転生スタンド使いの日常。   作:匿名の読む専

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転生スタンド使いの日常。第三話。遊園地の殺人鬼編。(副題、殆ど友達)

 

朝食の時間は、家族が揃う貴重な時間だ。

 

大城家の食卓には焼き魚と味噌汁に加えて、卵焼きや小鉢が並んでいた。

 

大城考調は箸を動かしながら、向かいに座る父と母の会話を聞いていた。

 

「そういえば、今日って出かけるんだったわよね?」

 

母の調読華が尋ねる。

 

「ん、ちょっと遊園地までな」

 

「遊園地? 誰かと待ち合わせ?」

 

「いや、今日は一人」

 

考調は味噌汁を飲みながら答えた。

 

「珍しいわね、友達と行くことが多いのに」

 

「一人で行きたい時もあるだろ」

 

「それはそうだけど」

 

調読華は納得したように頷き、再び箸を手に取った。

 

父の鋼立は、食卓の端に置かれたスマートフォンを手に取りながら口を開く。

 

「どこの遊園地だ?」

 

「フェニックス・ワンダーランド」

 

「おお、あそこか」

 

鋼立は少し懐かしそうな顔をした。

 

「昔はよく行ったなあ、家族で」

 

「俺も覚えてるよ」

 

「最近は行ってなかったものね」

 

母の言葉に、考調は頷いた。

 

確かに、家族で出かける機会はあっても、あの遊園地にはしばらく足を運んでいなかった。

 

だからといって、思い出が薄れたわけではない。

 

乗り物の種類も園内の景色も、それなりに覚えている。

 

今回の目的は、その遊園地で期間限定販売される商品だった。

 

「フェニー君の特大クッション、だっけ?」

 

「そう、それ」

 

考調は少しだけ声を弾ませた。

 

「高級クッションと同じくらいの品質らしいんだよな、五万円くらいするやつと比較しても遜色ないって宣伝してた」

 

「それを七百八十円で?」

 

「そう、七百八十円」

 

鋼立が新聞をめくる手を止めた。

 

「ずいぶん思い切った値段だな」

 

「遊園地の企画商品だからな、まあ条件があるんだけど」

 

「条件?」

 

「園内の指定されたアトラクションを十個くらい回って、スタンプを集めるんだよ、全部集めたら購入権がもらえる」

 

「なるほど、遊んでもらうための企画ね」

 

調読華は楽しそうに笑った。

 

「考調、そういうの好きよね」

 

「好きだな」

 

考調は素直に認めた。

 

単純に安く買えるからという理由だけではない。

 

遊園地を回って、指定された条件を満たして、最後に目的の品を手に入れる。

 

そういう過程込みで楽しめる企画は、考調の好みに合っていた。

 

「ただ、人気らしいからな、今日中に買えるかどうかは知らん」

 

「朝から行くなら大丈夫じゃない?」

 

「だといいけどな」

 

考調は焼き魚の身をほぐしながら、今日の予定を頭の中で組み立てた。

 

まず入園したらスタンプカードを受け取る。

 

その後は園内を回り、指定されたアトラクションを順番に攻略していく。

 

効率だけを考えれば、移動距離の短い順に回るのがよさそうだ。

 

ただし、混雑状況によっては予定を変える必要もある。

 

そういう細かいことを考える時間も、嫌いではなかった。

 

テレビから朝のニュース番組の音声が聞こえてきた。

 

『続いてのニュースです、東京都内およびその周辺地域で、複数の殺人事件に関与したとみられる人物について、警察が注意を呼びかけています』

 

考調の箸が一瞬だけ止まった。

 

画面には規制線の張られた道路や、警察関係者が出入りする建物の映像が映っていた。

 

『犯人の身元や詳しい動機については、現在も捜査中です、警察は目撃情報の提供を呼びかけるとともに、不審な人物を見かけた場合は不用意に接触せず、速やかに通報するよう呼びかけています』

 

「物騒だなあ」

 

鋼立が眉をひそめた。

 

「この辺りにも来る可能性があるってこと?」

 

調読華の表情にも、少しばかり不安が浮かぶ。

 

「周辺地域って言い方だからな、どこまで広がってるのか分からんけど」

 

考調はテレビの画面を見た。

 

報道されている情報は限られていた。

 

犯人の顔写真らしきものが一瞬映ったものの、画質は粗く、確実に本人だと判断できるほどではない。

 

事件の詳しい内容も、捜査に支障が出るためか、ほとんど明かされていなかった。

 

ただ、複数の殺人事件に関与している疑いがあるという点だけは、はっきりしている。

 

「遊園地も人が集まる場所だから、気をつけてね」

 

調読華が息子に目を向けた。

 

「分かってるよ」

 

「何かあったらすぐに連絡すること、いい?」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「はい」

 

考調は苦笑しながら返事をした。

 

親が心配するのは当然だろう。

 

自分だって、家族が出かける時に同じようなニュースを見れば、多少は気にする。

 

だからといって、必要以上に怯えるつもりもなかった。

 

今のところ、犯人がどこにいるのかも分からない。

 

ましてや、自分が巻き込まれる理由などないのだ。

 

危険を認識することと、危険が自分の目の前にあると決めつけることは違う。

 

それに、今日は遊園地へ行くと決めている。

 

せっかくの予定を、情報の少ないニュースだけで取りやめるのも違うだろう。

 

「まあ、変なことには首を突っ込まないようにするよ」

 

考調はそう言って、残っていた味噌汁を飲み干した。

 

この時点では、彼にとって殺人鬼のニュースは、朝の食卓で流れた数あるニュースの一つに過ぎなかった。

 

それが今日という一日の意味を大きく変えることになるなど、まだ知る由もなかった。

 

朝食を終えると、考調は自室に戻って出かける準備を始めた。

 

財布とスマートフォンを確認し、必要な物を鞄に入れる。

 

念のため、ハンカチとティッシュも忘れない。

 

持ち物の確認を済ませてから、部屋の鏡で身だしなみを整えた。

 

特別におしゃれをしていくつもりはない。

 

遊園地で一日遊ぶのだから、動きやすさが優先だ。

 

「よし」

 

小さく呟き、鞄を肩にかける。

 

玄関では、見送りに出てきた母が待っていた。

 

「いってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

「お土産は?」

 

「気が向いたらな」

 

「もう、そこは買ってくるって言うところでしょう?」

 

「じゃあ、気が向いたら買ってくる」

 

「それ、言い方が変わっただけじゃない」

 

調読華が笑う。

 

考調も笑い返し、玄関の扉を開けた。

 

今日も、いつも通りの一日が始まる。

 

少なくとも、家を出る時点ではそう思っていた。

 

*

 

フェニックス・ワンダーランドは、朝から賑わっていた。

 

入園ゲートを抜けた先には、色鮮やかな看板と季節ごとの装飾が並び、遠くからはアトラクションの駆動音や来園者の歓声が聞こえてくる。

 

家族連れに学生の集団、カップルに一人で遊びに来た客まで、園内を歩く人々の顔ぶれは様々だった。

 

考調はまず案内板を確認し、スタンプ企画の受付へ向かった。

 

受付では、企画の説明を受けた後にスタンプカードを渡された。

 

カードには指定された十個のアトラクションが記載されており、それぞれの場所でスタンプを集めていく仕組みになっている。

 

全部集めれば、フェニー君の特大クッションを七百八十円で購入できる。

 

通常の販売価格では考えられないほどの安さだが、その分だけ手間がかかるというわけだ。

 

「さて、どこから行くか」

 

考調はカードを眺めた。

 

すでに園内の地図は頭に入れてある。

 

最初に遠い場所へ向かうか、近場から順番に回るか。

 

混雑しやすい人気アトラクションを先に攻略するという手もある。

 

少し考えた後、彼は地図の端に記された建物へ目を向けた。

 

「ワンダーマジックハウス、ここからなら近いな」

 

屋内型のアトラクションで、建物の中を進みながら仕掛けを解いていくものらしい。

 

派手な乗り物も悪くないが、謎解きがあるならそちらも楽しめそうだ。

 

何より、まだ朝の早い時間帯だ。

 

行列が長くなる前に済ませておけば、後の予定も立てやすい。

 

考調はカードをしまい、案内板の矢印に従って歩き始めた。

 

道中には、フェニー君の着ぐるみと写真を撮る子供たちの姿もあった。

 

丸みを帯びた大きな頭と、特徴的な表情。

 

今回の特大クッションも、あの姿を模したものだ。

 

実物を抱えた時の大きさを想像し、考調は少しばかり頬を緩めた。

 

自宅に置けば、それなりに存在感があるだろう。

 

邪魔になるかもしれないが、そもそも邪魔になるほど大きなクッションが欲しくて買いに来たのだ。

 

その程度の問題は、購入してから考えればいい。

 

やがて、目的の建物が見えてきた。

 

ワンダーマジックハウス。

 

外観は遊園地らしく華やかだが、窓の少ない造りのせいか、どこか秘密めいた雰囲気もある。

 

入口の看板には、内部で体験できる仕掛けについて簡単な説明が書かれていた。

 

どうやら、視覚的な錯覚や空間の構造を利用した謎解きが中心らしい。

 

「へえ、そういう感じか」

 

考調は説明文を読み、興味深そうに頷いた。

 

錯覚を利用する仕掛けは、見た目だけで判断すると簡単に引っかかる。

 

逆に言えば、何が錯覚を生んでいるのかを見極められれば、仕掛けの意図を理解できるはずだ。

 

もちろん、実際に体験すれば説明通りにいかないこともあるだろう。

 

そういう意外性も含めて、謎解きの面白さだ。

 

列に並んでしばらく待つと、考調の番が回ってきた。

 

スタッフの案内に従って建物の中へ入る。

 

外の明るさが遠ざかり、照明を落とした通路の先に、最初の部屋が見えた。

 

室内に足を踏み入れた瞬間、考調は違和感を覚えた。

 

壁も床も天井も、普通の部屋に見える。

 

だが、視線を動かすたびに、空間全体が微妙に傾いているような感覚があった。

 

目の前の壁が遠ざかったかと思えば、今度は足元の床が迫ってくる。

 

身体をまっすぐに保っているはずなのに、平衡感覚が揺さぶられる。

 

「おお……」

 

考調は思わず声を漏らした。

 

単に床が傾いているわけではないらしい。

 

視界から得られる情報と、身体が感じている情報が噛み合っていない。

 

人間の平衡感覚は、目から得られる情報だけで成立しているわけではない。

 

内耳からの情報や、筋肉や関節の感覚なども関係している。

 

それらが互いに食い違えば、まっすぐ立っているつもりでも、身体が傾いているように感じられるのだろう。

 

考調は足元を確かめ、壁の位置を目で追いながら慎重に進んだ。

 

部屋の中央には、いくつかの目印が配置されていた。

 

壁に描かれた模様。

 

床に並んだ図形。

 

天井から吊るされた飾り。

 

それらの配置を正しく把握し、指定された順番に目印を通過することが、この部屋の仕掛けらしい。

 

説明を読み直す余裕はない。

 

入口からの経路は一つではなく、どの順番で目印を通るかによって、次の扉の開き方が変わるという。

 

「なるほど、ただ歩けばいいってわけじゃないのか」

 

考調は視線を巡らせた。

 

普通なら、まずは部屋の構造を観察して、仕掛けの規則性を探るところだ。

 

だが、視界が揺れる。

 

床が回転しているように感じられる。

 

自分が立っている場所を把握しようとするたびに、目の前の景色が別の方向へ流れていく。

 

落ち着いて観察するつもりが、視覚情報に振り回されてしまう。

 

考調は小さく息を吐いた。

 

「これは……長居すると気持ち悪くなるやつだな」

 

そう判断した彼は、スタンドを呼び出した。

 

本人以外には見えない人型の像が、すぐ隣に立つ。

 

AXIOM。

 

幾何学的な装飾を持つその姿は、薄暗い室内でも輪郭がはっきりしていた。

 

考調は周囲の来園者から見えないように注意しながら、AXIOMに目印の位置を確認させた。

 

スタンドは人間とは異なる視点で周囲を捉えられる。

 

自分が目の錯覚に惑わされている間も、別の角度から情報を集めることはできるはずだ。

 

もっとも、呼び出しただけで謎が勝手に解けるわけではない。

 

得られた情報を整理し、どの情報を信用するべきか判断するのは、結局のところ考調自身だった。

 

AXIOMが示した位置関係を参考に、考調は床の図形と壁の模様を見比べた。

 

視界の中で動いているように見えるものと、実際に位置が変化しているものを区別する。

 

目印の並びには、一定の規則性があった。

 

壁の模様を基準にすれば、床の図形がどの順番で並んでいるのかを推測できる。

 

逆に、床だけを基準にすると、視覚的な錯覚に引きずられて順番を誤りやすい。

 

「基準を一つに絞るべきか」

 

考調は独り言を漏らした。

 

すべての情報を同時に追いかけようとするから、混乱する。

 

ならば、まずは比較的動いていないように見える目印を一つ決め、そこから他の位置関係を整理すればいい。

 

彼は壁の模様を基準にし、AXIOMが示した位置と照らし合わせながら、目印を順番に辿った。

 

一つ目。

 

二つ目。

 

三つ目。

 

途中で床が傾いたような錯覚に襲われ、足を止めそうになったが、考調は壁の模様から視線を外さなかった。

 

見た目に引っ張られず、確認できた情報をもとに判断する。

 

それを繰り返すうちに、部屋の構造が少しずつ見えてきた。

 

「よし、これで最後だな」

 

最後の目印を通過すると、部屋の奥から小さな作動音が聞こえた。

 

正面の扉が開く。

 

考調は一歩踏み出したものの、直後にふらついた。

 

「うわっ」

 

とっさに壁へ手をつく。

 

どうにか転倒は免れたが、頭の中では景色がぐるぐると回っていた。

 

仕掛けを解くために、目の錯覚へ対抗し続けた反動だろう。

 

目を閉じても、身体がどちらを向いているのか分からなくなるような感覚が残っている。

 

「……思ったよりキツいな、これ」

 

考調は壁に手をついたまま、ゆっくりと息を整えた。

 

謎解きそのものは面白かった。

 

目印の位置関係を見抜き、錯覚に惑わされずに規則を見つける。

 

自分の判断が正しいかどうかを確かめながら進む過程には、十分に楽しめる要素があった。

 

ただし、面白いことと、身体が平気であることは別問題だ。

 

頭がふらふらする。

 

胃の辺りも、あまり気分がよくない。

 

この状態で次の仕掛けに挑むのは、少々無謀だろう。

 

考調は近くに置かれていたベンチを見つけ、そこへ向かった。

 

今は少し休んだ方がいい。

 

せっかく遊園地に来たのだから、最初のアトラクションで体力を使い果たすわけにはいかない。

 

スタンプカードは、まだ一つ目だ。

 

残りのアトラクションを回り、特大クッションを手に入れる。

 

その目的は変わっていなかった。

 

考調はベンチに腰を下ろし、目を閉じて呼吸を整えた。

 

AXIOMを傍らに立たせたまま、ようやく落ち着きを取り戻し始める。

 

最初の謎解きは、ひとまず成功だ。

 

あとは、このふらつきが治まるのを待つだけだった。

 

 

…………………………………………………………………

 

スタンプを1つ手に入れたは良いものの…。

考調はベンチに座り、地面を見つめていた。

 

目を閉じていても、先ほどまでの景色が頭の中で回っているような感覚が残っている。

 

ワンダーマジックハウス。

 

部屋そのものがグルグル回っているように錯覚する部屋であり、三半規管が弱い人間なら一瞬で酔いかねない代物だった。

 

三半規管が特別弱いわけではない。

 

ただ、スタンプカードのスタンプを早く押してもらいたくて、部屋の中を走り回ったのがよくなかった。

 

謎解きの手掛かりを集めるだけなら、別に走る必要はなかったのだ。

 

「ふぅ……初手入る所しくじったな…これ」

 

思わず声が漏れた。

 

遊園地に来て早々、これである。

 

限定フェニー君の特大サイズクッションを手に入れるためとはいえ、先が思いやられる。

 

あのクッションのお値段は七百八十円。

 

五万円はする高級クッション並みの品質を誇るらしい。

 

引換購入権を得るためには、アトラクションを約十種類も回らなければならないので、一人遊園地を全力で楽しむ人になる必要があるが、まあ必要経費だ。

 

そう考えて気持ちを立て直そうとしたところで、隣から声を掛けられた。

 

「……オタクもあのマジックハウスに入った口で?」

 

考調は顔を上げずに返事をする。

 

「はい……スタンプカードのスタンプ早く押してほしくて走り回ってたら酔いまして……」

 

「分かります、あそこ早歩きでも酔いますよね……」

 

隣に座っている人物も、どうやら同じアトラクションで酔ったらしい。

 

互いに似たような苦労を味わった者同士、多少は話が合いそうだった。

 

考調はゆっくりと顔を上げた。

 

隣の人物も、ほぼ同じタイミングでこちらを向く。

 

そこで、考調は言葉を失った。

 

マスクにサングラス。

 

頭にはニット帽を被り、首には首巻きまでしている。

 

まだ秋だよ?

 

寒がりだとしても、少々着込みすぎではないだろうか。

 

「………」

 

「あぁすみませんね……こんな不審者みたいな格好で……俺はどうも寒がりで……ああ、サングラスはここで買った物なんですよ? せっかくの遊園地だから色々楽しもうかと思いましてね」

 

「そ、そうですか……失礼しました……」

 

考調は曖昧に返事をした。

 

確かに、遊園地では普段しない格好を楽しむ人間もいるだろう。

 

サングラスを買ったという話も、別におかしくはない。

 

しかし、マスクにニット帽に首巻きまで重ねている姿は、どうにも目立つ。

 

それこそ、顔を隠したい人間に見えるほどだ。

 

もちろん、本人に向かってそんなことを言うつもりはなかった。

 

自分だって、他人から見れば妙な趣味を持っていると思われることがあるかもしれない。

 

他人の服装だけで人となりを判断するのは、考調の好むところではなかった。

 

とはいえ、少し気になるものは気になる。

 

考調はそれ以上の言及を避け、再び地面へ視線を落とした。

 

すると、隣の人物が小さく息を吐いた。

 

「イヤ~全く、想定外でしたよ……」

 

「?」

 

何が想定外なのだろうか。

 

考調が顔を向けると、その人物は先ほどまでの穏やかな調子を崩さないまま、口を開いた。

 

「こんな所にまでスタンド使いが追ってくるとはな……」

 

「!?」

 

考調の思考が止まった。

 

今、何と言った?

 

スタンド使い。

 

それは、一般人が日常会話の中で何気なく口にするような言葉ではない。

 

少なくとも、この世界でスタンドというものが世間一般に知られていない以上、偶然に出てくる単語ではなかった。

 

考調は隣の人物を見た。

 

相手もまた、こちらの反応を見ている。

 

先ほどまでの柔らかな空気が、ほんの一瞬で消え去っていた。

 

「……? まさかお前、警察のスタンド使いじゃ無ぇのか? チッ……勘違いで正体明かしちまったじゃねぇか……」

 

口調が変わった。

 

丁寧さを取り繕うような言い回しが消え、荒っぽい言葉がそのまま飛び出してくる。

 

隣の人物は、自分が口を滑らせたことを理解していた。

 

そして、考調が警察の人間ではない可能性にも気づいたらしい。

 

だが、今さら発言を取り消したところで遅い。

 

考調は、先ほどまでの会話を頭の中で振り返った。

 

相手は自分をスタンド使いだと認識している。

 

ということは、ワンダーマジックハウスの中でAXIOMを出していたところを見られたのだろう。

 

謎解きの手掛かりを集めるために、周囲を確認させていた。

 

人目につかないよう気をつけていたつもりだったが、完全に隠しきれていたわけではなかったらしい。

 

迂闊だった。

 

しかし、それ以上に気になることがある。

 

相手は、警察のスタンド使いという言葉を口にした。

 

警察がスタンド使いを追っている。

 

そして、目の前の人物はそれを知っているだけでなく、自分自身が追われる立場であるかのような反応を示した。

 

考調の脳裏に、今朝のニュースが浮かぶ。

 

東京都内とその周辺地域で起きた複数の殺人事件。

 

犯人はまだ捕まっておらず、警察が注意を呼びかけていた。

 

まさか。

 

いや、まだ決めつけるには早い。

 

状況が一致しているからといって、それだけで相手を犯人だと断定するのは乱暴だ。

 

自分が見たのは、相手がスタンド使いであることと、警察に追われている可能性があることだけだ。

 

それでも、確認しなければならないことがある。

 

「お前……何者だ……?」

 

考調は相手を正面から見据えた。

 

隣の人物は、しばらく黙っていた。

 

マスクとサングラスの奥にある表情は分からない。

 

だが、その沈黙は、先ほどまでの気さくな会話とは明らかに違っていた。

 

「……下手な誤魔化しなんざみっともねぇだけだな……この顔に……見覚えがあるんじゃあねぇのかぁ?」

 

相手は、マスクへ手を掛けた。

 

ゆっくりと、それを外す。

 

続いてサングラスを取り、こちらに顔を向けた。

 

考調は、その顔を知っていた。

 

正確には、今朝テレビで見た顔写真と一致していた。

 

報道では不鮮明だったが、それでも目元や輪郭には見覚えがある。

 

そして、今こうして目の前にいる人物は、間違いなくその顔の持ち主だった。

 

今朝のニュースで報じられていた殺人鬼。

 

複数の殺人事件に関与しているとされ、警察が行方を追っている人物。

 

考調は、遊園地のベンチでその殺人鬼と相対していた。

 

頭の中に残っていた酔いの感覚が、急速に遠ざかっていく。

 

代わりに、別の種類の緊張が身体を満たした。

 

ここは遊園地だ。

 

周囲には一般の来園者がいる。

 

子供もいれば、家族連れもいる。

 

そして、自分の隣にいる人物は、殺人鬼である可能性が極めて高いスタンド使いだ。

 

考調は、相手から視線を外さなかった。

 

相手もまた、こちらを見ていた。

 

互いに、相手が何を考えているのかを探るように。

 

ただし、この場で騒ぎを起こせば、真っ先に巻き込まれるのは周囲の一般人だろう。

 

それだけは避けなければならない。

 

考調は一度だけ、周囲の様子を確かめた。

 

今のところ、二人の会話を気に留めている人間はいない。

 

ならば、まだ話し合う余地はある。

 

相手が何を考えているのか。

 

どうしてこの遊園地にいるのか。

 

そして、自分が何をすべきなのか。

 

考調は、それらを一つずつ確かめることにした。

 

「……で、どうする?」

 

俺は相手の顔を見ながら尋ねた。

 

相手はサングラスを片手に持ち、こちらの様子を窺っている。

 

「どうするも何も、正体がバレちまった以上は面倒なことになったぜ」

 

「そりゃそうだろうな」

 

「お前、警察の人間じゃねぇんだよな?」

 

「さっきも言ってただろ、俺は違うよ」

 

「なら、どうしてスタンドを出してた?」

 

「謎解きの手掛かりを集めるためだよ、早く終わらせたかったんだ」

 

「遊園地の謎解きにスタンドを使うのかよ」

 

「使えるものは使うだろ」

 

相手は呆れたように息を吐いた。

 

「……変な奴だな」

 

「初対面でそれを言うか?」

 

「初対面だから言えるんだろ」

 

「そりゃそうか」

 

俺は軽く肩をすくめた。

 

どうにも調子が狂う。

 

ついさっきまで、隣に座った見知らぬ客とアトラクションの感想を話していたはずなのだ。

 

それが今では、殺人鬼と向かい合っている。

 

しかも、相手はスタンド使いだ。

 

俺のスタンドを見たうえで正体を明かしたということは、少なくともスタンドの存在を知っている。

 

警察のスタンド使いに追われているという発言も気になるが、今はそれより先に確認しておきたいことがあった。

 

「一つ聞くけどさ、ここで騒ぎを起こすつもりはあるのか?」

 

「あ?」

 

「周りを見てみろよ、一般人だらけだぞ」

 

俺は周囲に視線を向けた。

 

近くを歩いている家族連れもいれば、少し離れた場所でアトラクションの案内板を見ている客もいる。

 

今のところ、俺たちの会話を気にしている人間はいない。

 

だが、ここでスタンドを使って戦えば話は別だ。

 

どんな能力を持っているのかも分からない相手と、人目のある場所で戦う気にはなれなかった。

 

「俺は一般人を巻き込みたくないんだよ、アンタはどうなんだ?」

 

「……アタシだって、こんな所で派手に暴れる気はねぇぜ」

 

相手は即答した。

 

「正体がバレた以上、逃げる手間が増えちまったからな、わざわざ騒ぎを大きくする必要もねぇ」

 

「じゃあ、そこは利害が一致してるわけだ」

 

「そういうことだな」

 

少なくとも、この場で戦うことは互いに望んでいない。

 

ならば、今すぐ戦闘に突入する必要はないだろう。

 

もちろん、だからといって相手を見逃すつもりもなかった。

 

「ただ、俺はアンタを見て見ぬふりするつもりもない」

 

「だろうな」

 

「アンタが何を考えてるのかは知らないけど、殺人鬼だって分かった以上は放っておけないだろ」

 

「……正直な奴だな」

 

「嘘をついたって仕方ないだろ」

 

相手はしばらく黙っていた。

 

俺も、それ以上は口を挟まなかった。

 

互いに譲れない部分がある。

 

俺は相手を見逃すつもりがない。

 

相手は正体を知られた以上、俺を放置するわけにはいかない。

 

しかし、一般人を巻き込むことも避けたい。

 

この三つを同時に満たす方法を考える必要があった。

 

「……なら、こうしようぜ」

 

相手が口を開いた。

 

「アタシとお前で、アトラクションを一緒に回るんだ」

 

「一緒に?」

 

「お前、スタンプカード持ってんだろ?」

 

「ああ、持ってるけど」

 

「アタシも持ってるんだよ」

 

そう言って、相手は自分の鞄からスタンプカードを取り出した。

 

俺が持っているものと同じ企画のカードだった。

 

「……マジかよ」

 

「悪いか?」

 

「いや、悪くはないけどさ」

 

まさか、相手も同じ目的で遊園地に来ていたとは思わなかった。

 

俺は改めて、自分のスタンプカードを取り出した。

 

指定されたアトラクションを回り、スタンプを集める。

 

その条件を満たせば、限定フェニー君の特大サイズクッションを七百八十円で購入できる。

 

そして、相手も同じようにスタンプを集めようとしている。

 

「一つ終わるたびに、並んでスタンプをもらうってことか?」

 

「そうだ、アトラクションを回ってる間なら、周りから見ても不自然じゃねぇだろ」

 

「まあ、そうだな」

 

「そのうえで、人目につかねぇ場所があれば話をつけるなり戦うなりすりゃいい」

 

なるほど。

 

互いに相手を監視できるうえ、周囲の人間を巻き込む可能性も減らせる。

 

俺にとっても、相手にとっても、悪い条件ではなかった。

 

もちろん、一緒に行動する以上、いつ襲われるか分からないという問題は残る。

 

だが、それは相手も同じことだ。

 

俺だって、ただ黙って相手の言いなりになるつもりはない。

 

「分かった、ひとまず一緒に回ろう」

 

「話が早くて助かるぜ」

 

「ただし、俺はアンタを見逃すつもりはないからな」

 

「何度も言わなくても分かってる」

 

相手はスタンプカードをしまい、ベンチから立ち上がった。

 

俺も立ち上がろうとして、少しだけ足元がふらついた。

 

「……くそ、まだ回ってやがる」

 

「おいおい…大丈夫か?」*1

 

「誰のせいでこうなったと思ってんだ……いや、アンタのせいじゃないな」

 

「自分で走り回ってたんだろ?」

 

「そうだよ、悪かったな」

 

俺は息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

 

まだ完全に酔いが抜けたわけではないが、いつまでもベンチに座っているわけにもいかない。

 

「次はどこに行くんだ?」

 

相手が尋ねた。

 

俺はスタンプカードを確認した。

 

「フェニックスコースターが近いな」

 

「コースターか、いいじゃねぇか」

 

「待ち時間が長くなってなきゃいいけどな」

 

「行ってみりゃ分かるだろ」

 

俺たちは並んで歩き始めた。

 

周囲から見れば、遊園地を訪れた客同士が次のアトラクションへ向かっているだけだろう。

 

俺はスタンプカードを鞄にしまいながら、隣を歩く相手を横目で見た。

 

相手もまた、こちらを警戒している。

 

それでいい。

 

今はまだ、互いに信用できる理由がないのだから。

 

フェニックスコースターのレールが見えてきた。

 

高い位置を走る車両が勢いよく下降し、乗客の歓声が園内に響き渡る。

 

「……結構並んでんな」

 

「人気のアトラクションだからな、仕方ねぇだろ」

 

「まあ、スタンプのためだしな」

 

俺たちは列の最後尾に並んだ。

 

前には家族連れや学生の集団がいる。

 

後ろにも、次々と客が並んでいく。

 

この場所で戦うわけにはいかない。

 

俺は周囲の様子を確認してから、静かに順番を待つことにした。

 

…………………………………………………………………

 

フェニックスコースターの待ち列は、考調が想像していた以上に長かった。

 

列は少しずつ前へ進んでいるものの、乗車口までの距離はまだ遠い。

 

頭上を通過する車両から歓声が響き、直後には悲鳴とも笑い声ともつかない声が降ってきた。

 

……………待ち時間長すぎてイライラするな…。

 

「……あれ、乗る前は楽しそうなんだけどな」

 

待ち時間はイライラするけど。

 

「乗ってる最中も楽しいんじゃねぇのか?」

 

「いや、楽しいのは楽しいだろうけどさ」

 

考調は頭上を見上げた。

 

高い位置まで登った車両が、一気に落下していく。

 

乗客の身体が座席に押しつけられ、車両は勢いを保ったままレールを駆け抜けていった。

 

「……アンタ、こういうの平気なのか?」

 

「アタシに聞いてんのか?」

 

「他に誰がいるんだよ」

 

「乗る前からビビってるように見えんのか?」

 

「別に、そういう意味で聞いたわけじゃねぇよ」

 

「なら、乗ってから確かめりゃいいだろ」

 

相手はあっさりと言った。

 

考調は小さく息を吐いた。

 

確かに、乗る前からあれこれ考えても仕方ない。

 

それに、今日の目的は遊園地を満喫することだけではない。

 

スタンプを集めて、限定フェニー君の特大サイズクッションを手に入れることだ。

 

目の前の相手と一緒に行動することになった以上、余計なことに気を取られている場合ではなかった。

 

もっとも、相手を警戒することまでやめるつもりはない。

 

隣にいるのは、複数の殺人事件に関与している人物なのだから。

 

列が進むにつれて、乗車口が近づいてきた。

 

スタッフの案内に従い、考調と相手は車両の後方へと進んでいく。

 

最後尾の座席に腰を下ろすと、目の前にはレールの先まで見渡せる景色が広がっていた。

 

「最後尾か」

 

「景色は悪くないだろ」

 

「そうだな」

 

考調は座席に深く腰掛けた。

 

安全バーが降ろされ、身体が座席に固定される。

 

隣の相手も同じように座っていた。

 

周囲には他の乗客がいる。

 

前方の座席には、乗車を楽しみにしている様子の客が何人も並んでいた。

 

この状況でスタンドを使って戦うのは難しい。

 

一般人に見られるわけにはいかないし、誰かを巻き込むわけにもいかない。

 

考調は安全バーを軽く押し、固定されていることを確認した。

 

その直後だった。

 

隣から、妙な気配が伝わってきた。

 

考調が視線を向けると、相手は前を向いたまま座っている。

 

何もおかしなところはない。

 

しかし、互いに相手を警戒している以上、何も起きていないからといって安心する理由もなかった。

 

車両が動き出す。

 

ゆっくりとレールを進み、少しずつ高度を上げていく。

 

ガタン、ガタンと規則的な音が響くたびに、地面が遠ざかっていった。

 

考調は前方を見つめた。

 

やがて車両は、コースターの頂上へ到達する。

 

目の前には、遊園地の景色が広がっていた。

 

その瞬間、考調はAXIOMを出現させた。

 

同時に、隣の相手もスタンドを呼び出す。

 

二体のスタンドが、それぞれ相手の座席の安全バーへ拳を叩き込んだ。

 

ガンッ、と鈍い音が重なる。

 

考調の安全バーが跳ね上がった。

 

そして、相手の安全バーも同じように開いていた。

 

「……テメェ!何しやがる!?」

 

考調は思わず声を漏らした。

 

隣の相手も、こちらを睨みつけている。

 

「お前こそ何しやがった!?」

 

「そりゃこっちのセリフだろうが!」

 

二人とも、相手の安全バーを開けるつもりだった。

 

互いに同じことを考えていたのである。

 

車両が頂上を越えた。

 

次の瞬間、急降下が始まる。

 

身体が座席から浮き上がり、風が顔面を叩いた。

 

安全バーのない座席で、考調はとっさにAXIOMを使って身体を支えた。

 

隣でも同じように、相手がスタンドを使って座席にしがみついている。

 

車両は速度を増しながらレールを駆け下りていった。

 

考調は内心で悪態をついた。

 

まさか、こんな方法で仕掛けてくるとは思わなかった。*2

 

いや、相手からすれば自分も同じなのだろう。

 

どちらも、相手の安全バーを開けて動きを封じようとした。

 

その結果、二人とも自分の安全バーを失った。

 

完全に自業自得だった。

 

車両が大きく旋回する。

 

考調はAXIOMの腕で座席を掴み、身体が外へ振り飛ばされないように踏ん張った。

 

隣の相手も、スタンドを使って身体を固定している。

 

乗客たちは目の前の景色と速度に夢中で、最後尾の二人に注意を向けていなかった。

 

前方からは歓声が聞こえる。

 

このまま何事もなく乗り切れればいいのだが、隣の相手がそれを許すはずもなかった。

 

考調は、視線を向けずに脚を動かした。

 

相手もほぼ同時に反応する。

 

二人の足が、座席の下でぶつかった。

 

考調は脚を引き、すぐさま蹴りを返す。

 

相手はそれを受け流し、今度は反対側から脚を伸ばしてきた。

 

座席の下で、二人の攻防が始まった。

 

上半身は、どちらも前を向いたままだった。

 

乗客から見れば、二人とも必死に座席にしがみついているようにしか見えないだろう。

 

だが、見えない場所では互いの脚が激しくぶつかり合っていた。

 

考調はAXIOMを使って座席を掴み、身体を支えながら相手の蹴りを避ける。

 

相手もまた、スタンドの力で身体を固定しながら反撃してきた。

 

車両が左右へ揺れるたびに、攻撃の角度が変わる。

 

狙いを定める余裕は少ない。

 

それでも、互いに攻撃を止める気はなかった。

 

考調は脚を引き戻し、相手の足首を狙って蹴りを放った。

 

相手はそれを避けると、すぐさま考調の脛へ蹴りを叩き込む。

 

「っ……!」

 

考調は歯を食いしばった。

 

痛みを堪えながら、再び脚を動かす。

 

反撃の踵が殺人鬼のくるぶしを捉える。

 

犯人も痛みを堪えるような顔でこちらの攻撃を受けながら反撃を続けていた。

 

車両は急旋回を終え、今度は別の方向へ向かって走り始める。

 

二人はそれぞれのスタンドで身体を支えながら、脚だけで攻防を繰り返した。

 

まともに狙いを定められる状況ではない。

 

相手の脚がどこから飛んでくるかを見極め、当たる前に避けるか、受け止めるしかなかった。

 

考調は、相手の蹴りを脚で受け止めた。

 

直後に反対側から別の蹴りが飛んでくる。

 

身体を捻って避けようとしたが座席に固定されていない身体では動きに限界があった。

 

蹴りが脚を掠める。

 

考調はAXIOMの腕で座席を掴み直し、体勢を立て直した。

 

相手もまた、こちらの脚を避けながら身体を支えている。

 

互いに、相手を落とすつもりはない。

 

ここでどちらかが車両から落ちれば、戦いどころではなくなるからだ。

 

それでも、手を緩める気もなかった。

 

車両が最後の旋回を終え、減速を始める。

 

考調は相手の脚を押し返し、最後にもう一度だけ蹴りを放った。

 

相手も同じタイミングで蹴り返す。

 

二人の脚がぶつかり互いに顔をしかめた。

 

やがて車両は乗車口へ戻り、ゆっくりと停止した。

 

考調と殺人鬼はスタンドを収めて座席に身体を預けた。

 

「…………」

 

隣の相手もしばらく黙っていた。

 

安全バーは二人とも開いたままになっている。

 

周囲の乗客が降りていく中、二人は互いを睨みつけていた。

 

「……お前、マジで何考えてんだよ」

 

考調が低い声で言った。

 

「そりゃこっちのセリフだぜ」

 

「安全バー開けるとか、やりすぎだろうが!」*3

 

「お前が先にやったんだろ!」*4

 

「アンタもやっただろ!」*5

 

「だからお互い様だろうが!」*6

 

言い返され、考調は言葉に詰まった。

 

確かに、その通りだった。

 

相手の安全バーを開けたのは自分だ。

 

そして相手も同じことをした。

 

どちらが先だったかなど今さら争っても仕方がない。

 

二人はスタッフの案内に従って車両を降りた。

 

乗車口ではスタッフたちが安全バーの異常を確認していた。

 

最後尾の二席だけでなく他の座席も含めて点検が必要らしい。

 

「お客様、申し訳ございませんが、ただいま安全装置に不具合が確認されましたのでこちらのアトラクションは一時運休とさせていただきます」

 

スタッフの説明に周囲の客がざわついた。

 

考調は思わず視線を逸らした。

 

相手も何とも言えない顔をしている。

 

自分たちが原因だと知られるわけにはいかない。

 

しかし結果として多くの客に迷惑をかけてしまった。

 

考調は小さく息を吐いた。

 

「……悪いことしたな」

 

「……ああ」

 

相手も、短く返事をした。

 

その声には先ほどまでの荒っぽい調子とは別の気まずさが混じっていた。

 

やがて、スタッフが二人のもとへやって来た。

 

「お客様もご不便をおかけして申し訳ございません、こちらはお詫びとしてお渡ししております」

 

差し出されたのはプレミアム入場券が三枚と五百円分の食事券が十枚だった。

 

「……え?こんなにもらっていいんですか?」

 

「はい…今回の運休に伴うお詫びでございます」

 

考調は受け取った券を見つめた。

 

相手も同じ枚数を受け取っている。

 

プレミアム入場券が三枚。

 

五百円分の食事券が十枚。

 

かなりの補償だった。

 

だが素直に喜べる気分ではない。

 

自分たちが原因でアトラクションが止まったのだから、むしろ申し訳なさの方が大きかった。

 

「なんか…余計に悪いな」

 

「アタシも同じ気分だぜ」

 

二人は受け取った券をしまい、スタッフに軽く頭を下げた。

 

その後、スタンプカードを取り出して受付へ向かった。

 

フェニックスコースターのスタンプは乗車した証明として問題なく押してもらえた。

 

考調はカードを確認してスタンプが一つ増えていることを確かめた。

 

「…まぁ…これで二つ目だな」

 

「まだまだ先は長いぜ」

 

「分かってるよ」

 

考調はカードをしまった。

 

限定クッションを手に入れるためにはまだいくつものアトラクションを回らなければならない。

 

そして隣には相変わらず殺人鬼がいる。

 

二人は再び並んで歩き出した。

 

次に向かう場所を決めるため、考調はスタンプカードを取り出して園内の地図を確認した。

 

 

 

*1:
訳:その調子なら始末するのは簡単そうだな。

*2:
どっちも同じ事やってる。

*3:
コイツもやってる

*4:
全く同じタイミングでやってる

*5:
全く同じタイミングでやってる

*6:
殺人鬼の正論!痛み分けのようだ。

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