転生スタンド使いの日常。 作:匿名の読む専
前回コーヒーカップの回転で三半規管が回転に対する耐性を得たとかコーヒーカップを限界突破させて殺人鬼の目の前が真っ赤になったとか言ってるけど生物学的には普通に無い現象ではある。
でも主人公のスタンド、AXIOMは現実的にあり得なくても本人が本気で考えて納得すれば有り得ない現象でも現実に落とし込める。
そして主人公は前世でもネットで情報収集はあまり得意では無く、高卒なので専門的な知識とかを教わった訳では無い、今世も似たようなものだしそもそも三半規管についてとか人体の回転の限界についてとか調べる理由も無いので現実的に無い事も納得出来るのでああなった。
後はまぁ…あくまで創作だから…作者もご都合主義に縋らせてくだせぇ…。
三半規管に慣れるとか無いからとかツッコまないで…イジメナイデ。
遊園地の殺人鬼編を終えた翌週。
主人公はいつも通り学校に登校していた。
…………………………………………………………………
特別なことがあった後でも学校は普通にあるし、授業は普通に始まるし、宿題を忘れた奴は普通に怒られるし、昼休みになれば腹も減る。
日常って案外しぶといよな、などと考えながら教室に入ると、既に登校していたクラスメイトたちがそれぞれ好き勝手に過ごしていた。
「おはよー」
「おう、おはよう」
適当に挨拶を交わして自分の席へ向かい、鞄を置いてから椅子に座る。
さて、今日は何をしようか。
授業を受けるのは当然として、帰ったらゲームをするか、撮り溜めた動画でも見るか、それとも以前から気になっていたことを調べるか。
そんなことを考えていたところで、ふと思い出した。
「あっ、そういや……」
以前フェニックスワンダーランドに誘った友人たちの中に、未確認生物を探しに行くと言っていた奴らがいた。
友人AからZまで、誘った相手はそれなりの人数だったが、結局誰も一緒には来てくれなかったので俺は一人で遊びに行ったのだ。
その中で友人Dは小人を探しに行くと言っていて、友人Zはツチノコを捕まえに行くと言っていた。
しかも二人とも野宿するつもりだったらしく、Dは親の許可を取った上で公園に泊まる計画を立てていたし、Zに至ってはテントや焚き火の準備に加えて捕獲道具まで用意し、山の持ち主からも許可を取っていた。
あのときは二人とも妙に本気だったので、結局どうなったのか少し気になっていたのだ。
「成果を聞いてみるか……」
俺は席を立ち、まずは友人Dのところへ向かった。
「おーい、D」
「ん? ああ、どうした?」
「前に言ってた小人探し、あれどうなった?」
「あー、あれか!」
Dは俺の質問を聞くと、思い出したように顔を上げた。
どうやら忘れていたわけではないらしい。
「結論から言うと、小人っぽい奴はいたぞ」
「マジで?」
「いや、正確には小人では無かったけどな…」
「えぇ…何だそれ?」
何やってんだコイツ。
「聞くな…悲しい勘違いだ…あ、そういえばそいつを見つけたときに近くに蛇がいたんだよ」
「蛇?」
「そう、蛇」
Dは身振りを交えながら説明を始めた。
「なんか妙に太い蛇でさ、頭も丸っこかったんだよな、普通の蛇っていうより、胴体がそのまま頭まで続いてるみたいな感じで」
「……それはそれで気になるな」
「だろ?まぁ俺が探してたのは小人だからさ、蛇は一応写真だけ撮っておいて、近くにいた小人っぽいおっさんの方に話を聞きに行ったんだよ」
「いや待て待て待て!」
話の途中だったが、思わず手を上げて止めてしまった。
「なんだよ」
「なんだよじゃねえんだわ、妙に太くて頭が丸っこい蛇ってそれツチノコじゃないのか?」
「えっ?」
「えっ?じゃねえよ!」
思わず声が大きくなり、近くにいたクラスメイトがこちらを見たので、俺は少し声量を落とした。
「お前、小人を探してたんだろ? それでツチノコっぽい蛇がいたのに、そっちは写真だけ撮って放置したのか?」
「だって小人を探してたんだぞ?」
「目的に忠実なのはいいことだけどさぁ……!」
いや、気持ちは分からなくもない。
何かを探しに行って、別の気になるものが見つかったとしても、最初の目的を優先すること自体はおかしくないだろう。
ただし、未確認生物を探しに行って未確認生物らしきものを見つけたのなら、普通はもう少し気にするんじゃないだろうか。
俺が頭を抱えていると、Dはさらに話を続けた。
「それで、その小人っぽい奴にインタビューしたんだけどさ」
「インタビュー?」
「例え小人じゃなくても小人の目撃情報とかは知ってるかもしれないじゃん?」
「まあ、それはそうだけど」
「そしたら普通のおっさんだった」
「……普通のおっさん?」
「うん、ちっちゃいだけの普通のおっさん」
なるほど。
つまりDは小人を探していたところ、少し小柄な男性を見つけたので、小人ではないかと考えて話を聞きに行ったわけだ。
そして、実際に話してみたら普通の人だったと。
「それで、何か分かったのか?」
「いや、別に」
「マジで何しに行ったんだよ……」
「だから小人探しだって」
「そうだけどさぁ!」
目的を果たせたかどうかという意味では、どう考えても微妙な結果である。
小人は見つからず、ツチノコらしき蛇は放置し、ちっちゃいおっさんにインタビューしただけ。
いや、本人が楽しめたなら別にいいんだけども。
「ちなみに写真って残ってる?」
「あるよ、ほら」
Dはスマートフォンを取り出すと、撮影した写真を何枚か見せてくれた。
最初に映っていたのは、草むらの中を進む太い蛇の写真だった。
胴体は妙に膨らんでいて、頭も丸っこい。撮影した距離が遠いため細部までは分からないものの、一般的な蛇とは少し違う印象を受ける。
「……へえ」
見れば見るほど…ツチノコじゃねこれ?
「だろ? 変な蛇だったよな」
「お前、これを見て何とも思わなかったのか?」
「珍しい蛇だなーって」
「そうじゃなくてだな……」
写真をもう一度見てみる。
ツチノコと呼ばれる未確認生物の特徴をどこまで信じていいのかは分からないが、少なくともこの写真の蛇は、かなりそれらしい姿をしていた。
もっとも、写真だけで断定するのも早計だろう。
俺がそう考えていると、Dは次の写真を表示した。
そこには、木のそばに立つ小柄な男性が映っていた。
「こっちがインタビューしたおっさん」
「……ああ、うん」
確かに小柄ではあるが、写真を見る限りでは普通の人間にしか見えない。
少なくとも、手のひらに乗るようなサイズではないし、身体の比率がおかしいわけでもない。
「こっちは普通だな」
「だろ? 小人じゃなかったんだよ」
「まあ、そうだろうな……」
Dは満足したようにスマートフォンをしまった。
蛇の写真については、それ以上何かを話すつもりもないらしい。
「ところでさ、これやるよ」
「ん?」
「撮った写真、いちいち見返すこともないし、お土産ってことで」
「いや、写真をお土産にする奴初めて見たんだけど」
「別にいいだろ、データ渡すだけだし」
「そういう問題なのか……?」
Dは特に気にした様子もなく、俺に写真のデータを送ってきた。
受け取った写真を確認してみると、蛇とおっさんの写真がまとめて送られている。
確かにデータを渡すだけなら荷物にもならないし、相手が欲しがっているならともかく、そうでなければ持て余すものなのかもしれない。
とはいえ、せっかく野宿までして探しに行った成果なのだから、もう少し大事にしてもいいんじゃないだろうか。
「……まあ、ありがとな」
「おう」
とりあえず礼を言って、俺は友人Dのところを離れた。
次は友人Zだ。
こちらはツチノコを探していたのだから、Dとは違った報告が聞けるかもしれない。
そう考えて声をかけると、Zもすぐにこちらの質問に答えてくれた。
「おう、ツチノコ探し? 行ってきたぞ」
「おっ、どうだった?」
「なんか太い蛇がいた」
「お前もかよ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
ツチノコって意外と何処にでも居るのか?
いや、待て。
Dが見つけた蛇とZが見つけた蛇は、同じ個体とは限らない。そもそも別々の場所で探していたはずなので、似たような蛇がいたとしてもおかしくはないだろう。
それに、Zはツチノコを探しに行ったのだ。
今度こそ、ちゃんと調査してきた可能性はある。
「それで、捕まえたのか?」
「いや、捕まえようとしたんだけどさ」
「したんだけど?」
「その前に小人っぽい奴を見かけたんだよ」
「……は?」
思わず聞き返した。
小人。
今、こいつは小人と言ったのか。
「手のひらくらいのサイズのおっさんがいてさ、最初は何かの見間違いかと思ったんだけど、どう見ても小さかったんだよな」
「待て待て待て、そっちはどうしたんだ?」
「どうしたって?」
「小人だろ? お前、ツチノコ探しに行ったんじゃなかったのか?」
「そうだぞ」
「じゃあ小人は?」
「写真撮った」
「……それだけ?」
「それだけ」
俺は額に手を当てた。
友人Dは小人を探しに行ったのにツチノコらしき蛇を放置し、友人Zはツチノコを探しに行ったのに小人らしき存在を写真に撮っただけで済ませている。
どうしてこうなった。
「それで、蛇の方は?」
「いたぞ、太い蛇」
「そっちは捕まえに行ったんだな?」
「もちろん、ツチノコだと思ったからな!」
「……本当にツチノコだったのか?」
「いや、分からん」
「分からんのかよ!」
Zは悪びれもせずに頷いた。
「いや、だって見た目がそれっぽかったんだよ、太かったし」
「太かったらツチノコなのか……?」
「少なくとも俺はそう思った」
「そうか……」
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
ただ、Dの話と合わせて考えると、二人とも太い蛇を見つけていることになる。
片方は小人探しの途中で見つけ、もう片方はツチノコ探しの途中で見つけた。
そして二人とも写真を撮っている。
ここまで条件が揃っているのに、肝心の写真には大して興味がないらしい。
「なあ、Zも写真見せてくれないか?」
「いいぞ」
Zもスマートフォンを取り出し、撮影した写真を見せてくれた。
まず映っていたのは、草むらの中にいる小さな人影だった。
人間のような姿をしているものの、周囲の草や石と比較すると明らかに小さい。手のひらに乗るほどの大きさという説明にも納得できる写真だった。
「……これ、本当にいたのか?」
「いたぞ」
「いや、写真だけ見ると加工とか疑いたくなるんだけど」
「加工なんかしてねえよ」
「そうか……」
次の写真には、太い蛇が映っていた。
確かに胴体が膨らんでいるように見えるが、よく見ると蛇の身体の一部が不自然な形に盛り上がっている。
「こっちは?」
「ああ、こいつがツチノコだと思った奴」
「思った奴って……」
俺は写真を拡大して、蛇の腹のあたりを確認した。
どうやら、大きな薪か何かを飲み込んでしまったらしい。
蛇の身体が膨らんで見えたのはそのせいで、ツチノコのような特殊な生き物ではなく、ただの蛇だった。
「……お前、これを捕まえようとしたのか?」
「したぞ」
「薪を飲み込んだ蛇を?」
「そうだぞ」
「そっかぁ……」
俺はスマートフォンを返した。
友人Dは本物のツチノコらしき蛇を見つけておきながら小人探しを優先し、友人Zは本物の小人らしき存在を見つけておきながら薪を飲み込んだ蛇をツチノコだと思って捕まえようとしていた。
どちらも写真を撮っているのに、その写真が何を意味しているのかはろくに気にしていない。
…何しに行ったのコイツら…??
そうだ、未確認生物探しに野宿しに行ったんだったな…ん?いや、改めて思い返しても良く分からんぞ。
「ところで、これもいるか?」
「えっ?」
「写真、いらないからお前にやるよ、お土産」
「…おう…ありがとう」
お前もかい。
ZはDと同じように撮影した写真のデータを俺に送ってきた。
本人は本当に興味がないらしく送信が終わるとすぐに別の話題へ移ってしまった。
俺は受け取った写真を見比べながらしばらく黙り込んだ。
片方の写真には、妙に太っていて頭が丸っこい蛇が映っている。
もう片方には、薪を飲み込んで腹が膨らんだ蛇が映っている。
片方の写真には、普通の小柄なおっさんが映っている。
もう片方には、明らかに人間とは違う小さな存在が映っている。
そして、二人ともそれぞれ自分が探していたものを見つけられなかったと思っているらしい。
「お前らもう何なんだ……?」
俺のスマートフォンには、友人二人が撮影した写真が残っていた。
どちらも本人たちは気にも留めていない、野宿の成果の一部である。
ただし、その写真に何が映っているのかについて、俺自身もまだ確信を持っているわけではなかった。
友人Dと友人Zから写真を受け取ってから数日が経った。
スマートフォンに保存された写真はそのまま残っているが、あれから二人に追加で話を聞いたわけでもなければ、写真について詳しく調べたわけでもない。
気にはなる。
気にはなるのだが、気になったことを全部調べていたら時間がいくらあっても足りないし、学校の勉強だってあるし、ゲームだってしたい。
そもそも写真に写っていたものが本当に未確認生物なのかどうかも分からないのだから、現時点では仮説の一つに過ぎない。
「……いや、でもなぁ」
そうは思うものの、あの写真がどうにも頭の片隅に引っかかっていた。
友人Dが撮った妙に太い蛇と、友人Zが撮った手のひらサイズの人影。
片方はツチノコらしく見えたし、もう片方は小人らしく見えた。
そして、二人はそれぞれ自分の探していたものとは違う対象に気を取られ、肝心の写真については興味を失っている。
普通なら、どちらか片方くらいは自分の探していたものを見つけてもよさそうなものだが、二人揃って見当違いの方向へ進んでいるのが妙に面白かった。
もっとも、写真に写っているものが本物なら話は別だ。
未確認生物というのは、確認されていないから未確認生物なのであって、写真が一枚あるだけで存在を断定できるものではない。
ただ、だからといって最初から偽物だと決めつける理由もない。
「よし、行くか」
こんなん気になるやろがい。*1
結局、自分で確かめることにした。
ちょうど目的のクッションも手に入れていたし、以前から予定していた用事も片付いている。
休日を丸一日使うほどのことかと聞かれれば少し悩むところだが、気になったものを自分の目で確認するくらいなら悪くないだろう。
幸い、二人からは撮影した場所についても聞いていた。
友人Dが小人らしき人物を見つけた場所と、友人Zがツチノコらしき蛇を見つけた場所は別々だがどちらも山の近くにある、公園は近くと言うほど近くは無いのだが。
まずは小人の方から調べてみることにした。
写真を見た限りでは、友人Zが撮影した人影は明らかに小さかった。
比較対象があるため遠近法だけで説明するのも難しそうだし、画像を加工したような不自然さも見当たらない。
もっとも、写真の見方に慣れているわけでもないので、そこまでの判断はあくまで俺個人の感想に過ぎない。
「実物がいたら面白いんだけどな」
そう呟きながら、俺は山へ向かった。
休日の朝からわざわざ山へ出かけるのも、考えてみればなかなか妙な話である。
友人たちは未確認生物を探すために野宿までしたらしいが、俺はそこまでの準備をするつもりはない。
あくまで写真の確認と、現場の様子を見るための調査だ。
危険そうな場所に無理に入るつもりもないし、見つからなければそれはそれで仕方がない。
そういうつもりで来たのだが、山の中を歩き始めてしばらくすると、俺は早くも首を傾げることになった。
「……ここで合ってるよな?」
友人Zから聞いた場所は、この辺りで間違いないはずだった。
周囲を見回しても、特に変わったものは見当たらない。
木々が生えていて、足元には草や落ち葉があり、少し先には岩が転がっている。
どこにでもありそうな山の風景だ。
もちろん、普通の山に小人がいるのなら、普段から人目につかない場所で暮らしている可能性はあるだろう。
人間だって、人目につきたくないときには人の少ない場所を選ぶ。
ましてや、本当に手のひらほどの大きさしかない生き物なら、隠れられる場所はいくらでもあるはずだ。
「……ん?」
そこで、ふと足を止めた。
少し先の景色に違和感があったのだ。
木々の間に、妙な隙間がある。
最初はただ木が生えていないだけかと思ったが、少し角度を変えてみると、どうにもおかしい。
そこだけ景色の奥行きが違うように見える。
目の錯覚かと思って一歩横へ移動すると、隙間の向こう側に見えていたはずの木が見えなくなり、代わりに別の景色が現れた。
「……は?」
思わず声が出た。
もう一度、元の位置へ戻る。
すると、さっきまで見えていた木が再び見えた。
さらに一歩横へ移動する。
今度は隙間の向こう側に、何かが並んでいるのが見えた。
小さな建物のようなものだった。
木の枝や葉を組み合わせたような屋根があり、地面には細い道らしきものが続いている。
それらは、俺が立っている山の中には存在しないはずの景色だった。
「……ちょっと待て」
俺は立ち止まったまま、何度か位置を変えてみた。
正面から見ると普通の山。
少し横へ移動すると、向こう側に別の景色が見える。
しかも、その景色は木々の隙間から覗いているというより、そこに別の空間が重なっているような印象だった。
何度確認しても同じ現象が起こる。
少なくとも、俺の目がおかしくなったというだけでは説明しづらい。
「……いやいやいや」
思わず額を押さえた。
友人Zが撮った写真に小人らしきものが映っていたから、実際に現場へ来てみた。
そこまではいい。
しかし、いざ現場に来てみたら、今度は山の中に妙な空間が存在している。
何なんだ、この山。
俺は少しだけ深呼吸をしてから、改めて周囲を確認した。
危険がないかを確認するのは当然として、そもそもこの場所へ入っていいのかという問題もある。
他人の家の敷地だったら勝手に入るわけにはいかないし、仮に小人が暮らしている場所だった場合、こちらの都合だけで踏み込むのはどうなのだろう。
ただ、ここまで来て何も確認せずに帰るというのも、それはそれで気になる。
「……ちょっとだけ、な」
誰に向けた言い訳なのかも分からないまま、俺は景色の隙間へ近づいた。
近づくにつれて、向こう側の景色がはっきりしていく。
そこには、やはり小さな建物がいくつも並んでいた。
地面には踏み固められた道があり、建物の周囲には小さな道具らしきものも置かれている。
木の実の殻のようなものや、細い枝を束ねたものも見える。
人間が暮らす集落をそのまま小さくしたような光景だった。
そして、その道を歩いているものがいた。
「……えっ?」
小さい。
とにかく小さい。
友人Zが撮った写真で見た人影と同じくらいの大きさで、二本の足で歩いている。
人間のような姿をしているが、普通の人間が遠くにいるというわけではない。
周囲にある建物や草木と比べても、その身体が小さいことは明らかだった。
俺は思わず目を凝らした。
向こうの存在もこちらに気づいたらしい。
歩いていた小人が立ち止まり、こちらを見上げている。
しばらく見つめ合うような形になったが、向こうはすぐに顔をしかめた。
その表情は、驚きというよりも迷惑そうなものだった。
「……あっ」
そこでようやく、自分が何をしているのかを理解した。
こちらからすれば、珍しいものを見つけたという感覚だった。
けれど、向こうからすればどうだろう。
普段通りに生活していたら、見知らぬ人間が突然、自分たちの住処を覗き込んでいるのである。
それも、相手は自分たちより遥かに大きい。
警戒するなという方が無理な話だ。
うわすっごい顰めっ面してる…。
「……すいません」
俺は軽く頭を下げた。
小人は相変わらず迷惑そうな顔をしていたが、こちらが頭を下げたからといって何かが変わるわけでもない。
それでも、無断で踏み込んでしまったことについては謝っておきたかった。
俺はそれ以上近づかず、来た道を戻るようにして、その場を離れた。
景色の隙間を抜けると、再び普通の山の風景が目の前に広がった。
振り返ってみても、そこには木々が生えているだけで、先ほどの集落は見えない。
「……本当に何なんだ、ここ」
思わず独り言が漏れた。
写真を見たときには、あくまで小人らしきものが映っているという程度の認識だった。
それが今では、怪異的な空間の中に実際の集落が存在しているところまで確認してしまったのである。
しかも、向こうは俺に見つかったことを喜んでいる様子など微塵もなかった。
当然だろう。
いきなり知らない人間が住処に入ってきたのだから、迷惑に決まっている。
「……悪いことしたな」
もう一度だけ、見えなくなった景色の方へ軽く頭を下げた。
小人の集落については、これ以上調べるつもりはなかった。
存在を確認するという目的は達成できたし、向こうが歓迎していない以上、無理に入り込む理由もない。
それに、まだもう一つ確認したいものがある。
友人Dが撮影した、妙に太っていて頭が丸っこい蛇。
あれが本当にツチノコなのかどうか、そちらも自分の目で確かめてみたい。
「……本当にいたら、どうしようかな」
…………………………………………………………………
それから数時間後。
小人の集落を後にしてからも、妙な感覚が頭の片隅に残っていた。
怪異的な空間に入り込んだ先で、本当に小人たちが暮らしていた。
それも、俺が何かをしたわけでもなく、特別な能力を使ったわけでもなく、ただ友人から聞いた場所を訪れてみただけである。
前世の記憶を持って転生し、スタンドまで引き継いだ身としては、今さら何が起きても驚かない……と言いたいところだが、そんなわけがない。
「やぁ…居るんだぁ…」
小人は居た。
ツチノコも居るらしい。
この時点で、俺の中にあった未確認生物という言葉の定義が少しばかり揺らいでいた。
未確認とは何なのか。
確認できていないから未確認なのだろうが、実際に目撃してしまった俺にとっては、もはや確認済みの生物である。
世間一般に公表するつもりはないし、証拠写真を撮って大々的に発表する気もない。
そもそも、他人の家に勝手に上がり込んだようなものなのだから、そんなことをするのは迷惑だろう。
「……よし、次だ」
気持ちを切り替え、もう一つの目的地へ向かった。
ツチノコの目撃現場である。
友人Zが野宿をしていた場所は、山の中でも比較的入りやすい場所だった。
とはいえ、普通に観光できるような場所ではないし、舗装された道を歩いていれば自然と到着するようなところでもない。
適当に道を外れれば迷子になる可能性だってある。
その辺りは気を付けながら、友人から聞いた目撃場所を探していく。
「確か、この辺りだったよな……」
周囲を見回しながら、地面の様子や木々の配置を確認する。
友人Zの話では、太い蛇を見つけたのは川の近くだったらしい。
写真を見せてもらった際には、確かに妙に太い蛇が写っていた。
ただし、あれはツチノコではない。
写真の蛇は大きな薪を飲み込んだだけの普通の蛇だったのだから、友人Zが捕獲しようとしたところで、未確認生物の発見にはならなかったわけだ。
……もっとも、俺が実際に見たわけではないので、写真と本人の説明を信じるならという話になるのだが。
「いや、薪を飲み込んだ蛇って何なんだよ……」
その場にいなかった俺ですら、そこは気になる。
蛇が薪を飲み込むという状況そのものも気になるが、そんなものを見てツチノコだと判断した友人Zもなかなかである。
目的の生物を探しに来ているのだから、似た生き物を見つけたら確かめたくなるのは分かる。
分かるのだが、あいつの場合は手のひらサイズのおっさんを見つけたのに、そちらを放置して蛇を捕まえに行ったのだ。
「……本当に何やってんだ、あいつら」
先ほどから同じ感想ばかり浮かんでくる。
それでも、せっかくここまで来たのだから、実際に周辺を調べてみることにした。
川の近くまで進むと、流れる水の音が聞こえてきた。
水量はそこまで多くないが、足を滑らせれば普通に濡れる程度には流れがある。
川岸にしゃがみ込み、周辺を見渡していると、不意に視界の端で何かが動いた。
「ん?」
蛇だった。
木の根元から姿を現した蛇が、川へ向かって進んでいる。
その体は、写真で見た友人Zの獲物ほど太くはない。
むしろ普通の蛇に見えるのだが、妙なことに、川を渡ろうとしている様子がない。
蛇は水辺まで来ると、いったん動きを止めた。
それから川岸に沿って少し移動し、石の陰へ潜り込む。
しばらくして反対側の岸から姿を現したかと思えば、今度は水辺に沿って戻るように進み、別の石の陰へと入っていった。
「……何してんだ?」
蛇の行動を眺めながら首を傾げる。
川を渡りたいのなら、そのまま泳ぐなり、浅い場所を探すなりすればいい。
わざわざ川岸を移動して、石の陰に潜り込んで、反対側から出てくる理由が分からない。
そもそも、途中で見失ったと思ったら別の場所から現れるというのも妙だった。
蛇の移動経路を追ってみても、姿が見えなくなった場所と再び見つかった場所の距離が合わない。
「……んん?」
見間違いかと思い、少しだけ位置を変えて観察してみる。
蛇はまた川岸を進んでいた。
今度は水面に浮かんだ木の枝を避けるように進み、その枝の下をくぐり抜けたかと思えば、何故か少し離れた岩の向こう側から姿を現した。
その間、蛇が水に潜った様子はない。
俺の目がおかしいのか、それとも、この場所がおかしいのか。
「……とりあえず、追ってみるか」
警戒はしつつ、距離を保って蛇の後を追う。
別に蛇を捕まえたいわけではない。
友人Zのように、目の前に現れた生き物を見て即座にツチノコだと判断するつもりもない。
ただ、あの動きには何かあるような気がした。
そうして蛇を追い続けていると、川岸の景色が少しずつ変わっていった。
木々の間隔が広がり、足元の石が減り、やがて目の前に小さな丘が現れる。
「……あれ?」
思わず立ち止まった。
丘自体は珍しいものではない。
山の中に小さな盛り上がりがあったところで、特別おかしな話ではないだろう。
問題は、その丘が存在している場所だった。
川を挟んだ向こう側にあるはずの地形と、今いる場所から見える地形が噛み合っていない。
少し前まで、俺は川のこちら側にいた。
蛇を追いかけていた時間も、ほんの数分程度である。
それなのに、目の前の丘は、どう考えても今まで歩いてきた場所の地形と一致しなかった。
地図を持ってきていたわけではないから、正確な位置関係を断言できるわけではない。
それでも、山の斜面を少し歩いただけで、こんな場所に出るはずがないという感覚があった。
「……いや、待てよ」
周囲を見回す。
川の音は聞こえている。
木々もある。
地面の感触だって普通だ。
ただ、そこにあるはずのない小さな丘だけが、妙に当たり前の顔をして存在していた。
先ほどまで追っていた蛇は、その丘の斜面を登っていく。
そして、草むらの陰へと消えた。
「……マジか」
その後を追うように、丘の周辺へと近づく。
草むらの向こう側を覗き込んだ瞬間、俺は思わず目を疑った。
蛇がいた。
一匹ではない。
少し太ったものや、細長いもの、頭の形が妙に丸っこいものまで、複数の蛇が丘の周辺に集まっている。
そのどれもが、普通の蛇とは少し違って見えた。
体の形が妙なのだ。
太い胴体に対して頭が丸く、全体的にずんぐりしている。
動きも独特で、草むらを進む姿には蛇らしいしなやかさがありながら、どこか別の生き物を思わせる。
俺は、友人Dが撮った写真を思い出した。
妙に太っていて、頭が丸っこい蛇。
小人を探していた友人Dが見つけたものだ。
近くにいた小柄なおっさんを小人だと勘違いして、蛇の方を無視したという、あの写真。
「……まさか」
さらに目を凝らす。
草むらの奥にもいる。
岩の隙間にもいる。
丘の向こう側へと進んでいく影も見えた。
ここは、ツチノコの群れが暮らしている場所なのかもしれない。
しかも、目撃例が一つや二つどころではない。
友人Dが見たものも、俺が今見ているものも、本当にツチノコだったのだ。
「ホントに居た……!?だからアイツら本当に何やってんだ……?」
思わず声が出た。
小人もいた。
ツチノコもいた。
友人Dと友人Zは、それぞれ本物の未確認生物を見つけていたのに、どちらも別のものに気を取られていたのである。
しかも、その写真を俺に渡した時点でも、二人とも自分が何を撮影したのか理解していなかった。
何なら、写真を見返すことすら面倒くさそうだった。
…本当に何なんだ、あいつら。
「お前ら、探してるもん*2目の前にして何でそっち*3を無視するんだよ…」
当然、返事はない。
そもそも、ここには友人たちはいないのだから、俺の独り言に答える者などいるはずもなかった。
ツチノコたちは、こちらの存在に気付いているのかいないのか、草むらの中を動き回っている。
せっかく見つけたのだから、もう少し観察してみたい。
そう考えて、俺は丘の周辺を慎重に歩き始めた。
その時だった。
足元の草むらから、一匹のツチノコが飛び出してきた。
「おわっ!?」
反射的に足を止めたものの、ツチノコは俺の靴へと食らいついた。
正確には、靴の上から足に噛み付いてきたのである。
「……えっ」
噛まれた。
それは間違いない。
しかし、痛みがない。
歯が当たった感触こそあるものの、鋭い牙が突き刺さったような痛みはまるでなかった。
恐る恐る足元を見てみると、ツチノコはまだ靴に噛み付いている。
「…えっと…お前何してんだ?」
問いかけても、当然ながら返答はない。
ツチノコは必死に噛み付いているようだった。
ただ、その歯は丸かった。
鋭い牙というより、小さな丸い歯が並んでいるような形状で、靴越しに噛まれても痛みを感じないのはそのせいらしい。
少なくとも、今のところ毒を受けたような異常もない。
噛み付かれているのに痛くないというのは、なかなか不思議な感覚だった。
「……いや、普通に攻撃してるんだよな、これ」
ツチノコの様子を見る限り、こちらに危害を加えようとしているのは間違いない。
ただ、本人の攻撃方法がこれなのだから、どうしようもない。
俺が足を少し動かすと、ツチノコはようやく靴から口を離した。
そして、警戒するように頭を持ち上げ、こちらを睨み付ける。
「はいはい、分かった分かった……」
別に戦いに来たわけではない。
AXIOMを使えばどうにかできるかもしれないが、そんなことをする理由もなかった。
俺はただ、ここにツチノコがいるのか確かめに来ただけなのだ。
その目的は、もう十分に達成されている。
……それにしても、噛まれたのに痛くないというのは妙な話だ。
昔から、ツチノコに噛まれると幸運になるという話を聞いたことがある。
丸い歯で噛まれることが幸運の前兆なのか、それとも単なる迷信なのかは知らないが、少なくとも今の俺には関係ない。
そもそも、目の前のツチノコは普通に攻撃しているつもりなのだろう。
こちらに幸運を与えようとして噛み付いたわけではない。
「……お邪魔しました」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
ツチノコたちは、相変わらず警戒した様子でこちらを見ている。
人間からすれば未確認生物との遭遇という珍しい出来事でも、向こうからすれば住処に知らない生き物が入り込んできたというだけの話なのだろう。
俺だって、自宅に見知らぬ人間が勝手に入ってきたら嫌である。
ましてや、そいつが珍しい生き物を見物するような顔で周囲をうろついていたら、追い払いたくもなるだろう。
「……悪かったな」
軽く頭を下げる。
もちろん、ツチノコたちが人間の礼儀を理解しているかどうかは分からない。
それでも、勝手に入り込んだ側としては、何も言わずに立ち去るよりはマシだと思った。
俺はそれ以上近づくことなく、来た道を戻ることにした。
せっかく見つけた未確認生物なのだから、もっと調べたいという気持ちがないわけではない。
ただ、調べることと迷惑をかけることは別の話だ。
相手が人間だろうと、動物だろうと、あるいは未確認生物だろうと、その辺りは変わらない。
小人の集落でも同じことを思ったが、知らない場所に入るというのは、思っている以上に相手の生活へ踏み込む行為なのかもしれない。
そんなことを考えながら、丘から離れていく。
帰り道も、あの蛇が通った不思議な経路を逆にたどることになった。
川岸の石を回り込み、木の枝の下を通り、いつの間にか元の地形へと戻っていた。
振り返ってみても、先ほどの丘は見当たらない。
「……何だったんだ今の」
小人の集落もそうだったが、あの場所も普通の山の中に存在するとは思えない空間だった。
ただ、確かに見た。
ツチノコの群れも、丸い歯で噛み付いてきた一匹も、全部が現実に起きた出来事である。
証拠写真を撮っておけばよかったかもしれないが、今さら戻って撮影する気にはなれなかった。
あの場所にいる生き物たちからすれば、ようやく帰ってくれたと思っているところだろう。
そこへもう一度戻って、今度は写真を撮らせてくれと言い出すのは、さすがに図々しい。
「……よし、帰るか」
目的は果たした。
小人もツチノコも、本当に存在していた。
しかも、友人二人はそれぞれ本物を見つけながら、見当違いの相手に夢中になっていた。
その事実だけでも、今回ここまで来た価値はあったと思う。
……いや、あいつらに報告しても、たぶん反応は薄いだろうな。
写真を渡してきた時の様子を思い出すと、そんな気がした。
それでも、いつか聞いてみるくらいはいいだろう。
自分が探していたものを本当に見つけていたと知ったら、二人はどんな顔をするのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は山の麓へ向かって歩き始めた。
山を下りる道は、登ってきた時よりも気楽だった。
小人の集落を見つけて、ツチノコの群れも見つけた。
どちらも本当に存在していたという事実は、なかなか衝撃的ではあるものの、だからといって俺が今すぐ何かをしなければならないわけでもない。
写真を撮って世間に発表するつもりはないし、研究機関に連絡するつもりもない。
そもそも、あの場所がどういう仕組みで成立しているのかすら分かっていないのだ。
「そういえば、結局ツチノコの餌って何だったんだ?……と言うか何で公園で見つかったツチノコが山に居るんだ……?」
歩きながら、ふと疑問が浮かんだ。
友人Dがツチノコを見つけたのは公園だったはずだ。
少なくとも、話を聞いた限りでは山奥のような場所ではなかったし、近くにいた小柄なおっさんを小人と勘違いしたという話だった。
対して、俺が見つけたツチノコたちは山の中にいた。
しかも、一匹だけではなく群れである。
「山で見られた小人が山に居るのは分かるけどさ……」
小人を探していた友人Dが山で小人らしき存在を見かけたのなら、まだ分かる。
山の中に住んでいたとしても不思議ではないし、あの集落が怪異的な空間に存在していたことを考えれば、普段は人間の目につかない場所で暮らしているのだろう。
問題はツチノコの方だ。
公園で目撃された生物が山にいる。
ツチノコが複数の場所に生息しているのか、それとも公園で見つかった個体が別の場所へ移動するのか。
あるいは、あの奇妙な空間そのものが、場所と場所をつなぐような仕組みになっているのかもしれない。
山と公園はまぁそう遠くも無いし実は偶々公園近くに居ただけかもしれない。
「……分からんな」
考えてみても答えは出なかった。
分からないことを分からないままにしておくのは、あまり好きではない。
だからといって、分からないことを何でもかんでも自分で解き明かさなければならないとも思っていない。
納得できる答えが欲しいという気持ちはあるが、答えが出るまで延々と同じ場所に居座るのは違うだろう。
今日のところは、ここまででいい。
「それにしても……」
もう一つ、気になることがあった。
友人Dと友人Zの行動である。
小人を探していた友人Dは、本物のツチノコを見つけていた。
ツチノコを探していた友人Zは、本物の小人を見つけていた。
それなのに、二人とも自分が探していたものには気付かず、目的の生物とは少し離れたところにいた偽物へ興味を向けている。
「そもそもアイツら何で元の目的ではなくても目先の本物見逃して元の目的の少し遠くに居た偽物に向かっちゃったかな……」
友人Dは、太くて頭の丸い蛇を見つけたにもかかわらず、近くにいた小柄なおっさんを見て小人だと思った。
友人Zは、手のひらサイズの小人を見つけたにもかかわらず、近くにいた太い蛇を見てツチノコだと思った。
お互いに、目の前にあるものよりも、自分が期待していたものに近い存在を優先したということなのだろうか。
いや、それにしたって妙な話だ。
目的の生物を探しているのなら、まずは見つけたものをよく観察すればいい。
写真まで撮っているのだから、あとで見返すことだってできたはずである。
それなのに、二人とも写真には興味がなさそうだった。
「……俺の友達って何なんだろうな」
考えても、やっぱり分からなかった。
あいつらに直接聞いたところで、まともな答えが返ってくるかどうかも怪しい。*4
そもそも本人たちは、自分が本物を見逃したことにすら気付いていないのだ。
俺がいくら考えたところで、本人たちの行動の理由まで正確に理解できるわけではない。
今度会った時にでも聞いてみるか。
そんなことを考えながら山道を下りていると、麓の商店街が見えてきた。
目的の未確認生物を見つけたのだから、今日の用事は終わりである。
あとは帰るだけ……と言いたいところだが、もう一つだけやることが残っていた。
「そういや、福引券があったな」
財布の中に入れていた福引券。
商店街で何かを買った際にもらったものだが、使わずに放置していた。
せっかく近くまで来たのだから、ついでに消費してしまおう。
大した期待はしていない。
どうせ当たっても、せいぜい日用品か何かだろう。
そんな軽い気持ちで商店街の福引会場へ向かった。
「いらっしゃいませ! 福引券をどうぞ!」
「はい、お願いします」
係の人に券を渡し、案内された福引機の前に立つ。
取っ手を回すと、中から玉が一つ転がり出てきた。
係の人がそれを確認し、次の瞬間、声を張り上げる。
「おめでとうございます! 二等です!」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
係の人は嬉しそうに笑っている。
「二等ですよ! こちらの商品になります!」
案内された先にあったのは、炬燵だった。
冬が近づいているこの時期には、確かに嬉しい景品だろう。
炬燵があれば、寒い日でも暖かく過ごせる。
俺の家にも炬燵はあるが、部屋によっては置いていない場所もあるし、もう一台あって困るようなものでもない。
「……おお」
思わず感心してしまった。
福引で二等が当たるというのは、普通に考えれば幸運な出来事である。
しかも景品が炬燵なら、これから冬に入ることを考えても悪くない。
「ありがとうございます」
「お持ち帰りになりますか? 配送もできますよ!」
「……持ち帰ります」
そう答えたのは、配送の手続きが面倒だったからだ。
家まで持っていけばいいだけなら、どうにかなるだろう。
幸い、俺にはAXIOMがある。
炬燵の重さそのものはどうにでもなるし、持ち運ぶこと自体に大きな問題はない。
そう考えていたのだが、実際に持ち帰ろうとしたところで一つの問題に気付いた。
「……これ、電車に乗れないな」
重さは問題ではない。
大きさが問題だった。
炬燵を抱えて公共交通機関を利用するというのは、さすがに無理がある。
人が乗り降りするたびに邪魔になるだろうし、混雑している時間帯ならなおさらだ。
だからといって、歩いて帰るには距離がある。
「……やっちまったな」
景品が当たったこと自体は嬉しい。
これから寒くなる時期に炬燵が手に入ったのだから、運が良かったと考えていいはずだ。
ただ、持ち帰る手間まで考えると、素直に喜んでばかりもいられない。
結局、AXIOMを使いながら歩いて帰ることになった。
炬燵の重さはどうにかなっても、俺が炬燵を抱えて歩いているという事実までは変えられない。
道を歩く人から見れば、妙な荷物を持った学生である。
「……何でこうなったんだ」
福引券を使っただけなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
いや、原因は分かっている。
炬燵が当たったからだ。
当たったこと自体は幸運なのだから、そこに文句を言うのもおかしな話ではある。
ただ、当たった後の手間を考えると、幸運という言葉だけで片付けるには微妙なところだった。
「……ツチノコに噛まれたからか?」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
ツチノコに噛まれると幸運になるという話。
丸い歯で噛まれた時に痛みがなかったこともあり、妙に印象に残っている。
今日の出来事だけを振り返れば、確かに幸運だったと言えるのかもしれない。
小人を見つけた。
ツチノコも見つけた。
そのうえ、福引で二等の炬燵まで当たった。
偶然が重なっただけだと考えることもできるが、逆に言えば、幸運が重なったと考えることもできるわけだ。
「……いや、たまたまだろ」*5
すぐに考え直した。
ツチノコに噛まれたことと、福引で当たりを引いたことに因果関係があるとは限らない。
そもそも、俺は福引を引く前から券を持っていたのだ。
ツチノコに噛まれたから福引券が手に入ったわけでもなければ、ツチノコに噛まれたから福引を引くことになったわけでもない。
たまたま同じ日に起きただけ。
「……うん、たまたまだな」*6
そう結論付けた。
それでも、炬燵を抱えて歩くという状況は変わらない。
帰り道はまだ長い。
せめて、これからの冬を暖かく過ごせると思えば、多少は気分も良くなるだろう。
……良くなるといいな。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から犬を連れた女の子がやって来るのが見えた。
見覚えのある顔だった。
「あれ、考調くん?」
声をかけてきたのは、花里みのりだった。
サモちゃんの散歩をしているらしく、リードを持って歩いている。
「おう、みのり」
「こんにちは! ……って、えっと」
みのりは俺の顔を見て、それから抱えている炬燵へと視線を移した。
もう一度俺の顔を見て、炬燵を見て、最後に首を傾げる。
「……何してるの?」
困惑しているのがよく分かる表情だった。
まあ、そうなるだろう。
休日に知り合いと偶然会ったと思ったら、そいつが炬燵を抱えて歩いているのだ。
説明を求めるのは当然である。
ただ、その時の俺は帰宅までの道のりがまだ長いという現実からどうにか意識を逸らそうとしていた。
頭の中では別のことを考えていたのである。
ニンゲン。
チュパカブラ。
ビッグフット。
この辺りの未確認生物にも、もしかしたら小人の集落やツチノコの群れのような場所があるのではないだろうか。
人間が普段立ち入れないような空間に、彼らだけの生活圏が存在している可能性だってある。
もしそうなら、どんな場所に住んでいるのだろう。
ニンゲンは海にいるという話だから、海中に人間の知らない集落があったりするのだろうか。
チュパカブラは家畜を襲うという話を聞くが、あれも単に人間側が目撃した行動だけを切り取っているだけなのかもしれない。
ビッグフットに至っては、そもそもどんな生活をしているのかすら分からない。
……そんなことを考えていたところに、みのりから質問された。
だから、つい口が滑った。
「ビックフットです」
「……えっ?」
みのりが固まった。
俺も一瞬だけ固まった。
今、何と言った?
自分の発言を頭の中で再生して、ようやく理解した。
ビックフットです。
そう答えた。
何故?
「……考調くんが未確認生物に!?」*7
「違う違う違う!」
みのりの反応を見て、慌てて否定する。
「俺がビッグフットになったわけじゃないから!」
「えっ、でも今ビッグフットって…はいって…!」
「言ったけど! 言ったけどそういう意味じゃない!」
「ど、どういう意味なの!?」
「……それは」
言葉に詰まった。
何と言えばいいのだろう。
俺はただ、未確認生物の生息地について考えていただけなのだ。
その最中に何をしているのかと聞かれたから、思考の流れでビッグフットと答えてしまった。
我ながら、説明としてはあまりにも意味不明である。
「……いや、今ちょっと考え事してて」
「考え事?」
「ニンゲンとかチュパカブラとか、ビッグフットとか……そういう未確認生物にも、住んでる場所があるのかなって」
「う、うん?」
「それで、どんな場所に住んでるんだろうなって考えてたら、ちょうど聞かれたから……」
「それでビッグフットって答えたの!?」
「……はい」
「そ、そっかぁ……」
みのりは何とも言えない顔をしていた。
無理もない。
説明すればするほど、俺の発言が意味不明になっている気がする。
「えっと……その、考調くんは元気そうだね!」
「それはどういう意味だ?」
「ううん! 何でもないよ!」
みのりは慌てて首を振った。
サモちゃんは俺が抱えている炬燵の方を気にしているようだったが、さすがに犬にまで説明を求められることはなかった。
「じゃ、じゃあ私たちはお散歩の続きに行くね!」
「おう、またな」
「うん! またね、考調くん!」
みのりはサモちゃんを連れて歩き出した。
何度か振り返っていた気がするが、気にしないことにした。
……いや、待て。
今のやり取り、どう考えても誤解を招く発言をしてしまったのではないだろうか。
「……何で言っちゃったんだ、俺」
自分の口から出た言葉なのだから、責任は自分にある。
ビッグフットになったわけでもないのに、ビッグフットですと答えたのだから、みのりが困惑するのも当然だろう。
とはいえ、あれだけの説明をしたのだから、さすがに本当に未確認生物になったとは思っていないはずだ。
……思っていないよな?
少し不安になりながらも、再び炬燵を抱えて歩き始めた。
帰宅するまで、まだまだ時間がかかりそうだった。
…………………………………………………………………
家に帰り着いた頃には、さすがに疲れていた。
炬燵そのものはAXIOMのおかげで重くなかったのだが、持ち運ぶために気を遣う必要があったし、何より公共交通機関を使えないのが面倒だった。
普段なら電車で済む距離を、ずっと歩いて帰ってきたのである。
「……疲れた」
部屋に入るなり、ベッドへ倒れ込む。
炬燵は後で設置するとして、今は少し休みたい。
枕に顔を埋めながら、今日の出来事を振り返る。
小人の集落を見つけた。
ツチノコの群れも見つけた。
福引で炬燵が当たった。
花里みのりにビッグフットだと名乗った。
「……いや、最後の何?」
どうしてあんな返答をしてしまったのだろう。
考え事をしていたからとはいえ、普通なら「炬燵を当てたから持って帰ってる」と答えれば済む話だったはずだ。
それなのに、脳死でビッグフットと答えてしまった。
自分でも意味が分からない。
「……いや、待てよ」
枕に顔を埋めたまま、ふと別の考えが浮かんだ。
UMAに噛まれた後に手に入れた炬燵なら、中にUMAが居るかもしれないだろ…アレは俺がビックフットを名乗ったのでは無くこのコタツがビックフットですって意味だから…。
……いや、何だその理屈。
自分で考えておいて何だが、あまりにも苦しい言い訳である。
コタツがビックフットって何だ、最早中に居るとかじゃ無くてコタツそのものがビックフットじゃねぇか。
そもそも、炬燵は福引で当たった景品だ。
ツチノコに噛まれたからといって、炬燵の中に未確認生物が潜んでいる理由にはならない。
「……いや、でも、そういうこともあるかもしれないだろ」
誰に向けた言い訳なのか、自分でもよく分からなかった。
少なくとも、今のところ炬燵の中に何かがいるという証拠はない。
それでも、ツチノコの群れが本当に存在していたのだから、今までなら冗談として片付けていたことにも、少しだけ現実味が出てきた気がする。
……気がするだけだ。
「……明日、見てみるか」
そう呟いて、ようやく顔を枕から上げた。
…………………………………………………………………
翌日。
昨日持ち帰った炬燵を設置し、ふと思い出して中を覗いてみた。
もちろん、UMAが潜んでいると本気で信じていたわけではない。
念のためである。
「……何もないな」
炬燵の中には、特に変わったものは見当たらなかった。
布団の内側を軽く確認し、奥の方まで覗き込んでみる。
その時、床に何かが落ちているのが見えた。
「ん?」
五百円玉だった。
炬燵の中に、五百円玉が一枚落ちている。
「……何で?」
思わず拾い上げた。
昨日は炬燵を持ち帰るのに必死だったから、何かを落とした可能性はある。
ただ、五百円玉が炬燵の中にあるというのは妙な話だった。
「……そういえば」
昨日、商店街でジュースを買った。
その時のお釣りを、財布に入れなかったような気がする。
福引で炬燵が当たった後、持ち帰ることばかり考えていたのだから、ポケットに入れたまま忘れていたとしても不思議ではない。
「ふむ……妙だな……」
口にしてから、自分で自分に呆れた。
妙でも何でもない。
ポケットに入れた五百円玉が、何かの拍子に落ちただけだろう。
炬燵の中にUMAがいる可能性を考えていたからといって、そこに落ちていた五百円玉まで怪異の仕業にする必要はない。
「……まあ、いいか」
五百円玉を手の中で転がし、それから貯金箱を取り出した。
使い道は特に決めていない。
何か欲しいものができた時のために貯めているだけで、今すぐ取り出す予定もなかった。
割って開けるタイプの貯金箱なので、いざ使おうと思わない限りは開けるに開けられない。
そのせいで、いつの間にか結構な額が溜まっている。
「……これ、何に使うんだろうな」
自分で貯めているのに、使い道を考えていない。
我ながら計画性があるのかないのか分からないが、少なくとも今は困っていないので、そのまま五百円玉を投入した。
ちゃりん、と音が鳴る。
これでまた少し貯金が増えた。
炬燵の中にUMAはいなかったが、五百円玉は見つかった。
……うん、まあ、そんなものだろう。
…………………………………………………………………
翌日、学校へ登校すると、何やら妙な視線を感じた。
教室に入った時から、クラスメイトたちがこちらを見ている気がする。
何か変なことをしただろうか。
制服に問題があるわけでもないし、忘れ物をした覚えもない。
昨日は普通に過ごしていたはずだ。
「……何事?」
席に着くと、友人の一人がこちらへやって来た。
「おい、考調!」
「何だ?」
「お前、ビッグフットなの?」
「……は?」
何を言っているのか分からなかった。
「いや、だからビッグフット! 未確認生物の!」
「それは知ってるけど、何で俺がビッグフットなんだよ」
「だって、お前がそう名乗ったって聞いたぞ!」
「誰が?」
「昨日、お前がビッグフットって言ってたのを聞いた奴!」
「……は?」
ますます分からなくなった。
確かに、昨日は花里みのりにビッグフットだと答えてしまった。
だが、みのりとは同じ中学校ではない。
校区が近い中学校だった可能性はあるが、少なくともみのりが学校で俺がビッグフットを名乗った事を話したところで、みのりから直接この学校へ話が広まるような関係ではないはずだ。
そもそも、みのりが俺の発言を誰かに話したのかどうかすら分からない。
「……いや、待て、俺はいつビッグフットって名乗った?」
「昨日だろ?」
「昨日?」
「そうそう、ビッグフットですって!」
「……あー」
言い訳の余地もなくバレてる…誤解だって言って誤魔化すことも出来なさそうだ。
……何で言っちゃったんだ、みのり〜……。*8
いや、みのりは同じ中学じゃないから違うか。*9
話を聞くにそもそも、あの場面を見ていたのはみのりだけではなかったらしい。
俺がビッグフットと名乗った現場を見ていた誰かが、学校で話したのだろう。
それがどこまで広まったのかは分からないが、少なくとも、俺が自分をビッグフットだと名乗ったという話だけは伝わっているようだった。
「……いや、違うからな?」
「じゃあ、何でビッグフットって言ったんだよ!」
「それは……」
説明しようとしたところで、言葉が止まった。
未確認生物の生息地について考えていたら、何をしているのかと聞かれて、思考の流れで答えてしまった。
……そんな説明をしたところで、信じてもらえるだろうか。
「……考え事してたんだよ」
「どんな考え事だよ?」
「UMAの住処について」
「何でだよ!」
「俺が聞きたいよ!」
思わず声を張り上げてしまった。
周囲から笑い声が上がる。
別に馬鹿にされているわけではないのだろうが、納得がいかない。
俺はビッグフットではないし、ビッグフットを名乗るつもりもない。
ただ、昨日は口が滑っただけなのだ。
「……自認ビッグフットって何だよ」
「いや、お前がそう言ったんだろ!」
「言ったけど、そういう意味じゃないんだって!」
「じゃあ、どういう意味なんだよ!」
「……だから、それは……!」
また説明に詰まった。
昨日から何度同じやり取りをしているのだろう。
自分の発言が原因なのだから、責任を取って説明するべきなのは分かっている。
しかし、説明しようとすればするほど、話がややこしくなる気がしてならなかった。
結局、その日の俺は、何故か自分をビッグフットだと名乗った人間として扱われることになった。
……何事?
…………………………………………………………………
ちなみに、UMAが本当に存在するのなら、学校の七不思議だって実在する可能性があるのではないかと思った。
そんなわけで、今度は学校の七不思議を調べてみようと考えたのだが、すぐに問題に気付いた。
深夜の学校に入れない。
鍵が開いていないのは当然として、窓から入るような真似をするわけにもいかない。
七不思議を調べたいからといって、不法侵入をするのは違うだろう。
「……やめとくか」
そうして、七不思議の調査は断念した。
UMAは見つかった。
小人もツチノコも本当に存在していた。
だからといって、学校の怪談まで全部本物だと決まったわけではないし、何より自分から犯罪をする理由にはならない。
また機会があれば、普通に調べられる範囲で調べればいい。
そう結論付けた俺は、今日もいつも通りの日常を過ごすことにした。
……ところで、俺はいつまでビッグフットと呼ばれるのだろうか。
…………………………………………………………………
その後一週間ほど自認ビックフットの噂は続いた。
先生にも揶揄われた。
(あくまで本人が気にしてないのを確認してから)
…………………………………………………………………
〜花里みのり視点〜
休日の午後、私はサモちゃんと一緒に近所をお散歩していた。
お天気は良好、風もそこまで冷たくなくて、お散歩にはちょうどいい日和である。
「サモちゃん、今日はどっちに行こうか?」
リードを持ちながら尋ねてみると、サモちゃんは私の顔を見上げてから、いつもの道を歩き始めた。
「ふふっ、そっちなんだね!」
サモちゃんが行きたい方向へついていくのも、お散歩の楽しみの一つだ。
こういう何気ない時間って、アイドルになるための努力とはまた違った楽しさがあると思う。
もちろん、アイドルになる為の努力も楽しくない訳じゃ無い。
毎日いろんなことがあって、うまくいかない日もあるけれど、それでも私はアイドルを目指している時間が好きなのだ。
「今日は何かいいことあるかなぁ……」
そんなことを呟きながら歩いていた時だった。
向こうから、見覚えのある男の子が歩いてくるのが見えた。
しかも、その男の子は何やら大きな荷物を抱えている。
遠くからでも分かるくらい大きな荷物だった。
「……あれ?」
目を凝らしてみる。
見覚えのある顔。
歩き方も、雰囲気も、たぶん間違いない。
「あっ、考調くんだ!」
大城考調くん。
以前から知り合いの男の子で、会えば普通にお話しする仲だ。
学校は違うけれど、こうして街中で偶然会うこともあるんだなぁ。
ちょっと嬉しくなって、私は手を振った。
「考調くーん!」
声をかけると、考調くんもこちらに気付いたようだった。
「おう、みのり」
「こんにちは!」
いつも通りの挨拶。
……のはずだった。
私は考調くんの顔を見て、それから抱えている荷物を見た。
大きい。
とにかく大きい。
最初は何かの家具かなと思ったけれど、よく見ると、どうやら炬燵のようだった。
「……えっと」
炬燵?
何で?
休日に炬燵を抱えて歩いている人なんて、少なくとも私は初めて見た。
しかも、考調くんは特に困っている様子もなく、普通に歩いている。
いや、普通に歩いていると言っても、持っているものが普通じゃない。
どう考えても、街中で見かける光景ではなかった。
「……何してるの?」
気付けば、そんな質問が口から出ていた。
だって気になる。
どうして炬燵を持って歩いているのか。
どこから持ってきたのか。
これからどこへ持っていくのか。
疑問が次々と浮かんでくる。
考調くんは、そんな私の質問を聞いて、少しも迷うことなく答えた。
「ビックフットです」
「……えっ?」
聞き間違いだろうか。
今、ビックフットって言った?
私は思わず考調くんの顔を見直した。
本人は特に変わった様子もなく、炬燵を抱えたまま立っている。
「……ビックフット?」
「はい」
「……えっ、ビックフットって、あの未確認生物の?」
「はい」
「……ええっ!?」
ちょっと待ってほしい。
どうしてそうなるの!?
私は今、炬燵を抱えて歩いている理由を聞いたはずだ。
それなのに、返ってきた答えがビックフット。
ビックフットって、あの大きな猿人みたいな未確認生物のことだよね?
考調くんがビックフット?
えっ、どういうこと?
「考調くんが未確認生物に!?」
「違う違う違う!」
考調くんが慌てて否定した。
そりゃそうだ。
人間がいきなり未確認生物になったと言われても、簡単には信じられない。
……いや、でも、今の答えはどう考えてもそういう意味に聞こえたよ!?
「えっ、でも今ビックフットって……!」
「言ったけど! 言ったけどそういう意味じゃない!」
「ど、どういう意味なの!?」
「……それは」
考調くんが言葉に詰まった。
あれ?
もしかして、説明できないのかな?
何か事情があるのかもしれない。
例えば、実はビックフットの仲間だったとか。
いやいや、そんなことある!?
考調くんは普通に学校へ通っている男の子だし、私が知っている限り、未確認生物だったなんて話は聞いたことがない。
そもそも、未確認生物が人間の学校に通っているなんて、聞いたこともない。
……でも、今の世の中には、私が知らないことだってたくさんある。
もしかしたら、本当にそういうこともあるのだろうか。
私は考調くんの様子をうかがった。
すると、考調くんは困ったような顔をしながら、ようやく説明を始めた。
「……いや、今ちょっと考え事してて」
「考え事?」
「ニンゲンとかチュパカブラとか、ビッグフットとか……そういう未確認生物にも、住んでる場所があるのかなって」
「う、うん?」
未確認生物の住んでいる場所?
確かに、そういう話は聞いたことがある。
ビッグフットなら森の中にいるとか、チュパカブラなら家畜を襲うとか、ニンゲンなら海にいるとか。
でも、考調くんがそんなことを考えていたのは意外だった。
もっと別のことを考えていそうなイメージがあったというか、少なくとも、炬燵を抱えて歩きながら考えることではない気がする。
「それで、どんな場所に住んでるんだろうなって考えてたら、ちょうど聞かれたから……」
「それでビッグフットって答えたの!?」
「……はい」
「そ、そっかぁ……」
私は何とも言えない気持ちになった。
つまり、考調くんは未確認生物になったわけではなく、未確認生物のことを考えていたら、何をしているのかと聞かれて、考えていた内容をそのまま答えてしまったらしい。
……うん。
うん?それって答えになってるのかな?
いや、本人がそう言っているのだから、そういうことなのだろう。
でも、だったら最初からそう説明してほしかった。
いきなりビックフットですなんて言われたら、誰だってびっくりすると思う。
私だって、びっくりした。
「えっと……その、考調くんは元気そうだね!」
「それはどういう意味だ?」
「ううん! 何でもないよ!」
慌てて首を振った。
変なことを言ってしまった。
元気そうだね、という言葉自体は間違っていないと思うけれど、今の流れで言うことではなかった気がする。
考調くんは相変わらず不思議そうな顔をしていた。
私だって不思議だ。
何がどうなって、こういう会話になったのだろう。
……考えれば考えるほど、分からなくなってきた。
…………………………………………………………………
「じゃ、じゃあ私たちはお散歩の続きに行くね!」
「おう、またな」
「うん! またね、考調くん!」
私はサモちゃんを連れて、その場を離れた。
考調くんは炬燵を抱えたまま、再び歩き始めたようだった。
……本当に何だったんだろう。
少し歩いてから、私は思わず後ろを振り返った。
考調くんは、まだ炬燵を抱えて歩いている。
夢でも見ていたのかな?
いや、そんなわけない。
だって、サモちゃんも一緒にいたし、ちゃんとお話ししたし、考調くんの声も聞いた。
何より、あの炬燵は本物だった。*10
「……サモちゃん」
隣を歩くサモちゃんに声をかける。
「今の、見た?」
サモちゃんは私を見上げた。
もちろん、返事はない。
「……だよねぇ」
何となく、そう答えてしまった。
サモちゃんに聞いても仕方がないのに。
それでも、誰かに話したくなるくらいには不思議な出来事だった。
考調くんがビッグフットを名乗ったこと。
炬燵を抱えて歩いていたこと。
そして、未確認生物の住んでいる場所について考えていたこと。
どれも一つずつなら、まあ、そういうこともあるのかなと思える。
でも、全部が同時に起きると、さすがに混乱してしまう。
「……考調くんって、不思議な人だなぁ」
知り合ってからそれなりに時間は経っているけれど、まだまだ知らないことがたくさんある。
そう思うと、少しだけ気になってきた。
考調くんは、どうして未確認生物の住処なんて考えていたのだろう。
もしかしたら、何か面白いものを見つけたのかな?
例えば、本当に未確認生物を見たとか。
「……まさかね」
自分で考えて、すぐに首を振った。
未確認生物なんて、そう簡単に見つかるものではない。
見つかっていたら、とっくに大騒ぎになっているはずだ。
それに、考調くんが未確認生物を見つけたのなら、きっともっと普通の説明をしてくれるだろう。
……たぶん。
少なくとも、ビッグフットですとは言わないと思う。
「ふふっ」
想像して、つい笑ってしまった。
考調くんがビッグフットだったら、どんな生活をしているんだろう。
学校に通って、友達とお話しして、普通にご飯を食べて、休日には炬燵を抱えて歩いている。
……あれ?
最後のだけは、今日実際に見たことだった。
「やっぱり不思議だなぁ……」
私はサモちゃんと一緒に、いつもの道を歩いていった。
今日の出来事は、あとで誰かに話してみてもいいかもしれない。
ただし、考調くんが本当にビッグフットになったわけではないということは、ちゃんと説明しよう。
……うん、そこは大事だと思う。
…………………………………………………………………
その日の夜。
私は自分の部屋で、昼間の出来事を思い返していた。
考調くんは、結局どうして炬燵を持ち歩いていたのだろう。
福引で当たったのかな?*11
それとも、誰かからもらったのかな?*12
あるいは、何かの用事で運んでいたのかもしれない。
聞けばよかった。
最初に何してるのと尋ねた時、ビッグフットという答えに驚きすぎて、その後はそちらの話ばかりになってしまった。
「……今度会ったら聞いてみようかな」
そう呟いてから、私はベッドに寝転がった。
考調くんは、未確認生物のことを考えていたと言っていた。
ニンゲンやチュパカブラやビッグフット。
そういう生き物が、どんな場所で暮らしているのか。
確かに、少し気になる話ではある。
人間が知らない場所に、知らない生き物たちの生活がある。
そう考えると、何だか冒険みたいだ。
私もアイドルとして、いろいろなことを経験してみたいと思っている。
知らない場所へ行ったり、知らない人と出会ったり、今まで見たことのない景色を見たり。
そういう経験が、いつか自分の歌やパフォーマンスにもつながるかもしれない。
「……未確認生物かぁ」
考調くんの言葉を思い出す。
もしかしたら、彼は私が知らないような世界を知っているのかもしれない。
そう考えると、ちょっとだけ羨ましくなった。
もちろん、私だって知らないことはたくさんあるし、これからいくらでも新しいことを知っていける。
だからこそ、明日も頑張ろう。
「よーし! 明日もアイドル活動、頑張るぞー!」
ベッドの上で小さく拳を握る。
……でも。
やっぱり、炬燵を抱えて歩いている考調くんの姿は、しばらく忘れられそうになかった。
あの時の真面目な顔で、ビッグフットですと言った声まで思い出してしまう。
「……ふふっ、何でビッグフットだったんだろう」
答えはもう聞いたはずなのに、改めて考えるとやっぱり不思議だ。
私は枕を抱えながら、もう一度笑った。
いつかまた会ったら、今度こそ炬燵のことを聞いてみよう。
それから、未確認生物の話も。
……できれば、次はもう少し普通の答えが返ってくるといいな。
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その後、やはり気になってUMAについて調べたみのりであった。
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オマケ。
小人視点。
何だあの人間…いきなり俺等の住処にズケズケと…石投げるぞコラ?
主人公が帰った後。
?なんだよ…意外と礼儀のなってる奴じゃねぇか…まぁ石は勘弁したらぁ。
ツチノコ視点。
ファ!?人間!?また我らを攫いに来たのか…?以前も同胞の亡骸を盗まれた挙句てれび?とか言うのに出された…これ以上冒涜させてたまるか!!噛みついてやる!
主人公が帰った後。
…?何もせずに帰った?しかも我らに仕返しもせずに頭下げて…?…???何だアイツ。