ホグワーツの聖女――アスペンの杖は灰色の秩序を刻む 作:神切優羽
お気に入りが日々増えていくのが嬉しいです!
引き続き誤字脱字がありましたら教えてくれると幸いです!
キャラの性格や言動も一貫していないと感じたら教えてください!!
では、5話もどうぞ!!
大広間での温かな昼食を終え、午後の授業が始まった。
最初の時間は、ホグワーツで唯一の幽霊の教師であるビンズ教授が教鞭を執る『魔法史』だった。
講義室にはハッフルパフとレイブンクローの1年生が集まっていたが、授業が始まって10分も経たないうちに、教室全体に重苦しい眠気が漂い始めた。
黒板をすり抜けて現れたビンズ教授は、感情の起伏が一切ない平坦なダミ声で、古代ゴブリンの反乱の歴史をただひたすらに朗読している。
「……1289年のゴブリンの反乱において、ウーグは……」
隣の席ではルーカス・ヘイウッドが今にも船を漕ぎそうになり、エマ・ブライトに至っては目をうっすら開けたまま魂が抜けたような顔をしている。
知性を誇るレイブンクローの生徒たちですら、顎を手に乗せて必死に眠気と戦っていた。
(……これは講義というより、ただの教科書の音読会ですわね。育的アプローチとして甚だしく効率が悪く、生徒の認知資源を浪費しているわ)
セラフィナは乱れることなく背筋を伸ばし、冷静に思考を巡らせた。
教員の熱意の欠如と一方的な朗読スタイルが、生徒の学習意欲を著しく阻害している。
セラフィナは羊皮紙に効率よく重要語句と年代だけを抽出し、簡潔な年表形式でノートをまとめ上げていった。
◇ ◇ ◇
続いて向かったのは、『闇の魔術に対する防衛術』の教室だった。
教室に入った瞬間、ツンと鼻をつく強烈なニンニクの匂いが漂ってきた。
壇上に立つクィレル教授は、大きな紫色のターバンを頭に巻き、おどおどとした視線で生徒たちを見回している。
「み、みなさん……お、おはよう……いや、こんにちは……。
本日は、あ、悪霊からの……防御法について……」
教科書を開く手は微かに震え、説明の合間にも視線が定まらず、絶えず教室の天井や壁を恐ごわ見上げている。
質問をしようとレイブンクローの生徒が手を挙げると、クィレル教授はビクッと体を強ばらせて後退りすら見せた。
(……悪意から身を護る技術を教える立場でありながら、ご自身がこれほどまでに怯えていらっしゃるなんて……)
セラフィナは澄んだアイスブルーの瞳でクィレル教授を静かに見つめた。
胸の奥に、ぬぐい去れない強い不安感が広がっていく。
(本当に、この授業で自分や大切な友人たちを守る技術が学べるのでしょうか……。実技の訓練すらおぼつかないのでは、私たちの安全保障に重大な懸念が生じますわ)
教官としての頼りなさへの失望と、闇の魔術という脅威に対する危機感が、セラフィナの胸に静かな決意を抱かせた。
自分自身で万全の知識と防御手段を修得しなければならない、と。
◇ ◇ ◇
そして、本日最後の授業――ひんやりとした冷気と不気味な薄暗さに包まれた、地下牢での『魔法薬学』が始まった。
壁沿いの棚にはガラス瓶に入った動物の器官や怪しい薬草が並び、生徒たちは息を殺して席に着いていた。
バン! と大きな音を立てて地下牢の扉が開き、黒いローブを蝙蝠の羽のように羽ばたかせながらセブルス・スネイプ教授が入ってきた。
「この授業では、杖を無闇に振り回すような真似はさせん」
スネイプの低く滑らかな声が、静まり返った地下牢に響き渡る。
「私の言いつけを守り、正しく調合を行えば、心を惑わせ、感覚を狂わせる秘薬の作り方を教えることができる。
……だが、この中に何人か、ホグワーツに来る前からすでに完璧な実力を持っていると増長している者がいるようだな」
冷徹な黒い瞳が、教室の生徒たちをゆっくりと見回す。
そしてその視線は、恐れで体を縮こまらせているエマ・ブライトとルーカス・ヘイウッドの上で止まった。
「……バイコーンの角の粉末と、クサカゲロウの羽。
これらを調合する際、なぜ温度管理を誤ってはならんのだ、ミス・ブライト」
「え、えっ……あ、あの……!」
唐突に指名されたエマは顔を青ざめさせ、声を出せずに立ち尽くした。
「答えられんか。……では、ミスター・ヘイウッド」
今度はルーカスに視線が向けられる。
「ヤマカガシの毒液を加える直前、大鍋を火から下ろさねばどうなる。答えろ」
「えっと……爆発、でしょうか……?」
「浅薄だな」
スネイプが冷ややかに鼻で笑った。
「教科書すら読まずに授業に臨むとは、ハッフルパフの怠惰さには反吐が出る。
ミス・ブライトとミスター・ヘイウッドの無知ゆえに、ハッフルパフから5点減点――」
「――お待ちください、スネイプ教授」
冷ややかな地下牢の空気を切り裂くように、鈴を転がすような気品ある声が響いた。
セラフィナがゆっくりと立ち上がっていた。
プラチナブロンドの髪の脇で輝く『百合の銀ヘアピン』が、地下牢のほの暗い光を受けて気高く揺れる。
「勝手な発言を許可した覚えはないぞ、ミス・ヴァレンティス」
スネイプの鋭い視線がセラフィナを射抜く。
しかしセラフィナは一歩も引かず、濁りのないアイスブルーの瞳でまっすぐにスネイプを見つめ返した。
「初回の授業で、未履修の高度な調合理論を突然問い詰め、答えられなかったことに対して『怠惰』と断じ減点を与えるのは、教育者としての公平性と妥当性を著しく欠いておりますわ。
バイコーンの角の粉末は過熱により分子構造が変質しやすく、ヤマカガシの毒液は熱せられた液体中で激しい発熱反応を起こし容器の耐性を超えて破裂いたします。
知識を教授し正しく導くことこそが教育であり、恐怖で生徒を委縮させることは指導とは申しません」
静寂が地下牢を支配した。
セラフィナの完璧かつ論理的な補足と、一切の怯えがない毅然とした抗議に対し、スネイプの黒い瞳の奥が一瞬だけ大きく揺れた。
プラチナブロンドの髪、百合のヘアピン、そして不条理な権威を微塵も恐れぬ高潔な眼差し。
スネイプの脳裏に、彼女の面影がかすかに掠める。
「……生意気な口を利く。指導に対する不遜な態度に対し、ハッフルパフから2点減点だ。
全員、教科書の5ページを開け。調合を開始しろ」
スネイプは感情を押し殺した低い声で言い捨て、調合の実技に移らせた。
しかし、その後もスネイプの冷酷な観察は続いた。
生徒たちの間を巡回しながら、少しでも手が震えて切り方が粗くなったハッフルパフ生を見つけるたびに、不機嫌な小言とともに点数を毟り取ろうとする。
「手元が狂っているぞ、ミスター・ヘイウッド。材料の切り方が不揃いだ。マイナス1点」
「……スネイプ教授」
セラフィナは再び凛とした声で言葉を紡いだ。
「初めてナイフを握る生徒に対し、微小な寸法の差異を理由に次々と減点を重ねるのも過度な精神的圧迫ですわ。
手技の未習熟をその場で指導なさるのが教官の責務であり、失敗を咎めて点数を削り取ることでは決してありません」
「……黙らぬか、ミス・ヴァレンティス! 教官の判断に重ねて異議を唱えるとは、増長も甚だしい! ハッフルパフからさらに3点減点!」
スネイプの尖角な怒声が地下牢に響き渡った。
理不尽な減点に憤り、項垂れる同級生たちに対し、セラフィナはそっと席に着くと、涙ぐんでいるエマとルーカスに温かな笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、エマ、ルーカス。間違ったことは何もしていませんわ」
「セラフィナちゃん……私たちのために、理不尽だって言いきってくれて……何度も庇ってくれてありがとう……!」
エマが目頭を熱くして囁いた。
恐ろしいスネイプ教授に対して一歩も引かず、自分たちを守るために毅然と立ち向かい続けてくれたセラフィナの姿は、同級生たちの胸に深い感動と敬愛を刻み込んでいた。
◇ ◇ ◇
すべての授業が終わり、夜のハッフルパフ地下談話室。
丸窓の外には漆黒の夜空が広がり、暖炉には温かな火がパチパチと爆ぜていた。
セラフィナは、昼間にまとめた魔法史の年表や魔法薬学の基礎図解をルーカスへと手渡した。
「ルーカス、魔法薬学の温度管理や材料の性質については、この羊皮紙に図解しておきました。明日もう一度一緒に見直しましょう」
「ありがとう、セラフィナ……! 僕、今日の授業ですっかり自信を無くしかけてたんだ。本当に助かるよ」
ルーカスが感謝を込めて受け取る横で、セラフィナはまだ少し浮かない顔をしているエマへと視線を向けた。
「……いい、エマ。1289年の『ガーゴイルの反乱』は、怖い事件として覚えるのではなく、お腹を空かせたガーゴイルたちが、はちみつパイを求めて暴れ出した……って想像してみて?」
セラフィナが羽ペンを置き、悪戯っぽく微笑むと、机に突っ伏していたエマが顔を上げた。
「はちみつパイ!? ……あはは、それなら忘れないかも! セラフィナちゃんが言うと、退屈なビンズ先生の授業が、急に楽しい冒険のお話みたいになっちゃうね」
エマの若草色の瞳が、再び好奇心で輝き始めた。
二人が座る円形の大きなテーブルには、教科書や羊皮紙だけでなく、セラフィナが厨房の屋敷しもべから分けてもらったばかりの、焼きたてのスコーンと自家製のハーブティーが並んでいる。
「あの、ヴァレンティスさん。……その覚え方、僕も混ぜてもらっていいかな?」
声をかけてきたのは、同じ1年生のアーニー・マクミランだった。彼は少し生真面目そうな顔を崩し、分厚い教科書を抱えて隣の席を指差した。
「もちろんですわ、アーニー。ちょうど新しいお茶を淹れたところなの。……あ、ジャスティンも。皆さんもご一緒にいかが?」
アーニーの影から、同じく1年生のジャスティン・フィンチ=フレッチリーが、少し照れくさそうに現れた。マグル生まれの彼は、まだ魔法界の全てが珍しく、同時に少し不安を感じているようだった。
「助かるよ、セラフィナ。僕、マグルの学校では成績が良かった方なんだけど、魔法史だけはどうしても……。君のノートは、まるで芸術品みたいに綺麗だね」
「まあ、お上手ですこと」
セラフィナは鈴を転がすような声で笑い、二人のためにも琥珀色のハーブティーを注いだ。
「お姉様がよくおっしゃっていましたわ。勉強は一人でするものではなく、知恵を分かち合うものだって。そうすれば、難しい呪文も、長い歴史も、大切な思い出に変わるのですから」
セラフィナの周りには、自然と穏やかな輪ができていた。
彼女は自分の勉強を完璧に終わらせていながら、嫌な顔一つせず、何度も同じ質問に答える。エマが躓けば励まし、ジャスティンが不安を口にすれば「大丈夫、私たちがついていますわ」と手を握る。
その姿は、ハッフルパフが重んじる「献身」そのものだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある『しおり』『お気に入り』登録、『評価』『感想』などをいただけますと執筆の大きな励みになります。
次話の投稿は18日の0:00になります!
これからもよろしくお願いします!!