シャーレ所属の高校生医師は多忙 作:ミレニアムニキ
シャーレの執務室兼、新設された『シャーレ臨時診察室』の午後は、奇跡的な静寂に包まれていた。
窓から差し込む温かな日差しが、磨き上げられたフローリングと医療用キャビネットのガラスに反射して柔らかく揺れている。
室内には、点滴のチューブも、倒れた大人のうめき声もない。ただ、静かにページをめくる紙の音と、壁掛け時計の刻む規則正しい針の音だけが響いていた。
デスクの傍らに置かれたパイプ椅子に腰掛け、診察カルテの整理をしているのは、シャーレ専属主治医――ミレニアムサイエンススクール所属の河井ケイジだ。
肩に羽織った白衣の裾を揺らしながら、彼は手元のペンを器用に指先で旋回させていた。頭上に浮かぶ『アスクレピオスの杖』を模したヘイローが、彼の集中に合わせて淡い光を放っている。
「……脈拍正常、血圧正常。睡眠時間は……昨夜は六時間か。まあ、あの死にかけの状態から比べれば、人間らしい生活水準には戻ってきたな」
ケイジはカルテの「先生」の欄に青いチェックマークを書き入れると、満足げに鼻を鳴らした。
その視線の先――執務デスクでは、すっかり体調を持ち直した先生が、温かいお茶を飲みながら穏やかな顔で書類に向き合っていた。
「おかげさまでね、ケイジ君。君が来てくれてから、毎日ちゃんと温かいご飯が食べられるし、夜に布団で寝られるようになったよ。健康って素晴らしいね……」
「当たり前のことをありがたがるなよ、大人。今までが異常だったんだ。……まあ、大人しく俺の指導に従ってる分には、もう倒れる心配はない」
ケイジはそう言いながら、白衣のポケットから怪しい蛍光緑色に発光する小袋を取り出した。中から固形のお菓子を一つ摘み上げ、ポリポリと噛み砕く。
今日のおやつは、ミレニアムのエンジニア部が「夜間作業用の視界明瞭化タブレット」として試作した、超高濃度抹茶レモン味の激甘キャンディだ。強烈な甘みとクエン酸の酸っぱさが口内に広がり、ケイジの表情を満足げに緩ませる。
「さて……先生の体調も戻ったし、今日の診察予約はゼロ。連邦生徒会への定期報告書も終わった。……よし、完璧だ。俺はこれからソファで三時間の昼寝に入る」
「あはは、お疲れ様。ゆっくり休んで……」
先生が言いかけた、その時だった。
重厚なシャーレの防音ドアを突き抜けて、廊下の向こうから「謎の重低音」が響いてきた。
*ズン、ズン、ズン、チャチャチャ、ズン、ズン――*
「……ん?」
ケイジが眉をひそめ、半目になって天井を見上げた。
ただの足音ではない。電子音と打楽器が複雑に絡み合った、妙にノリノリでアップテンポなダンス・ミュージックだ。しかも、音源はこちらの部屋へ向かって着実に近づいてきている。
「……先生。キヴォトスの防犯システムって、廊下で大音量のクラブリミックスを流す侵入者が来たら警報が鳴るシステムになってるか?」
「いや、そんなピンポイントな警報はないけど……なんだろう、この音楽? どこかで聴いたことがあるような……」
*ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ、ズン――!*
音楽の音量は増すばかりだ。廊下の壁が重低音で微かに振動している。
ケイジが白衣のポケットに手を突っ込み、ため息を突きながら立ち上がろうとした、その瞬間――
**「「「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ズンズンズン!!」」」**
バァン!!!!
シャーレの重厚なドアが、景気良い掛け声とともに勢いよく左右に押し開かれた。
そこに広がり出たのは、正気を疑う光景だった。
「クハハハハ! 救護のお通りだよ〜〜っ! レッツ・ダンス!!」
先頭で小悪魔的な笑みを浮かべ、ノリノリでステップを踏んでいるのは、赤黒い髪の少女――便利屋68の自称・行動派、浅黄ムツキ。彼女は肩にポータブル大音量スピーカーを担ぎ、EDMトラックに合わせてノリノリで腰を振っている。
そして、その真しろ後ろ。
「……ハァ。なんで私がこんなこと……恥ずかしすぎる……」
「ひ、ヒィィッ! すみません! 私たちの担ぎ方が下手で申し訳ありません! 命だけは、命だけはお許しくださいぃぃッ!!」
心底嫌そうな顔で溜め息をつく伊草カヨコと、涙目になりながら狂ったような速度で足踏みをしている黒見ハルカ。
その二人とムツキ、そしてもう一人(?)の四人が肩に担いでいたのは――
漆黒の木目塗りが施され、豪華な金銀の装飾が施された、巨大な『棺桶』であった。
四人はEDMの重低音に合わせて、軽快に右へ左へステップを踏み、棺桶を揺らしながら、見事なシンクロダンスで執務室へと足を踏み入れてきたのだ。
「……」
ケイジは口に含んでいた抹茶レモンキャンディを思わず丸呑みしそうになり、喉を詰まらせかけた。
「〜〜〜っゲホッ、ゴホッ!? な、なんだあいつらは……!? 棺桶……!? ダンス……!?」
「こ、便利屋68の皆さん!? 一体何をして――」
先生が慌てて立ち上がる中、ムツキたちは部屋の中央までノリノリで前進すると、ポーズを決めてピタリとダンスを止めた。
「ハイ、フィニッシュ〜! 棺桶ダンスサービス、到着だよ〜!」
ムツキがスピーカーのスイッチを切ると、部屋に静寂が戻った。
カヨコがハァ……と長いため息をつき、ハルカは「うぅ……すみません……すみません……」と床に手をついてペコペコと頭を下げている。
ケイジは白衣の袖をまくり上げ、額に青筋を立てながらステップを踏み出した。
「お前ら……何の冗談だ? 医療機関に棺桶担いでダンスしながら殴り込んでくるとは、良い度胸だな。頭の精密検査でも受けに来たのか?」
「あはは! 違うよお兄さん! ほら、患者を運ぶなら一番映える演出が良いかなって、私が特製の棺桶とBGMを用意したの!」
ムツキが楽しそうに笑いながら、棺桶の蓋をバァンと叩いた。
「さあ! 便利屋68が誇る最高幹部(?)の入場だよ〜!」
ギギギ……と重厚な音を立てて、棺桶の塗りの蓋が開く。
中に横たわっていたのは――
高級感のある紫のコートに身を包み、角を生やした赤髪の少女。便利屋68の社長、陸八魔アルであった。
しかし、いつもの「完璧でクールなハードボイルド・アウトロー」の面影はどこにもない。
アルは棺桶の中で膝を丸め、顔を蒼白にし、お腹を抱えて「うぐぐ……」と悶絶していた。額からは大量の冷や汗が吹き出し、自慢のヘイローも明滅を繰り返して消えかけている。
「……くっ……静まりなさい、私の……内なる破壊衝動(胃)……! これは……ライバル組織の仕掛けた……暗殺の『毒手』……!?」
「毒手じゃなくて、ただの自爆でしょ、アルちゃん」
カヨコが冷ややかな視線を落としながら、呆れたように補足した。
ケイジは腕を組み、棺桶の中のアルと、周りのメンバーを交互に見比べた。
「……状況を説明しろ。三行で」
「えーっとね!」ムツキが指を立てる。
「アルちゃんが!」
「無理な依頼を受けすぎて!」
「お腹痛くて倒れた!」
「三行だな。よし、帰れ」
「なんでだよッ!?」
アルが棺桶の中からガバッと上半身を起こし、血走った目で叫んだ。しかし直後に「ギにゃあぁぁっ!?」と悲鳴を上げて再びお腹を抱え、苦悶の表情で丸くなった。
「ひ、ひどい……! 助けてくれ……シャーレの……先生……! 私は……私は今、命の危機に直面しているんだ……!」
「アルさんっ! しっかりしてください! ああ、私が……私がもっと優秀な爆薬を用意して依頼を吹き飛ばしていれば、アルさんがこんな苦しみを受けることはなかったのに……! 死んでお詫びしますぅぅっ!」
「待ちなさいハルカ、室内で銃を取り出さないの!」
現場は一瞬で混沌の渦に巻き込まれた。
先生が苦笑しながらケイジの隣に立ち、そっと肩を叩く。
「……ケイジ君。一応、診てあげてくれないかな? アルちゃん、本当に辛そうだし……」
ケイジは深いため息をつき、頭上のアスクレピオスのヘイローを明滅させた。
「……ハァ。昼寝の予定が台無しだ。おい、そこのダンス集団。その物騒な箱から患者を出せ。診察台――じゃなくて、ソファに寝かせる」
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「ひ、冷たい……! この硬いベッド(ソファ)は、私を処刑するための拷問台か……!?」
「黙って横になれ。あと騒ぐな、腹流(腹圧)が上がって余計痛くなるぞ」
ケイジの低い、静かな声に圧されたのか、アルはおとなしくソファに仰向けになった。
ケイジは白衣のポケットから手袋と聴診器を取り出し、迷いのない手つきで装着した。先ほどまでの「面倒くさがりの高校生」の空気は一変し、プロの集中力が彼を包み込む。
「問診を始める。いつから痛む?」
「……き、昨日の夜からだ……。最初は鳩尾のあたりが……きりきりと……」
「痛みの性質は? 鈍痛か? 刺すような痛みか? 周期的に波があるか?」
「……し、周期的に……うっ、今は焼けつくような激痛が……!」
ケイジは無言でアルの腹部に手を当てた。
キヴォトスの生徒相手には滅多に使われない、現代医学の『腹部触診』だ。
アルのコートのボタンを外し、シャツ越しにお腹のいくつかの区画を指先で慎重に押し込んでいく。
「ここ痛むか?」
「ひゃいっ!? 痛い! 痛い!!」
「じゃあ、ここは? 圧痛はあるが、跳ね返りの痛み(反跳痛)はなさそうだな。筋性防御もなし。急性内臓穿孔や腹膜炎の可能性は低い」
続いて、聴診器のチェストピースをアルのお腹に当て、腹部聴診を行う。
静まり返る室内に、グルル……と不規則に過剰増進した腸不穏音がケイジの耳に届いた。
次に、アルの顔を持ち上げ、眼瞼結膜と舌の状態を確認する。
「……うん、完了だ」
ケイジは聴診器を首にかけ直し、冷淡な口調で診断結果を言い渡した。
「診断名:重度の急性ストレス性胃炎、および胃潰瘍手前の胃粘膜病変。……要するに、ただの胃の荒れだ。毒手でも暗殺でもない」
「な、なんだと……!? 誇り高き便利屋68の社長であるこの私が……ただの『お腹の壊れ』だと……!? バカな、私はどんな過酷な戦場でも生き残ってきたアウトローだぞ! 精神的ストレスなどに屈するはずが――」
「屈しまくってるからそんな顔色になってんだよ、ポンコツ社長」
ケイジはカルテにスラスラと処方箋を書き込みながら、容赦ない正論を叩きつけた。
「カヨコ、ちょっと事情を話せ。こいつ、ここ数日どんな生活送ってた?」
指示されたカヨコが、手帳を開きながら淡々と読み上げた。
「えーっと……ここ一週間で、期限ギリギリのハードな依頼を五件掛け持ち。睡眠時間は一日平均二時間。さらに『アウトローはブラックコーヒーと激辛料理しか口にしない』とか言って、毎食ブラックコーヒーと激辛地獄ラーメンを食べ続けてたわ」
「ちょっとカヨコ!? 余計なことまで言わなくていいでしょ!?」
「あ、あと!」ハルカが手を挙げた。「事務所の家賃の更新通知が届いて、残高不足の通知を見た瞬間に、アルさん泡吹いて倒れました!」
「ハルカちゃんまでぇぇぇっ!?」
アルが真っ赤(と蒼白が混ざった妙な顔)になって絶叫した。
ケイジは頭を抱え、天を仰いだ。
「……睡眠不足、過剰なカフェイン、激辛刺激物の連続摂取、そして極度の資金繰りストレス。……おいおい、胃粘膜を自ら薬品で溶かしにいってるようなもんだぞ。よく穴が開かなかったな」
「うぐぐ……! し、しかし! 危険と背中合わせの生活こそが、ハードボイルドというもの……! 胃薬などという生ぬるい文明の利器に頼るつもりはない! アウトローは自力で怪我を治すのだ……!」
アルはプルプルと震えながらソファから立ち上がろうとし、「ギにゃあぁぁっ!」と再び胃を押さえて悶絶した。
「……ハァ。めんどくさ」
ケイジはため息をつくと、医療バッグから一包の粉薬(強力な胃粘膜保護剤と制酸剤の配合剤)を取り出した。
そして、もう片方の手でポケットから「例のブツ」を取り出した。
ミレニアム製・超高濃度激甘キャンディ(今回は蛍光ピンクの苺ミルク風味)。
「おい、アウトロー」
「な、なんだ……! 私は絶対に薬など――」
「口を開けろ」
「嫌だと言って――んぐ不!?!?」
ケイジの動作に一切の迷いはなかった。
抵抗しようとしたアルの顎を一瞬の素早い動きで固定し、抵抗する隙を与えずに粉薬を口内に流し込み、間髪入れずに蛍光ピンクの激甘キャンディを奥歯の間に押し込んだ。
さらに、側にあった水コップを口元に突きつけ、強制的に飲ませる。
「ごっ、ゴキュッ……! んぐ、ケホッ、ゴホッ! ゲホッ!?」
アルは涙目になりながら水を飲み干し、口内に広がる味覚に目を丸くした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?!? あ、甘あああああああいっ!?!? なにこれ!? 砂糖のバケツに顔を突っ込んだみたいな甘さ!? 脳が溶ける!! 舌が痺れる!!」
「ミレニアムエンジニア部特製『糖分爆弾・ストロベリースペシャル』だ。胃薬の苦味を完璧に消去し、脳内に大量のドーパミンを分泌させてストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を一時的に抑制する」
ケイジは腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「どうだ? 薬の苦味なんて欠片も感じなかっただろ」
「そういう問題じゃないわよ!? 甘すぎて頭がクラクラするわよ!! 毒殺!? やっぱり毒殺なの!?」
「安心しろ、成分はただのブドウ糖と香料と胃薬だ。……ほら、腹の痛みはどうだ?」
「え……?」
アルがハッと息を飲み、自分の手でお腹をさすった。
先ほどまで焼夷弾でも打ち込まれたかのように激しく主張していた胃の痛みが、強力な制酸剤と、激甘キャンディによる脳内麻薬(ドーパミン)の効果で、みるみるうちに引いていく。
「た、確かに……痛みが……引いていく……!? 魔法……ううん、これが……現代医学の力……!?」
「ただの化学反応と生理現象だ」
ケイジはあきれ果てたように吐き捨てると、カルテをパタンと閉じた。
「いいか、陸八魔アル。これから言う指示を絶対守れ。守らないなら、次は全身麻酔打って胃カメラぶち込むからな」
「い、胃カメラ……!?」
ケイジが指を立てて、箇条書きで叩きつける。
「一、今日から三日間は消化の良いものしか食べるな。粥かウどん、豆腐だ。
二、ブラックコーヒーと激辛ラーメンは禁止。特に唐辛子は一粒でも食ったら胃壁が泣くぞ。
三、睡眠時間を最低六時間は確保すること。
四、処方した胃薬を毎食後に飲むこと。以上だ」
「む、無理よ……! 激辛ラーメンもブラックコーヒーも飲めないなんて、私のハードボイルドなアイデンティティが……!」
「アイデンティティと胃の粘膜、どっちが大事なんだ? 胃に穴が開いたら、ハードボイルドどころか病院のベットで重ゆすすることになるぞ」
「う……っ」
ケイジの身も蓋もない正論に、アルは返す言葉を失い、しょんぼりと肩を落とした。
その様子を見ていたムツキが、ゲラゲラと大笑いしながらアルの肩を叩いた。
「あははは! すごーい! あの頑固なアルちゃんが完全に一蹴されてる〜! お兄さん、やっぱりただ者じゃないね!」
「笑い事じゃないわよムツキ……。カヨコ、ハルカ……私は……私は敗北したのよ……」
「はいはい、お疲れ様。ほら、お薬もらったんだから帰るわよ。先生、お騒がせしてすみませんでした」
カヨコが丁寧におじぎをし、ハルカも「すみません……棺桶の掃除をしてから帰ります……」とポリポリ頭を下げている。
先生が苦笑しながら、アルの元へ歩み寄った。
「アルちゃん、無理をしちゃダメだよ。便利屋の仕事が大変なのは分かるけど、社長が倒れたらみんな困るんだからね」
「あ……う、うん……。先生にそう言われると……その、反論できないわ……」
アルは顔を赤くしながら、コホンと咳払いをして立ち上がった。
「ふ、フン! 今回はシャーレの主治医の面目に免じて、一時撤退してあげるわ! だが覚えておきなさい、便利屋68はどのような困難にも屈しない! 次会う時は、完璧に復活したハードボイルドな姿を見せてあげるわ!」
「はいはい、威勢がいいのは結構だが、会計に薬代払っていけよ」
「ガーン!? 割増診察料払うの!?」
「急患かつ棺桶での不法侵入料込みだ」
最後の最後までケイジにペースを握られっぱなしだったアルは、泣きそうな顔でシャーレを後にしていった。
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「「「ハイ! ハイ! ハイ! ズンズンズン!!」」」
帰り際も律儀に大音量のダンスBGMを流し、棺桶(空っぽ)を担いでノリノリで去っていく便利屋68の姿を、ケイジと先生は窓から見送っていた。
「……ハァ。台風みたいな連中だったな」
ケイジは白衣のポケットに手を突っ込み、深く、深くため息をついた。
「でも、凄かったよケイジ君。あのアルちゃんを一瞬で診察して、正論でお薬まで飲ませちゃうなんて。本当にプロの医者なんだね」
先生が感心したように拍手を送ると、ケイジは面倒くさそうに頭を掻いた。
「プロだからな。仕事は完璧にこなすのが俺の主義だ。……だがな、先生」
ケイジは半目になり、先生をジロリと睨みつけた。
「俺の今日の昼寝時間はどこへ行った? 激甘キャンディの在庫も減った。おまけに廊下で変なダンスまで見せられたんだ。精神的ダメージに対する危険手当を要求する」
「あはは……分かった分かった。今度、美味しいお菓子を差し入れするよ。何が良い?」
「ミレニアムの売店で売ってる、海外直輸入の超激甘ヌガーキャンディ。箱買いで頼む」
「えっ……あの甘すぎて顎が外れそうになるやつ……? 本当に甘党なんだね……」
苦笑する先生を横目に、ケイジは診察室のソファへと歩み寄り、ドサリと勢いよく倒れ込んだ。
「ふぅ……今度こそ邪魔するなよ。……あーあ、シャーレの主治医なんて受けるんじゃなかった。生徒の怪我より、精神的な自爆のほうが百倍面倒くさい……」
愚痴をこぼしながらも、ケイジの表情にはどこか充実感が漂っていた。
キヴォトスの無茶な生徒たちと、壊れやすい大人。
その両方の生命線を握る「シャーレの高校生医師」の日常は、これからも静かになることはなさそうだ。
ケイジは白衣を毛布代わりに頭までかぶると、数秒もしないうちに、静かな寝息を立て始めのだった。