転生スタンド使いの日常。   作:匿名の読む専

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スタンド名
ハードネット・インパクト。
近距離パワー型。
両の拳で触れたあらゆる物を逸らす、弾く、弾き返す、そして掌で受けた衝撃を貯めて弾く時にその衝撃を乗せたり出来る。

ステータス
パワーB
スピードA
射程距離C
持続力B
精密動作性A
成長性C

弾丸のような高速の物体を弾けるのか。
触れたら弾けるし逸らせる。

地面や壁に触れて、自分自身を弾き飛ばせるのか。
不可能、あくまで向かってくる力を別の方向に弾くか逸らす、その衝撃が返ってくる事は無い。

巨大な物体や、自分より圧倒的に重い相手にも有効なのか。
その場合は弾く事は不可能、逸らすことは可能性。

衝撃を蓄積できる量や時間に上限があるのか。
蓄積させる衝撃の強さや保持時間に制限は無い。
だが保持出来る衝撃は50発まで。

拳で触れることと、掌で衝撃を受けることは別々の能力なのか。
能力が別なのではなく機能が別、ホースだって同じ穴が両面にあっても水を放出する側と水を流して通す側がある様に。
逸らす、弾くは衝撃吸収の副次効果。
最大数まで衝撃を保持している場合のみ使用可能。

掌で衝撃を受け止める際、受けた衝撃によって本体やスタンド自身がダメージを受けることはあるか。
無い。
掌で受け止めるならあらゆる衝撃は本体にダメージを通さない。
ただし、三部のロードローラーの様な大質量が上から落ちてくる時、衝撃の吸収は出来ても質量はどうにもならないのでロードローラーを壊すかその場から逃げない限りは普通に押しつぶされる。

50発分の衝撃を保持している状態で、新たな衝撃を掌で受け止めようとした場合はどうなる?
普通に失敗する、ダメージ受けて終わり。
それを補う為の弾く、逸らす力。
保持している衝撃の数は本体が直感的に把握出来る。

使い手の技量で可能性が大きく広がるスタンド。

使い手の良く使う応用。

自分の拳に衝撃を纏わせて放出せずにそのまま殴る。
衝撃の放出による被害を出さずに自分のスタンドの破壊力のみが強化される。

ただし、纏わせる衝撃が大き過ぎると自分の拳が壊れるので注意が必要。

限界はパワー評価Aの中でも上澄みまではリスクなしに纏わせる事が可能。

その気になれば拳の自壊を考慮せずに殴る事も出来る。



転生スタンド使いの日常。第4話、遊園地の殺人鬼編その2。

フェニックスコースターの一件を終えた俺たちは、スタンプカードを片手に園内を歩いていた。

 

手元にはプレミアム入場券が三枚と五百円分の食事券が十枚ずつある。

 

本来なら喜ぶべきなのだろうが、自分たちのせいでアトラクションを一時運休させたと思うと素直には喜べなかった。

 

「……なあ」

 

隣を歩く殺人鬼に声を掛ける。

 

「なんだよ」

 

「さっきのアレ、反省してるか?」

 

「お前もやっただろうが」

 

「そうなんだけどさぁ……」

 

「なら、お互い様だろ」

 

殺人鬼は悪びれもせずに答えた。*1

 

確かに、お互い様ではある。

 

俺だって自分の安全バーを開けられる可能性を考えず、相手の安全バーを開けようとしたのだから、文句を言える立場ではなかった。

 

ただ、乗客に怪我人が出なかったのは幸いだった。

 

スタンドを使っていなければ、あの速度で安全バーのない車両に乗っているのは危険だっただろう。

 

「……次はもう少し穏便にやろうぜ」*2

 

「穏便に戦うってのも変な話だな」*3

 

「アンタが言うなよ」

 

「お前もな?」

 

そんな言い合いをしながら、俺はスタンプカードを開いた。

 

残りのアトラクションは八つ。

 

まだまだ先は長い。

 

フェニックスコースターのような人気アトラクションは、時間帯によって待ち時間が大きく変わるだろうし、屋外の乗り物ばかりを続けて回るのも考えものだ。

 

何より、俺はまだワンダーマジックハウスで酔った感覚が完全には抜けていなかった。

 

「次はメリーゴーランドでいいか」

 

「……メリーゴーランド?」

 

殺人鬼がカードを覗き込む。

 

「待ち時間が短いし、ここからも近い」

 

「コースターの次がメリーゴーランドかよ」

 

「何か問題でも?」

 

「いや、別に」

 

殺人鬼は肩をすくめた。

 

「ガキ向けの乗り物だからって、油断するなよ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

互いに顔を見合わせる。

 

コースターであれだけのことをやらかした直後だ。

 

次のアトラクションでも何か仕掛けてくる可能性は十分にある。

 

もちろん、俺だって何もしないと約束したわけではない。

 

ただし、乗客のいる場所で大きな騒ぎを起こすつもりはなかった。

 

それだけは、今のところ互いに一致している。

 

俺たちはメリーゴーランドへ向かった。

 

*

 

メリーゴーランドは、園内の中央に近い広場に設置されていた。

 

色鮮やかな馬や馬車が並び、天井には細かな装飾が施されている。

 

回転に合わせて音楽が流れる仕組みらしく、乗り場の周囲には楽しそうな子供たちの声が響いていた。

 

「……平和だな」

 

思わず呟く。

 

つい先ほどまで、安全バーを破壊して高速のコースターに乗っていたとは思えない光景だった。

 

「平和な場所が好きなのか?」

 

「そりゃ、嫌いな奴の方が少ないだろ」

 

「そういうもんかね」

 

殺人鬼は、周囲の客を眺めていた。

 

その視線に何を考えているのかは分からない。

 

少なくとも、今この場で誰かを襲おうとしているようには見えなかった。

 

だが、だからといって警戒を解く理由にはならない。

 

俺はスタンプカードをしまい、乗り場の案内を確認した。

 

メリーゴーランドは、指定された時間内に乗車すればスタンプを押してもらえる。

 

特別な謎解きがあるわけでもなく、乗り物そのものを楽しむためのアトラクションらしい。

 

「これなら、さっさと終わりそうだな」

 

「お前、遊園地に何しに来たんだよ」

 

「クッションを買いに来たんだよ」

 

「遊園地を楽しむ気はねぇのか?」

 

「あるからこうして回ってるんだろ」

 

「……妙な理屈だな」

 

「まぁ自分でもそう思う」

 

俺は苦笑した。

 

遊園地に来て、アトラクションを効率よく回ることばかり考えているのだから、我ながら少しおかしい。

 

とはいえ、今回の企画はスタンプを集めることそのものが目的の一つでもある。

 

指定された場所を巡り、条件を満たし、最後に目当ての商品を手に入れる。

 

そういう遊び方が好きなのだから仕方がない。

 

やがて、俺たちの順番が回ってきた。

 

スタッフの案内に従って乗り場へ進む。

 

並んでいる馬は一頭ずつ間隔を空けて配置されており、回転に合わせて上下する仕組みになっていた。

 

その中に、隣り合う位置で動く馬がある。

 

俺はそこに目を留めた。

 

「……へえ」

 

「何だよ」

 

「いや、何でもない」

 

俺は何気ない顔で乗る馬を選んだ。

 

殺人鬼も、すぐ隣の馬に腰掛ける。

 

互いの距離は近い。

 

手を伸ばせば届く程度であり、回転中に何かを仕掛けるには都合がよかった。

 

もっとも、周囲には他の乗客がいる。

 

スタッフも乗り場の近くで様子を見ているため、派手な攻撃をすればすぐに気づかれるだろう。

 

俺は手すりを握り、乗り物が動き出すのを待った。

 

音楽が流れ始める。

 

メリーゴーランドがゆっくりと回転し、馬たちが上下に動き始めた。

 

周囲の子供たちは楽しそうに笑っている。

 

俺も表面上は、普通に乗り物を楽しんでいる客の一人に見えるはずだった。

 

だが、頭の中では別のことを考えていた。

 

コースターでは、互いに相手の安全バーを開けようとして自分まで危険な目に遭った。

 

あの失敗を繰り返すつもりはない。

 

今度は相手の能力を探りながら、こちらに有利な状況を作る。

 

そのためには、まず一度攻撃を仕掛けてみる必要があった。

 

俺は腰のベルトに手を掛けた。

 

金具を外し、長さを調整する。

 

動作は、衣服の乱れを直しているようにも見えるだろう。

 

殺人鬼は前を向いたまま、こちらを見ていなかった。

 

少なくとも、表面上はそう見えた。

 

俺はベルトの端を握り、馬の揺れに合わせて腕を動かした。

 

狙うのは、殺人鬼の脚だ。

 

直接スタンドで殴れば、相手も反応するだろう。

 

だが、ベルトを使えば攻撃の動きを隠しながら、相手の体勢を崩せるかもしれない。

 

もちろん、相手が何をしてくるかは分からない。

 

それでも、何もしないまま相手の出方を待つよりはいい。

 

メリーゴーランドが回転し、俺たちのいる位置が少しずつ移動していく。

 

周囲の客からこちらが見えにくくなる瞬間を待ち、俺はベルトを伸ばした。

 

狙いは、殺人鬼の脚。

 

ベルトが足元へ届く。

 

俺は馬の支柱を握ったまま、ベルトを殺人鬼の脚へ巻き付けた。

 

殺人鬼が、わずかにこちらを向いた。

 

その目が俺を捉える。

 

気づかれたか。

 

いや、ベルトを巻き付けた時点で気づかれない方がおかしい。

 

俺は構わずAXIOMを呼び出した。

 

人目につかないように身体の陰へ位置を寄せ、スタンドの拳を殺人鬼の脇腹へ向ける。

 

狙いは、馬から落とさずに一撃を入れること。

 

強く殴り飛ばせば、相手が落下する危険がある。

 

ここで事故を起こすわけにはいかない。

 

AXIOMの拳が走った。

 

だが、殺人鬼は動じなかった。

 

こちらの攻撃に合わせるように、片手を伸ばす。

 

掌が、AXIOMの拳を受け止めた。

 

「……っ?」

 

受け止められた。

 

それ自体は予想の範囲内だ。

 

スタンド使いである以上、こちらの攻撃に対応できる可能性は考えていた。

 

しかし、次の瞬間。

 

俺の手に、妙な衝撃が走った。

 

「ッ!?」

 

手首から指先にかけて、痺れるような感覚が広がる。

 

ベルトを握っていた手に力が入らなくなった。

 

俺は反射的に指を開き、ベルトを手放しかけた。

 

何だ、今のは。

 

AXIOMの拳は、確かに殺人鬼の掌に受け止められた。

 

その際に起きたことが原因なのか。

 

いや、それだけでは説明がつかない。

 

俺は自分の手を見た。

 

怪我をしたわけではない。

 

だが、指先の感覚が一時的に鈍くなっている。

 

まるで、手に強い衝撃を受けた時のような痺れだった。

 

殺人鬼の脚には、まだベルトが巻き付いている。

 

そのベルトを介して何かが起きたのか。

 

考えを巡らせる間にも、メリーゴーランドは回転を続けていた。

 

殺人鬼は、俺のスタンドの拳を掌で受け止めたまま、口元を歪めた。

 

「……おいおい、こんなもんかよ」

 

「……何をした?」

 

「さあな」

 

殺人鬼は、わざとらしく首を傾げた。

 

その態度が、余計に腹立たしい。

 

こちらの攻撃を防いだだけなら、そう言えばいい。

 

だが、今の現象は明らかにおかしかった。

 

俺はAXIOMの拳を引こうとした。

 

殺人鬼の掌は、まだそれを捉えている。

 

そして、俺の手には痺れが残っていた。

 

ベルトを介して走った衝撃。

 

その現象が何を意味しているのか、今の俺にはまだ分からない。

 

ただ一つ確かなのは、殺人鬼が何らかの能力を使ったということだった。

 

痺れた手を握り込もうとしても上手くいかない。

 

指先から手首にかけて感覚が鈍くなり、力を入れようとするほど違和感が強くなる。

 

考調はAXIOMを引かせながら、殺人鬼の足に巻き付いたベルトを見た。

 

自分が仕掛けたものだ。

 

彼女の足に絡めて動きを制限し、その隙にAXIOMで横から殴るつもりだった。

 

ところが実際には、殴りかかったAXIOMの拳を掌で受け止められた挙句、ベルトを通じて手を痺れさせられた。

 

何をされたのかは分からない。

 

ただ、普通の人間がどうにか出来る現象ではなかった。

 

「……おい」

 

殺人鬼が馬上からこちらを見ている。

 

「何だよ」

 

「その手でまだやる気か?」

 

「そっちが聞くのかよ」

 

考調は痺れの残る手を軽く振った。

 

「先に仕掛けてきたのはそっちだろ」

 

「お前の能力でダメージ受けたのは俺だ」*4

 

「そっちがベルトを使って攻撃したんだろうが」

 

「だから何だ」*5

 

「いや、何だって……」

 

言い返しかけて、殺人鬼は口を閉じた。

 

ここで言い合いを続けたところで何が変わる訳でも無い。

 

それに、周囲には普通にメリーゴーランドを楽しんでいる客がいる。

 

小さな子供が父親に手を振り、少し離れた馬では母親が子供の写真を撮っている。

 

音楽に合わせて馬が上下し、装飾された柱が回り続ける。

 

この光景の中で、二人だけが別の目的で乗っている。

 

それも、どちらも相手をどうにかするために。

 

考調は痺れた手を一度開き、ゆっくりと閉じた。

 

完全には戻っていないが、指は動く。

 

ならば、まだやれる。

 

「……次は何をする気だ?」

 

「さあな」

 

「さあなって顔じゃねえだろ」

 

「お前に教える義理はない」

 

「そりゃそうだ」

 

考調はあっさり認めた。

 

その返事が気に入らなかったのか、殺人鬼はわずかに眉を動かす。

 

彼女は彼女で、先ほどの反撃がどう受け取られたかを考えていた。

 

手を痺れさせることには成功した。

 

だが、それだけで相手の動きを止められるわけではない。

 

考調はスタンドを引かせたものの、戦意を失った様子はなかった。

 

むしろ、今の現象を頭の中で整理しているように見える。

 

その視線がベルトに向いた時、殺人鬼は足を少し動かした。

 

ベルトが揺れる。

 

考調の目が追う。

 

殺人鬼はその反応を見て、口元だけで笑った。

 

「気になるか?」

 

「返せ」

 

「なら取り返す方法でも考えてろ」

 

「言われなくても考えてるよ」

 

考調は肩をすくめた。

 

(さて…この殺人鬼かなり強いぞ…ってか今のどういう能力だ…?)

 

殺人鬼の能力について、まだ何も分かっていない。

 

先ほどの現象がスタンドによるものだということは分かる。

 

しかし、何をどうすればあんなことが起きるのかは見当もつかなかった。

 

単純にベルトを引っ張られたわけではない。

 

AXIOMの拳を受け止められた瞬間、こちらの手にまで妙な衝撃が走った。

 

普通なら、そんなことは起こらない。

 

スタンド同士の攻撃が本体に影響すること自体は珍しくないが、今回の感覚はそれとも違う。

 

何かを通されたような、こちらの手だけが急に言うことを聞かなくなったような感覚だった。

 

それでも、今すぐ答えを出す必要はない。

 

分からないものを分かったことにしても、次に同じことをされた時に困るだけだ。

 

考調は一度だけ深呼吸した。

 

その間にも、メリーゴーランドは回り続けている。

 

馬が上下するたびに、腰や脚へ細かな振動が伝わった。

 

この乗り物は思ったよりも動きが大きい。

 

座面から身体が浮くほどではないにせよ、手を離して無茶な姿勢を取れば簡単にバランスを崩す。

 

ましてや、ここで落ちれば騒ぎになる。

 

殺人鬼を取り押さえるどころか、係員に囲まれて二人そろって事情を聞かれる羽目になりかねない。

 

それは避けたい。

 

考調は隣の馬に視線を移した。

 

殺人鬼もまた、こちらを見ていた。

 

互いに、相手が次に何をするのかを待っている。

 

先ほどの一撃で終わらなかった以上、どちらもここで引くつもりはない。

 

しかし、次の一手を間違えれば周囲に気づかれる。

 

それだけは避けなければならなかった。

 

考調は痺れの残る手を馬の首に添え、もう片方の手で手綱のような飾りを掴んだ。

 

殺人鬼はそれを見てから、ふいに視線を外した。

 

正面には、メリーゴーランドの外側を歩く親子連れがいる。

 

こちらに背を向けている者もいれば、スマートフォンを構えている者もいた。

 

ただし、全員が二人を見ているわけではない。

 

人の視線には隙間がある。

 

誰かが別の方向を向き、誰かが撮影に夢中になり、誰かが子供の手を引いて移動する。

 

ほんの一瞬、こちらを気にする者がいなくなる場所が生まれる。

 

殺人鬼は、その瞬間を待っていた。

 

メリーゴーランドが回転し、二人の乗った馬が建物の外側を向く。

 

周囲の客が反対側へ流れていく。

 

正面にいた親子連れも、子供が指差した別の馬へと視線を移した。

 

その時だった。

 

殺人鬼が馬から身を乗り出した。

 

「あ?おい何を」

 

考調が声を上げるより早く、彼女は座面から身体を滑らせた。

 

普通に降りれば、回転している床へ足を取られる。

 

しかし殺人鬼はそのまま落ちることなく、馬の腹側へと身体を回し込んだ。

 

片手で馬の装飾を掴み、もう片方の手で支えながら、馬の下へぶら下がる。

 

スタンドの補助があったとしても、ずいぶん無茶な姿勢だった。

 

馬が上下する。

 

殺人鬼の身体もそれに合わせて揺れたが、手は離れない。

 

考調は思わず目を見開いた。

 

「お前…そこまでやるか…!?」

 

返事はない。

 

殺人鬼は馬の下から、隣を走る馬の位置を確かめていた。

 

狙いは明らかだった。

 

馬上にいる考調の死角へ入り、下側から攻撃するつもりなのだ。

 

客の視線が届きにくい位置を使い、乗り物の構造まで利用している。

 

その発想自体は分かる。

 

分かるが、普通は実行しない。

 

考調は馬の腹側へ視線を向けたまま、舌打ちした。

 

自分も相手も、ここで派手にやれば困る立場だ。

 

それなのに、二人とも相手を倒すためなら乗り物の上で逆さにぶら下がることすら選択肢に入れている。*6

 

何をやっているんだ俺たちは…。

 

そんな考えが頭をよぎった。

 

同時に、殺人鬼の身体がこちらの馬へ近づいてきた。

 

馬と馬の間にはわずかな距離がある。

 

その隙間を抜けて彼女は考調の足元へ手を伸ばした。

 

考調は足を引いた。

 

殺人鬼の指先が靴にかすり、空を切る。

 

次の瞬間、考調は馬の上で身体をひねった。

 

座面から片足を外し隣の馬へ飛び移る。

 

上下する馬の動きと回転の勢いを利用し、手を伸ばして装飾を掴み、身体を引き上げた。

 

当然ながら、普通の乗客が真似すれば危険な動きだった。

 

考調もそれを理解している。

 

だからこそ、無駄な動作を省いて一気に移動した。

 

殺人鬼がぶら下がっている馬へ移ったことで、位置関係が逆転した。

 

彼女は馬の下から考調を見上げ、考調は馬上から彼女を見下ろす。

 

「……本当に何でもありだな、お前」

 

「お前に言われたくない」

 

「そりゃそうだ」

 

考調は返事をしながら、AXIOMを呼び出した。

 

馬の下にいる相手を攻撃するなら、上から拳を振り下ろすだけでは駄目だ。

 

落とすことが目的ではない。

 

落とせば大騒ぎになるし、殺人鬼がどうにかなれば自分の目的も果たせなくなる。

 

必要なのは、相手の動きを止めること。

 

そして、周囲の誰にも異常を悟らせないことだった。

 

AXIOMの腕が動く。

 

拳は馬の腹側へと回り込み、殺人鬼の身体を狙った。

 

殺人鬼は片手で馬を掴んだまま、もう片方の手を動かす。

 

拳がぶつかる直前、彼女の身体がわずかに横へ流れた。

 

AXIOMの拳は空を切る。

 

考調は追撃しようとしたが、馬が上へ跳ねるように動いたため、いったん攻撃を止めた。

 

無理に続ければ自分の体勢まで崩れる。

 

殺人鬼はその一瞬を逃さなかった。

 

馬の下で身体を揺らし、足を使って隣の馬の装飾を押す。

 

ぶら下がったまま、考調の足元へと距離を詰めてきた。

 

考調は片足を引き、AXIOMの腕を下へ伸ばした。

 

拳が迫る。

 

殺人鬼は今度こそ、真正面からその攻撃を受け止めた。

 

掌と拳がぶつかる。

 

考調はすぐに腕を引いた。

 

先ほどの痺れが脳裏をよぎったからだ。

 

だが、今度は何も起こらなかった。

 

殺人鬼は拳を受け止めた姿勢のまま、考調を見上げている。

 

考調もまた、AXIOMの腕を戻しながら彼女を見下ろした。

 

何が起きたのか。

 

どうして今度は何も起きなかったのか。

 

答えは出ない。

 

それでも、先ほどと同じ現象がいつでも起きるわけではないらしい。

 

その事実だけは頭に残った。

 

殺人鬼が口を開く。

 

「怖くなったか?」

 

「何がだよ」

 

「今度は手が痺れなかったな」

 

「そりゃ良かったよ」

 

「強がりか?」

 

「お前に心配されるほど落ちぶれてねえ」

 

殺人鬼は鼻で笑った。

 

考調も笑い返したが、目は笑っていなかった。

 

ここで勝負を決めることは出来ない。

 

相手を落とさず、周囲にも気づかれず、限られた場所で攻撃を続ける。

 

そんな条件をつけている時点で、互いに動きづらいのは当然だった。

 

それでも、相手が何をしてくるか分からない以上、気を抜くわけにはいかない。

 

メリーゴーランドは回り続ける。

 

音楽も、馬の上下する音も、周囲の笑い声も変わらない。

 

その日を楽しむために来た客たちにとって、二人の戦いは見えないままだった。

 

考調はAXIOMの拳を構え直し、殺人鬼は馬の下で身体を支え直す。

 

互いの視線がぶつかった。

 

殺人鬼は馬の下にぶら下がったまま考調を見上げていた。

 

片手で馬を掴み続ける姿勢は楽ではないはずだが、彼女はそれを苦にした様子もない。

 

考調はAXIOMの腕を引き戻し馬上で体勢を整えた。

 

このままでは埒が明かない。

 

相手を殴ろうとすれば馬から落としかねず、避けようとすれば自分の姿勢が崩れる。

 

かといって、何もしなければ下から攻撃される。

 

まったく、面倒な乗り物を選んだものだ。

 

「……なあ」

 

「何だ」

 

「お前、普通に乗るって選択肢はないのか?」

 

「お前が普通にしてたら考えてやるよ」

 

「なるほどな。そりゃ無理だ」

 

考調は即答した。

 

殺人鬼が呆れたように目を細める。

 

その反応を見ながら、考調はメリーゴーランドの回転方向を確認した。

 

馬の上下する動きは一定ではないように感じるが、実際には規則的なものだ。

 

回転に合わせて周囲の景色が流れ、客の位置も変わっていく。

 

今いる場所から少し先に、客の視線が届きにくい面がある。

 

そこを過ぎれば、また人目につく位置へ戻る。

 

チャンスがあるとすれば一度きりだった。

 

考調は殺人鬼を見下ろした。

 

彼女もまた、こちらの視線の意味を測ろうとしている。

 

気づかれたかどうかは分からない。

 

それでも、いつまでもこの位置で攻防を続けるつもりはなかった。

 

馬が上下する。

 

考調はその動きに合わせて腰を浮かせ、片足を馬の横へ移した。

 

「おい、何を」

 

「ちょっと場所を借りるぞ」

 

殺人鬼の返事を待たず、考調は馬から飛び降りた。

 

向かった先は、殺人鬼が乗っていた馬だった。

 

回転する床へ降りるのではない。

 

隣の馬へ直接飛び移る。

 

AXIOMの腕が馬の装飾を掴み、身体を引き寄せる。

 

考調はそのまま座面へ足を掛け、馬上に身体を戻した。

 

元々自分が乗っていた馬は、隣で空になっている。

 

殺人鬼は馬の下から顔を上げた。

 

「……お前、本当に何でもやるな」

 

「そっちにだけ言われたくねえよ」

 

考調は馬の上から身を乗り出した。

 

殺人鬼の位置は、自分の真下に近い。

 

攻撃するなら今だった。

 

AXIOMの拳が馬の腹側へと伸びる。

 

殺人鬼はそれを見て、ぶら下がった身体を横へ振った。

 

拳が空を切る。

 

考調は追撃の角度を変え、もう一度拳を振り下ろした。

 

今度は殺人鬼の肩を狙う。

 

殺人鬼は片手で馬を掴み直し、身体を捻って攻撃を避けた。

 

AXIOMの拳が装飾をかすめる。

 

衝撃で馬がわずかに揺れたが、壊れるほどの力は加えていない。

 

考調は歯を食いしばった。

 

当たらない。

 

攻撃の軌道を変えても、殺人鬼は狭い場所で器用に身体を動かしてくる。

 

こちらが馬上から攻撃する以上、狙える角度は限られる。

 

それに、彼女を落とすわけにはいかない。

 

手加減すれば避けられ、強引に攻めれば事故になる。

 

なんとも嫌な状況だった。

 

「どうした! さっきから当たってねえぞ!」

 

「うるせえ! お前が避けてるからだろうが!」

 

「避けて何が悪い!」

 

「悪いなんて言ってねえよ!」

 

二人は器用に小声で叫びあっている。

 

考調は叫び返しながら、AXIOMの腕を引いた。

 

殺人鬼は笑っている。

 

楽しんでいるのか、こちらを挑発しているだけなのかは分からない。

 

どちらにせよ、余裕を見せられるのは腹立たしかった。

 

馬が上へ跳ねる。

 

考調はその動きに合わせて身体を低くし、殺人鬼が掴んでいる部分へAXIOMの腕を差し込んだ。

 

拳を当てるのではない。

 

腕を通して、彼女の身体を押し上げる。

 

殺人鬼は即座に反応した。

 

空いている手をAXIOMへ伸ばし、押し上げられる勢いを利用して身体を捻る。

 

考調は腕を引いた。

 

まともに受け止めれば、また何かされるかもしれない。

 

その一瞬の判断が、殺人鬼に姿勢を立て直す時間を与えた。

 

彼女は馬の腹側へ身体を寄せ、今度は考調の足首を狙って手を伸ばす。

 

「おっと!」

 

考調は足を引いた。

 

指先が靴に触れる寸前で外れる。

 

そのまま殺人鬼の腕が伸びきった瞬間、考調はAXIOMの拳を振り下ろした。

 

狙いは身体の中心。

 

叩き潰すためではない。

 

馬の上へ押し戻すための一撃だった。

 

殺人鬼は身体を丸めて避けようとしたが、拳の軌道がわずかに変わった。

 

AXIOMの拳が彼女の身体を捉える。

 

衝撃が走り、殺人鬼の身体が上へ押し上げられた。

 

「っ……!」

 

声を漏らしながらも、彼女は手を伸ばした。

 

馬の装飾を掴む。

 

考調はすぐにAXIOMの腕を引き戻し、落下しないよう彼女の身体を押し上げる方向へ動かした。

 

ここで手を離せば、彼女は床へ落ちる。

 

それだけは避けなければならない。

 

殺人鬼の身体が馬の側面を越えた。

 

片膝が座面に乗り、続いてもう片方の足が馬上へ戻る。

 

彼女は勢いを殺しきれず、身体を前へ傾けた。

 

そのまま倒れ込むかと思われた瞬間、手をついて体勢を立て直す。

 

そして顔を上げた。

 

考調が乗っていた馬は、すぐ隣にある。

 

彼女は一瞬だけその位置を見てから、考調へ視線を戻した。

 

「……今のは何だ?」

 

「お前を戻したんだよ」

 

「…何で戻した?」

 

「落ちたら困るだろ」

 

「お前が言うのか?それを」

 

「やかまし!落ちられたら困るんだよ」

 

考調は思わず声を張った。

 

殺人鬼は口を開きかけ、やがて小さく息を吐いた。

 

反論したいことはいくらでもある。

 

だが、今の攻防で彼女が馬の上へ戻されたのは事実だった。

 

そして考調もまた、彼女を落とさないように攻撃の力と方向を調整していた。

 

敵同士であることに変わりはない。

 

それでも、相手をどうにかすることと、事故を起こすことは別だった。

 

考調は馬の上で姿勢を整えた。

 

殺人鬼もまた、座り直す。

 

二人の位置は入れ替わった。

 

考調が元々乗っていた馬に殺人鬼が座り、殺人鬼が乗っていた馬に考調がいる。

 

メリーゴーランドは、何事もなかったように回転を続けていた。

 

やがて二人の馬が、客の視線が届きにくい面を抜ける。

 

周囲には親子連れや友人同士の客がいて、誰も二人の入れ替わりを気に留めていない。

 

そもそも、メリーゴーランドで乗客が途中から隣の馬へ移動するなど、普通は想像もしない。

 

目の前で起きていたとしても、音楽や回転する景色に気を取られていれば見逃すことはある。

 

今回は、それで十分だった。

 

考調は隣の殺人鬼を見た。

 

殺人鬼もまた、こちらを見ていた。

 

数十秒ほど、互いに何も言わなかった。

 

先ほどまでの攻防で息は乱れている。

 

手の痺れも、完全に消えたわけではない。

 

殺人鬼の方も、馬の下で無理な姿勢を続けたせいか、肩を軽く回していた。

 

それでも、どちらも相手から目を逸らさなかった。

 

先に動けば、また攻撃が始まる。

 

だが、今は人目がある。

 

ここで無理をしても得るものは少なかった。

 

考調は小さく舌打ちして、正面へ向き直った。

 

殺人鬼も同じように視線を外した。

 

メリーゴーランドの音楽が終わりに近づく。

 

回転がゆっくりになり、馬の上下する動きも止まっていく。

 

係員の案内に従って、乗客たちが順番に降り始めた。

 

考調は馬から降りると、足元を確かめた。

 

思ったより疲れている。

 

遊園地へ来て、スタンプを集めるために乗り物を楽しんでいただけのはずだった。

 

それがどうして、回転木馬の上で相手を殴り合う羽目になっているのか。

 

考えたところで答えは出ない。

 

殺人鬼も馬から降り、服の裾を軽く払った。

 

二人は互いに何も言わず、出口へ向かう列に並んだ。

 

係員にスタンプカードを見せ、それぞれスタンプを押してもらう。

 

これで二つ目のアトラクションを終えた。

 

考調はカードをしまいながら、隣の殺人鬼を横目で見た。

 

殺人鬼もまた、こちらを見ていた。

 

「……次はどうする?」

 

「お前が決めろよ」

 

「俺が決めたら文句言うだろ」

 

「内容による」

 

「…じゃあ待ち時間が短いところだな」

 

「それなら文句はない」

 

あまりにも普通の会話だった。

 

まるで友人同士で次のアトラクションを相談しているかのように。

 

ただし二人とも、相手を倒す機会を探していることだけは変わらない。

 

考調はスタンプカードをポケットへしまい、殺人鬼と並んで歩き出した。

 

メリーゴーランドの音楽は、もう背後から聞こえていた。

 

…………………………………………………………………

 

次に向かう場所を決めるにあたって、考調は園内マップを広げた。

 

メリーゴーランドでの一件を終えたばかりだというのに、隣には殺人鬼がいる。

 

しかも、互いにスタンプカードを持っている以上、まだ一緒に回る理由があった。

 

「屋内がいいな」

 

考調がマップを眺めながら言った。

 

「何でだ?」

 

「疲れた」

 

「正直だな」

 

「お前もだろ」

 

「否定はしねぇ」

 

殺人鬼は特に反論しなかった。

 

フェニックスコースターでは高速で落下しながら足を使って殴り合い、メリーゴーランドでは馬の上や下を行き来して攻防を繰り返した。

 

どちらも本来の楽しみ方からは大きく外れている。

 

身体の疲労を無視して続けるには、まだ先が長かった。

 

「屋内で立っていられるところがいい」

 

殺人鬼も色々無茶したので普通に疲れてる様子だ。*7

 

「ならお化け屋敷か」

 

「……お化け屋敷か」

 

考調はマップ上の施設名を確認した。

 

そこに書かれていたのは、フェニー君・イン・ザ・ナイトメアというアトラクションだった。

 

園内の人気キャラクターであるフェニー君を題材にしたホラーアトラクションらしい。

 

可愛らしいキャラクターの名前と、悪夢という物騒な単語が同居している。

 

考調は説明文を読み、少しだけ眉を寄せた。

 

「これ、子供向けなのか?」

 

「さあな、少なくとも名前は子供向けじゃねえな」

 

「フェニー君が悪夢に出てくるのかよ」

 

「普段は可愛い顔してる奴ほど怖いこともあるだろ」

 

「お前が言うと洒落にならねえんだよ」

 

殺人鬼は鼻で笑った。

 

考調はその反応に軽く舌打ちしてから、マップを畳んだ。

 

選ぶ理由としては悪くない。

 

屋内なら外から戦闘を見られる心配も少なく、乗り物のように揺さぶられることもない。

 

もちろん、施設の中にカメラやスタッフがいれば話は別だが、そこは入ってみなければ分からない。

 

二人は歩き出した。

 

道中では何度か客の流れに合わせて立ち止まり、別のグループに道を譲った。

 

その間も、互いに相手から目を離さない。

 

殺人鬼は人混みの中で考調を見失うつもりはないらしく、考調もまた、彼女が突然姿を消さないか警戒していた。

 

仲良く遊園地を回っているように見える二人組が、実際にはそんなことを考えている。

 

事情を知らない人間からすれば、奇妙な話だった。

 

やがて、目的の建物が見えてきた。

 

外観はお化け屋敷らしく薄暗く、入口付近にはフェニー君の大きな看板が立っている。

 

いつもの愛嬌ある表情ではなく、目の周りに影が落ち、口元だけが不自然に笑っていた。

 

考調は看板を見上げた。

 

「これ、公式キャラクターの扱いとして大丈夫なのか?」

 

「本人が許可してるんだろ」

 

「本人って誰だよ」

 

「知らねえよ」

 

殺人鬼は看板を見ずに入口へ向かった。

 

考調も後に続く。

 

待ち時間はそれほど長くなかった。

 

列に並んでいる間、二人はほとんど会話をしなかった。

 

周囲には楽しそうに話す客がいて、入口からは時折、驚いた声や笑い声が聞こえてくる。

 

中で何が起きているのか、外からはよく分からない。

 

ただ、ここなら少しは落ち着いて動けるかもしれない。

 

考調はそんな期待を抱きかけて、すぐに捨てた。

 

殺人鬼がいる時点で、まともに楽しめるはずがない。

 

そして自分も、彼女を放置して遊園地を満喫するつもりはなかった。

 

やがて順番が来て、二人は入口のスタッフから説明を受けた。

 

施設内では走らないこと。

 

展示物には触れないこと。

 

途中で気分が悪くなった場合はスタッフへ申し出ること。

 

どれも当たり前の注意事項だった。

 

考調は説明を聞きながら、施設の内部に目を向けた。

 

入口の先には暗い通路が続いている。

 

天井には照明があり、壁には不気味な装飾が施されていた。

 

人の出入りを管理するための設備も見える。

 

監視カメラがあるかどうかまでは、入口から確認できなかった。

 

殺人鬼も同じものを見ていた。

 

彼女はスタッフへ向けて軽く頷き、考調の方へ顔を向ける。

 

「先に行けよ」

 

「何で俺が?」

 

「お前の方が楽しみにしてたんじゃねえのか?」

 

「そんなこと一言も言ってねえだろ」

 

「じゃあ行け」

 

「理屈が雑すぎるだろ」

 

考調は文句を言いながらも、先に足を踏み入れた。

 

殺人鬼がその後ろにつく。

 

入口を抜けた瞬間、外の音が遠くなった。

 

照明は暗く、壁の向こうから低い音が響いている。

 

床には古びた屋敷を思わせる模様があり、ところどころに人形や額縁が置かれていた。

 

ホラーアトラクションとしては、よくある構成だ。

 

だが、よくある構成だからといって怖くないとは限らない。

 

考調は一歩進み、周囲を見渡した。

 

通路の先に扉がある。

 

その脇には古びた家具が置かれ、壁にはフェニー君の肖像画が飾られていた。

 

絵の中のフェニー君は笑っている。

 

その笑顔が、照明の角度によって妙に歪んで見えた。

 

「……なるほどな」

 

「何がだ?」

 

「いや、子供が泣く理由は分かった」

 

「まだ何も出てきてねえだろ」

 

「雰囲気だよ、雰囲気」

 

考調はそう言って扉へ近づいた。

 

その時、横の壁から何かが飛び出した。

 

「うおっ!」

 

反射的に身を引く。

 

飛び出してきたのは、顔の大きなフェニー君の人形だった。

 

目が光り、口が開いて、機械仕掛けの腕が考調の方へ伸びている。

 

考調は一歩後ろへ下がり、思わず胸を押さえた。

 

「びっくりしたぁ……!」

 

背後から、殺人鬼の笑い声が聞こえた。

 

「お前、今の程度で驚くのかよ」

 

「驚くだろ! 急に出てきたんだぞ!」

 

「スタンド使いのくせに情けねえな」

 

「スタンド使いとお化け屋敷への耐性は別だろうが!」

 

考調は人形を睨みつけた。

 

人形は何事もなかったかのように、同じ動きを繰り返している。

 

演出としては成功なのだろう。

 

少なくとも、考調の心臓には悪かった。

 

殺人鬼はまだ笑っていた。

 

その様子を見て、考調は少しだけ腹が立った。

 

「……お前は怖くねえのかよ」

 

「怖いわけねえだろ」*8

 

「そうかよ」*9

 

考調は前を向き直った。

 

怖いかどうかは人それぞれだ。

 

そして、ここで怖がったところで何かが変わるわけでもない。

 

彼は呼吸を整え、再び歩き始めた。

 

その後も通路の先では、仕掛け人形や音響による演出が続いた。

 

暗闇から突然現れる影。

 

背後から聞こえる足音。

 

視界の端で動く何か。

 

考調は何度か驚かされ、そのたびに文句を言った。

 

殺人鬼は最初こそ笑っていたものの、途中からは彼女自身も周囲を警戒するようになっていた。

 

怖いからではない。

 

この施設の中では、戦うための条件が悪すぎるからだ。

 

通路は狭く、スタッフがいつ現れるか分からない。

 

客もいるため、スタンドを出して殴り合えばすぐに騒ぎになる。

 

監視カメラがあれば、なおさら動きにくい。

 

それでも、考調は歩きながら周囲を観察していた。

 

扉の位置。

 

通路の幅。

 

スタッフが現れそうな場所。

 

そして、カメラの向き。

 

殺人鬼も同じように目を動かしている。

 

互いに相手を倒す機会を探している以上、アトラクションを楽しむ余裕などほとんどなかった。

 

それでも二人は、最後まで歩き続けた。

 

やがて、通路の先に一つの扉が見えてきた。

 

扉の向こうからは、これまでとは違う静けさが漂っている。

 

その手前には、小さな部屋があった。

 

壁には人形の絵が並び、奥にはさらに別の扉が見える。

 

その先が、このアトラクションの終盤なのだろう。

 

考調は部屋の入口で足を止めた。

 

殺人鬼も、そのすぐ後ろで立ち止まる。

 

二人は同時に周囲を見回した。

 

カメラは見当たらない。

 

スタッフの姿もない。

 

部屋の広さは、およそ二メートル四方ほどだった。

 

狭い。

 

だが、今までの通路と比べれば、まだ動ける余地がある。

 

考調は壁の隅を確認し、続いて天井を見上げた。

 

目立つ設備はなかった。

 

殺人鬼も同じ結論に至ったらしく、彼の横から部屋の中を覗き込んだ。

 

「……ここか」

 

「そうみたいだな」

 

二人の声が低くなる。

 

ここなら短時間だけなら戦えるかもしれない。

 

もちろん、油断は出来ない。

 

スタッフがいつ戻ってくるか分からず、次の部屋へ進む客が近づいてくる可能性もある。

 

それでも、他に機会はなさそうだった。

 

考調は殺人鬼を見た。

 

殺人鬼もまた、彼を見返した。

 

ほんの一瞬、二人の間で意思が通じた。

 

次の瞬間、考調はわざと声を張り上げた。

 

「だから何で俺が先なんだよ!」

 

「お前が先に行きたいって言ったんだろ!」

 

「言ってねえよ!勝手に決めるな!」

 

「うるせえな!さっさと入れ!」

 

突然始まった口論に、周囲の空気が変わった。

 

ただし、二人が演技を始めたことに気づく者はいない。

 

考調は扉の前で腕を広げ、殺人鬼は彼の肩を押して先へ進ませようとする。

 

どちらも、いかにも揉めているような態度だった。

 

そして二人とも、相手が即座に演技へ合わせてきたことを理解していた。

 

打ち合わせなどしていない。

 

それでも、互いの意図を読み取るには十分だった。

 

考調は殺人鬼の手を振り払い、部屋の中へ一歩踏み込んだ。

 

「お前が行けよ!」

 

「嫌だね!」

 

扉が閉まる。

 

外の音が遠のいた。

 

狭い部屋に残ったのは、二人だけだった。

 

考調はAXIOMを呼び出した。

 

殺人鬼の背後にも、ハードネット・インパクトが姿を現す。

 

互いに構える。

 

制限時間は短い。

 

直接スタンドで殴り合うわけにもいかない。

 

それでも、ここで一度だけ決着を狙う価値はあった。

 

考調は殺人鬼の姿勢を見て、足を踏み出した。

 

殺人鬼も同時に動いた。

 

狭い部屋の中で、二人の戦いが始まった。

 

 

*1:
実は少し申し訳なく思ってる殺人鬼。

*2:
安全バー壊した主人公。

*3:
安全バー壊した殺人鬼

*4:
暴論

*5:
暴君

*6:
実は主人公も考えては居た。

*7:
自業自得

*8:
ちょっとビックリしてた殺人鬼。

*9:
気づいて無い。

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