気づいたら月の住人になっていた件 作:新月
℃月♩日
初めての友達ゲットだぜ!
屋敷に侵入した俺は、苦労の末お姫様のもとに辿り着いた。
色々イカしたセリフを用意していたが、とにかく一番大事なことを伝えなきゃと思い、会って早々すべて伝えた。
今振り返れば、なんて無茶苦茶な計画だったのだろうかと思う。彼女が了承してくれたから良いものの、次からはこんな無茶はしないようにしよう。
×月°日
今日も秘密の経路からお姫様のもとへ向かった。
この世界に来て初めての友達。どんなことをして遊ぼうか、そう胸を躍らせながら向かったのだが。
なんと、彼女は仕事をしていた。そして俺が来てからも筆を止めることはなかった。
な、なんて社畜魂……お姫様は悠々自適な生活を送っているものとばかり思っていたが、その実誰よりもワーカーホリックだった。
今日は彼女の仕事のお手伝いをして終わった。
いつもより早く終われたことに驚いている様子だった。
♀月〒日
閃いた。先に仕事を終わらせてしまえば、彼女と思う存分遊ぶことができるのではないかと。
ということで、仕事を一緒にやり、パパッと終わらせて、ほんの僅かな時間を彼女と遊ぶ時間に費やそうとした。
しかし、いざ何から始めればいいか分からなかった。彼女も“遊ぶ”とは、そもそも“友達”という存在の意味すらも曖昧な感じだったし。
どーしましょ、と悩んでいたら、またしても彼女が地球を眺めているのに気がついた。
だから、ちょっとした地球の小話をしてあげれば、とても驚いた様子で、めちゃくちゃ質問責めされた。
よほどあの星に興味があるようだ。確かに綺麗だもんね、地球。
今日はひたすら話すことに費やした。外野から見ればとても友達同士の交流とは思えないものだろう。
だけど、昨日よりかは全然楽しかった。久しぶりに心の底から楽しいと感じた。
ありがとう、母なる星地球。彼女との話題を作ってくれて。
△月仝日
お姫様の質問は日を跨いでも止まらない。
どうしてあの星は青いのか。あの星は暖かいのか、寒いのか。あの緑の陸地は何か。どんな生物がいるのかetc。
聞かれたことを具に返していると、興味の矛先が俺自身に変わったようで、どうしてそこまで詳しいのか尋ねられた。
別に減るもんじゃないので、あの星で暮らしていた記憶があると正直に答えた。
お姫様はすぐに信じて、もっと話をするようにせがんできた。お兄さん、もっと人を疑うべきだと思うな……
∞月⁂日
今日もお姫様とお話しした。
毎度の如く地球のことばかり聞きたがるが、今日は俺自身のことについても聞いてくるようになった。
よほど昨日の話のインパクトが強かったのだろう。そりゃ「地球で暮らしてた記憶ありますー」なんて自称するヤツ、俺でもおもしれーヤツって思っちゃうもん。
それと、なんとなく、徐々にお姫様の目に光が見えるようになった気がする。
どうやら“死んだ魚の目”から“死にかけの魚の目”へと進化したらしい。
……変わったのか変わっていないのかよく分からない。
§月☆日
今更ながら名前を聞いていないことに気付いた。
友達なのに名前も知らないとは如何なものか。
というわけで、お姫様に聞いてみたが、どうやら自分の名前が分からないらしい。
いや、そもそも月人に名前なんて概念が存在するのだろうか?月で暮らすようになって暫く経つが、一度も名前という名前を聞いたことないし、聞かれたこともないような……
お姫様は名前を欲しがってそうだったので、安直だが『かぐや』と呼ぶことにした。由来は言わずもがな、かの有名な『竹取物語』からである。
普通に嬉しそうに喜んでくれたのでよかった。
ちなみに俺の名前も決まった。
その名もサクである。結構カッコいい名前でよかった。
☆★
───あの青い星は、今日も回っている。
仕事をして、たまにあの星──彼いわく、地球というらしい──を眺めて、仕事をして、また眺める。
ここまでなら何ひとつ変わらない、私の日常。永久的な日常のサイクル。
でも、最近変わったことといえば。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜〜ん!!ハローお姫様!」
彼という存在が、この日常のサイクルに組み込まれたことぐらいだろうか。
あの日以降、毎日、秘密の通路を辿って会いに来てくれる男の子。
この星ではない、地球で暮らしていた記憶を持つという、ちょっと不思議な男の子。
でも、その話がどれも面白くて、ついつい聞き入ってしまう。
「しっかし、ここは月だってのに、ウサギ一匹もいないのか。見たことない?餅ついてるウサギ」
「うさぎ?なにそれ?」
「あぁ、えっと、うーん…………こ、こんな感じの動物で、白くてモフモフしてるやつ」
「……ぷっ。絵へたくそ」
「今喧嘩売った?全然買うけど?」
彼と一緒にいると、うまく言葉に出来ないけれど、心がポワポワする。
彼と一緒だと時間の進みが早く感じて、彼と別れてもすぐに明日を楽しみにしてしまう私がいて、「また明日」って言葉を待ち遠しく感じてしまう。
これが“楽しい”って感情なのかな。
「そうそう、聞きたいことあったんだ。名前なんていうの?」
「なまえ……?」
「うん、名前」
なまえ……意味は知ってる。
だけど、それは私たち月人にはないものだったから、どう答えるべきか悩んでしまう。
「あー……名前、分からない感じ?」
「うん」
「そっかぁ〜……」
どうして名前がないだけで、うんうんと頭を悩ませるのか分からなかった。
「どうしたの?」
「いや、友達なのに名前も呼べないのは、ちょっとなぁって思って……」
「トモダチって名前で呼び合うの?」
「普通はね」
……そっか。普通はそうなんだ。
「……じゃあ、ほしい」
「えっ?」
「名前で呼んでほしい」
「いやそうしたいのは山々なんですけどね、ない名前は呼べなくてですね……」
「じゃあ付けて」
「俺が?いや、落ち着けもちつけって。そういうセンスねぇのよ俺。もっと、ほら、あのお目付け役の人にでも頼んだらいいじゃん?」
「あなたじゃなきゃやだ。早く付けて。今すぐ」
「こんな我儘だったっけ?」
ワガママ……これがワガママなんだ。
随分と意固地で、自分の意志を大事にする気持ちなんだね。
彼はさっきよりも悩んでいる様子で、頭を抑えながら“あーでもないこーでもない”と考えて、考えて。
そして───
「………かぐや」
「かぐや……?」
「そう、かぐや。地球の日本っていう国には、月からお姫様がやって来る御伽話があるんだけど、そのお姫様の名前がかぐやっていうの。月のお姫様だし、ピッタリかなって」
「かぐや……かぐや……!」
瞬間、ぶわりと何かが身体中に注ぎ込まれたような気がした。
朧げだった私という存在が、初めてこの世界に確立されたような。今この瞬間初めて生を受けたような歓喜の気持ちが溢れ返る。
それに何より、彼から私という個人を──私だけの名前を呼んでくれたことが、本当に本当に嬉しくて。
「私は、かぐや!かぐやにする!」
「お気に召して良かった」
「うん!ありがとう、………あれ?」
「ん?どうかした?」
「……知らない」
「?」
「あなたの名前、分からない」
重要なことに気がついた。
彼は、名前が大事と言いながら、彼自身の名前を打ち明けていないのだ。
「私には聞いておいて、自分のは教えないんだ」
「うぐっ、確かに。これじゃあ不公平だよな。………っていっても、俺も自分の名前分かんないんだったわ。今考えるから待って「じゃあかぐやがつける!」……あい」
そう啖呵を切り、彼が感涙し咽び泣くほどの名前を授けよう───そう思うこと数十分。いまだに名前の“な”の文字も出てこなかった。
名前を考えるのってこんなに難しいんだ。仕事の時だってこんなに考えたことないのに。今なら彼の苦悩を分かってあげられる気がする。
でも、彼はトモダチだから。唯一無二な人だからこそ、ちゃんとした名前を考えてあげたい。
……あぁ、彼もきっと、私と同じ気持ちだったんだ。だから、あんなにも真剣に考えてくれたんだ。
「──サク。サクにしよう!」
「ほう。サク、か……サクねぇ……」
意味深な相槌を打つ彼に、恐る恐る反応を伺う。だけど、それも杞憂だとすぐに気づいた。
だって、あんなに嬉しそうな顔してたから。
「ちなみに意味は?」
「うーん、なんとなく?」
「ないんかい。……まぁいっか!いい名前ありがとう、かぐや」
「ッ、うん!」
今日はお互い何時間も名前を呼び合い続けた。声を枯らしても呼んだ。
かぐや──彼が付けてくれた名前。
サク──私が彼に贈った名前。
今日は特別な一日になった。