転生スタンド使いの日常。 作:匿名の読む専
午後二時。
ゲーセンに到着した俺は、いつものように店内を進み、格闘ゲームのコーナーへ向かった。
昼間ということもあって、店内にはそれなりに人がいる。
クレーンゲームの前で景品を狙っている人もいれば、音楽ゲームの筐体に向かって黙々とプレイしている人もいる。
その中でも格闘ゲームのコーナーは、相変わらず独特の空気をまとっていた。
対戦相手の動きを見極めようと画面に集中する人間がいる一方で、勝敗が決まるたびに大きな反応を見せる人間もいる。
ゲームという同じものを遊んでいても、楽しみ方は人それぞれだ。
そんな光景を横目にしながらコーナーへ入ったところで、見覚えのある緑色の髪が目に入った。
草薙寧々だった。
彼女はいつものように筐体の前に立ち、画面を確認していた。
俺は少しだけ歩く速度を落とした。
……あれ、寧々だ。
ここ最近、寧々とは顔を合わせていなかった。
以前はゲーセンに来れば高確率で遭遇していた相手なのだが、しばらく見かけない日が続いていたため、もうここへ来なくなったのかもしれないと思っていた。
もちろん、本人に理由を聞いたわけではない。
単純に来る時間帯が変わったのかもしれないし、ほかに夢中になっていることができたのかもしれない。
それでも、いつも顔を合わせていた相手を見かけなくなれば、少しくらい気にはなるものだ。
向こうもこちらに気づいたらしく、視線が合った。
「……考調?」
「よ、寧々」
互いに名前を呼び合い、軽く挨拶を交わす。
寧々は少し意外そうな顔をしていたが、すぐに普段の表情へ戻った。
「久しぶりだね」
「そうだな、最近全然会わなかったし」
「うん、もう来なくなったのかと思ってた」
「それ、こっちも同じこと思ってたよ」
言葉を交わしてみれば、どうやら考えていたことは同じだったらしい。
俺は寧々が来なくなったのかと思っていたし、寧々も俺が来なくなったのかと思っていた。
実際には、ただ来る時間が合わなくなっていただけなのだろう。
毎日のように顔を合わせていたわけではない以上、そういうことがあっても不思議ではない。
けれど、こうしてまた会えたのは素直に嬉しかった。
寧々も同じように感じていたのか、表情が少しだけ和らいでいる。
「……まぁ、また会えてよかった」
「俺も」
それ以上に大げさなことを言う必要はなかった。
ここで会わなくなったからといって、何か問題が起きたわけではない。
ただ、いつも顔を合わせていた相手が見当たらないと、何となく物足りなく感じることはある。
そういう感覚だった。
「それで、今日はどうするの?」
「そりゃ格ゲーだろ」
「聞くまでもなかったね」
「寧々もそのつもりで来たんじゃないの?」
「そうだけど」
寧々は当然のように答えた。
俺たちの間では、ゲーセンで会った時に格闘ゲームをすることが、ほとんど決まりごとのようになっている。
わざわざ別の遊びを提案する理由もなかった。
俺たちは迷うことなく格闘ゲームのコーナーへ向かい、対戦台の並ぶ場所を見渡した。
ただし、いきなり二人で対戦を始めるわけではない。
まずは周囲の筐体で遊んでいる人たちに対戦を申し込み、ひと通り腕試しをすることにした。
いつも通りの流れである。
俺は空いている対戦台を見つけて相手を探し、寧々も別の台へ向かった。
格闘ゲームでは、相手の実力によって対戦の内容が大きく変わる。
こちらが圧倒的に有利な相手もいれば、少しでも判断を誤れば一気に流れを持っていかれる相手もいる。
どんな相手でも、対戦を始める以上は油断しない。
相手の動きや癖を見ながら、こちらの選択肢を調整していく。
それは俺にとって、単に勝つためだけの作業ではなかった。
相手がどういう考えで動いているのかを推測し、その予測が当たっているかどうかを確かめる。
自分の判断が間違っていたなら、次の行動を変える。
そういう繰り返しが面白いのだ。
寧々もまた、対戦が始まると周囲の様子など気にせず画面に集中していた。
普段の彼女は必要以上に目立とうとするタイプではないが、ゲームに向き合っている時は違う。
勝つために必要なことを考え、相手の動きを観察し、自分が取るべき行動を選んでいる。
俺と同じように、ゲームそのものへ意識を向けているのが分かった。
対戦が始まってから二十分ほどが経過した頃には、俺も寧々も、それぞれの台で挑戦してきた相手に全勝していた。
周囲からは感心したような声が上がり、何人かのプレイヤーがこちらを見ていた。
中には、今の動きがどうだったのかを話し合っている人もいる。
勝ったことを称賛されるのは悪い気分ではない。
自分のプレイを見て、何かしら感じ取ってくれた人がいるのなら、それはそれで嬉しいことだ。
ただ、その一方で、別の音も聞こえてきた。
舌打ち。
そして、筐体を叩く音。
勝てなかったことが気に入らないのか、何度も不満げな反応を見せているプレイヤーがいる。
ゲームの勝敗に感情が動くこと自体は分かる。
俺だって負ければ悔しいし、納得できない負け方をすれば、何が悪かったのか考えることもある。
けれど、筐体に当たったところで自分のプレイが上手くなるわけではない。
むしろ、周囲に迷惑をかけるだけだろう。
俺は聞こえてくる舌打ちを気にしないようにしながら、隣の台にいる寧々へ目を向けた。
ちょうど寧々もこちらを見ていた。
視線が合うと、彼女はわずかに眉を寄せた。
「……うるさいね」
「やっぱガラ悪……」
小さく呟くと、寧々も同意するように頷いた。
俺たちが対戦している間にも、周囲では舌打ちや台パンが続いていた。
ただ、誰かが実際に喧嘩を始めるようなことはない。
不満を露わにしている人間はいるものの、それ以上の騒ぎには発展していなかった。
ならば、こちらが余計なことを言う必要もないだろう。
俺たちは顔を見合わせ、ひとまず自分たちの対戦へ意識を戻した。
「じゃ、やろうか」
「うん」
それだけ確認して、俺たちは向かい合う筐体へ移動した。
ここからが本番だ。
周囲のプレイヤーを相手にするのも楽しいが、寧々との対戦はまた別の面白さがある。
互いの実力を知っているからこそ、簡単には勝負が決まらない。
こちらが何を狙っているのか、相手がどこで仕掛けてくるのか。
そういった部分を考えながらプレイする必要がある。
俺はコインを入れ、対戦の準備を整えた。
寧々も同じように操作を進め、画面にキャラクターが表示される。
選択が終わり、対戦開始の表示が出た。
そこからは、互いに余計な言葉を交わすこともなくなった。
画面の中でキャラクターが動き出す。
俺は最初の数手で相手の出方を探り、寧々もこちらの動きに合わせて対応してくる。
どちらかが一方的に攻め続けるような展開にはならなかった。
攻撃を仕掛ければ防がれ、相手が攻めてくればこちらも対応する。
小さな有利を取ったと思えば、その直後に状況がひっくり返ることもある。
勝負が進むにつれて、こちらが相手の考えを読むための材料も増えていく。
けれど、相手も同じようにこちらを見ているのだから、一度通用した手が次も通用するとは限らない。
その読み合いが面白かった。
時間が経つのも忘れるほどに、俺たちは画面へ集中していた。
気がつけば、対戦台の周囲に人が集まり始めていた。
最初は数人が様子を見ているだけだったのだが、対戦がなかなか終わらないためか、少しずつ見物人が増えている。
格闘ゲームのコーナーでは、こういうことも珍しくない。
実力の高いプレイヤー同士が長い対戦をしていれば、周囲の人間が気になって画面を覗きに来る。
誰かが勝つのか、どちらが先に流れを掴むのか。
それを見届けようとする人間が集まってくるのだ。
今回も、いつの間にか筐体の後ろに人だかりができていた。
対戦を見ながら何かを話している声も聞こえてくる。
けれど、俺はそちらに意識を向けなかった。
今、目の前にいるのは寧々だ。
周りに何人集まろうと、対戦の相手が変わるわけではない。
俺は画面の中の動きだけを見て、次に何をするべきか考え続けた。
寧々も同じだった。
彼女は周囲の声に反応することなく、こちらの操作に合わせてキャラクターを動かしている。
普段からこういう集中の仕方をしているのだろう。
対戦中の寧々は、余計なものを視界に入れない。
目の前の相手に勝つために必要なことだけを考えているように見えた。
その姿勢は、俺にとっても好ましいものだった。
相手が真剣に向き合ってくれるからこそ、こちらも手を抜かずに済む。
簡単に勝てる相手と遊ぶのがつまらないわけではないが、寧々との対戦では、最後まで気を抜く余地がない。
だからこそ、一つ一つの判断に意味が生まれる。
攻撃を選ぶか、防御を優先するか。
今は仕掛けるべきなのか、それとも相手の出方を待つべきなのか。
その場で判断を重ねながら、俺は対戦を続けた。
時間はさらに過ぎていった。
一試合に二十分以上かかることも、俺たちの対戦では珍しくない。
普通なら長すぎると思う人もいるかもしれないが、互いに実力が拮抗している以上、簡単には決着がつかない。
攻め方を変えれば相手も対応を変え、守り方を変えれば別の隙を狙われる。
一つの選択が、その後の展開を大きく左右することもある。
俺はそのたびに考え、寧々も同じように考えている。
周囲の野次馬が増えていることは、視界の端で何となく分かっていた。
けれど、今さら気にするようなことでもない。
見たければ見ればいい。
俺たちは誰かに見せるために対戦しているわけではないし、勝負の内容を変えるつもりもなかった。
ただ目の前の相手と向き合い、互いにできることを出し切る。
それだけで十分だった。
やがて画面に試合終了の表示が出た。
俺は操作を止め、結果画面を確認した。
リザルトに表示されていた結果は、引き分けだった。
「……またか」
思わず呟く。
寧々も画面を見ながら、小さく息を吐いた。
「ほんと、決まらないね」
「そっちも同じこと思ってたか」
「当たり前でしょ」
寧々は呆れたように言ったが、その声に嫌そうな響きはなかった。
俺たちの対戦が引き分けに終わることは、今回が初めてではない。
勝ち負けがつく時もあるが、互いに決定的な差が生まれないまま終わることもある。
それだけ実力が拮抗しているということなのだろう。
少なくとも、俺はそう考えていた。
画面の向こうでは、見物していた人たちが結果について話しているようだった。
ここまで長い対戦を見ていたのだから、感想の一つくらい出てくるのも当然だろう。
俺は周囲の様子を軽く眺めてから、寧々へ視線を戻した。
「いやぁ、やっぱり寧々とやると時間がかかるな」
「考調も同じくらい面倒な相手だけど」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「好きにすれば」
寧々はそっけなく返した。
けれど、表情はいつもより少しだけ柔らかい。
俺も笑いながら、対戦台から離れた。
久しぶりに顔を合わせた寧々と、いつも通り格闘ゲームを楽しむことができた。
周囲のプレイヤーたちの反応には少し思うところもあったが、俺たちの対戦そのものは満足できるものだった。
勝敗が決まらなかったことも、今さら気にするほどではない。
また次に対戦する機会があれば、その時に勝負をつければいいのだ。
そう考えながら、俺たちはゲーセンを出る準備を始めた。
…………………………………………………………………
ゲーセンを出ると、外の空気は店内よりもずっと冷たかった。
十二月中旬ともなれば、日が傾き始める時間帯には寒さが身に染みる。
俺は隣を歩く寧々を見ながら、駅までの道を進んだ。
帰る方向が同じなので、駅までは一緒だ。
せっかく久しぶりに会えたのだから、帰り道くらいは話をしながら歩くのも悪くない。
「今日は久しぶりに会えたね」
「だな、ここ最近は全然だったし」
「時間が合わなかっただけなんだろうけど、ちょっと不思議だった」
「俺もだよ、いつ行ってもいないから、もう来なくなったのかと思ってた」
「私も考調が来なくなったのかと思ってた」
同じことを考えていたらしい。
普段から頻繁に顔を合わせていると、急に見かけなくなった時に少し気になるものだ。
別に約束をしていたわけでもないし、毎週必ず会うと決めていたわけでもない。
それでも、いつもの場所にいつもの相手がいないというのは、思っていたよりも印象に残るものだった。
今日こうして会えたことで、その妙な引っかかりもなくなった気がする。
「そういえばさ、寧々って高校どこに行くんだ?」
駅へ向かって歩いている途中、ふと思い出して尋ねた。
受験の時期はもう過ぎていて、進学先についても大体のことは決まっている頃だ。
寧々とはゲームの話をすることが多いが、学校の話を詳しく聞いたことはなかった。
同じくらいの年齢なのだから、進学先くらい知っておいてもいいだろう。
「神山高校だけど」
「……あれ?」
思わず足取りが少し緩んだ。
「俺も神山高校なんだけど」
「えっ、そうなの?」
今度は寧々が驚いた顔をした。
俺が神山高校に合格していることは、当然ながら寧々に話したことがない。
そもそも、受験先について話題にする機会自体がなかったのだから、知らなくても不思議ではない。
寧々も同じだったのだろう。
ゲームセンターで何度も対戦している相手が、これから通う高校まで同じだとは思っていなかったらしい。
「マジか、同じ学校だったんだな」
「うん、全然知らなかった」
「俺も今初めて知ったよ」
これは予想外だった。
神山高校を受験して合格した時点では、進学先で知っている人間がいるかどうかなど、特に考えていなかった。
もちろん、同じ中学から進学する人間がいる可能性はある。
ただ、少なくとも俺が知っている範囲では、入学後にどういう人間と関わることになるのかは分からなかった。
その中に寧々がいると分かったのは、普通に嬉しいことだった。
「じゃあ、入学してからも会えるね」
「そうだな、学校でも会うかもしれないし」
「……同じクラスになるかは分からないけど」
「そこまではさすがに分からんね」
同じ高校に通うことが分かったからといって、必ず同じクラスになるわけではない。
学年が同じであっても、クラスが違えば学校で顔を合わせる機会がどれほどあるかは分からない。
それでも、少なくとも同じ学校にいるというだけで、これまでとは状況が違ってくる。
今まではゲーセンで偶然会うことが主な接点だった。
これからは学校という共通の場所ができるのだから、顔を合わせる機会も増えるかもしれない。
寧々もそのことを考えていたのか、少しだけ表情が明るくなっていた。
「そうだ、連絡先交換しない?」
俺が提案すると、寧々はすぐに頷いた。
「うん、いいよ」
互いにスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。
これまではゲーセンで会えた時に対戦するという形だったが、これからは事前に連絡を取ることもできる。
今日のように偶然会えるのを待つ必要もない。
予定が合う日を確認してから遊びに行けばいいし、どちらかがいつもの時間に来られない時も連絡できる。
それだけのことなのだが、今までなかった手段が増えるのは便利だった。
「これで予定も合わせられるな」
「うん、今度からは連絡してから来てもいいね」
「まぁ、今まで通り偶然会うのもそれはそれで面白いけど」
「それはそうだけど、会えない日が続くと面倒だし」
「確かに」
寧々の言うことももっともだった。
会えれば一緒に遊べる相手がいるのに、互いに同じ場所へ通っていながら、時間が合わないせいで顔を合わせられない。
それならば、連絡を取れるようにしておいた方がいい。
今までの付き合い方を変えるというほど大げさなことではないが、これからも遊ぶ機会を作りやすくなったのは間違いない。
俺はスマートフォンをしまい、改めて寧々へ目を向けた。
「いやぁ、まさか同じ高校とはな」
「私もびっくりした」
「入学してからもよろしくな、寧々」
「こちらこそ、考調」
そんなやり取りを交わしながら、俺たちは駅へ向かって歩き続けた。
学校が同じだと分かったことも、連絡先を交換できたことも、俺にとっては嬉しい収穫だった。
これまではゲーセンで顔を合わせるだけだった相手と、これからは学校でも関わる可能性がある。
それに、ゲームをする予定も合わせられるようになった。
わざわざ大げさに喜ぶような話ではないのかもしれないが、こういう小さな変化は素直に嬉しい。
寧々もまた、いつもより少し機嫌がよさそうだった。
同じ高校に知っている相手がいるというのは、彼女にとっても安心できることなのだろう。
寧々は人付き合いを積極的に広げるタイプではない。
だからこそ、高校に入ってから周囲に知り合いがいない状態になることを、少なからず心配していたのかもしれない。
少なくとも、完全に一人きりの状態から始まるわけではなくなった。
ゲームセンターで何度も対戦してきた相手が同じ学校にいる。
それは寧々にとって、思っていた以上に心強いことだった。
俺も、進学先で顔を知っている人間がいるというのは悪くないと思う。
新しい環境へ入る時、周囲の人間がどんな相手なのかは分からない。
同じ学校に通うからといって、全員と仲良くなれるわけでもないだろう。
それでも、すでに話せる相手が一人いるだけで、最初の一歩は少し軽くなる。
寧々と俺は、そんなことを互いに口に出すこともなく、駅までの道を歩いていた。
これから先、学校でどんな人間と知り合うことになるのかは、まだ分からない。
ただ、少なくとも寧々とは、入学後も今まで通りにゲームを楽しめそうだった。
そのことが、俺には素直に嬉しかった。
寧々もまた、内心ではかなり安心していた。
高校で完全に一人きりになるかもしれないという心配は、ひとまず考えなくてよくなったのだから。
連絡先を交換したスマートフォンをしまい、寧々は隣を歩く俺をちらりと見た。
俺は特に気づいた様子もなく、駅までの道をいつも通りに歩いている。
その何気ない様子を見ながら、寧々は心の中でほっと息をついた。
高校に入ってからも、ゲームを一緒にできる相手がいる。
その事実が、今の寧々には何よりもありがたかった。
…………………………………………………………………
高校入学後の孤立を早い段階で避けられてかなり安心した寧々であった。
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〜天馬司視点〜
休日の朝。
天馬司は、いつもより少し早めに家を出る準備をしていた。
今日は妹である咲希のお見舞いに行く予定だ。
学校がある日もない日も、司にとって咲希のことを気にかけるのは当たり前だった。
病院へ向かう前に身支度を整え、忘れ物がないかを確認する。
「よし!準備は万端だ!」
誰に聞かせるでもなくそう宣言すると、司は満足げに頷いた。
一日の始まりは活気よく迎えるべきだ。
これは司が普段から大切にしている考え方の一つだった。
もちろん、いつでも大声を出せばいいという話ではないのだが、気持ちを前向きにするためには、まず自分自身が元気でいることが大切だと思っている。
咲希の前でも、できるだけ明るく振る舞いたい。
心配をかけたくないという気持ちもあるが、それ以上に、妹には笑っていてほしかった。
司は玄関へ向かい、靴を履く。
扉を開けようとしたところで、隣の家からも人が出てくるのが見えた。
「あ、おはよう司」
声をかけてきたのは、近所に住む同年代の少年だった。
大城考調。
顔を合わせれば挨拶を交わす程度の間柄で、特別に親しいというわけではない。
それでも、近所に住む人間として顔と名前は知っているし、何度か会話をしたこともあった。
「うむ!おはよう考調!」
元気よく挨拶を返す。
すると、考調は目に見えて肩を跳ねさせた。
「うぉ……!?びっくりした……」
「む?スマンな」
どうやら、少し声が大きすぎたらしい。
朝から近所の人間を驚かせてしまったのは申し訳ないが、考調は怒っている様子ではなかった。
「いや、いいけど……朝から元気だな」
「当然だ!一日の始まりから活気がなくては、何事も始まらんからな!」
司が胸を張って答えると、考調は小さく笑った。
その反応を見て、司もまた気分がよくなる。
挨拶というものは、ただ言葉を交わすだけの行為ではない。
相手に自分の存在を伝え、互いに気持ちよく一日を始めるためのものでもあるのだ。
もっとも、今のように相手を驚かせてしまっては、少々本末転倒かもしれないが。
「考調はこれから出かけるのか?」
「うん、ちょっと遊びに」
「そうか!休日を有意義に過ごすのは大切なことだからな!」
「司も出かけるところ?」
「いや、少し用事があってな」
そう答えながら、司は今日の予定を思い出す。
咲希のお見舞いだ。
妹の体調を気にかけるのは当然として、今日はどんな話をしようかと考えるだけでも、自然と足取りが軽くなる。
その一方で、考調とこうして話すのも久しぶりだった。
いや、顔を合わせること自体は珍しくない。
学校へ向かう時や帰宅する時に、家の前で見かけることはある。
ただ、互いに挨拶を交わして、そのまま別れることがほとんどだった。
考調は自分から積極的に話しかけてくるタイプという印象ではないが、こちらから声をかければ普通に応じてくれる。
そういう意味では、話しかけにくい相手というわけでもなかった。
「そういえば司って、神山高校なんだよな?」
不意に考調がそう尋ねてきた。
「うむ、そうだが?」
「実際、どんな感じの学校なんだ?俺も来年から通うことになるし、ちょっと気になって」
なるほど。
考調も神山高校に入学するのか。
司は以前から、考調が同じ高校へ進学する可能性について考えたことがなかったわけではない。
何しろ、同年代の近所の人間なのだ。
進学先が同じになることだって、十分にあり得る。
しかし、実際に本人から聞くと、また違った感覚があった。
「そうだな……可もなく不可もなく、といったところか」
「へぇ」
「勉強が特別難しいというわけでもないし、教師たちも生徒がやりたいことを全力で応援してくれるぞ!少なくとも、オレはそう感じている!」
自分が学校生活を送る中で感じていることを、そのまま伝える。
特別に素晴らしい学校だと大げさに褒めるつもりもなければ、反対に悪いところばかりを挙げるつもりもない。
学校というものは、実際に通ってみなければ分からないことが多い。
教師との相性もあれば、クラスの雰囲気だって学年によって変わるだろう。
それでも、生徒が何かをやりたいと思った時に、教師がそれを応援してくれる環境はありがたいものだった。
「生徒がやりたいことを応援してくれるっていうのは良いな」
「だろう!何かに打ち込むというのは素晴らしいことだからな!」
考調が肯定的な反応を示したので、司は嬉しくなった。
自分が大切だと思っていることに、相手も価値を見出してくれる。
それだけで、会話が少し弾む気がした。
とはいえ、考調が神山高校でどのような生活を送ることになるのかは、まだ分からない。
入学してから何に興味を持つのかも、どんな人間と出会うのかも、本人次第だろう。
だからこそ、学校について聞かれた時には、できるだけ実感に基づいた話をするのがよいと思った。
「ちなみに、司は学校で何かやってるのか?」
「オレか?オレは将来、世界一のスターになることを目指している!」
「……世界一のスター?」
考調が少しだけ不思議そうな顔をした。
無理もない。
世界一のスターという目標は、簡単に説明できるものではないからだ。
しかし、だからといって目標を曖昧にするつもりはなかった。
「そうだ!そのために日々努力を重ねているのだ!」
人前に立ち、誰かを楽しませる。
観客を笑顔にし、心を動かし、明日も頑張ろうと思えるような時間を届ける。
司が目指しているのは、そういう存在だった。
ただ有名になりたいというだけではない。
自分の表現を通じて、誰かの心に残るものを届けたい。
そのためには、演技も歌も、身体の動かし方も、あらゆることを磨いていく必要がある。
まだまだ足りないものは多い。
だが、足りないものがあるからこそ、努力する意味があるのだ。
考調は司の話を最後まで聞き、少し考えるような表情を浮かべた。
「なるほどなぁ……司らしい目標だと思う」
「む?オレらしい、か?」
「うん、少なくとも今の話を聞いてると、そう思うよ」
司は一瞬だけ目を丸くした。
考調と長く話したことは、それほど多くない。
普段の挨拶だけでは、相手がどんなことを考えているのかまでは分からないものだ。
それでも、今の言葉は素直に嬉しかった。
自分の目標を話した時、相手がどう受け取るのかは気になる。
大きすぎる夢だと笑われることもあるかもしれないし、現実を見ろと言われることだってあるかもしれない。
もちろん、そうした意見をすべて否定するつもりはない。
目標を達成するためには、自分の足りない部分を知ることも必要だからだ。
だが、考調は少なくとも、司の目標そのものを否定しなかった。
「ははは!そうか!ならば、その期待に応えられるように頑張らねばな!」
思わず笑みがこぼれる。
こうして誰かと話すことで、自分が目指しているものを改めて意識できることもあるのだ。
「ところで考調は、何か目指しているものがあるのか?」
今度は司から尋ねてみた。
自分の話ばかりするのも申し訳ないし、相手が何を考えているのかも知りたい。
「俺?うーん……これっていう大きな目標は、今のところないかな」
「そうなのか?」
「やりたいことは色々あるんだけど、何か一つに決めてるわけじゃないんだよね」
その答えに、司は納得した。
人によって、進む道を決める時期は違う。
早いうちから一つの目標を定めて努力する人もいれば、さまざまなことに挑戦しながら、自分に合うものを探していく人もいる。
どちらが正しいという話ではないだろう。
大切なのは、自分自身が何をしたいのかを考えることだ。
「なるほどな!まだこれから見つけていくということか!」
「まぁ、そんな感じ」
「それもまた良いだろう!自分が何をしたいのかを考えることは大切だからな!」
そう答えると、考調は気楽そうに頷いた。
司は、自分と違う考え方をする人間の話を聞くのも嫌いではなかった。
同じ目標を持っていなければ話ができない、ということはない。
むしろ、自分とは異なるものを大切にしている人間の話を聞けば、新しい発見があることもある。
世界一のスターを目指す自分と、さまざまなことに興味を持っている考調。
目指しているものは違っていても、こうして普通に話すことはできるのだ。
その後も、会話は自然と続いた。
家族のことや、昔の思い出。
普段どんなことをして過ごしているのか、休日にはどこへ出かけるのか。
特別な話題ばかりではなかったが、互いのことを知るには十分だった。
考調は、家族との普段のやり取りや、出かけた先での出来事について話してくれた。
司もまた、自分の家族について話した。
咲希のことを話題にする時には、自然と表情が柔らかくなる。
妹と過ごした時間は、司にとって大切な思い出の一つだ。
昔の出来事を振り返っていると、つい話が長くなってしまうこともあった。
それでも考調は、途中で話を遮ることなく耳を傾けてくれた。
もちろん、相手の話を聞いているだけではなく、自分の考えや経験についても話してくれる。
おかげで、一方的に話し続けているという感覚はなかった。
会話を重ねるうちに、司は考調に対する印象が少し変わっていくのを感じた。
これまでは、挨拶を交わす近所の少年という認識だった。
しかし、実際に話してみると、物事を自分なりに考えている人間なのだと分かる。
何かを決めつけるようなことはせず、相手の話を聞いたうえで、自分がどう思うのかを言葉にしている。
その姿勢は、司にとって好ましいものだった。
自分の考えを持つことは大切だ。
同時に、他人の考えを聞くことも大切である。
どちらか一方だけでは、物事を十分に理解することは難しいだろう。
考調との会話は、司にとっても楽しい時間になっていた。
やがて、少し長く話し込んでいたことに気づいた司は、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ、考調!」
「ん?」
「高校入学後はいつでも声をかけろ!もちろん入学前でも困りごとがあれば相談にのるぞ?」
これは、社交辞令というわけではなかった。
近所に住んでいる人間が困っているのなら、できる範囲で力になりたい。
それに、来年から同じ高校に通うことになるのなら、今後顔を合わせる機会も増えるだろう。
入学前の不安や、学校生活について分からないことがあれば、知っている範囲で教えることもできる。
もちろん、何でも解決できると約束するつもりはない。
それでも、相談に乗るくらいならできるはずだ。
「ありがとう、そういうことがあったらありがたく頼らせてもらうよ」
「うむ!遠慮する必要はないからな!」
考調の返事を聞き、司は満足げに頷いた。
こうして自分から声をかけたことで、今後は以前よりも話しやすくなるかもしれない。
近所に住んでいるというだけで、必ずしも親しくなるわけではない。
だが、何気ない挨拶から始まって、少しずつ相手を知っていくことはできる。
今回の会話は、その一歩になったように思えた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「そうか!気をつけてな、考調!」
「司もな」
軽く手を振り、考調は歩き出した。
司もそれを見送ってから、改めて自分の予定を思い出す。
今日は咲希のお見舞いに行くのだった。
考調との会話が思いのほか楽しかったため、少し時間を使ってしまったが、まだ問題はない。
司は気持ちを切り替え、病院へ向かうことにした。
休日の朝に、近所の少年と少し長く話した。
それだけの出来事ではある。
けれど、これまで挨拶程度だった相手と、互いのことを少し知ることができた。
司にとっては、それだけでも十分に意味のあることだった。
病院へ到着した司は、受付を済ませてから咲希の病室へ向かった。
廊下を歩きながら、妹が今日はどんな様子なのかを考える。
会うたびに体調を確認するのは、もう習慣のようなものだった。
もちろん、体調のことばかりを尋ねるつもりはない。
咲希が楽しく過ごせるように、学校の話や日常の出来事を話すことも大切だと思っている。
病室の前に着くと、司は軽く扉を叩いた。
「咲希、入るぞ!」
「はーい!お兄ちゃん!」
明るい返事が聞こえてきた。
その声を聞くだけで、司の表情も自然と和らぐ。
扉を開けると、咲希がこちらを見て笑っていた。
「おはよう、咲希!今日も元気そうだな!」
「うん!お兄ちゃんも元気そうだね!」
「当然だ!オレはいつでも元気だからな!」
「ふふっ、そうだね!」
咲希が楽しそうに笑う。
司は持ってきた荷物を置き、妹の様子を確かめてから椅子に腰を下ろした。
いつものように、学校のことや最近あった出来事について話す。
咲希は興味深そうに耳を傾け、時折質問を挟みながら、楽しそうに話を聞いてくれた。
司もまた、妹の話を聞く。
入院生活の中であったことや、最近気になっていること。
そうした話題を一つずつ拾いながら、二人はゆっくりと時間を過ごした。
しばらくして、司は今朝の出来事を思い出した。
「そういえば咲希、今朝は近所の人と少し長く話をしたんだ」
「近所の人?」
「うむ!大城考調という少年だ!今までは挨拶を交わす程度だったのだが、今日は学校の話や家族の話をしたぞ!」
「へぇ!お兄ちゃん、そんなに長くお話ししたんだ!」
咲希は少し意外そうな顔をした。
司自身も、これまで考調と長く話す機会がなかったことは自覚している。
別に避けていたわけではない。
単純に、顔を合わせる時には互いに出かけるところだったり、帰宅したところだったりして、ゆっくり話す時間がなかっただけだ。
「考調も来年から神山高校に通うそうだ!学校について尋ねられたので、オレが感じていることを教えてやった!」
「同じ高校なんだ!それなら、これからもっとお話しする機会が増えそうだね!」
「そうだな!入学前でも困ったことがあれば相談に乗ると言っておいたぞ!」
咲希は嬉しそうに頷いた。
「いいね!近所に知り合いがいると安心だもんね!」
「うむ!オレもそう思う!」
考調は、話してみると自分なりの考えを持っている少年だった。
目標について尋ねた時も、今は特定のものに決めていないと答えた。
それでも、自分が何をしたいのかを考えることは大切だという司の言葉を、素直に受け止めてくれた。
そのうえで、自分の考えもきちんと伝えてくれた。
そうしたやり取りができたことは、司にとっても好ましい経験だった。
「考調くんって、どんな人なの?」
「そうだな……物事をよく考える人間だと思うぞ!話をしていても、こちらの言葉を聞いたうえで、自分がどう思うのかを伝えてくれる!」
「へぇー!なんだか、しっかりしてそうな人なんだね!」
「うむ!オレも、今日話してみてそう感じた!」
咲希はしばらく考えた後、ぱっと顔を明るくした。
「ねえ、お兄ちゃん!」
「どうした、咲希?」
「私が退院したら、その考調くんと一緒に挨拶に行こうよ!」
「む?」
司は一瞬、妹の言葉を聞き返しそうになった。
しかし、すぐにその意味を理解する。
退院した後に、近所の人へ挨拶をする。
その時に、今朝話した考調にも一緒に会いに行こうということなのだろう。
咲希にとっても、近所の人とのつながりは大切なものだ。
自分がまだ会ったことのない相手であっても、兄が親しく話せたのなら、自分も挨拶をしてみたいと思ったのかもしれない。
「なるほど!それは良い考えだな!」
司は力強く頷いた。
「退院したら、一緒に挨拶へ行こうではないか!」
「やった!約束だよ、お兄ちゃん!」
「もちろんだ!オレが約束を破るわけがないだろう!」
咲希は嬉しそうに笑った。
司もまた、その笑顔を見て嬉しくなった。
退院後にやりたいことが一つ増えた。
それだけでも、今後の楽しみになる。
もちろん、退院するまでにはまだ時間があるし、体調を第一に考えなければならない。
だからこそ、今は無理をせず、できることを一つずつ積み重ねていけばいい。
司はそう考えながら、妹との会話を続けた。
近所の少年と話したことが、こうして咲希との新しい約束につながるとは思っていなかった。
人とのつながりというものは、どこから広がっていくのか分からないものだ。
だからこそ、何気ない出会いや会話も大切にしていきたい。
司は咲希の笑顔を見つめながら、退院後に訪れる日を楽しみに思うのだった。
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〜白石杏視点〜
考調がWEEKEND GARAGEを出ていくのを見送ってから、私はしばらく入口の方を眺めていた。
さっきまで一緒に歌っていた相手がいなくなっただけなのに、なんとなく店内が静かになったような気がする。
もちろん、実際にはそんなことはない。
お客さんたちの話し声も聞こえるし、店の中にはいつも通りの空気が流れている。
ただ、さっきまで隣にいた考調の歌声がなくなったことで、少しだけ物足りなさを感じているのだと思う。
「……やっぱり、上手くなってるよね」
思わず独り言が漏れた。
今日、一緒に歌って改めて実感したことがある。
考調の歌唱力が、明らかに上がっている。
もちろん、以前から歌が下手だったわけではないし、一緒に歌う機会も何度もあったから、元々の実力は知っているつもりだった。
でも、ここ最近の歌は以前とは違った。
音程が安定しているとか、声がよく出ているとか、そういう分かりやすい部分だけの話じゃない。
歌っている最中の余裕が増しているのだ。
以前なら意識して調整していたようなところでも、今は自然に対応できているように感じた。
私の歌を聴きながら自分の声を合わせて、曲の勢いを落とさないように歌っているのに、窮屈そうな感じがない。
むしろ、相手の歌に合わせることまで楽しんでいるように見えた。
それが少し悔しくて、同時に嬉しかった。
考調が歌を好きなことは知っている。
歌ってみた動画を投稿し初めたことも知っているし、歌に関する話題になると、楽しそうに自分の考えを話してくれることも知っている。
だから、上達していること自体は不思議じゃない。
練習を続けているなら、少しずつ上手くなっていくのは当然だと思う。
ただ、今回の伸び方は、私が想像していたものよりずっと大きかった。
ここ二か月くらいで、考調の歌は目に見えて変わっている。
初めて会った頃から考えれば、なおさらだ。
……いや、初めて会った頃から考えても、ここまで急激に伸びるものなのかな。
そんな疑問が頭をよぎった。
私は自分の歌に自信がないわけじゃない。
小さい頃からWEEKEND GARAGEの手伝いをしてきたし、父さんが歌う姿も、父さんの仲間たちが音楽に向き合う姿も、すぐ近くで見てきた。
それに、今より二年前、父さんが所属していたRAD WEEKENDの歌に憧れてからは、もっとストリートで歌いたいと思うようになった。
あの歌を聴いた時の衝撃は、今でも忘れていない。
ただ上手いだけじゃない。
聴いている人の心を揺さぶって、その場にいる全員を巻き込んでしまうような歌だった。
私もあんな風に歌いたい。
誰かの心に残る歌を歌いたい。
その気持ちは、今も変わっていない。
だからこそ、歌に関しては自分なりに努力してきたつもりだし、もっと上手くなりたいという気持ちもずっと持っている。
その私が、今日の考調の歌を聴いて、少し焦っている。
……なんだろう、この感じ。
悔しいのは確かだ。
自分と同じように歌を楽しんでいる相手が、自分の知らないところでどんどん成長している。
しかも、ただ成長しているだけじゃなくて、実際に一緒に歌ってみると、その変化をはっきりと感じさせられる。
そうなれば、私だって負けていられないと思う。
だけど、それだけでは説明できない気持ちもあった。
考調が上手くなったことが嬉しい。
もっと一緒に歌いたいと思う。
その一方で、今のままでは追いつけなくなるんじゃないかという不安もある。
どれも本当の気持ちだから、どれか一つだけを選ぶことはできなかった。
私は小さく息を吐いて、先ほどまで考調が座っていた席に目を向けた。
そもそも、私が考調と知り合ったのは、中学一年生の終わり頃だった。
あの日も、今日と同じようにWEEKEND GARAGEで昼食を取っているお客さんがいた。
私はいつものように店の手伝いをしていて、父さんとお客さんが話している声が聞こえてきたのだ。
そのお客さんが、父さんのファンだと言っていた。
しかも、ただ曲を知っているというだけじゃなく、父さんの歌が好きだと、本人を前にしてはっきりと伝えていた。
それを聞いた私は、思わず気になってしまった。
父さんの歌を好きだと言ってくれる人がいる。
それだけでも嬉しかったし、どんな人なのか知りたいとも思った。
だから、昼食を取っていたその人に声をかけた。
それが考調との最初の出会いだった。
最初はRAD WEEKENDの話で盛り上がった。
父さんの歌のどこが好きなのか、どんなところに惹かれたのか。
そういう話をしているうちに、考調がただ有名だから父さんのことを好きだと言っているわけではないことが分かった。
歌を聴いて、自分なりに考えて、何が良かったのかを言葉にしてくれる。
私とは違う視点からの感想もあって、話していて面白かった。
それから、考調は週に一度くらいの頻度でWEEKEND GARAGEに食事をしに来るようになった。
会えば話をするし、音楽の話題になれば自然と盛り上がる。
時には一緒に歌うこともあった。
最初の頃から、考調は歌うことを楽しんでいた。
私が歌っていると、興味深そうに聴いてくれることもあったし、自分が歌う時には、どうすればもっと良くなるのかを考えているようだった。
別に、いつも真剣な顔をしていたわけじゃない。
普通に笑うし、くだらない話もする。
でも、歌の話になった時には、自分が感じたことをきちんと伝えようとするところがあった。
その姿勢は、今も変わっていないと思う。
変わったのは、歌そのものだ。
初めて一緒に歌った頃と比べれば、今の考調は明らかに上手くなっている。
そして、今日の歌を聴いて、私はまた一つ気づかされた。
この人は、まだ伸びている途中なんだ。
今の歌唱力が完成形だとは、とても思えなかった。
むしろ、今後もどんどん変わっていくのではないかと思わせるような歌だった。
「……うーん」
私は腕を組んだ。
別に、考調に負けたくないから一緒に歌うのをやめよう、なんて考えているわけじゃない。
そんなことをしたら、せっかく一緒に歌える相手がいるのにもったいない。
それに、相手の実力が上がることは、自分にとっても刺激になる。
実際、今日だって一緒に歌っていて楽しかった。
私の声に合わせて考調の声が重なり、曲の勢いがさらに増していく。
自分一人で歌っている時とは違う面白さがあったし、相手が上手くなっているからこそ、こちらも自然と力が入った。
そういう時間は好きだ。
だからこそ、少し焦る。
このまま考調が上手くなっていったら、私はどうなるんだろう。
そんなことを考えてしまう自分が、少し嫌だった。
考調が上手くなったからといって、私の歌が下手になるわけじゃない。
誰かの成長と、自分の価値は別の話だ。
頭では分かっている。
でも、歌で何かを目指している以上、周りの人がどんな風に成長しているのかは気になるし、自分がどこまで進めているのかも気になってしまう。
特に、身近な相手ならなおさらだ。
遠くにいる誰かがすごい歌を歌っていると知るのと、普段から話している相手が目の前で急に成長しているのを実感するのとでは、受ける刺激が違う。
考調は、私にとってそういう相手なのだと思う。
だから、一緒に歌って楽しかったという気持ちと、もっと頑張らなきゃという気持ちは、どちらも消えなかった。
私は顔を上げ、店内を見回した。
父さんはいつも通り店の仕事をしている。
お客さんたちも、それぞれの時間を過ごしていた。
この場所で過ごしてきた時間は長い。
幼い頃から店の手伝いをして、父さんの歌を聴いて、RAD WEEKENDに憧れて、ストリートで歌うことに熱中するようになった。
私にとってWEEKEND GARAGEは、ただ食事をする場所でも、父さんが経営している店というだけでもない。
音楽と出会い、音楽を好きになり、自分の目標を見つけてきた場所だ。
そして、考調と出会った場所でもある。
そんな場所で、今も一緒に歌える相手がいる。
それは、素直に嬉しいことだった。
「よしっ!」
私は両手で頬を軽く叩いた。
焦っているなら、もっと練習すればいい。
考調が上手くなっているなら、私だって上手くなればいい。
相手の成長を気にすること自体は悪くないと思う。
ただ、それを理由に自分の歌を楽しめなくなるのは違う。
私が歌を好きになったのは、誰かに勝つためだけじゃない。
父さんの歌に憧れた時、私が感じた気持ちは、もっと単純で、もっと強いものだった。
私もあんな風に歌いたい。
自分の歌で、誰かの心を動かしたい。
その気持ちを忘れたくはなかった。
もちろん、負けたくないという気持ちだってある。
考調の歌が上手くなっているのなら、私だって負けたくない。
次に一緒に歌う時には、今日よりもっと良い歌を聴かせたい。
そう思うのは、きっと自然なことだ。
「……次は、もっと上手く歌ってやるんだから」
小さく呟いた言葉には、自分でも思っていた以上に力が入っていた。
考調は相棒になることを断ったけれど、一緒に歌うことまで断ったわけじゃない。
なら、これからも誘えばいい。
一緒に歌って、互いの歌を聴いて、もっと上手くなっていけばいい。
相棒になってくれないのは、やっぱり少し残念だけど。
それでも、考調と歌う時間は楽しい。
その気持ちは、これからも変わらないと思う。
私は先ほどまでの考えをひとまず頭の隅に置き、仕事へ戻ることにした。
次に会う時には、今日よりも成長した歌を聴かせたい。
そう思いながら、私はいつものように笑顔を浮かべた。
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〜草薙寧々視点〜
十二月中旬。
午後二時を少し過ぎた頃、私はいつものようにゲームセンターへ来ていた。
格闘ゲームのコーナーへ向かいながら、空いている筐体があるかどうかを確認する。
休日の昼間ということもあって、店内にはそれなりに人がいた。
クレーンゲームに挑戦している人もいれば、音楽ゲームを黙々とプレイしている人もいる。
その中でも格闘ゲームのコーナーは、いつも独特の空気がある。
勝負に集中している人もいれば、勝った瞬間に大きな声を上げる人もいる。
同じゲームを遊んでいても、楽しみ方は人それぞれだ。
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
ふと、見覚えのある人物が視界に入った。
大城考調。
「……あれ?」
思わず足を止めかけた。
最近、彼とは顔を合わせていなかった。
以前はゲームセンターに来れば、かなりの確率で見かけていた相手だ。
だからこそ、しばらく姿を見かけなくなった時には、もうここへ来なくなったのかと思っていた。
もちろん、本人に理由を聞いたわけではない。
私だって毎回同じ時間に来ているわけではないし、単純に予定が合わなくなっただけという可能性もあった。
それでも、何度か通っても見かけない日が続けば、少しくらい気になる。
……まさか、今日会えるとは思わなかった。
考調もこちらに気づいたらしく、視線が合った。
「……考調?」
「よっ、寧々」
向こうから気軽に声をかけられた。
私も軽く挨拶を返す。
「久しぶりだね」
「そうだな、最近全然会わなかったし」
「うん、もう来なくなったのかと思ってた」
「それ、こっちも同じこと思ってたよ」
……そっちもそう思ってたんだ。
どうやら、考えていたことは同じだったらしい。
私は彼が来なくなったのかと思っていたし、彼も私が来なくなったのかと思っていた。
実際には、ただ来る時間が合わなくなっていただけなのだろう。
考えてみれば、毎回同じ時間に来る約束をしていたわけではない。
そういうことがあっても不思議ではなかった。
「……まぁ、また会えてよかった」
「俺も」
考調はそう答えた。
それだけのやり取りだったけれど、なんとなく気持ちが軽くなった。
別に、会えなかったからといって困っていたわけではない。
ただ、いつも顔を合わせていた相手が急にいなくなると、少しだけ物足りない。
それだけのことだ。
……うん、会えてよかった。
「それで、今日はどうするの?」
「そりゃ格ゲーだろ」
「聞くまでもなかったね」
「寧々もそのつもりで来たんじゃないの?」
「そうだけど」
わざわざ聞く必要もなかったかもしれない。
私たちがゲームセンターで会った時にすることなんて、ほとんど決まっている。
格闘ゲームだ。
別のゲームを提案する理由もなかった。
私たちは対戦台の並ぶ場所へ移動し、周囲の様子を確認した。
ただ、いきなり二人で対戦を始めるわけではない。
まずは周囲で遊んでいるプレイヤーたちと対戦し、それぞれ腕試しをする。
いつもの流れだった。
考調は空いている筐体を探し、私は別の台へ向かった。
格闘ゲームは、相手によって対戦の内容が大きく変わる。
こちらの攻撃が簡単に通る相手もいれば、少し判断を間違えただけで一気に不利になる相手もいる。
だからこそ、対戦が始まったら相手の動きをよく見る。
何を狙っているのか。
どんな場面で攻めてくるのか。
こちらの行動にどう対応してくるのか。
そうした情報を集めながら、自分の行動を変えていく。
私はゲームをしている時、余計なことを考えなくて済む。
目の前の画面に集中して、相手の動きだけを見ていればいい。
学校のことも、家のことも、ほかの面倒なことも関係ない。
必要なのは、今の対戦でどう動くかを考えることだけだ。
その感覚が好きだった。
そして、考調も同じようにゲームへ集中する人間だった。
普段の彼は、ゲームのこと以外にもいろいろ考えているように見える。
何かを見つければ興味を持ち、気になったことがあれば自分なりに考える。
以前話していた時も、そういう印象を受けた。
けれど、対戦中は違う。
画面の向こうにいる相手へ意識を向け、勝つために必要なことを考えている。
私と同じように、ゲームそのものを楽しんでいるのが分かった。
対戦を始めてから二十分ほど経った頃には、私も考調も、それぞれ挑戦してきた相手に全勝していた。
周囲からは感心したような声が聞こえてくる。
何人かのプレイヤーは、私たちの操作を見て何か話し合っていた。
自分のプレイを見て、何かしら感じ取ってくれる人がいるのなら、悪い気分ではない。
……まぁ、別に見せるためにやっているわけじゃないけど。
ただ、その一方で、気になる音も聞こえてきた。
舌打ち。
筐体を叩く音。
勝てなかったことが気に入らないのか、不満そうな反応を繰り返しているプレイヤーがいた。
ゲームで負ければ悔しいのは分かる。
私だって負ければ悔しいし、納得できない負け方をすれば、何が悪かったのか考える。
でも、筐体に当たっても意味がない。
そんなことをしても自分のプレイが上手くなるわけではないし、周囲に迷惑をかけるだけだ。
少し離れた場所にいる考調へ目を向けると、ちょうど彼もこちらを見ていた。
視線が合った。
「うるさいね…」
「やっぱガラ悪…」
小声で呟いた考調に、私は同意するように頷いた。
……本当に、何をしているんだか。
それでも、誰かが実際に喧嘩を始めるようなことはなかった。
不満を露わにしている人間はいるものの、それ以上の騒ぎには発展していない。
なら、こちらが余計なことを言う必要もないだろう。
私たちは顔を見合わせ、それぞれの対戦へ意識を戻した。
「じゃ、やろうか」
「うん」
考調との対戦だ。
周囲のプレイヤーを相手にするのも楽しいけれど、彼との対戦はまた別だった。
互いの実力を知っているからこそ、簡単には勝負が決まらない。
こちらが何を狙っているのか。
相手がどこで仕掛けてくるのか。
そういったことを考えながらプレイする必要がある。
私はコインを入れ、対戦の準備を整えた。
画面にキャラクターが表示され、選択が終わる。
対戦開始の表示が出た瞬間、意識が画面へと向かった。
最初の数手で相手の出方を探る。
考調もこちらの動きに合わせて対応してくる。
どちらかが一方的に攻め続けるような展開にはならなかった。
攻撃を仕掛ければ防がれ、こちらが攻め込めば対応される。
小さな有利を取ったと思えば、その直後に状況がひっくり返ることもある。
一度通用した行動が、次も通用するとは限らない。
相手もこちらの動きを見て、対応を変えてくるからだ。
だから、同じことを繰り返しているだけでは勝てない。
その場で状況を判断し、相手の考えを読み、次の行動を選ぶ。
その繰り返しが面白かった。
時間が経つのも忘れるほど、私は画面へ集中していた。
気がつけば、対戦台の周囲に人が集まり始めていた。
最初は数人が様子を見ているだけだったのに、対戦がなかなか終わらないためか、少しずつ見物人が増えている。
格闘ゲームのコーナーでは、実力の高いプレイヤー同士が対戦していると、こういうこともある。
誰が勝つのか。
どちらが先に流れを掴むのか。
それを見届けようとする人が集まってくるのだ。
今回も、いつの間にか筐体の後ろに人だかりができていた。
対戦を見ながら話している声も聞こえてくる。
けれど、私はそちらに意識を向けなかった。
今、目の前にいるのは考調だ。
周りに何人集まろうと、対戦相手が変わるわけではない。
私は画面の中の動きだけを見て、次に何をするべきか考え続けた。
考調も同じだった。
周囲の声に反応することなく、こちらの操作に合わせてキャラクターを動かしている。
……本当に、こういう時は余計なことを気にしないんだ。
それは私にとって、好ましいことだった。
相手が真剣に向き合ってくれるからこそ、こちらも手を抜かずに済む。
簡単に勝てる相手と遊ぶのがつまらないわけではないけれど、考調との対戦では最後まで気を抜けない。
だからこそ、一つ一つの判断に意味が生まれる。
攻撃を選ぶか、防御を優先するか。
今は仕掛けるべきなのか、それとも相手の出方を待つべきなのか。
状況を見ながら判断を重ねていく。
時間はさらに過ぎていった。
私たちの対戦では、一試合に二十分以上かかることも珍しくない。
普通なら長すぎると思う人もいるかもしれない。
でも、互いに実力が拮抗している以上、簡単には決着がつかない。
攻め方を変えれば相手も対応を変え、守り方を変えれば別の隙を狙われる。
一つの選択が、その後の展開を大きく左右することもある。
私はそのたびに考え、考調も同じように考えている。
周囲の野次馬が増えていることは、視界の端で何となく分かっていた。
けれど、今さら気にするようなことでもない。
見たければ見ればいい。
私たちは誰かに見せるために対戦しているわけではないし、勝負の内容を変えるつもりもなかった。
ただ目の前の相手と向き合い、互いにできることを出し切る。
それだけで十分だった。
やがて、画面に試合終了の表示が出た。
私は操作を止め、結果画面を確認する。
リザルトに表示されていた結果は、引き分けだった。
「……またか」
考調が小さく呟いた。
私も画面を見ながら、息を吐いた。
「ほんと、決まらないね」
「そっちも同じこと思ってたか」
「当たり前でしょ」
呆れたように返したけれど、嫌な気分ではなかった。
私たちの対戦が引き分けに終わることは、今回が初めてではない。
勝ち負けがつく時もあるけれど、互いに決定的な差が生まれないまま終わることもある。
それだけ実力が拮抗しているということなのだろう。
画面の向こうでは、見物していた人たちが結果について話しているようだった。
ここまで長い対戦を見ていたのだから、感想の一つくらい出てくるのも当然だろう。
私は周囲を軽く眺めてから、考調へ視線を戻した。
「やっぱり寧々とやると時間がかかるな」
「考調も同じくらい面倒な相手だけど」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「好きにすれば?」
そっけなく返したものの、自然と表情が緩んでいた。
久しぶりに顔を合わせた考調と、いつも通り格闘ゲームを楽しむことができた。
周囲のプレイヤーたちの反応には少し思うところもあったけれど、対戦そのものは満足できるものだった。
勝敗が決まらなかったことも、今さら気にするほどではない。
また次に対戦する機会があれば、その時に勝負をつければいい。
そう考えながら、私は対戦台から離れた。
考調も同じように筐体を離れ、私たちはゲームセンターを出る準備を始めた。
ゲームセンターを出ると、外の空気は店内よりもずっと冷たかった。
十二月中旬ともなれば、日が傾き始める時間帯には寒さが身に染みる。
隣を歩く考調と一緒に、駅までの道を進む。
帰る方向が同じなので、駅までは一緒だ。
せっかく久しぶりに会えたのだから、帰り道くらいは話をしながら歩くのも悪くない。
「今日は久しぶりに会えたね」
「だな、ここ最近は全然だったし」
「時間が合わなかっただけなんだろうけど…ちょっと不思議だった」
「俺もだよ、いつ行ってもいないからもう来なくなったのかと思ってた」
「私も考調が来なくなったのかと思ってた」
やっぱり、考えていたことは同じだったらしい。
普段から頻繁に顔を合わせていると、急に見かけなくなった時に少し気になるものだ。
別に約束をしていたわけでもないし、毎週必ず会うと決めていたわけでもない。
それでも、いつもの場所にいつもの相手がいないというのは、思っていたよりも印象に残るものだった。
今日こうして会えたことで、その妙な引っかかりもなくなった気がする。
「そういえばよ、寧々って高校どこに行くんだ?」
駅へ向かって歩いている途中、考調がふと思い出したように尋ねてきた。
受験の時期はもう過ぎていて、進学先についても大体のことは決まっている頃だ。
考調とはゲームの話をすることが多いけれど、学校の話を詳しくしたことはなかった。
「神山高校だけど」
「……あれ?」
考調の足取りが少し緩んだ。
「俺も神山高校なんだけど」
「えっ、そうなの?」
思わず聞き返してしまった。
考調が神山高校に合格していることなど、もちろん知らなかった。
そもそも、受験先について話題にする機会自体がなかったのだから、知らなくても不思議ではない。
それに、私だって自分の進学先を彼に伝えていなかった。
「マジか、同じ学校だったんだな」
「うん、全然知らなかった…当たり前だけど」
「そりゃそうだ、俺も今初めて知ったよ」
これは予想外だった。
ゲームセンターで何度も対戦している相手が、これから通う高校まで同じだとは思っていなかった。
神山高校に入学した後、どんな人たちと関わることになるのかは分からない。
同じ中学から進学する人がいる可能性はあるけれど、少なくとも私にとっては、新しい環境に入ることに変わりはなかった。
その中に、すでに知っている相手がいる。
……それって、かなり大きいんじゃない?
「じゃあ、入学してからも会えるね」
「そうだな、学校でも会うかもしれないし」
「……同じクラスになるかは分からないけど」
「そこまではさすがに分からんね」
同じ高校に通うことが分かったからといって、必ず同じクラスになるわけではない。
学年が同じであっても、クラスが違えば学校で顔を合わせる機会がどれほどあるかは分からない。
それでも、同じ学校にいるというだけで、これまでとは状況が違ってくる。
今まではゲームセンターで偶然会うことが主な接点だった。
これからは学校という共通の場所ができるのだから、顔を合わせる機会も増えるかもしれない。
そう考えると、少しだけ気持ちが明るくなった。
「そうだ、連絡先交換しない?」
考調からの提案に、私はすぐに頷いた。
「うん、いいよ」
互いにスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。
これまではゲームセンターで会えた時に対戦するという形だったけれど、これからは事前に連絡を取ることもできる。
今日のように偶然会えるのを待つ必要もない。
予定が合う日を確認してから遊びに行けばいいし、どちらかがいつもの時間に来られない時も連絡できる。
それだけのことなのに、今までなかった手段が増えるのは便利だった。
「これで予定も合わせられるな」
「うん、今度からは連絡してから来てもいいね」
「まぁ、今まで通り偶然会うのもそれはそれで面白いけど」
「それはそうだけど、会えない日が続くと面倒だし」
「確かに」
考調は納得したように頷いた。
会えれば一緒に遊べる相手がいるのに、同じ場所へ通っていながら時間が合わないせいで顔を合わせられない。
それならば、連絡を取れるようにしておいた方がいい。
今までの付き合い方を変えるというほど大げさなことではないけれど、これからも遊ぶ機会を作りやすくなったのは間違いなかった。
考調はスマートフォンをしまい、改めてこちらへ目を向けた。
「いやぁ、まさか同じ高校とはな」
「私もびっくりした」
「入学してからもよろしくな、寧々」
「こちらこそ、考調」
そんなやり取りを交わしながら、私たちは駅へ向かって歩き続けた。
学校が同じだと分かったことも、連絡先を交換できたことも、考調にとっては嬉しいことだったらしい。
これまではゲームセンターで顔を合わせるだけだった相手と、これからは学校でも関わる可能性がある。
それに、ゲームをする予定も合わせられるようになった。
考調は大げさに喜んでいるわけではないけれど、いつもより少し機嫌がよさそうだった。
……考調にとっても、悪い話じゃなかったんだ。
私にとっては、それ以上に大きなことだった。
高校に入ってから、周囲に知り合いがいない状態になることを、少なからず心配していたからだ。
私は人付き合いを積極的に広げるタイプではない。
知らない人ばかりの環境に入って、すぐに誰とでも仲良くなれるような性格でもなかった。
高校生活が始まれば、今までとは違う人間関係ができる。
それ自体は分かっていたし、避けられることでもない。
でも、だからといって、不安がないわけではなかった。
そんな中で、ゲームセンターで何度も対戦してきた相手が同じ高校に通うと分かった。
しかも、これからもゲームを一緒に楽しめる相手だ。
少なくとも、完全に一人きりの状態から始まるわけではなくなった。
……これは、かなり助かる。
考調は、私がそんなことを考えているとは気づいていないようだった。
新しい環境へ入る時、周囲の人間がどんな相手なのかは分からない。
同じ学校に通うからといって、全員と仲良くなれるわけでもないだろう。
それでも、すでに話せる相手が一人いるだけで、最初の一歩は少し軽くなる。
私と考調は、そんなことを互いに口に出すこともなく、駅までの道を歩いていた。
これから先、学校でどんな人間と知り合うことになるのかは、まだ分からない。
ただ、少なくとも考調とは、入学後も今まで通りにゲームを楽しめそうだった。
そのことが、私には素直に嬉しかった。
連絡先を交換したスマートフォンをしまい、隣を歩く考調をちらりと見る。
彼は特に気づいた様子もなく、駅までの道をいつも通りに歩いていた。
その何気ない様子を見ながら、私は心の中でほっと息をついた。
高校に入ってからも、ゲームを一緒にできる相手がいる。
その事実が、今の私には何よりもありがたかった。
……よかった。
高校生活で完全な孤立を早い段階で回避できたことに、私は心の底から安堵していた。
これからもう少しで高校生になる、プロセカ本編に入るであろうこの先の展開でどのくらい主人公とプロセカキャラ達を絡ませる?一応今までの接点よりは深く関わらせる予定。締め切りは高校入学時。
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滅茶苦茶いっぱい絡ませる(作者が大変)
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凄くいっぱい絡ませる(まぁ行ける)
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普通に絡ませる(今と少し変わる位)