ディズニーランドに行きたいって妹が言っててな、フェニランにするか聞いては見るけど多分無理だと思う』

 

『了解、聞いてくれるだけありがたいわ』

 

後日。

 

『無理だった、すまん』

 

まあ、そうなるよな。

 

妹さんの希望を押し切ってまで、兄の友人が欲しがっている巨大クッションのために遊園地を変更する理由はない。

 

むしろ変更されたら困惑する。

 

次、友人C。

 

『その日は推しアイドルのLIVEやってるから朝早くに起きて電車に乗らないと会場間に合わん……もうチケット買っちゃったから、悪いな』

 

『いや、そっち優先してくれ』

 

チケットまで買っているなら仕方ない。

 

推しのライブというのは、行ける機会を逃すと後悔するものなのだろう。

 

俺だって、楽しみにしていたゲームの発売日と遊園地が重なったら少し考える。

 

……いや、ゲームなら帰ってからでもできるか。

 

でも限定イベントだったら?

 

いや、今は俺の話じゃない。

 

次、友人D。

 

『小人図鑑の小人を見つけたいから土曜の朝から日曜の夕方まで公園で野宿するから無理』

 

俺はスマホを見つめた。

 

一度、画面を閉じた。

 

もう一度、開いた。

 

文章は変わっていなかった。

 

『本気(マジ)?』

 

『本気(マジ)』

 

『野宿?』

 

『野宿』

 

『土曜の朝から日曜の夕方まで?』

 

『そう』

 

『親は?』

 

『許可もらった』

 

そこまで確認して、俺は返信をやめた。

 

本気だった。

 

冗談でも、勢いで言ったことでもない。

 

中学生が週末を丸々使って、公園で野宿しながら小人を探す。

 

しかも親の許可まで取っている。

 

俺が想像していた休日の過ごし方とは、ずいぶん方向性が違った。

 

とはいえ、小人を探すこと自体は本人の自由だ。

 

見つかるかどうかは別として、やりたいことがあるのはいいことだと思う。

 

……公園で野宿する必要があるのかは、よく分からないけど。

 

友人EからYまでも、結果は似たようなものだった。

 

部活の練習試合。

 

親戚の集まり。

 

家族旅行。

 

塾の模試。

 

習い事。

 

別の友人との約束。

 

ゲームのオンライン大会。

 

祖父母の家に行く予定。

 

飼っている犬の通院に付き添う者までいた。

 

理由は本当に人それぞれだった。

 

受験が終わったからといって、全員の予定が空っぽになるわけではない。

 

考えてみれば当たり前の話だ。

 

俺は受験が終わった解放感で浮かれていたが、周囲の人間には周囲の生活がある。

 

それを忘れて全員に声をかけたのは、少々考えが足りなかったかもしれない。

 

そして最後。

 

友人Z。

 

『ツチノコ探しに行くから無理、テントと焚き火用の道具と捕獲用のネットや檻や罠や餌や野宿の許可やら準備進めすぎたから辞めるのもったいないから……すまんな』

 

俺はスマホを持ったまま、しばらく固まった。

 

『……ツチノコ?』

 

『そう』

 

『捕まえる気なの?』

 

『そりゃそうだろ』

 

『檻とか罠まで用意したの?』

 

『もう買った』

 

『野宿の許可って何?』

 

『山の持ち主に許可もらった』

 

『そこまでやったの?』

 

『やった』

 

『……そうか』

 

『悪いな、また今度誘ってくれ』

 

『おう、頑張れ』

 

返信を終えた俺は、ゆっくりスマホを机に置いた。

 

そして、天井を見上げた。

 

「なんで中学生にもなって小人やツチノコ探して野宿する予定の奴が二人も居るんだ……?」

 

思わず声が出た。

 

いや、待て。

 

小人図鑑の小人を探す友人Dと、ツチノコを探す友人Z。

 

この二人は別々の人間だ。

 

つまり、俺の交友関係には、週末に野宿をしながら未確認生物を探す予定の中学生が二人も存在する。

 

しかも、片方は親の許可を取り、もう片方は土地の持ち主に許可を取り、必要な道具まで買い揃えている。

 

行動力がすごい。

 

その行動力を別の方向に向けたら、何かもっとすごいことができるんじゃないだろうか。

 

いや、本人たちにとっては今がその別の方向なのかもしれない。

 

俺が口を出すことでもない。

 

……そもそも、俺だって巨大なクッションを手に入れるために遊園地へ行こうとしている。

 

他人の休日の使い方に文句をつけられる立場ではなかった。

 

最後の希望として、家族にも声をかけてみた。

 

父は仕事の予定があり、母は以前から入っていた用事があるらしい。

 

二人とも俺が一人で遊園地に行くこと自体には反対しなかったが、同行は難しかった。

 

「まあ、仕方ないか」

 

スマホの連絡先を眺めながら、俺は息を吐いた。

 

全滅である。

 

友人Aはラーメンの恩返し。

 

友人Bは妹のディズニーランド。

 

友人Cは推しのライブ。

 

友人Dは小人探し。

 

友人EからYも、それぞれの予定。

 

友人Zはツチノコ探し。

 

家族も無理。

 

俺の周囲には、思っていた以上に個性的な人間が多かったらしい。

 

「……一人で行くか」

 

結局、最初の問題に戻ってきた。

 

誰かと一緒に行けたら、それはそれで楽しかっただろう。

 

でも、誰も来られないなら仕方ない。

 

目的は明確だ。

 

アトラクションを十種類回り、スタンプを集め、七百八十円で巨大なフェニーくんクッションを手に入れる。

 

それだけなら一人でもできる。

 

むしろ、他人の予定に合わせる必要がない分、効率的かもしれない。

 

俺は遊園地の公式サイトを開き、アトラクションの一覧をもう一度確認した。

 

どの順番で回れば十種類を効率よく制覇できるか。

 

移動時間はどれくらいか。

 

混雑していた場合はどうするか。

 

そういった計画を立てているうちに、さっきまでの寂しさは少しずつ薄れていった。

 

……ただ、一つだけ気になることがある。

 

もし友人Dが本当に小人を見つけたら。

 

もし友人Zが本当にツチノコを捕まえたら。

 

俺はその話を信じるべきなのだろうか。

 

いや、まずは証拠を見せてもらおう。

 

信じるかどうかは、そのあとで考えればいい。

 

俺はスマホを置き、週末の予定を確定させた。

 

遊園地に一人で行く。

 

そして、友人たちが未確認生物の捜索から無事に帰ってくることを、ついでに祈っておくことにした。

 

………ツチノコ用の餌って何なんだ?

 

 

 

 

 

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