気づいたら月の住人になっていた件 作:新月
◇月∇日
急に物事の流れが良くなると、“嬉しい”よりも“怖い”が勝るらしい。
ある日から宮殿の月人らの態度が軟化した。
以前なら「見つけ次第追い払え」と異国船打払令でも出てるんじゃと勘繰ってしまうほどに、俺への当たりが強かったのに。
それが、いまや宮殿のど真ん中を通れるようになるなんて、人生分からないものだ。
ただ、態度が軟化した、と言うには少し違和感がある。
なんというか、避けられてるって感じ。触らぬ神に祟りなしみたいな、そんな雰囲気だった。……俺、なんかやっちゃいました???
ちなみにかぐやはいつも通り我儘娘です。お前は少し自重という言葉を覚えろ。
〻月♩日
またしても地球が恋しくなる時期がやってきた。
だが、今回はホームシック的なアレではない。かぐやという友達を得て、二人一緒に過ごしていくうちに、いつかかぐやも連れて地球に行きてぇなと思うようになっただけだ。
かぐやもこの世界が「つまらない」と言っていたし、よければ今度地球旅行でも提案してみようかな。
☆月☆日
この世界における“かぐや”という存在を、少し見縊っていたかもしれない。
今日地球旅行について話した。もちろん地球旅行に賛同してくれたかぐやは、あのお目付け役たちに休暇をもらえるよう頼んだ。
しかし、その返答はもちろんNO。頑なに首を縦に振らなかったそうだ。
まぁ、そりゃそうだろうと。改めて考えれば、この世界のお姫様だもんね、かぐや。そう簡単に出させてもらえるはずもないか。
それにしても、月人たちはあの我儘姫の猛攻を顔色変えず捌き切ったというのか……
月人、なんて恐ろしい奴らだ……
£月+日
変に焚き付けてしまったかもしれない。
あの日以降、かぐやはずっと地球のことを話している。本当に、永遠と、お経のように「サクと地球に行きたい」と唱えている。
俺が後先考えず中途半端に提案してしまったからだ。それに関しては本当に申し訳ないと思う。
上手く宥められる方法があればいいのだが……いまだその案は出てこない。
〒月◉日
今日は港的な場所で視察に来た。
目的は──地球行きの
なんやかんやで、結局かぐやと一緒に地球に行くことに決めた。
だって俺が悪いのもあるけど、あんな悲しそうな顔されちゃったらさ……可哀想じゃん。
さてさて、月人は超ハイテクノロジーの文明を持つ。その最たる例こそ、この舟──『もと光る竹』だ。
見た目はタケノコというへんちくりんな恰好であるが、その内部に詰め込まれた技術は凄まじいものばかり。噂にはタイムトラベルの機能も付いているとかいないとか……
今日は『もと光る竹』の配置数、それを守る警備の数、人が流れる時間をメモして帰った。
これが俺たちが地球に行ける唯一無二の手段だ。
俺たちは強行突破でこの宇宙船に乗る。
℃月♯日
昨日かぐやのことすっぽりだして港にいたせいで、今日のご機嫌は頗る悪かった。
まぁ、地球旅行に行く手筈が整ったことを話せば、態度を急変させたが。本当に分かりやすくて助かるな。
決行は明日。
準備・計画ともに滞りなし。逃走経路も完璧だ。
とりま明日はイージーモードってところかな。
☆★
「イージーモードじゃなかったの!!?」
うるさい。ほんの少し計画が狂っただけだ。
右を見れば無表情の月人。左を見れば無表情の月人。後ろを見れば、これまた無表情の月人。
鬼気迫る様子はなく、何を考えているかも分からない。だが、あの無表情の仮面の下から悍ましい怒りを感じられるのは気のせいだろうか。それも全部俺に向けられているのは気のせい……ではないなこりゃ。さっきからビームライフル片手に追い回してくる奴らがキレてないは嘘だもん。
俺とかぐやは逃げに逃げて、ようやく港の方まで辿り着いた。
目的物は──あった。俺たち唯一の逃避行『もと光る竹』である。
あえてこの時間帯に選んだ理由として、この時間帯は他の惑星から帰ってくる月人たちが多いという点が挙げられる。万が一舟がないなんてことにならないように、舟が確実にあるこの時間帯を選んだ。
「かぐや!どれでもいい、とにかく舟に乗るんだ!」
「りょ!」
【待ちなされ、待ちなされ】
待てと言われて待つような人間なら、とっくにお縄にちょうだいしちゃってるわ!
というわけで『もと光る竹』にGO!ダイブしてからの──発進!
さいなら、月の世界。もう退屈で仕事三昧な日々はこりごりだぜ。
「かぐや無事!?」
『うん!ちゃんと地球に向かってるよ!──あっ、サクの宇宙船はっけ〜ん!突撃してい〜い?』
「ほんまに勘弁してください」
そんなアホみたいなことで事故ったら死んでも死にきれんって。
『ねぇねぇ!地球、楽しみだね!』
「早く着かないかな」と、音信からでも伝わる、待ち遠しそうに呟くかぐやの期待に、静かに微笑んだ。
元地球出身の俺としては、別に地球に行くことに楽しみを見出しているわけではない。目新しい感動もない。
だが、かぐやは違う。話には聞いていても、憧れていた場所に行けるのは、それだけで気分が高揚するものだ。
それに……楽しみが全くないというわけではない。
月でできた友達、かぐや。彼女がいなければ、あまりに退屈すぎて、きっとこの世界に絶望して、人として大切なナニカが削れていたことだろう。
俺の大切な友達、かぐや。彼女と一緒に行けるというだけで、俺は───
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「な、なんだ!?」
『……サク?』
唐突に表示される赤い文字の羅列。
その文字が表す意味は──警告。この文字を見ると、大抵碌なことが起こらない。
嫌な予感に汗が止まらなかった。
『ねぇサク、大丈夫?大丈夫だよね?』
「ッ」
泣き出したいのはこっちなのに、それ以上に泣きそうな子がいるものだから、若干パニック状態から我に返ることができた。
そうこうしているうちに、並走していた筈の隣の宇宙船が、少しずつ俺より前へと進み出す。
……本当にツイてない。どうやらハズレを引いたようだ。
「……うーん、これはちょっとアレかもな。すまんが先に行っててくれ」
『え……?……い、いやっ。一緒じゃなきゃいやだぁっ……!』
「大丈夫、絶対迎えに行くから。だから、先に行って待っててほしいんだ」
『サク……ッ────』
宇宙船が俺の言葉を待ってくれたのか、それとも全くの偶然か。どちらにせよ、俺の言葉を皮切りに、かぐやを乗せた宇宙船は猛スピードで真っ直ぐ地球へと向かって行った。もう、あの子の声は聞こえない。
さて、あとはゆっくり停滞していく宇宙船に身を委ね、運良く地球に着くことを祈るしかありませんな。
───ピロリン。
その時、宇宙船に一つの通信が届いた。
無機質な音声が、俺の宇宙船内部に木霊する。それは俺たちを追っていた月人の声だった。
【汝は、己の、罪深さを、思い知ることになるだろう】
温度も、感情も伝わらないその声は。静かに、淡々と、意味深な警告を残して、通信を途絶えさせた。
☆★
あれから、流星群や隕石に見舞われながらも、どんぶらこと桃太郎さながらに揺られ続け。
そしてようやく───
「地球だ〜!!」
青い海、豊かな緑!間違いない、ここは地球だ!
なんて幸運!なんて僥倖!今はただ、自身の運の良さに感謝を。
しかし……何処だここは。あまりに緑が多すぎる。
ジャングル周辺に落ちたとあれば、なかなか面倒だぞ。かぐやだって探さなきゃならないのに……
「あれ?こんなところにウミウシ?」
「……………………………え?」
なんか変わった模様をしたウミウシがいた。
毒持ってそう。近づかんとこ「───ま、待って!!!」
「───へ?」
今誰が喋った?目の前の、ウミウシが喋ったのか?
「サク……サク、なの……?」
「本当に喋ってるやん。いやそれより……な、なんで俺の名前を……」
「───あ、ぁ、あぁッ、サク、サクっ……サクだっ!!」
「ギャアアアアアアアあああ!?!?飛び乗ってくるなァアアアアアアアアア!!?!??」
これが、俺の唯一の友達──
無限分の一の奇跡を、あなたと。