気づいたら月の住人になっていた件 作:新月
⌘月Å日
友達がウミウシになっていた件。
それも、どうやら
さて、状況整理をしよう。
かぐやは俺と離れた後、無事に地球に降り立つことができ、そこで酒寄彩葉という女子高生に拾われた。
彩葉さんの家で居候していくにつれ、仮想世界『ツクヨミ』でライバー活動を実施。それからなんやかんやあって、『ツクヨミ』の創設者兼人気ナンバーワンAI、月見ヤチヨとコラボができるほどの超人気配信者に!
しかし、コラボライブの最中に、なんと月から
悟ったかぐやは最後に引退ライブをして、感動のフィナーレと共に月へと帰りましたとさ。めでたしめでたし。
───と、そこで幕引きとはならず。
月に帰ってすべてを忘れたかぐやの元に、彩葉さんの歌声が届いたことで全てを思い出したかぐやは、こうしちゃおれんと仕事を爆速に終わらせ、もう一度地球に向かった。
しかし、地球の時間では大遅刻。かぐやは『もと光る竹』のタイムトラベルの機能を使い、過去へ行きました。……ドジったらしいけど。
で、なんやかんやあってウミウシになって太古の海を彷徨っていたと。
……………すまんが何ひとつ分からなかった。
かぐやが一度月に帰ってたのも驚きだけど………え?ここ大昔の地球なの?そこからまず話を進めたいんだが。
…………とにかく今日はもう寝よう。目が覚めたら全部夢だったってオチかもしれんし。
◉月⊆日
夢じゃなかったです。現実は無常ですね。
とにかく直近の目的としては、今この世界はいつの時代の世界なのか知ることだろうか。パッと見恐竜はいないので、白亜紀でないことは確か。だが、明らかに空気が美味いので、相当昔の地球ではあるようだ。
現地民に声をかけて攻撃されないかだけが不安である。
それから、望み薄ではあるが、かぐやの体を元に戻す方法も探してみようか。そのためにも『もと光る竹』の回収は必須か?
〜月∫日
少し遅くなったが、再会を祝してちょっとした祝宴会をした。
まぁ、かぐやはだいぶ拗ねていたが。
……本当はすぐにでも始めたかったんだ。嘘じゃないよ。色々ありすぎて後回しになっちゃっただけで。
とりま魚を焼いて、久しぶりに二人で食事をした。
焼いただけなのに、美味しくて涙が出た。
♭月⊥日
浜辺にやって来た男の子と交流を持った。
男の子は見たことない生き物+見たことない服装を来た俺に興味を抱き、近づいてきたらしい。
いやー、今この瞬間ほど、自身が月人だったことに感謝した瞬間はない。
月人は身体を持たない思念体であるらしい。故に、理解できない言語の解読もお手のもの。かぐやはやや難ありだったが、俺は問題なく意思疎通を図れたので問題ない。
それと、だいたいの目星がついた。
おそらく──ここは縄文時代だ。つまり、かぐやがいた時代から、約八千年前の地球ということ。
………こりゃ長い旅路になりそうだ。
=月¢日
今日も少年と遊んだ。今日は魚の上手な獲り方を教えてもらった。
縄文時代において漁猟はメジャーなため、子供でも漁猟のやり方は身に染みているようだ。
明日からは、もっと楽に魚を手に入れることができそうだ。
それとかぐやに、推定ではあるが、ここは約八千年前の縄文時代の日本であることを伝えた。
伝えない手もあったが、いずれ聞かれるであろうから、早めの段階で言っておいた方がいいと思った。
かぐやは、最初こそ呆然としていた感じだったが、すぐに元気を取り戻し、八千年後に向けて意気込んでいた。
流石はかぐや。八千年前にタイムスリップしてもめげずに顔を上げる。そこに痺れる憧れるゥ!!
∞月♩日
今日はちょっとした音楽会を開いた。
まぁ、いつも通り、かぐやが唐突に開いた催しなんだが。
だけど、かぐやの歌声には本当に驚かされた。あーた、そんなに歌が上手だったのね……
どうやら2030年では歌って踊ったりしていたらしいし、その努力の賜物を見れたような気がした。
∃月♯日
今日は久しぶりに二人っきりになったので、八千年後に出会った少女──酒寄彩葉さんのことについて聞いてみた。
何度か名前は聞いていても、具体的にどんな人柄なのか聞いてなかったから、丁度いいタイミングだと思った。
すると出るわ出るわ、酒寄さんをベタ褒めする言葉ばかり出てくるわ。
やれ歌が上手い、やれ優しい、やれ可愛いetc……あまりに多すぎてすべてを覚えきれたわけではないが、かぐやは本当に酒寄さんのことが好きなのだということは理解できた。
いずれ会ってお礼を言いたいものである。
§月%日
少年が浜辺に来なくなって一週間が過ぎた。
そろそろ流石に心配が勝ってくる。
だが、俺はもちろん、かぐやも、あの子が何処に住んでるのかわからない。
今更ながら住所を聞き忘れたことを後悔した。……縄文時代にないか、そんなもん。
♯月:日
少年を見つけた。だが、彼は森の奥で倒れていた。
苦しそうに唸っていて、息も絶え絶え。微かに喋ることはできるが、それだけの状態だった。
栄養失調──そんな言葉が脳裏を過ぎる。
俺は別に医師でもなんでもないから、見ただけで症状をパッと判断できるわけではない。
ただ、知識として知っていただけ。この時代では、栄養価という概念すらなく、満足に栄養を摂取できず死ぬことが多かったと、歴史の教科書に書かれていたのを覚えていただけだ。
当然、かぐやはそんなこと知らない。そもそも、“死”という概念すら超越した存在である月人にとって、一生命体の命の灯火が消えかけていることなど、察することすらできやしない。
早く治るといいね───そう心配そうに言うかぐやの小さな背中を、ただ静かに撫でてやることしかできなかった。
Å月¥日
少年が死んだ。最期は大好きなかぐやの歌を聞きながら、彼は静かに目を閉じた。
彼を土葬し、綺麗な花を植えて、俺たちはその場を後にした。
初めての、親しい者の“死”だった。
前の世界では親はもちろん、祖父祖母や従兄弟、友達でも、永遠の別れを経験したことはない。
今もまだあの子の死臭が鼻にこびりついている。しばらく忘れられそうにない。
=月=日
少年が死んでから、かぐやの口数が減った。
話しかけても、何処かうわの空と言うべきか、ぼーっとしている時間が増えた。
よほどあの少年の死が堪えたに違いない。
俺もショックではあるが、“生まれれば必ず死がある”という生命ある者の末路を知っていたから、あの子の死も受け入れられた。
でも、かぐやにとってはそうではない。不滅で悠久だと思っていた物が、いとも容易く奪われる悲しみは計り知れない。
今はただ待ってやるしかない。
彼女が、彼女自身で折り合いをつけるまで。
大丈夫、彼女は強い子なのだから。
♀月∴日
少年が死んで一週間が経った夜。そこでようやく、かぐやが口を開いた。溢れでたのは、彼女の想いだった。
そこにいたのは、俺が見てきたどのかぐやとも違った、未来を憂う歳相応の等身大の彼女だった。
俺は勘違いをしていたかもしれない。
かぐやは強い子だ。それは間違いない。だけど、同時に弱さも持つ子だったのだ。
これからの旅路を憂う彼女にかけてやる言葉など、俺にはない。
それでも、かけられる言葉なら、ある。
少しでもあの子の気を紛らわせれたらいいのだが……
☆★
初めて、人の死を目の当たりにした。
この前まで元気に動いていた子が、氷のように冷たい身体になって、これから先永遠に目を覚さないと知ったとき、私は初めて“死”の本当の意味を知った。
それからは、頭がぐちゃぐちゃになって。
サクとも話せないぐらい、ぐちゃぐちゃになって。
これから先、約八千年という途方もなく永い時の中で、知り合った人たちが死んでいく様を見続けるかもしれないと思うと、本当に苦しくなって。
そして、思う。彼も──サクも、いつか私の元を離れてしまうんじゃないか、って。
漠然とした不安が、徐々に私の首を絞めていって。
「……サクは、どうしてあの子の死を受け入れることができたの?」
満天に広がる星空の下で、ふとサクに尋ねてみた。
私には出来なかったことを、サクは出来ている。
そのことが不思議でたまらなかったから。
「……まぁ、
「………………サクも?」
「え?」
「サクも、いなくなっちゃうの?」
あぁ、だめだ。全てが悪い方で考えてしまう。
彼は“死”を理解し、受け入れている。なら、もし彼自身に“死”がやって来ても、そのことを簡単に受け入れてしまいそうで、私のことを置いていってしまいそうで怖かった。
こんなこと話したいわけじゃない。でも、こぼれ出る不安は止められなくて。
「サクは……サクはいなくならないでよ……」
長い沈黙。
どうして何も答えてくれないのか──不安に駆られた私は、我慢できずサクの顔を覗き見ると。
「バカちんが」
「イテッ!?」
頭頂部を軽くチョップされた。
レディの頭を叩くとは何事か!男児の風上にも置けないヤツめ!
………そう言ってやりたかったのに。
「まったく……
あまりに真っ直ぐ私を見るものだから、とても軽口なんて叩けなくて。
「……………ぷっ!杞憂民って……あはは!あー、そっかぁ。かぐや杞憂民しちゃってたか〜」
「杞憂民知ってんの?………あぁ、VTuberだったっけ、確か」
「えへへ……まぁ“杞憂民知らずんば、VTuberであらず”って言われてますし」
「聞いたことないね。何処出?」
「かぐやの心の辞書からだよ?」
「通りで聞いたことないわけだ」
穏やかに笑う横顔を、星空を見るように、ただボーッと眺めていた。
月の世界から変わらない景色──私はこの景色が大好きだった。
「……じゃあずっと一緒だね?途中でいなくなったら許さないから」
「はいはい、離れない離れない〜」
「ほんと〜?」
彼が友達で、彼がそばに居てくれて本当に良かった。そう思える日だった。