ホグワーツの聖女――アスペンの杖は灰色の秩序を刻む 作:神切優羽
いつも感想をいただきありがとうございます。
引き続き誤字脱字がありましたら教えてくれると幸いです。
キャラの性格や言動も一貫していないと感じたら教えてください。
では、本編をお楽しみください!
カイルが勉強会に参加してから数日後の放課後、ホグワーツを震撼させる決定的な惨劇が起きた。
2階の石造りの廊下に響き渡ったのは、通りかかった生徒たちの短末の悲鳴だった。
「……何事ですの?」
静かな足取りで現場へと向かったセラフィナ、エマ、ルーカス、そしてカイルの視線の先に広がっていたのは、異様な光景だった。
廊下の床に横たわり、恐怖に目を見開いたまま石のように固まっているのは――ハッフルパフの2年生、ジャスティン・フィンチ=フレッチリー。
そしてその上空には、普段は半透明の青白さを持つゴーストである「ほとんど首無しニック」が、黒煙を帯びたかのように灰黒色に変色し、微動だにせず横たわっていた。
「ジャスティン……!? それにニックまで……ゴーストが石化するなんて、そんなのあり得るのか!?」
カイルが息を呑み、拳を固く握りしめる。
だが、集まった生徒たちの視線が集中したのは、石化したジャスティンのすぐ傍らで、青ざめた顔で立ち尽くしていた一人の少年だった。
「……ハリー・ポッターだ」
「またあいつだ……! 決闘クラブで蛇をけしかけただけじゃ飽き足らず、今度はジャスティンを……!」
「マグル生まれのジャスティンを狙ったんだ! やっぱりポッターが『スリザリンの継承者』なんだ!」
周囲を取り囲む生徒たちから、容赦のない疑心暗鬼と恐怖の罵声がハリーへと浴びせられる。ハリーは恐怖と孤立感に震え、弁明の言葉すら喉に詰まらせていた。
駆けつけたマクゴナガル先生の手によってハリーが校長室へと連れ去られていく中、ハッフルパフの生徒たちの間にはパニックが伝染していた。
「どうしよう……次は僕たちかもしれない……」
「ハリー・ポッターと同じ学校にいるなんて危険すぎるわ!」
怯え、取り乱すハッフルパフの同級生たち。
その喧騒の中で、セラフィナ・ヴァレンティスだけは氷のように冷徹な静寂を保っていた。
セラフィナは静かに歩み出ると、動揺する生徒たちの前で白杖を胸元に構え、美しく凛とした声を廊下全体に響かせた。
「――静かになさい、皆さん」
その一言に込められた絶対的な気品と魔力波動に押され、周囲の騒めきが一瞬で静まり返る。
「恐怖に呑まれ、感情的になって根拠のない噂話に逃げることこそ、真の脅威に対して自らの首を差し出すに等しい愚行ですわ。……ハリー・ポッターが犯人でないことは、決闘クラブでの出来事を見れば明白です。蛇を制そうとした言葉を『けしかけた』と誤認し、現場に居合わせただけで『犯人だ』と決めつける……それは思考の放棄に他なりません」
セラフィナのアイスブルーの瞳が、怯える生徒たちを一人ひとり見つめ直す。
「ジャスティンさんは命を落としたわけではありません。スプラウト教授たちが薬草を調合し、必ずやお治しになりますわ。わたくしたちがなすべきは、根拠のない疑惑に怯えることではなく、各々が警戒を怠らず、自らを守る術を磨くことです」
「セラフィナ……」
セラフィナの微揺だにしない理知的な言葉と確かな存在感に、ハッフルパフの生徒たちの瞳から焦燥と恐怖の色が引き、確固たる安堵が広がっていく。
(ゴーストすら実体ごと石化させる『何か』……。単なる魔術や呪いではなく、極めて高次元な魔物、あるいは失われた古代魔術の類ですわね)
セラフィナは石化現場の床に残されたかすかな残留魔力を冷徹に分析しつつ、白杖を握る手に静かに力を込めた。
◇◇◇
石化事件の動揺が城内を駆け巡ってから数日後のこと。
地下牢へと続く暗い石造りの回廊の陰で、不穏な怒声と嘲笑が響いていた。
「おい、ジュリアン・ロザイアー。お前、正気か?」
壁際に追い詰められていたのは、スリザリンの2年生であるジュリアン・ロザイアーだった。彼の前には、高学年の純血至上主義を掲げる過激派の男子生徒たちが3人、冷ややかな笑みを浮かべて立ちふさがっている。
「名門ロザイアー家の血を引く者が、よりによって泥棒やマグル生まれ、そしてあんな胡散臭いハッフルパフの女、ヴァレンティスだったか?その勉強会に入り浸っているそうだな。 純血の誇りを捨てて他寮の連中に尻尾を振るとは、我が寮の恥晒しめ!」
「……どいてください。誰と何を学ぶかは、僕の自由のはずです」
ジュリアンは冷や汗を滲ませながらも気丈に杖の柄に手をかけたが、相手は上級生。魔力の量でも数でも圧倒的に不利な状況だった。過激派のリーダー格の男が不敵に嗤い、杖を抜こうとしたその瞬間――。
「――そこまでですわ、先輩方」
冷徹で、けれど圧倒的な気品を纏った澄んだ声が回廊の空気を引き締めた。
影の向こうから現れたのは、プラチナブロンドの髪を揺らし、アスペンの白杖を手に静かに歩み寄るセラフィナ・ヴァレンティスだった。その後方には、エマやルーカス、そしてカイルの姿もある。
「……なんだ、ハッフルパフの聖女様か。ここはスリザリンの私有地だぜ。お前の言うようなお遊戯会に夢中な裏切り者に、先輩として『寮の規律』を教えてやっているだけだ」
過激派の男は鼻で笑い、セラフィナを威圧するように一歩踏み出した。
「『寮の規律』、ですか?」
セラフィナは微塵も動じず、流暢かつ正確なトーンで言葉を紡いだ。
「『規律』を口にするのであれば、ホグワーツの校則第12条――『学内における不当な威力による威圧および集団的脅迫の禁止』を確認なさることをお勧めしますわ。現在、城内では連続襲撃事件が発生し、学校側も警戒を強めています。そのような時期に寮内で内輪のいじめや暴力沙汰を起こすことが、教師陣からどのような処分を受けるか……考えるまでもないはずです」
「なっ……! そんな規則の話をしてるんじゃない! 俺たちが言っているのは純血としての――」
「血統の優位性とやらの話ですか?」
セラフィナは相手の言葉を完璧に先回りし、冷徹に遮った。
「血脈の古さを誇ること自体は個人の自由ですけれど、それを根拠に他者の正当な学習権や結社の自由を侵害することは、明確ないじめにあたります。さらに言えば、証拠もないまま同級生を『裏切り者』と断じ、集団で脅迫するその幼稚な暴力性こそが、スリザリン寮の価値を最も著しく貶めている原因ですわね」
「き、貴様……!」
論理の隙間を完全に塞がれ、正論の刃で急所を突かれた過激派の男は顔を真っ赤に怒らせ、杖をセラフィナへと向けた。
「ふざけた口を……! 純血の気高さを舐めるな、今ここでマグル崩れの庇護者気取りの女に、正しい魔法の現実を教えて――」
「おや、私に向かって呪文を放つつもりですか?」
セラフィナは一歩も引かず、白杖を前方にスライドさせた。
その瞬間、セラフィナの全身から解き放たれた高純度の魔力が、回廊の空気をピリピリと震わせた。
「あなた方がここでわたくしに手を出せば、それは単なる小競り合いではなく、明確な『先制攻撃および傷害未遂』として記録されます。マクゴナガル先生やスネイプ先生の耳に入った時、どちらの理が通るか……わかりますか?」
冷徹な事実と、圧倒的な実力差に裏打ちされた説得力。
過激派の男たちは、セラフィナの背後に控えるカイルやエマたちの闘志も見て取り、これ以上は分が悪いと悟った。
「……っ、覚えてろよ!」
捨て台詞を残し、過激派の面々は悔しそうに杖を収めると、逃げるように回廊の奥へと去っていった。
静寂が戻った回廊で、セラフィナはスッと表情を和らげ、崩れそうになっていたジュリアンへと歩み寄った。
「怪我はありませんか、ジュリアン?」
「……あ、ありがとうございます……セラフィナ様」
ジュリアンは床に膝をつきかけたまま、信じられないものを見る目でセラフィナを見上げていた。
これまで彼が置かれていたスリザリン寮は、強者と純血がすべてを支配する弱肉強食の世界だった。力や血統だけが価値基準であり、理不尽な暴威に屈することが当たり前だった環境の中で、セラフィナは「論理と正当性」という絶対的な盾をもって、彼を丸ごと肯定し、守ってくれたのだ。
ジュリアンの胸の内で、激しい熱量が渦巻いた。
恐怖でも、迷いでもない。それは、初めて出会った「本当の導き手」に対する、魂の底からの敬愛と誓いだった。
ジュリアンはしっかりと立ち上がり、セラフィナの前に膝をついて、揺るぎない忠誠の眼差しを向けた。
「……助けていただいた恩は返します。僕にできることがあれば……この勉強会の力になりたい」
セラフィナは静かに微笑み、慈愛を含んだ声で頷いた。
「ええ、頼もしく思いますわ、ジュリアン。互いの知見を合わせれば、この城の闇など怖くありません」
その光景を端で見つめていたカイルは、「すげえな……スリザリンの生徒まで一瞬で心酔させちまったぜ」と呆気にとられつつも、信頼できる仲間の増加に満足げに笑うのだった。
◇◇◇
クリスマス休暇が明けてすぐの放課後。勉強会が終わった後の空き教室にて、セラフィナたちの定期会合が開かれていた。
集まったカイル、エマ、ルーカス、そしてスリザリンのジュリアンを前に、セラフィナは静かに白杖を手に佇んでいる。
「……昨夜、スリザリンの談話室で奇妙なことがありました」
ジュリアンが周囲を気にかけつつ、落ち着いた声で報告を切り出した。
「クラッブとゴイルの二人が、明らかに挙動不審な様子でマルフォイに詰め寄っていたんです。口調も変で、マルフォイが『スリザリンの継承者』なのかどうかを必死に探っていました。ですが、マルフォイ自身『犯人が誰かは知らない』と答えていましたし……その後、二人は慌てて談話室を飛び出していきました。おそらく、ポリジュース薬か何かで姿を変えたポッターたちでしょう」
その報告を聞き、カイルとエマが驚きで目を丸くする。
「ポリジュース薬だって!? あいつら、そんな危険な薬を密造して潜入したのか……!」
「でも、成果はゼロだったってことね。マルフォイが犯人じゃないと分かっただけ……」
セラフィナはアイスブルーの瞳を細め、冷徹に思考を巡らせた。
(確証のない推測に頼り、一か八かの博打に命を賭ける……ハリーたちの無謀さには呆れますわね)
セラフィナは静かに息を吐き、勉強会の仲間たちへと視線を向けた。
「マルフォイさんが犯人でないとは断定できません。ジュリアンはマルフォイさんとスリザリン内部での過激派の動きに引き続き警戒を。カイルはハリー達に注意をして何かアクションを起こしそうであれば報告を。そして各寮での情報収集と警戒態勢を維持してください」
「「「了解」」」
ハリーたちが焦燥と虚無の潜入劇に踊らされる裏で、セラフィナ達は防衛ネットワークをより強固なものへと粛々と引き締めていくのだった。
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