ホグワーツの聖女――アスペンの杖は灰色の秩序を刻む 作:神切優羽
投稿が無い期間もお気に入り登録が増えたり誤字報告をしてくださったりありがとうございました!
秘密の部屋編も頑張りたいと思います。
引き続き誤字脱字がありましたら教えてくれると幸いです!
キャラの性格や言動も一貫していないと感じたら教えてください!!
では、秘密の部屋編もお楽しみください!
第1話:白の杖と静電気の残響
窓枠を灼く夏の強い陽射しが、格子状の明暗となって石造りの床へと落ちていた。
自宅の2階奥に位置する書斎兼工房には、乾燥しきった空気と、重厚な羊皮紙や焦げた機械油の香りが立ち込めている。その隙間に、実験装置から漂う特有の刺すようなオゾンの匂いが微かに混じり合っていた。
作業台の中央には、複雑な真鍮の歯車と回転するガラス円盤、そして磨き抜かれたふたつの金属球体で構成された実験装置が据え付けられている。
「セラフィナ、少しそちらの絶縁レバーを固定してくれるかい?」
作業台の向こう側で、父親が眼鏡の奥の目を細め、細かな数式がびっしりと書き込まれたノートから目を切らずに手元を指し示した。
「はい、お父様」
セラフィナは着ている薄手の長袖の袖口をわずかに手首まで捲り上げると、滑らかな手つきで木製の絶縁レバーを握り込んだ。
指先から伝わる乾燥した木の質感を確かめながら、寸分の狂いもない正確な角度でレバーを傾け、しっかりと固定する。
次の瞬間、空間を切り裂くような甲高い破裂音が工房内に響き渡った。
ふたつの金属球のわずかな隙間を、青白く鋭い火花が目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。一瞬だけ弾けた光は、セラフィナのアイスブルーの瞳と、彼女の胸元に覗く白杖の柄を白銀色に照らし出した。
「ふむ……やはり室内の湿度を極限まで抑えれば、空気の絶縁破壊と放電の効率は格段に跳ね上がるな」
手元のストップウォッチを止め、満足そうに顎を撫でる父親の横顔を横目に、セラフィナは火花が消え去った空中の残光をじっと見つめていた。
(物質の表面を滑るのではなく、空気という抵抗そのものを穿ち、一瞬で目標へ到達するエネルギーの絶対的な指向性……)
彼女は怪我ひとつない美しい指先で、ローブのポケットに収められたアスペンの白杖の感触をそっと確かめた。なめらかで冷たい木肌が、彼女の皮膚に静かな安らぎをもたらす。
頭の中で、1年目の授業や実戦で扱った攻撃呪文や牽制呪文の数々を思い返し、比較・検証を始めていた。
(『フリペンド』によるノックバックや、『デパルソ』による撃退……。それらは基本の魔法としては完成されておりますが、弾道の描く軌跡があまりにも目視しやすく、速度にも限界がありますわ。高等な防衛術を会得した魔法使いや、強固な皮膚を持つ魔法生物が相手であれば、容易に展開を読まれて遮蔽物で防がれてしまう……)
セラフィナの思考は、どこまでも客観的で冷徹であった。
(ですが……もし、この白杖から放たれる魔力を、先ほどの静電気実験のように高密度の雷撃へと変換・集束させることができたなら……。空間を一瞬で伝閃し、遮蔽物すら迂回して、対象の運動機能を物理的に即座に停止させることが可能になりますわ)
既存の魔法の限界と、自力防衛に必要な絶対的な即効性。
父の科学的実験という非魔法的な知見を、魔術理論の新たな構築へと滑らかに統合させながら、セラフィナは頭の中で新呪文の構成要素を静かに組み立て始めていた。
◇ ◇ ◇
実験の手伝いを終え、自室へと戻ったセラフィナは、整然と書類が並べられたマホガニーの机に向かい、そっと腰を下ろした。
大きな窓の枠には、先ほどフクロウ便が届けていった手紙が2通、整然と並べられている。
セラフィナは真鍮のペーパーナイフを手に取り、まずはエマからの手紙の封を切った。
『セラフィナちゃん、お元気ですか? 私は家族と一緒にフランスへ旅行に来ています! 新しい学期が始まったら、また大広間でたくさんお話ししようね!』
丸みを帯びた可愛らしい文字で綴られた近況報告。そこには、夏休みを満喫する12歳の少女らしい素直さと、新学期に対する無邪気で純粋な期待が溢れていた。
セラフィナはわずかに口元を緩め、手紙を綺麗に折りたたむと、続いてルーカスからの手紙へと手伸ばした。
『――あの学年末の特別点による逆転劇について、未だに納得がいかない。1年間、地道に規律を守り、課題をこなしてきた僕たちの努力は、校長の胸三寸でどうとでも書き換えられるということだ。君はどう考える?』
ルーカスの羊皮紙には、彼らしいインクの滲みひとつない硬質な字体で、昨年度末の終業パーティーに対する冷めた疑念が綿密に記されていた。
セラフィナは羽ペンをインク壺に浸し、羊皮紙の上にサラサラと滑らかな英字を走らせた。
(ルーカスの指摘は、完全に正論ですわ……。あの学校の管理体制と評価基準は、根底から破綻しております)
羽ペンの先を止め、セラフィナは去年の出来事を脳裏で反芻した。
クィレル教授の不審な動向と、3階の危険区域。自分は完璧な手順を踏んでマクゴナガル教授へ通報し、教授陣も彼らに厳重な注意を与えたはずであった。
しかし現実に起きたのは、1年生の生徒たちが危険な地下へ易易と侵入し、教員方がそれを未然に防ぐことも、仕掛けを守ることもできなかったという無能さの露呈だ。
さらに言えば、規律を破って危険を冒した者たちが、最後には「勇気」という曖昧な言葉のもとで大量の特別点を与えられ、英雄として持ち上げられた事実。
(正当な手続きを踏んだ者が報われず、ルールを破った者が称賛される。そして大人たちは、生徒に『頼りにならなかった』と言わせる状況を作った責任を有耶無耶にする……)
セラフィナは短く返信を書き終えると、羽ペンをスタンドに戻した。
(組織のシステムも、教員という大人たちも、万一の事態において何の頼りにもならない……。己の身と譲れぬ美学は、自ら鍛え上げた力だけで守り抜く以外に道はありませんわ)
冷ややかな決意を静かに胸に秘め、彼女は白杖を指先で一撫でし、机の上に広げた魔術構文の羊皮紙へと再び意識を没入させた。
◇ ◇ ◇
夏休みも終わりに近づいたある日、セラフィナは進級に必要な学用品を買い揃えるため、母親と共にダイアゴン横丁を訪れていた。
頭上の眩しい日差しと、石畳の通りを埋め尽くす魔法使いや魔女たちの熱気。ほうきや魔法道具を売る店の前には子供たちが群がり、独特の喧騒が街全体を包み込んでいる。
「セラフィナ、2年生の指定教科書は『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』でまとめて購入できるはずですよ」
「ええ、お母様。参りましょう」
母親の横に並び、セラフィナは澄んだ足取りで目的の書店の重厚な木製ドアを押した。
だが、足を踏み入れた瞬間に彼女を襲ったのは、普段の落ち着いた本屋の空気ではなく、耳を刺すような歓声と異様な熱気であった。
店内は、着飾った女性客や上級生たちの大群衆で足の踏み場もないほどに埋め尽くされている。
「まあ見て! なんて美しい黄金の髪なのかしら……!」
「ギルデロイ・ロックハート教授のサイン会なんですって! 本物に会えるなんて夢みたい!」
黄色い悲鳴が飛び交う中、一段高く設置された特設のサイン台の中央には、華やかな紫色のローブを身にまとった男が座っていた。
男は魔法写真のフラッシュが焚かれるたび、白い歯を完璧な角度で見せつけるように眩しい微笑みを振りまき、誇らしげに羽ペンを滑らせている。
「みなさん、ありがとう! 感謝いたします! 素晴らしいニュースをお伝えしましょう。私、ギルデロイ・ロックハートは、この度ホグワーツ魔法魔術学校の『闇の魔術に対する防衛術』の教授に就任いたしました! 著書『トロールとのうろつき生活』をはじめとする私の全著作を、ぜひこの機会に買い揃えていただきたい!」
自著を誇示し、集まったファンたちの歓声を全身で浴びて陶酔する男の姿。
セラフィナは数十歩離れた書棚の陰から、氷のように冷ややかなアイスブルーの瞳でその光景を見つめていた。
(……あれが、今年度の『闇の魔術に対する防衛術』を担当する教授……?)
男の軽薄な立ち振る舞い。オーバーな身振り手振り。カメラを意識する視線の泳ぎ。そして何より、言葉の端々に見え隠れする知識の浅大さと、目元に一切の知的深みが宿っていないという客観的事実。
セラフィナの研ぎ澄まされた観察眼は、一瞬にして彼の内面を透過していた。
(……実力が皆無の、ただの目立ちたがり屋ですわね)
自らの実績すら怪しい虚栄心の塊のような男から、実戦に耐えうる防衛術を学べる可能性は万に一つもない。
セラフィナは男の著作が山積みにされた特設コーナーから、何のアタッチメントもなく静かに視線を逸らした。
今年度の防衛術の授業もまた、何の価値もない無意味な茶番劇として消費されるのだろう。
歓声とフラッシュが狂乱のように焚かれる店内の中で、セラフィナはローブのポケットに収まったアスペンの白杖の感触をそっと確かめた。
彼女は誰にも聞こえない小さな溜め息を吐くと、必要な指定教科書を求めて、静かに奥の棚へと歩みを進めた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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