転生スタンド使いの日常。   作:匿名の読む専

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転生スタンド使いの日常。第六話。遊園地の殺人鬼編、終。

 

フェニックスバイキングを降りた二人は、揃って自分の足元を見下ろしていた。

 

「……乾いてねぇな」

 

「少しはマシになっただろ」

 

「少しは、な」

 

考調は濡れたズボンの裾を指でつまんだ。

 

先ほどより不快感は薄れているものの、歩くたびに足首へ布が触れる感覚は残っている。

 

せっかくドライヤーまで使ったというのに、これではまだ満足できない。

 

「次は屋内にしようぜ」

 

考調がそう提案すると、殺人鬼も頷いた。

 

「賛成だな、外を歩き回るのはもういい」

 

二人はスタンプカードを確認しながら、次に乗るアトラクションを探した。

 

候補に挙がったのは、ダークライドとミラーダンジョンの二つだった。

 

どちらも屋内型のアトラクションであり、濡れた服をこれ以上濡らさずに済む。

 

もっとも、どちらを選んだところで足元が乾くわけではないのだが、少なくとも水しぶきを浴びる心配はない。

 

「ダークライドとミラーダンジョンか……」

 

「どっちにする?」

 

「近いのはミラーダンジョンだな」

 

「じゃあ、そっちでいいだろ」

 

殺人鬼は特に迷うことなく答えた。

 

考調も異論はなかった。

 

ミラーダンジョンは、壁や床に設置された鏡によって方向感覚を狂わせるアトラクションだ。

 

過去に遊園地へ来た際に入ったことはあるが、細かい仕掛けまで覚えているわけではない。

 

「……また酔いそうだな」

 

「お前、さっきから身体の心配ばっかりしてねぇか?」

 

「アンタも酔うかもしれねぇだろ」

 

「アタシは大丈夫だよ」

 

殺人鬼は自信ありげに言った。

 

考調も、まぁ大丈夫だろうと考えていた。

 

二人とも、先ほどまでの濡れた服のことを気にしてはいたものの、ミラーダンジョンで酔う可能性については、それほど深刻に考えていなかった。

 

そして、二人はミラーダンジョンへと向かった。

 

受付を済ませ、アトラクションの案内を確認する。

 

ミラーダンジョンには、迷子になった客を発見するためのカメラが各所に設置されていた。

 

万が一、客が出口を見つけられなくなった場合に備え、スタッフが内部の様子を確認できるようになっている。

 

最終的な救済措置も用意されているため、鏡の迷路に閉じ込められたまま出られなくなるようなことはない。

 

だが、二人にとって問題なのは、そのカメラだった。

 

鏡張りの空間では、どこが死角になっているのかを把握しづらい。

 

カメラの位置を確認できたとしても、鏡に映る像によって実際の位置関係が分かりにくくなっている。

 

しかも、鏡の継ぎ目や照明の位置など、視覚的な手掛かりまで錯綜していた。

 

ここで戦闘をするならば、まずは相手より先にカメラの死角を見つけ、位置を把握しなければならない。

 

しかし、問題はそれだけではなかった。

 

殺人鬼はスカートではなくズボンを履いている。

 

そのため、二人は床まで鏡張りになっているコースを選ぶことにした。

 

床が鏡になっていれば、足元からの視線まで考慮しなければならない。

 

その分、戦闘に適した場所を見つけるのはさらに難しくなる。

 

「……面倒くせぇな」

 

殺人鬼が案内板を眺めながら呟いた。

 

「仕方ねぇだろ、こっちの方がいいんだから」

 

「分かってるよ」

 

殺人鬼は肩をすくめた。

 

今すぐ戦闘を始めるつもりはない。

 

まずは謎解きミッションを進めながら、内部の構造を把握する。

 

どこにカメラがあるのか。

 

どの角度からなら見えないのか。

 

鏡の反射によって、どこまで視線が届くのか。

 

そして、相手がそれらをどこまで理解しているのか。

 

互いに警戒しながら、二人はミラーダンジョンへと入っていった。

 

内部は、予想以上に方向感覚を狂わせる造りになっていた。

 

正面に進んでいるつもりでも、鏡に映った自分の姿が左右へと増えていく。

 

曲がり角を見つけたと思えば、それも鏡に映った別の通路だった。

 

壁と床の境界も分かりにくく、視線を少し動かすだけで空間全体の印象が変わってしまう。

 

考調は、鏡に映る自分の姿を確認しながら歩いていた。

 

カメラの位置を把握するためには、鏡の反射だけでなく、実際の通路との位置関係も考えなければならない。

 

一方の殺人鬼も、周囲を注意深く観察していた。

 

互いに会話をすることはあっても、必要以上に情報を渡すつもりはない。

 

それでも、謎解きミッション自体は進めていく。

 

提示された問題を解き、次の区画へ進み、また新しい仕掛けを確認する。

 

その繰り返しだった。

 

時折、鏡に映った相手の姿が実際の位置とは違う場所に見えることがあった。

 

考調はそのたびに足を止め、視線を動かして位置を確かめた。

 

殺人鬼もまた、鏡に映る像だけを信用しないようにしていた。

 

ここでは、見えているものが必ずしも実際の位置を示しているとは限らない。

 

そのことを理解していても、鏡が作り出す錯覚を完全に排除するのは難しかった。

 

やがて、二人は謎解きミッションの最終問題に挑戦する部屋へと辿り着いた。

 

その部屋は、それまでの通路とは違っていた。

 

案内板には、最終問題の部屋は個室であり、出口も一つしかないことが記載されている。

 

そして、そこにはカメラが設置されていない。

 

つまり、この部屋に入れば、これまで続けてきたカメラの死角を探る駆け引きは必要なくなる。

 

戦闘をするなら、ここが機会だった。

 

殺人鬼が先に部屋へ入った。

 

考調もその後に続き、入口をくぐる。

 

そして、部屋の中へ足を踏み入れた瞬間だった。

 

考調は目の前に立つ殺人鬼へと攻撃を繰り出した。

 

彼女は背を向けて立っている。

 

先制攻撃を仕掛けるには絶好の状況だった。

 

しかし、拳は届かなかった。

 

「……っ?」

 

考調は一瞬、距離を見誤ったのかと思った。

 

だが、すぐに違和感を覚えた。

 

今の攻撃は、単純に届かなかったのではない。

 

そもそも、殺人鬼は目の前に立っていなかったのだ。

 

考調は攻撃を繰り出す直前まで、そこに彼女がいると認識していた。

 

鏡に映る姿も、背中の向きも、立ち位置も、すべてが目の前にいるように見えていた。

 

それなのに、拳は空を切った。

 

視線を動かした瞬間、考調はようやく自分の誤認に気づいた。

 

この部屋には、視覚的な位置の基準になる鏡の継ぎ目が見当たらなかった。

 

壁だけではない。

 

床も天井も、すべてが鏡張りになっている。

 

さらに、部屋の形状は正方形ではなかった。

 

六角形や八角形のような正多角形を用いれば、鏡の反射によって実際の部屋の形や方向を誤認させることは難しくない。

 

自分がどの方向を向いているのか。

 

相手がどの位置にいるのか。

 

どこまでが実際の空間で、どこからが反射なのか。

 

それらを判断するための手掛かりが、極端に少なかった。

 

考調は、こうした視覚的なトリックに詳しいわけではない。

 

攻撃を仕掛けた瞬間、わずかな違和感は覚えていた。

 

だが、その違和感を確信に変えることができず、結果として見当違いの方向へ拳を繰り出してしまったのだ。

 

そして、その隙を殺人鬼は見逃さなかった。

 

彼女は状況を理解しきれないまま立ち尽くしたわけではない。

 

目の前で起きたことを、そのまま受け止めた。

 

相手の攻撃が空を切った。

 

理由は分からない。

 

しかし、今の一瞬で考調の意識が乱れ、隙が生じたことは明らかだった。

 

殺人鬼には、その隙を突くだけの経験と冷静さ、そして判断力があった。

 

鏡のトリックそのものを彼女が意図して作り出したわけではない。

 

ただ、起きたことを利用することに躊躇がなかった。

 

「もらった!」

 

殺人鬼が拳を繰り出した。

 

その拳には、フェニックスバイキングでの攻防を通して考調が殺人鬼の能力を見抜いた時の、あの衝撃が乗っていた。

 

(まずい…!?全力じゃ無ぇけどあの船叩き割れる程度の威力は込めてた…!?そのまま帰ってくるならAXIOMで防御してもかなりのダメージを貰っちまう…!!)

 

考調は即座に反応した。

 

AXIOMに自分の身体を投げさせる。

 

自分の身体が横へと動いた直後、AXIOMを引っ込めた。

 

衝撃を乗せた拳は、間一髪で考調を捉え損ねた。

 

だが、その威力は行き場を失ったわけではない。

 

拳が通過した先で、衝撃が部屋を襲った。

 

轟音が響き渡る。

 

鏡が砕け、壁が破壊され、破片が床へと降り注いだ。

 

最終問題の部屋は、まるで大爆発でも起きたかのような惨状へと変わっていた。

 

鏡の破片が散らばり、壁には人一人が通れそうなほどの大穴が空いている。

 

戦闘は、そこで終わった。

 

ほどなくして、スタッフと警備員が駆けつけてきた。

 

「お客様! 大丈夫ですか!?」

 

スタッフは室内の惨状を目にし、言葉を失った。

 

鏡は広範囲にわたって砕け、壁には大穴が空いている。

 

通常のアトラクション利用で起きるような損傷ではない。

 

しかし、人の手でこれほどの破壊を引き起こせるとも思えなかった。

 

ましてや、爆弾などの危険物を持ち込むことは、空港並みの検査体制によってまず不可能になっている。

 

スタッフと警備員は、アトラクション側の設備に何らかの不備があったのではないかと考えた。

 

考調と殺人鬼は、互いに顔を見合わせた。

 

どちらも、すぐには何も言えなかった。

 

そして、スタッフが二人へ向き直った。

 

「この度は大変申し訳ございませんでした! お怪我はありませんか?」

 

「……いや、俺は大丈夫です」

 

「アタシも平気だよ」

 

殺人鬼も、普段の調子とは違って少し歯切れが悪かった。

 

スタッフたちは、二人がフェニックスコースターでもアトラクションの事故に遭遇していたことを把握していた。

 

そのうえ、今回も同じ遊園地で設備に大きな損傷が発生したのだ。

 

原因が何であれ、客に迷惑をかけてしまったことに変わりはない。

 

「お詫びといたしまして、過去に販売したプレミアム限定フェニー君人形の各種色違いにつきまして、引換券をご用意させていただきます」

 

スタッフはさらに、遊園地を退場する際には入園料などの返金にも応じると説明した。

 

考調は、申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「……あー、ありがとうございます」

 

殺人鬼も、どこか気まずそうに視線を逸らした。

 

「……どうも」

 

二人とも、心が痛んでいた。

 

殺人鬼は生粋のサイコパスというわけではない。

 

自分が引き起こした結果を目の前にすれば、普通に申し訳ないという気持ちになる。

 

考調もまた、スタッフたちが本来負う必要のない責任まで引き受けようとしていることに、居心地の悪さを感じていた。

 

とはいえ、ここで真実を説明するわけにもいかない。

 

二人は、スタッフの案内に従って部屋を出た。

 

その後、ミラーダンジョンのスタンプも受け取ることができた。

 

スタンプカードには、また一つ印が増えている。

 

しかし、二人の気分は晴れなかった。

 

濡れた服はまだ完全には乾いていない。

 

そのうえ、今度はアトラクションの部屋を大破させてしまった。

 

考調は手元のスタンプカードを見つめ、深く息を吐いた。

 

殺人鬼もまた、引換券を手にしたまま複雑そうな顔をしていた。

 

…………………………………………………………………

 

次に向かうアトラクションを決めるにあたって、室内が良いという意見は変わらなかったし、足元の裾もそろそろ乾きそうだったため、二人は残りのスタンプの場所を確認していた

 

最後に残っているスタンプの場所は、とんでもない遠心力に加えて外気に触れる場所だったので、今の状態で向かうのは避けたいところだった

 

「次はダークライドでいいか」

 

考調がそう言うと、彼女も特に反対する様子は見せなかった

 

ダークライドなら屋内で過ごせるし、足元が乾くまでの時間も稼げる

 

それに、ここまで何度もアトラクションを巡っている二人にとって、次に向かう場所を選ぶこと自体はそれほど難しくなかった

 

問題は、そこでどうやって相手を倒すかという話だった

 

ダークライドのコースターは、二人が並んで座った状態で戦うにはあまりにも狭い

 

周囲には一緒に乗る客がいるし、着ぐるみのスタッフも乗客の様子を確認しているため、身体を大きく動かすような戦闘はできない

 

そもそも、そんな場所で人間同士が殴り合いを始めれば、二人だけの問題では済まなくなる

 

今までのアトラクションでも周囲に気づかれないように戦ってきたが、今回はそれ以上に制約が厳しかった

 

だからこそ、二人とも座ったままスタンドだけを独立させて戦う必要があった

 

考調のスタンドは射程が長く、離れた位置にも出すことができる

 

しかし、相手も近距離パワー型である以上、スタンドを離して攻撃するだけでは自分の身を守れなくなる

 

射程の長さだけで有利を取れる状況ではなかった

 

そして、今回の座席は後ろ寄りの真ん中だった

 

二人が使える範囲は、それぞれの座席の間にあるわずかな空間を合わせても、横幅がおよそ一メートル、縦幅がおよそ二メートルしかない

 

スタンドを出す位置も、拳を振るう方向も、相手の攻撃を受け止める場所も限られる

 

少しでも大きく動けば、隣の客に異変を悟られかねない

 

攻撃を避けるために身体を動かすことも難しく、かといってスタンドを自由に動かせばスタッフの目に留まる可能性がある

 

戦闘を始める前から、厄介な条件が揃っていた

 

それでも二人は、何食わぬ顔でダークライドの乗り場へ向かった

 

乗車の順番を待ち、案内に従ってコースターへ乗り込む

 

二人は指定された座席に腰を下ろし、周囲の客に紛れるように姿勢を整えた

 

着ぐるみのスタッフは後ろ側から乗客たちの様子を見ている

 

乗り物が動き出すまでは、まだ普通の客として振る舞わなければならなかった

 

考調は正面を向いたまま、隣に座る彼女の気配を意識していた

 

彼女もまた、考調の方を露骨に見ることなく、戦いを始める機会を窺っている

 

やがてコースターが動き始めた

 

狭い座席に身を収めたまま、二人のスタンドが動き出す

 

戦闘開始だった

 

最初に仕掛けたのは殺人鬼だった

 

ミラーダンジョンでの一件を踏まえたのか、今回は拳に蓄えた衝撃をそのまま放つのではなく、拳の内側に留めるように使っていた

 

衝撃を解放して周囲を巻き込むのではなく、相手に直接ぶつける瞬間まで力を抑えておく

 

狭い空間で大きな衝撃を発生させれば、考調を倒せたとしても騒ぎになる可能性が高い

 

だからこその選択だった

 

ただし、拳に留められる衝撃の重さには限界がある

 

一定以上のパワーを出そうとすれば、拳そのものが壊れてしまう

 

その限界は、おおよそ考調のスタンドが本来持っているパワーに近いところにあった

 

つまり、今の彼女が扱える衝撃は、相手のスタンドの素のパワーを大きく上回るほどのものではない

 

必然的に、今回の攻撃は控えめなものになっていた

 

それでも、相手を倒すための一撃であることに変わりはない

 

彼女のスタンドが拳を繰り出す

 

考調のスタンドは、その攻撃を受け止めた

 

そして、そのまま二人のスタンドは取っ組み合いになった

 

殺人鬼は一瞬、意外そうな反応を見せた

 

今まで、取っ組み合いになりそうな場面はいくつもあった

 

そのたびに考調のスタンドは、攻撃を弾いたり、軌道を逸らしたりして、正面から力をぶつけ合う状況を避けていた

 

単純に力を受け止めるよりも、相手の攻撃を利用して不利な状況から抜け出すような動きが目立っていたのだ

 

ところが、今回は違った

 

攻撃を弾くことも、逸らすこともできず、真正面から受け止めてしまった

 

彼女にとって、それは見過ごせない変化だった

 

もちろん、ただの偶然である可能性も考えられる

 

しかし、これまでの戦闘で何度も見てきた動きを思い返せば、そんな都合の良い偶然だけで片付けるのは難しかった

 

殺人鬼は直感的に理解した

 

コイツのスタンド能力だ

 

能力そのものがどんな仕組みなのか、彼女は知らない

 

考調が何をしているのかも、何を証明したのかも、正確には分からない

 

それでも、先程の推理を境に何かが変わったことは理解できた

 

考調が理解した能力だけが残り、それ以外の能力は使えなくなっている

 

彼女が教えていないことも、考調が自力で気づいていないことも、今は使えなくなっているのだろう

 

これまで弾くことや逸らすことを自然に使っていたスタンドが、それをしなくなった理由としては十分だった

 

ただし、殺人鬼はその能力を解決するための方法を考え始めることはしなかった

 

仕組みが分からないものを、短い戦闘の最中に完全に理解しようとするのは得策ではない

 

分からないなら、分からないものとして扱えばいい

 

今必要なのは能力の正体を暴くことではなく、目の前の取っ組み合いをどうにかすることだった

 

相手のパワーが自分を上回っている以上、真正面から押し合いを続ければ不利になる

 

ならば、押し合いを続けずに済む状況を作ればいい

 

殺人鬼は拳の内に留めていた衝撃を解放した

 

握り拳に込めていた力が一瞬だけ緩み、そのわずかな隙に腕を引く

 

相手の力に逆らって押し返そうとはせず、すぐさまガードに徹した

 

考調のスタンドが追撃を試みる

 

しかし、彼女はそれ以上の力比べに付き合わなかった

 

受け止められる攻撃は受け止め、危険なものには反応し、無理に反撃しようとせず防御を優先する

 

狭い座席の間で大きく動けない以上、下手に攻めるよりも、相手の攻撃を凌ぐ方が現実的だった

 

そして、その防御に徹する過程で、殺人鬼はもう一つの変化に気づいた

 

考調のスタンドのパワーが、先程までよりも下がっている

 

決して弱いわけではない

 

むしろ、今もなお彼女のスタンドが力負けしていることに変わりはなかった

 

だが、以前に感じた圧倒的な力と比べれば、確かに差が縮まっている

 

彼女はその理由までは知らない

 

ただ、先程までと同じ状態ではないことだけは、実際に拳を受け止めているからこそ分かった

 

考調は先程まで、自己証明によって自分のスタンドのステータスを底上げしていた

 

しかし、今は殺人鬼に向かって証明を使っている

 

ACT3では、殺人鬼に対する証明と自己証明を併用することができない

 

そのため、先程まで維持していた自己証明による強化は使えなくなっていた

 

結果として、パワーは先程までよりも下がっている

 

もっとも、それでようやく殺人鬼が対等に戦えるようになったわけではなかった

 

強化がなくなった状態であっても、考調のスタンドはスタープラチナを上回るほどのパワーとスピードを持っている

 

殺人鬼のスタンドが力負けするのは、何も不思議なことではない

 

むしろ、その程度の変化で済んでいること自体が厄介だった

 

彼女は無理に攻めず、防御に徹し続けた

 

考調もまた、狭い座席と周囲の客、後方から乗客を見ている着ぐるみスタッフの存在を無視するわけにはいかない

 

二人のスタンドは限られた空間の中で攻防を繰り返す

 

大きく動くことはできず、派手な技を繰り出すこともできない

 

相手を倒すための戦闘でありながら、周囲には普通の乗客として振る舞わなければならない

 

その制約の中で、考調は攻め、殺人鬼は防ぐ

 

どちらも決定的な一手を出せないまま、時間だけが過ぎていった

 

やがて、ダークライドのコースターは終点へと到着した

 

乗り物が停止し、二人は何事もなかったかのように座席から立ち上がる

 

周囲の客と一緒に降りて、スタッフの案内に従いながら乗り場を後にした

 

戦闘は終了した

 

スタンプを貰うために受付へ向かう途中、考調は足元に違和感がないことに気づいた

 

先程まで気になっていた、ズボンの裾に残る湿り気がなくなっている

 

予想していなかったことだが、ダークライドのコースターは足元から温風が流れる構造になっていたらしい

 

乗っている間に、濡れていた裾が完全に乾いていたのだ

 

「おっ、乾いてる」

 

考調は足元を確かめながら、思わず声を漏らした

 

殺人鬼も自分の裾を確認する

 

こちらも同じように乾いていた

 

わざわざ濡れた服を気にしながら歩く必要は、もうない

 

二人は受付でスタンプを受け取り、次の場所へ向かう準備を整えた。

 

…………………………………………………………………

 

いよいよ…スタンプラリーも最後となり残るスタンプの場所はコーヒーカップだけになっていた。

 

足元の裾はすっかり乾き、回転に振り回されていた三半規管も回復しているため、ここを避ける理由はもうほとんどない

 

考調と殺人鬼は、最後のスタンプを求めてコーヒーカップへと向かった

 

しかし、二人にとって今回の目的はスタンプを集めることだけではなかった

 

ここで決着をつける

 

それは、どちらにとっても譲れない結論だった

 

考調にとって、時間はすでに無視できない問題になっていた

 

これ以上アトラクション巡りを長引かせれば、遊園地を楽しんでいるという建前そのものが使えなくなってくる

 

そうなれば、本格的な戦闘に突入する可能性も高まる

 

相手は一応の良識や倫理観を持っているように見えるし、好んで周囲の人間を巻き込むような性格でもなさそうだった

 

だが、相手は殺人鬼だ

 

いざ追い詰められたとき、他人を巻き込む戦闘すら仕方のないことだと割り切る可能性は、決してゼロではない

 

そして、考調には逃げられる可能性も考慮する必要があった

 

今までの戦闘を通じて、相手がどれほど危険な存在なのかは嫌というほど理解している

 

逃げられたあと、再び見つけ出すことができる保証はない

 

まして、相手がそんなことをするとは思いたくなかったが、万が一にも人質を取るような事態になれば、被害を受けるのは自分だけでは済まなくなる

 

だからこそ、ここで終わらせる必要があった

 

一方、殺人鬼にとっても事情は同じだった

 

このまま考調がアトラクションを巡り終え、目的を達成すれば、ここに居続ける理由はなくなる

 

いつまでも遊園地に残っていれば不自然になるし、帰らなければならない状況はいずれ訪れる

 

その前に決着をつけなければ、考調を仕留める機会そのものが失われかねなかった

 

仮に逃げられた場合、再び見つけ出すことも難しい

 

殺人鬼には、考調を探すための伝手もなければ、そうした捜索に役立つ知識もない

 

機械類を扱うことも得意ではなく、情報を集める手段にしたところで、上手く使いこなせる自信はなかった

 

正体が露見する可能性は、もちろん理解している

 

しかし、この一日で考調がどれほどの脅威なのかを、殺人鬼は身をもって知っていた

 

そんな相手を逃がすリスクは、正体が知られるリスクよりも大きい

 

逃がすという選択肢はなかった

 

ここで倒す

 

その結論は、考調と殺人鬼の双方にとって変わらなかった

 

二人の間には、奇妙な信頼関係が築かれていた

 

考調は、殺人鬼が好き好んで周囲の人間を巻き込んだり、人質を取ったりするような人間ではないと思っていた

 

それでも、可能性がある以上は無視できない

 

相手を信じているからといって、危険を見なかったことにするわけにはいかなかった

 

殺人鬼もまた、考調が自分を置いて帰ったり、逃げたりすることはないと思っていた

 

この男は、ここまでの戦闘で何度も自分と向き合い、逃げずに追い続けてきた

 

それを知っているからこそ、わざわざ自分を放置して帰るとは考えにくかった

 

だが、考調が本当に逃げないという保証はない

 

万が一にも逃げられれば、取り返しがつかなくなる

 

結局、二人とも相手をある程度は信頼していながら、その信頼だけに身を委ねることはできなかった

 

信じているのか、信じていないのか

 

その境目すら曖昧な関係が、この一日の間に生まれていた

 

そして二人は、コーヒーカップへとたどり着いた

 

考調は乗り込む前に、殺人鬼に気づかれないように一つの自己証明を行っていた

 

何を証明したのかは、彼女には分からない

 

少なくとも、表面上の様子には変化がなかった

 

二人はそれぞれの考えを胸の内に留めたまま、コーヒーカップの座席へと腰を下ろした

 

ここが最後の場所だ

 

ここならば、今までのように周囲の目を気にして中途半端な戦闘を続ける必要もない

 

ここで決着をつける

 

その意思は、互いに言葉を交わさずとも伝わっていた

 

乗車する二人の様子を見ていたアトラクションスタッフは、思わず息を呑んだ

 

考調は片腕をカップの縁に沿わせ、掌を外側へ出していた

 

足を組み、右手でハンドルを握りながら、左側へ伸ばせる限界まで腕を伸ばしている

 

靴の先は独特の角度を保ち、視線は下を向いていた

 

その目が何を見ているのかは、外からでは分からない

 

着崩した服からは鎖骨だけでなく胸元まで露出しており、普段の少年らしい雰囲気とは異なる奇妙な色気を醸し出していた

 

一方、殺人鬼は片腕で帽子を押さえ、もう片方の左腕を考調と同じように伸ばして、右側の限界までハンドルを握っていた

 

足は組まず、少し大げさに広げている

 

片足の踵を浮かせ、背中を丸めた姿勢は、獲物を見定めて鎌首をもたげる蛇を思わせた

 

どちらも、ただコーヒーカップを楽しみに来た客には見えなかった

 

二人の姿勢は妙に様になっており、互いの動きに無駄がない

 

スタッフが思わず目を奪われるほど、奇妙な緊張感がそこにはあった

 

やがて、コーヒーカップの地面が回り始めた

 

その瞬間、二人はまるで長年連れ添ったパートナーのように息を合わせ、ハンドルを限界まで回転させた

 

考調が回せば殺人鬼も回し、殺人鬼が回せば考調も回す

 

一方が動くのを待つ必要すらなかった

 

互いの動きは完全に噛み合い、二人の協力によってコーヒーカップはまたたく間に限界まで回転していった

 

しかし、それでも足りなかった

 

安全装置がカップの回転を抑えようとしている

 

二人はそれを意図的に破壊した

 

もちろん、遊園地の設備を壊すことが正しいなどとは思っていない

 

これまでにも散々迷惑を掛けてきたし、今回もまた新たな被害を出すことになる

 

二人とも、申し訳ないという気持ちは持っていた

 

それでも、ここを逃すわけにはいかなかった

 

これが最後なのだ

 

そのためならば、もう一度迷惑を掛けることを選ぶ

 

コーヒーカップの回転は、さらに勢いを増していった

 

二人は妙にスタイリッシュな姿勢を保ったまま、微動だにせずにその時を待っていた

 

スタッフが回転の異常に気づき始める

 

周囲の客も何事かと二人の乗るカップへ視線を向けた

 

それでも、回転は止まらない

 

むしろ、速度はさらに増していく

 

周囲の視線が二人へ集中し、異変を隠し通すことが難しくなっていく…それでも回転の速度は上がり続ける。

 

これまでの制約、回りへの配慮、スタッフ達への良心…アトラクションと一般客に対する申し訳無さ…それら全てを振り切る様に、回転は勢いを増し続ける…

 

そして遂に、その視線を………

 

振り切った!!

 

それと同時に二人のスタンドが出現した

 

今までのような、座席の狭さや周囲の客を気にしながらの戦闘ではない

 

ここで決着をつけるために、二人とも全力を出す

 

スタンド同士のラッシュが始まった

 

考調は手加減をしなかった

 

殺人鬼もまた、これまで蓄えてきた全ての衝撃を出し尽くす覚悟で拳を繰り出す

 

打ち合う拳がぶつかり、攻撃が弾かれ、軌道が逸らされる

 

受け止め、避け、再び打ち込む

 

二人の耳に届くのは、拳がぶつかり合う音と、風を切る音だけだった

 

どちらも掛け声を発しない

 

叫ぶ必要もなければ、相手を威圧するための言葉もいらない

 

ただ、目の前の相手を倒すために拳を振るい続ける

 

殺人鬼は戦闘の最中、ある変化に気づいていた

 

能力が戻っている

 

先程まで使えなかったはずの動きが、再び可能になっているのだ

 

時間制限か何かがある能力なのかもしれない

 

だが、理由を考えるのは後でいい

 

それよりも重要なのは、考調のパワーが戻っていないことだった

 

(能力が戻っている?時間制限か何かか?まぁ良い、コイツのパワーも戻ってはいない!なら勝ち目はある!)

 

殺人鬼の拳が、考調のスタンドの腕を派手に逸らした

 

それは、ただ衝撃をぶつけた結果ではなかった

 

相手の拳の軌道そのものを逸らす、明確な技術だった

 

考調は目を見開いた

 

衝撃ではない

 

逸らされたのだ

 

(!?衝撃じゃ無ぇ!逸らされた?そうか!コイツの能力は衝撃の吸収と放出だけじゃ無かった!)

 

考調には心当たりがあった。

 

(さっきの取っ組み合いの時もやけにあっさり掴めたと思えば……俺の仮定が間違っていたのがコイツにとってもマイナスの役割を果たしていたのか!だがそのマイナスは今…俺の方に掛かってしまった)

 

考調の仮定は、殺人鬼の能力の一部しか捉えていなかった

 

本来ならば使えるはずの能力のうち、考調が理解し証明した部分だけが残り、それ以外の能力は使えなくなっていた

 

その制限は、殺人鬼にとっても不利に働いていた

 

しかし、今はその状況が変わっている

 

考調のスタンドが大きく拳を逸らされ、体勢を崩した

 

その隙を、殺人鬼は見逃さなかった

 

スタンド同士の攻防を続けるのではなく、考調本体へと狙いを切り替える

 

この機会を逃せば、次はないかもしれない

 

殺人鬼は勝利を確信した

 

(終わりだ…楽しかった…人生で一番…!礼を言うぜ…無も知らねぇ…男の子…)

 

それは、心の中で吐き出した最大の感謝だった

 

殺人鬼は考調を殺さないと決めたわけではない

 

感謝したからといって、殺す意思が消えたわけでもない

 

ただ、この一日だけは違った

 

彼女の人生は、ろくでもないものだった

 

それでも、この日だけは、普通の時間を過ごせたように感じていた

 

まるで中学生の頃の自分が、同年代の男の子と一緒に遊んでいるような感覚だった…初めて、友達が出来た様な感覚だった。

 

特別な意味を求める必要もなく、相手の事情を知らなくても、一緒に過ごすこと自体が楽しかった

 

その時間を与えてくれた考調に、殺人鬼はただひたすらに感謝していた

 

そして、その感謝を抱いたまま、殺すつもりだった

 

ズキッ!!!!

 

突如、殺人鬼の頭に痛みが走った

 

目の前が赤く染まる

 

一瞬、意識が揺らいだ

 

勝利を確信していた彼女にとって、それは予想外の出来事だった

 

そして、その隙を考調は逃さなかった

 

AXIOMの拳が、殺人鬼の顎をかすめた

 

考調はコーヒーカップに乗る前、自己証明によって回転への耐性を得ていた

 

この一日、散々遠心力に振り回されてきた

 

フェニックスコースターでは安全バーを上げたまま振り回され、メリーゴーランドではアクロバティックな攻防によって三半規管に負担を受けた

 

ラフティングフェニックスボートでも、急な回転や流れの中で戦っている

 

ここまで繰り返し回転を経験したのだから、いい加減に身体も慣れたはずだ

 

考調はそう納得し、自己証明を行っていた

 

生物学的な仕組みについて、考調は詳しいわけではない

 

前世でも高校を卒業してから専門的な知識を身につけたわけではなく、情報を集める手段は本屋が中心だった

 

今世ではスマートフォンもよく使っているが、情報収集の道具として上手く使いこなせているとは言い難い

 

それでも、映画好きであり、飛行機にも興味がある考調は、遠心力やGの負荷について齧る程度の知識を持っていた

 

その知識と、実際に経験してきた回転への慣れを根拠に、自己証明を行ったのだ

 

もちろん、確実な勝利を保証するものではなかった

 

実際、殺人鬼に攻撃を逸らされた時点で、考調は敗北寸前まで追い込まれていた

 

証明が間に合わなければ、そのまま殺されていた可能性もある

 

それでも、考調は賭けに勝った

 

回転にある程度の耐性を得たことで、殺人鬼よりも長く、万全に近い状態で動くことができたのだ

 

「アタシの……負けか…ロクでもねぇけど、お前にならまぁ……良い…かもな…」

 

意識を失う寸前、殺人鬼は敗北を受け入れた

 

それは、考調を許したという意味ではない

 

殺されることを是としたわけでもなかった

 

負けたから仕方がないというだけでもない

 

それは許容であり、正確に言うなら妥協だった

 

考調が自分をどうするのか、これから何が起きるのか

 

その全てを肯定したわけではない。

 

ただ、他の誰かに倒されて終るよりは…この男に倒される方がマシだ…そう思えるから、この結果を受け入れることにした。

 

そして、殺人鬼は意識を失った。

 

…………………………………………………………………

 

決着だ

 

コーヒーカップは緊急停止され、スタッフが急いで乗客の様子を確認した

 

今回は、客の一人が実際に意識を失うという事態になっている

 

気絶させたのは考調だったが、そんな事情を知らないスタッフからすれば、責任者への報告や対応が必要になるのは当然だった

 

今回も補填の品を渡され、スタッフを介して責任者からは、さらに賠償まで行うという話が伝えられた

 

考調はそれを断った

 

もっとも、何も受け取らずに済ませるのが正しい対応ではないことも分かっていた

 

だからこそ、代わりに一年間の入場無料券を要求した

 

責任者も、それならばと引き下がった

 

その後、考調は救急車を呼ぼうとするスタッフをなんとか説得し、殺人鬼を近くのベンチに寝かせた

 

彼女の分も含めてスタンプを押してもらい、補填として受け取った限定ぬいぐるみと、スタンプラリーの引換券で交換したクッションも受け取った

 

クッションまで無料で貰うことになってしまった

 

考調は気を失った殺人鬼を担ぎ上げ、フェニックスワンダーランドを後にした。

 

…………………………………………………………………

 

殺人鬼が目を覚ました時、最初に浮かんだ疑問は一つだった

 

「……なぜ……殺さなかった……?」

 

考調は、目を覚ました彼女を見ていた

 

「俺は殺人鬼じゃ無ぇ……人を殺してこの国で罪を犯したアンタを裁くのは……俺じゃなくてこの国だ……」

 

「そうかよ……なぁ……アタシはよ……あの時正体バラさなきゃ良かったって、今になっても思えねぇ……なんでかなぁ……」

 

彼女自身にも、その答えは分からなかった

 

自分の正体を明かさなければ、こんな結末にはならなかったかもしれない

 

あの時、黙っていれば良かったのかもしれない

 

それでも、今になってなお、あの時の選択を悔やむ気持ちはなかった

 

「さぁ……アンタとは会ったばっかだし、お互い思想や家庭の事情を話し合ったくらいじゃ相手の事なんか分からねぇさ……だからアンタがなぜそう思ったのかを説明する事は俺には出来ねぇ」

 

「そうかい」

 

殺人鬼はそれ以上、答えを求めなかった

 

(悔いは無い……コレからの結末が……死ぬだけであっても……アタシはあの時コイツに正体をバラした事に悔いは無いんだ……)

 

それだけは確かだった

 

自分の行いが許されるとは思っていない

 

これから先に待つ結末がどんなものであっても、それをなかったことにするつもりもなかった

 

それでも、あの時の選択を後悔してはいない

 

考調は少し間を置いてから、口を開いた

 

「……説明は出来ないけどよ……願望なら話せるぜ?」

 

「なんだと?」

 

「俺はこの一日すげぇ楽しかった……一人じゃ絶対無理なくらい楽しめた! まぁ……神経も使ったがよ……アンタもそうであったら……ってただの俺の願望だよ」

 

「……楽しかった……か」

 

(そう……なのかもな)

 

思い返せば、確かに楽しかった

 

殺し合いをしていたはずなのに、アトラクションを巡り、スタンプを集め、時には話し込んでいた

 

普通ならばあり得ない一日だった

 

それでも、あの時間をただの無意味なものだったとは思えなかった

 

彼女はその気持ちを、わざわざ言葉にして伝えることはしなかった

 

考調もまた、それ以上を求めなかった

 

「一つ、話しておく事がある」

 

「あぁ……」

 

考調は、自分の知っているスタンド使いの犯罪者の扱いについて語り始めた

 

スタンド使いの犯罪者については、法律で明確に決められているわけではないものの、裏ではある程度の扱いが決まっている

 

絞首刑を実行せず、五年の懲役を終えたあとに釈放する

 

それが、考調の知る処遇だった

 

理由は単純ではない

 

スタンド使いを絞首刑にしようとしても、処刑の際に暴れ出した場合、確実に抑え込める保証がない

 

さらに、スタンド使いが死んだあとも、そのスタンドが消えるとは限らなかった

 

死後も独り歩きするスタンドや、怪異のような存在になってしまうスタンド使いも少なくない

 

そうした危険を考えれば、処刑そのものを避けるという判断にも理由はあった

 

そのため、刑務所では殺さずに懲役を終えさせる

 

そして刑務所を出たあと、仮の住居を提供され、就職先を探す期間に入る

 

そこから約一か月後、国からスタンド使いの刺客が送られ、対象は殺される

 

少なくとも、考調が知る限りではそういう仕組みだった

 

ただし、その情報を完全に信用できるわけではない

 

前世では実際にそうした扱いが存在していたし、今世でも、かつて国に所属していたスタンド使いから仕事を辞めた動機や愚痴を聞いたことがある

 

とはいえ、今世での情報源は泥酔した元公務員のスタンド使いだった

 

情報の確度には不安が残る

 

それでも、考調は自分の知っていることを隠さずに話した

 

「じゃあアタシは一度外に出て一ヶ月自由を堪能出来るって訳か……へッ……希望に満ちてるじゃねぇか」

 

「そうだな、そして外に出たらお前の罪は法律上は償ったとして処理される訳だ、つまり法律で捕まえには来れない」

 

「?……何が言いたい」

 

考調は彼女の目を見た

 

ここから先は、曖昧に伝えるつもりはなかった

 

「一度しか言わねぇぞ? 脳みそに焼き付けとけ」

 

考調は、自分の家の電話番号を告げた

 

「〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇、俺の家の電話番号だ」

 

「覚えてどうすんだよ?」

 

「なんでここまで言って分かんないかねぇ……釈放されたってお前の罪が消える訳じゃ無いし許されることでもない、でも! 俺はお前を死なせたくないって思った……刑務所出たらまた犯罪しない限り法律での拘束は出来ないし襲ってくるスタンド使いは正当防衛でブチのめせる! まだわかんねぇか?」

 

「!?……正気か? お前……」

 

「大マジだ……お前の缶バッヂや限定ぬいぐるみやスタンプのクッションは家で取っといてやる」

 

考調は、冗談を言っているわけではなかった

 

彼女の罪をなかったことにするつもりはない

 

犯罪を犯した事実を忘れさせるつもりもなければ、ただ可哀想だからといって何もかも許すつもりもなかった

 

それでも、死なせたくないと思った

 

その気持ちだけは、嘘ではなかった

 

「出てきたら真っ当な生き方教えられる位にはなってる……だから、連絡しろ……幸い、このお食事券もプレミアムチケットも期限は無いらしいから取っといてやる」

 

「そんな甘い話しがあるわけねぇ……って言いたいけどなぁ……どうにも、アタシは浅ましい……お前の言葉聞いてよ……希望なんて持っちまった……どうしてくれるよお前」

 

「責任持ってまたフェニックスワンダーランド連れて行ってやるさ」

 

「そりゃ……楽しみだなぁ」

 

「だろ?」

 

二人の間に、短い沈黙が落ちた

 

殺人鬼は、考調の言葉を簡単に信じたわけではなかった

 

そもそも、五年後に自分がどうなっているかも分からない

 

この話そのものが、本当に実現するのかも分からない

 

それでも、希望を持ってしまった

 

そのことが、彼女には少しばかり腹立たしく、同時にどうしようもなく嬉しかった

 

「だがその話しが正しい保証なんてあるのか?」

 

「まぁ絶対とは言えん、所詮情報源は泥酔した元公務員スタンド使いだし」

 

「駄目じゃねえか」

 

考調は苦笑した

 

情報源が不確かなことくらい、本人も承知している

 

それでも、何も伝えないまま彼女を死なせるよりは、可能性のある話を伝えたかった

 

「希望の一つも持てないと生きてても辛いだけだろ? 余計な希望かもしれ無ぇけど俺はお前に生きててほしいって思った、お前がより辛くなるかもしれねぇのは少し心が痛むがな」

 

「少しかよ」

 

「考調」

 

「……あ?」

 

「大城考調、俺の名前だ」

 

殺人鬼は、黙って考調を見つめた

 

ここまで一緒に過ごしてきた相手の名前を、彼女はまだ知らなかった

 

そして今、ようやく名前を告げられた

 

「……………」

 

「お前は?」

 

「久瀬共恵、共恵で良い……」

 

彼女は、少しだけ視線を落とした

 

「……マトモだった婆ちゃんが付けてくれた名前だよ」

 

それは、殺人鬼としてではなく、一人の人間としての名前だった

 

久瀬共恵

 

考調は、その名前を聞いた

 

そして彼女もまた、大城考調という名前を知った

 

二人はようやく、互いの名前を知ることになった

 

名前を交換したからといって、二人の間にあったものが急に変わるわけではない

 

それでも、名前を知らないまま過ごしてきた一日が、ようやく一つの形になったような気がした

 

その後も二人の会話は続いた

 

まるで遊び疲れて一緒に帰路に着く友人同士のように、どこか軽快で、時々話題に困りながらも、それほど気まずくはならない時間だった

 

特別な話をし続けたわけではない

 

時には何を話すか迷い、時にはどうでもいいような話題で言葉を交わす

 

それでも、二人の間には居心地の良い空気があった

 

今日一日、互いに何度も命を狙い合った相手だという事実は変わらない

 

共恵が犯した罪も、考調が彼女を見逃すつもりがないことも、何一つなくなってはいない

 

それでも、今この時間だけは、まるで一緒に遊園地を楽しんだ友人同士のようだった

 

やがて考調は、共恵を警察署の近くまで送り届けた

 

そこで別れ、彼女が自首するまでを遠目から見届ける

 

自分が裁くのではなく、この国に裁かせる

 

それが、考調の選んだ結末だった

 

共恵が警察署へ向かう姿を見届けてから、考調は帰路についた

 

また、いつもの日常に戻る

 

家に帰れば家族がいて、友人たちとの時間があり、ゲームや趣味を楽しむ普段の生活が待っている

 

しょうもない出来事に笑い、時には面倒事に巻き込まれ、考え事をしては自分なりの答えを探す

 

そんな日常が、また続いていく

 

ただ、一つだけ新しい楽しみができた

 

五年後

 

共恵が刑務所を出て、連絡をしてくるかもしれない

 

あの話が本当に実現するのか、今の時点では確かなことなど何もない

 

情報源は泥酔した元公務員のスタンド使いで、処遇についても絶対の保証があるわけではない

 

それでも、考調は彼女に生きていてほしいと思った

 

そして共恵もまた、あの一日のことを忘れずにいるだろう

 

五年後に再会できるかどうかは、まだ分からない

 

それでも二人は、五年後を待つ

 

考調の日常は戻り、またしょうもない日常が垂れ流されていく

 

だが、いつもの日常の先には、以前にはなかった未来が一つだけ待っていた

 

【Q.E.D.】

 




作者の本音

五年間の約束を、どこまで確かなものとして描くか

作者が保証します!!

……という、私情全開の結末である

もちろん、これは作者がそう描きたいという意思だけではない

スタンド使いが存在する世界で、スタンドに関する法律を一つ一つ整備していたら、六法全書がとんでもないことになる

だからこそ、スタンド使いの犯罪者に対する処分は、法律として細かく規定するのではなく、国が暗黙の了解として運用している

法によって定められた刑罰ではなく、国が命じた処分という扱いにすることで、釈放後の立場も変わってくる

五年の懲役を終えた共恵は、法律上は罪を償ったものとして処理される

もちろん、実際に犯した罪が消えるわけではない

しかし、再犯していない共恵を国がいつまでも法的な根拠なく拘束することはできないし、国の刺客が彼女を襲う行為も正当化されない

刺客は、国が秘密裏に送り込んだ暗殺者であって、法的な権限を持った執行官ではない

そのため、共恵が襲撃に対して身を守ることは、正当防衛として成立する余地がある

さらに、考調と共恵が組んだ場合、国にとっては実力面でも大きな問題になる

刺客を送り続けたところで、二人を確実に排除できる保証はない

失敗を重ねれば重ねるほど、秘密裏の暗殺計画が露見する危険性も増していく

人員を用意するにも情報を集めるにも、当然ながら費用と労力が必要になる

そして、共恵が再犯していない以上、国が彼女を狙い続けることに社会的な正当性を持たせるのは難しい

国が暗殺者を送り続けることは、決して簡単な話ではないのだ

加えて、考調は国に能力を管理されているわけでもなく、その実力や能力を正確に把握されているわけでもない

国から見れば、脅威度そのものが未知数に近い

刺客が送り込まれるとすれば、周囲に目撃者がいない場所である可能性が高い

そうなれば、考調は初手から証明済みのACT3を使って相手を殴り倒すこともできるし、最終手段としてDimension Errorを使うこともできる

ACT4やfinishOver reEndがその時点で使えるかどうかは分からないが、それらを考慮しなくても十分に厄介な相手である

実力面、政治面、運用面、社会面のどこから考えても、国が二人を確実に排除できるとは限らない

何なら一般人にアサシン送り込み続けてるのが国民にバレたら大炎上では済まない。

むしろ、何度も刺客を送り続けるほど、国側の損失と危険が大きくなる可能性がある

言うなれば、最盛期の真実の上書きを習得した承太郎とDIOが、仲良く協力しているようなものだ

もちろん比喩であり、共恵がそこまでの化け物だという意味ではない

それでも、考調と共恵が互いに協力するというだけで、国にとっては十分に頭の痛い問題になる

そして、この結末によって、もう一つの下地もできた

後に考調が鳳えむと知り合った時、地味に罪悪感を抱くことになる理由である

もともと『遊園地の殺人鬼編』の構成が決まっていなかった頃は、共恵を着ぐるみの頭を被せて見えない場所に放置する予定だった

しかし、今回の結末を思いついたことで、彼女をただ退場させるのではなく、五年後という未来へ繋げることにした

その結果、考調は遊園地で起きた出来事を単なる事件として片付けられなくなった

共恵との約束が残り、再会する可能性が残り、そして彼女が生きていることを願った自分自身の選択も残る

それが、後の物語に繋がっていく

五年間の約束は、作者が保証します!!




余談。
殺人鬼は警察署の近くまでは主人公におんぶされる形で背負われており、フェニーくんの巨大クッションやプレミアム限定フェニーくん人形の各種色違いはその状態から2人分徒歩で持って帰るのは流石に無茶が過ぎるので後日主人公の家に配送される形となった。

殺人鬼の分はビニールの保護袋に丁寧に仕舞われ、汚れやシミが無いように防腐剤などをダンボールの中に敷いて封をしている。

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