気づいたら月の住人になっていた件 作:新月
×月◯日
最近、かぐやの我儘と自由奔放さがますます増しているように感じる。
「アレをして」「コレをして」「アレをやって」「コレをやって」だのなんだの……俺はお前の執事じゃねぇっての!と言ってやりたい。
だけど、よく笑うようになったと思う。以前のお人形みたいな表情筋が死んでるかぐやの面影はちっとも見えない。特に、我儘を聞いてやった時は、本当に嬉しそうだ。
だからってわけじゃないが、なんやかんや言いながら、彼女の我儘を叶えてやりたいと思ってしまうのだ。
∵月◎日
かぐやが甘え上手になった。まさか、あの深窓の令嬢の本性が駄々捏ね我儘娘だったとは誰も思わんて。
まぁ基本的に(仕方なく)我儘を叶えてやってる俺サイドにも問題あると思うが。でもそれは“可能な限り”という枕詞がつくけど。
今日は結構無茶難題を言われた。「外で遊ぼ?」なんて言われた時はマジで肝が冷えるかと思った。
流石にマズイかと思い断ったが、そう簡単に引き下がるわけもなく。彼奴、いつ何処で覚えたのか、上目遣いでおねだりしてきやがった。
しかし、その程度で、鋼鉄と噂の俺の精神を折るなど不可能───なんてことはなく、仕方なく、本当に仕方なく、日帰りを条件に、屋敷から連れ出してしまった。
自分でも分かってる。俺はあの子に甘ちゃんだ。
抜け出して向かった先といえば、地球がよく見える展望台だとか、地球の文明より遥かに超えた街を練り歩いてみたりと、普通に散歩するだけだった。
コレぐらいなら一人で行けただろ……と思うが、どうやら何処でもいいから俺と一緒に出かけたかったらしい。
…………嬉しいこと言ってくれんじゃないの。
☆月£日
かぐやの仕事への集中力は壊滅的だ。
いや、なにを言っているんだと。俺が来ても執筆を止めることなかったかぐやが、こんな短期間で変貌するわけないだろと。そう思うだろう。
はい、変貌しました。
かつてのかぐやは、いわゆる仕事デキウーマンであった。
俺との会話途中でも仕事の手を止めることなく、なんなら勢いすら落とすことがなかった。
そんな彼女をみて、僅かながらに畏怖と尊敬の念を抱いていたものだ。
それが今や、数秒筆を持っただけですぐソワソワしだす。落ち着きがないというか、書類に目を通してる風に俺をチラ見して、何かを訴えかけてくる。
以前のような『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』如き少女は何処にもおらず、あるのは『立てば煩く、座っても煩く、歩く姿はもっと煩い』我儘姫だけ。どうしてこうなった。
おまけにかぐや姫ご本人からも責め立てられる始末。
「こうなった責任、とってよね?」なんて戯言抜かしやがった。その場でデコピンをお見舞いしてやった俺は悪くないと思う。
¿月ゞ日
唐突だが、かぐやに何かプレゼントをしようと思う。
理由は特にない。ただ、知り合ってしばらく経つし、何か記念として贈れたらと思った。
とはいえ、かぐやが好きなものって、なんだろうか。
普段あまり聞かないから、どんな物が好みなのか把握できていない。
今からでも聞いてみるか?
……いや、どうせならサプライズしたいし、本人に直接聞くのはやめておこう。
ということは、完全に俺の主観によるセンス頼みになってしまうわけか。
……とりあえず、貰ってすぐ捨てられない贈り物ができたら万々歳だな。
◎月×日
贈り物が決まった。
その名も──ストーンネックレスwith月の石である。手作りです。
折角月にいるんだし、月特有の贈り物がいいよね、と思って、月の石ネックレスである。
……いいだろ、月の石。人類の夢だぜ?
結構いいデキだと思うんだが、かぐやがどう思うか、だな。
気に入ってもらえると嬉しいが。
※追記
めちゃくちゃ喜んでくれました。よかった。
◯月⌘日
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
まだ確定ではないが、とうとうかぐやとの逢瀬がバレたかもしれん。
いや、そもそもバレるのは時間の問題だったか。あの日から結構な頻度で外出してたし。
……明日から行くの自重すべきか?いつものようにノコノコ向かえば、捕縛されるのは目に見えている。
捕まったら何をされるだろうか。不敬罪とかで処罰されたり?それとも住居侵入罪?どっちみち、碌な末路は辿るまい。
……だけど。
だけど、最近ようやく楽しくなってきて。
いつも振り回されてばかりだけど、そんな喧騒に満ちた日々に心が満たされて。
かぐやだって、よく笑うようになって。
このままめでたしめでたしは……なんかやだな。
〻月⇔日
やっぱりかぐやに会いに行くことにした。
もしかしたら、これが最後の日記になるかもしれないので、出立の前に書き記しておく。
さて、吉と出るか凶と出るか。
月人たちにバレていないことを願おう。
※追記
なんか今までの拒絶が嘘のように歓迎モードだったんですが。どゆこと???
☆★
「珍しいね。今日はどうしたの?」
いつもなら書類を渡すだけ渡してすぐに退出するのに、今日だけは部屋に残り続ける彼らを見ながら、悟られないように、彼から貰ったネックレスを力強く握る。
なんとなく、嫌な予感がした。心臓が不規則に高鳴って、喉がヒリヒリと渇く。
長い沈黙。それを破ったのも、彼らで。
彼らはとあるタブレットを差し出す。その水晶画面には、とても見覚えのある顔が写っていた。
【この顔に、見覚えは、ありませんか?】
「……サクがどうしたの?」
【サク?それは、なんですか?】
「名前だよ。私がつけた、彼の名前」
【…………】
またしても沈黙。
しかし、その沈黙も長くは続かなかった。
【もう、
………今、なんて言ったの?
【このままでは、貴女様の、職務の、妨げに、なります】
【アレは、貴女様を、蝕む、存在です】
妨げって、なに?
蝕むって、なに?
私のトモダチを、私の大好きな人を侮辱してるの?
「……迷惑なんかしてないよ。むしろサクと一緒にいるとすっごく楽しいの。だから、これまで通りにさせて?」
事実、そうだった。
サクが現れたことで、私の日常は一変した。
サクと出会って、“楽しい”を知って。
サクと出会って、“退屈”を知って。
サクと出会って、“嬉しい”を知って。
サクと出会って──“トモダチ”を知った。
毎日が楽しくて楽しくて。
ただの一日が、サクと一緒にいれば、輝かしい思い出になって。
今まで無機質に生きていたのが勿体無いと思えるぐらい、日々が彩って見えて。
きっと、サクがいてくれたから気付けたこと。今の
なのに、それなのに。
【これは、貴女様を、想って、言っているのです】
私を想って?
────────────本当に?
「………大丈夫。私は大丈夫だから」
あぁ、そっか。
あなた達は、私からサクを奪おうとしてるんだ?
「───ねぇ」
まだ言い募ろうとする彼らを阻むように、我ながら酷く冷えた声で静止の声をあげた。
そして───
「もし、サクに何かしようとしたら。絶対に、絶対に、絶対に赦さないから」
そう告げられた彼らの反応は、とても不思議なもので。
感情も、知覚もないはずの彼らが、ほんのわずかに、恐怖で震えていたように見えた。
「ね、ねぇ、かぐや……なんか門番の人が普通に通してくれたんだけど、これってどういう風の吹き回し───」
「サ〜〜ク〜〜ッ!!!」
「ぐベボっ!?!!?み、鳩尾……」
恐る恐る、といった風に、ぎこちなく襖を開けて入室するサクを目掛けて、頭から突進する。
なんか入っちゃいけないところ入ったような気がするけど、気のせい気のせい!
「めちゃくちゃ疲れた〜!かまってかまって〜!」
「疲れてんならかまっちゃダメでしょ普通。……っていうか、こんな朝っぱらから疲れるわけないだろ」
「イヤイヤイヤ、ほんとに疲れちゃったのっ!色々気張っちゃったし……はぁ、サクはもっとかぐやに感謝すべきだと思うけどな〜?」
「はいはい、かぐやちゃんヤミー感謝感謝永遠にー」
「適当ですなぁ」
とはいっても、知りようがないから無理もないけどね。
だから、別にいい。きっと逆の立場でも、サクなら同じことしてくれたと思うし。
でも、やっぱりかまってほしくて。
今日も朗らかに彼の膝の上で戯れることにしたのであった。