気づいたら月の住人になっていた件 作:新月
すごく良かったです。
◯月×日
目が覚めたら月の住人になっていた件。
あまりの急展開に戸惑うも、状況整理のために、これから日記をつけていこうと思う。
どうやら、ここはあの月の世界であるらしい。
何故そう言えるのかというと、思いっきり地球が見えてるから。それと何となく月っぽいから。
地球は青かった、と誰かが言ったそうだが、こう見ると本当に美しい星だと思う。
現在分かっていることは少ない。
その中でも、月の住人たちは──面倒くさいので、ここでは月人と呼称する──基本的に社畜であるということは分かった。
バカみたいな仕事量でも文句も愚痴も言わず、ただ黙々と作業している姿を見ていると、彼らに感情は存在しないのではないかとすら思ってしまう。
それと、意外にも全然寒くない。
宇宙ってめっちゃ寒いイメージだったんだけど、実際寒くもなければ暑くもなく、かといって秋みたいな生温い感じでもない。
本当に“無”って感覚だ。四季折々特有の変化が好きな俺としては、結構もの悲しい世界だと思う。
今現在分かっていることといえばコレぐらいだろうか。
まだまだ謎が多いが、おいおい解明されていくことだろう。………多分。
☆月★日
新たな発見があった。尤も、ちっとも嬉しくない発見であるが。
この世界のご飯──まったく味がしないのだ。
最初は気のせいだと思ったんだが、何度も何度も食べていくうちに、疑心から確信へと変わった。
まるで病院食のようだ。
味もなければ気温も娯楽ない。朝も昼も夜も訪れない、変わらない宙。月人とは業務連絡程度でしか話さないし、親しい友達もいない。
……なんか、つまらないな。
∩月•日
退屈である。退屈すぎて死にそうである。
最近は仕事ばかり。趣味探そうと思っても、何もないのでどうしようもない。
※月⌘日
地球を眺めていると時々あの世界が恋しくなる。
目が覚めたら地球から遠く離れた場所にいて。最初は宇宙っていうスケールが大きすぎる世界に魅了されたけど、今はもう退屈で仕方がない。
死ぬまでこんな生活なのだろうか。そもそも、月の住人となった俺に寿命は訪れるのだろうか。こんな退屈をずっと味わうぐらいなら、死んだ方がマシだ。
誰か俺と同じ気持ちのヤツいないのかな。
退屈で退屈で死にそうってヤツ。
ソイツとならきっと意気投合できると思うんだがな〜。
▷月¢日
今日も退屈で月の世界を散策していたら、死んだ魚のような目で地球を眺めている少女がいた。
感情が一欠片も灯されていない瞳は、俺の知る典型的な月人そのものであったが、柄にもなく目を奪われてしまった。
あまりに雅で、地球を眺めるその姿が、御伽話に出てくる存在そのもののように思えて。
彼女のことを知りたい──そう思った。
?月◉日
月人いわく、彼女はこの世界におけるお姫様にあたる存在らしい。
あんな立派な屋敷に住んでたし、高貴な身分だと思っていたが、まさかお姫様だったとは。
月の姫……まるでかぐや姫だな。
どんな人なのか聞いたら、月の住人もよく分からないそうだ。
仕方ない。今度あの屋敷に行って直接話してみよう。
◇月◆日
お姫様に会いに屋敷に向かったら門前払いされた。解せぬ。
|月∂日
またしても門前払いされた。あの門番のカス野郎、絶対許さん。
¢月◉日
今日も門前払い────
◯月◆日
しゃらくさいので屋敷に侵入することにした。
月の世界に住居侵入罪とかなかったはずだから大丈夫……大丈夫だよね?
☆★
───今日も、あの青い星が見える。
仕事の合間にあの蒼穹の星を眺めるのが好きだった。
だって、あの星が回るたびに違う景色を見せてくれるから。不変で、不動で、不朽で恒久で悠久で不滅なこの世界では、決して見せてくれない景色だから。
だけど、思う事といえばそれまで。今の生活に不満なんてないし、変化も望んでない。
ただ起きて、仕事をして、眠り、そしてまた起きる。ただそれだけが私の生きる意味であり、意義であり、幸福なのだと、心から思っていた。
「はぁ〜〜〜〜ッ、やっっっっっと着いた!」
「え?」
そんな私の日常は、絶叫のような声と共に崩壊した。
今日もあの星を眺めていると、中庭の草陰から黒い影が飛び出してきた。
彼は天真爛漫に笑う。他の月人には決して出すことのできないその表情に、なぜか目を離せなかった。
目の前の男の子はしばらく周囲を見渡した後、私の姿を瞳に映す。
「やっと会えた!お姫様!この世界あまりに退屈なんだ!だから頼む!俺と友達になって下さい!」
来るや否や、よく分からないことを叫び散らした後、凄まじい勢いで頭を下げる彼を見て、興味より心配が勝る。
だけど。それでも。烈火のごとき閃光を宿したその瞳が、私の何かを貫いた。