ホグワーツの聖女――アスペンの杖は灰色の秩序を刻む 作:神切優羽
高頻度で感想ありがとうございます!
とても嬉しいです!
引き続き誤字脱字がありましたら教えてくれると幸いです!
キャラの性格や言動も一貫していないと感じたら教えてください!!
では、本編をお楽しみください!
石造りの廊下を抜けて階段を登りきると、差し込む秋の陽光が窓枠の影を幾重にも床へと描き出していた。
ハッフルパフの温かな談話室から、それぞれの目的地へと向かう生徒たちの足音が響く中、セラフィナ・ヴァレンティスは背筋を真っ直ぐに伸ばし、静かな足取りで「闇の魔術に対する防衛術」の教室へと向かっていた。
深い紺色のローブの裾を揺らし、右手にはアスペンの白杖を収めたポケットの感触を確かめながら歩く彼女の横顔には、新たな学期への淡い期待ではなく、どこか冷徹な観察者のような落ち着きが漂っている。
昨日のダイアゴン横丁での出会い、そして今朝の食堂での一幕。ギルデロイ・ロックハートという男の本質が虚飾の塊であることは、セラフィナのアイスブルーの瞳にはすでに明白であった。しかし、実際にその授業がどのようなものであるかを確認することは、今後の自己防衛計画を策定する上で不可欠なプロセスである。
やがて到着した教室の扉を押し開けると、室内には壁一面にロックハート自身の微笑みを捉えた魔法写真が所狭しと貼り付けられており、特有の甘ったるい香水の匂いが鼻をついた。
「さあ、席について! 皆さん、私の素晴らしい授業を受けられるみなさんは幸運だ!」
金髪を眩しく輝かせ、色鮮やかなローブを翻したロックハートが教壇の前に立ち、自信満々な笑みを浮かべて生徒たちを見回した。
授業の始まりに行われたのは、防衛術の実践的な講義ではなく、なぜか『ギルデロイ・ロックハートの好きな色』や『彼の秘密の望み』といった、個人的な趣味に関する低劣な抜き打ちテストであった。
問題用紙を見下ろしたセラフィナは、わずかに眉をひそめ、冷ややかな息を小さく吐き出した。
(……防衛術の授業において、担当教授の私的な経歴や好みを暗記させることがいかなる防衛的意義を持つというのでしょうか)
知識の習得にも、魔力の制御にも、実戦における生存率の向上にも、一切寄与しない無意味な茶番。セラフィナは羽ペンを走らせる気にもならなかったが、一応授業という事もあり可能な限り正解を書き続けた。
テストの採点を終えたロックハートは、満足げにうなずくと、教壇の脇に置かれていた大きな布で覆われた檻に歩み寄った。
「ふふん、よくできました。では、いよいよ本日の目玉だ。これからお目に掛けるのは、コーンウォールから捕らえてきたばかりの、生粋の小悪党ども――ピクシー妖精さ!」
ロックハートが威勢よく布を引っ張り剥がすと、檻の中から青い肌をした体長一フィートほどの小柄な生き物たちが一斉に飛びだし、甲高い叫び声を上げながら教室中を暴れ回り始めた。
教壇のインク壺が投げ飛ばされ、窓ガラスが割れ、教科書がズタズタに引き裂かれていく。教室は一瞬にしてパニックの渦へと飲み込まれた。
「さあ、君たち! うまく退治してみせたまえ!グリフィンドールの生徒は上手く対処してみせましたよ!」
そう叫ぶと、ロックハート自身はあろうことか教壇の陰へと逃げ込み、身を隠してしまう。
周囲の生徒たちが悲鳴を上げながら机の下に身を屈める中、セラフィナは慌てることなく、優雅かつ正確な動作で席を立った。彼女のアイスブルーの瞳は、暴れ回るピクシー妖精の飛行軌道を冷静に捉えている。
(大人の教員が率先して逃げ出すような状況で、他人の救助や組織の管理をあてにすることは完全な悪手ですわね)
セラフィナはローブのポケットから白杖を静かに抜き放つと、鋭く手首を翻した。
「インペディメンタ」
無駄のない詠唱とともに、白杖の先端から放たれた透明な衝撃波が、まっすぐ突っ込んできたピクシー妖精の運動エネルギーを瞬時に減速させ、動きを止める。さらに、周囲にいたエマやルーカスが恐怖で固まっているのを確認すると、セラフィナは穏やかでありながら毅然とした声をかけた。
「エマ、ルーカス、頭を低くしてわたくしの後ろにお下がりなさい」
「せ、セラフィナちゃん……!」
「落ち着いて私の指示に従えば、怪我をすることはありませんわ」
間髪入れず、セラフィナはさらに手首を滑らかに走らせた。
「インカーセラス」
白杖の先端から現れた細く強靭な魔力の紐が素早く奔り、動きの止まったピクシーたちを次々と完璧に緊縛し、一切の抵抗を許さず床へと綺麗に転がした。
さらにセラフィナは、怯えている他の生徒たちの間を縫うように歩き、残るピクシーたちを次々と的確な呪文で制圧していく。わずか数分のうちに教室内の暴徒を完全に無力化してみせた。
教壇の陰からおずおずと顔を出したロックハートは、状況が収まったのを見ると、あたかも自分が指導したかのように胸を張り、「素晴らしい! 流石は優秀な我が生徒だ!ハッフルパフに10点!」と大げさに称賛の声を上げた。
(この授業には、学ぶべき価値など1ミリも存在しない……。防衛術の学習は、完全に独学と信頼できる師からの直接指導に切り替える必要がありますわ)
◇ ◇ ◇
午後の時間帯、1号温室で行われたスプラウト教授による「マンドレークの植え替え作業」は、先の授業とは打って変わって、厳格かつ秩序に満ちた実学の場であった。
耳当てをしっかりと装着し、泥まみれの鉢と格闘する生徒たち。セラフィナは周囲の雑音を遮断した静寂の中で、手際よく、かつ植物の根を傷つけないように丁寧な手つきでマンドレークの幼根を新しい土へと植え替えていた。
(植物の毒性やその管理方法においても、手順を誤れば致命的な結果を招く……。魔法の世界において、正確な知識と自己管理こそが最大の防衛ですわ)
スプラウト教授の的確な指導のもとで安全に作業を終えたセラフィナは、心地よい疲労感とともに温室を後にし、夕暮れ時の石造りの回廊を一人で歩いていた。
すると、前方の柱の陰から、どこか疲れ切った足取りで歩いてくるハリー・ポッターの姿が目に入った。彼の手にはインクの染みがいくつか付着しており、先ほどまでギルデロイ・ロックハートのファンレターの宛名書きという無意味な罰則を手伝わされていたのだと一目で察しがついた。
「ハリー、お疲れ様ですわね。その様子では、かなり退屈で過酷な罰則だったようですが」
セラフィナが穏やかな笑みを浮かべて声をかけると、ハリーは驚いたように顔を上げ、それからどこか救われたような複雑な表情を浮かべた。
「あ、セラフィナ……。ああ、最悪だったよ。ロックハートのファンレターをただひたすら宛名書きさせられるなんてさ……」
ハリーはそう言って肩を落としたが、すぐに周囲を警戒するように視線をさまよわせ、声をグッとひそめた。
「ねえ、セラフィナ……変なことを聞くかもしれないんだけどさ。君は、城の中で……何か妙な音や、声を聞いたことないかい?」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの微かに緩んでいた笑みがスッと消え、アイスブルーの瞳の奥が鋭い光を帯びた。
「声、ですか?」
「うん……授業の合間や、さっき罰則で廊下を歩いていたとき、壁の中から聞こえてきたんだ。『血を……血をくれ……腹が減った……』って、すごく冷たくて、恐ろしい声が……」
ハリーの声音には嘘や誇張の色がなく、むしろ恐怖と戸惑いを懸命に押し殺している真摯な響きがあった。セラフィナはその表情をじっと観察し、彼の言葉が単なる疲労や気のせいではないことを一瞬で確信した。
(壁の中から聞こえる、殺意を孕んだ不可視の声……。昨年度のクィレル教授の件や、特急に乗る前から感じていた不穏な気配と、この現象が繋がっているというのですか)
セラフィナの脳裏で、昨年の不全なシステムと教員たちの対応の遅れがフラッシュバックする。再び城内で何らかの重大な脅威が蠢き始めているのならば、大人たちの警備や事後処理の対応をただ待つことほど愚かな行為はない。
「ハリー、その話を聞かせてくれて感謝しますわ。……どうか、その件については軽率に他の人に言いふらしたりせず、常に周囲を警戒していてくださいね。何かあったら私にすぐに報告してくださいね。一緒に対策を考えましょう」
「え? ああ、わかったけど……セラフィナは怖くないの?」
「恐れることに時間を費やすよりも、自らを護るための備えを固める方が遥かに建設的ですわ」
静かに微笑みながらそう告げたセラフィナの心の内には、静謐にして揺るぎない自己防衛の決意が満ち満ちていた。
◇ ◇ ◇
放課後の夕陽が細い格子窓を通り、空き教室の石畳の上に長い影を落としていた。
室内に満ちているのは、張りつめた空気と絶え間ない呪文の残響だ。セラフィナの元に集まった「勉強会」のメンバー十数人は、寮や学年の垣根を越え、幾重もの円陣を組んで互いに杖を交えていた。
「――エクスペリアームス!」
「レヴィオーソ!」
ルーカスが放った牽制の赤光を、エマが素早く杖を滑らせて机を浮かせて防ぐ。その衝撃波が消え去らぬうちに、移動していたルーカスが再度呪文を放つ
「フリペンド!」
「そこまで!」
教室の奥、積まれた魔法箱の上に立っていたフリットウィック教授が、甲高い声を響かせて短く手を叩いた。瞬間、張り詰めていた魔力の波動がすっと静まり、生徒たちは肩で息を吐きながら杖を収めた。
元・決闘チャンピオンである小さな教授は、満足そうに豊かな白髭を撫で、つぶらな瞳を輝かせながら教え子たちを見渡した。
「素晴らしい! 実に素晴らしいよ、みんな! この短期間でこれほどの魔力密度と、無駄のない詠唱の連繋を仕上げてくるとは……。1年目の基礎からは考えられんほどの急成長だ。エマくんの机を障害物にした戦法も、ルーカスくんの踏み込みの精緻さも、上級生に引けを取らんよ」
教授の惜しみない称賛に、十数人の生徒たちの顔に照れくささと誇らしげな笑みが広がる。
しかし、その歓声の輪から半歩退いた位置で、セラフィナは静かに背筋を伸ばし、氷のように澄んだアイスブルーの瞳をフリットウィックへと向けた。
「お褒めいただき恐縮です、フリットウィック教授。……ですが、わたくしたちが目指すべき領域は、まだこの先にあると考えておりますの」
彼女の静かでブレのない声に、教室内の生徒たちが一斉に視線を向け、静まり返る。セラフィナは手元のアスペンの白杖をそっと愛おしむように撫でながら、一歩前へと踏み出した。
「防衛術の講義があのような惨状である以上、既存の呪文の連繋だけでは、今後起こり得る真の脅威から身を守ることはできませんわ。……教授。わたくしたち勉強会の中でも、特に志を同じくする者たちへ、より高度で実戦的な呪文の教えを乞いたいのです」
セラフィナの言葉に応じるように、ルーカス、エマはもちろんの事、他の寮のメンバーたちが、セラフィナの後ろへと静かに並び、フリットウィックへ真摯な眼差しを投げかけた。
ただの知識欲や功名心ではない。自らの手で大切なものを護り抜くという、圧倒的なまでの覚悟と理知。
フリットウィック教授は眼鏡の位置を直し、セラフィナたちの放つ圧倒的な気迫と完成された規律に、息をのんだ。そして、彼の顔から笑みが消え、一人の「最高峰の決闘者」としての厳格な瞳が覗いた。
「……ふむ。単に身を守るだけでなく、実戦における絶対的な制圧と領域の統制……それを12歳の君たちが求めるとはね」
フリットウィックは短く息を吐くと、トントンと自らの杖で足元を叩いた。
「良いだろう。ヴァレンティスくん、そしてそちらの君たち――君たちの真摯な覚悟と、すでに示された圧倒的な努力の成果を私は認める。学則の範囲を超え、私個人の弟子として、より高度な実戦的呪文と決闘術の極意を直々に伝授しよう」
教授の力強い承諾の言葉に、ルーカスたちは緊張を緩め、喜びの笑みを交わし合った。
「感謝いたします、フリットウィック教授」
セラフィナは深く、優雅な一礼を捧げた。その伏せられた瞳の奥で、白く冷たい理知の光が静かに揺らめいていた。
大人たちの庇護も、学校という組織のルールも当てにはならない。フリットウィックという本物の決闘者からすべての技術を吸収し、己の能力と仲間たちの生存率に繋げる。
夕闇が迫る教室で、セラフィナは手元のアスペンの温もりに密かな魔力を通わせ、次なる高みへと確実に足を踏み出していた。
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