シャーレ所属の高校生医師は多忙 作:ミレニアムニキ
この作品はフィクションです
赤く染まった夕闇が、ゲヘナ学園の重厚なゴシック建築の街並みを黒い影となって呑み込んでいく。
学園都市キヴォトスにおいても最大級の勢力を誇り、日々無数のトラブルと爆発音が日常茶飯事として繰り返される混乱の学園――ゲヘナ。その治安と秩序をたった一手に引き受け、荒れ狂う無法者たちを恐怖と圧倒的な力でねじ伏せ続けているのが、ゲヘナ風紀委員会である。
そして、その頂点に立つ風紀委員長・空崎ヒナの名は、キヴォトス全域に響き渡る絶対的な「抑止力」そのものであった。
だが――どれほど強大な神秘を宿し、どれほど絶大な威厳を誇ろうとも、彼女の肉体はまだ幼さを残す一人の少女のものに過ぎない。
「……はぁ。まさかゲヘナの風紀委員会から、こんなコソコソした極秘依頼が舞い込んでくるとはな」
黒塗りのシャーレ専用車両の助手席で、河井ケイジは白衣の襟を正しながら、手元の端末に表示された暗号化文書を眺めていた。
隣の運転席でハンドルを握るのは先生だ。先生もまた、いつになく真剣な表情で前方の道路を凝視している。
「アコちゃんからの連絡、本当に切迫していたよ。『もう限界です。委員長が……委員長が倒れてしまう前に、どうか……!』って」
「そりゃそうだろ。ゲヘナの救護施設やトリニティの救護騎士団に持ち込んでみろ。『あの風紀委員長が倒れた』なんて情報が漏れた瞬間に、ゲヘナ中のアウトローどもが牙を剥いて暴動を起こす。かと言って救護騎士団のミネあたりに乗り込まれたら、ゲヘナの面目は丸つぶれだ。……だから、ミレニアムの所属でシャーレの主治医である俺に、コソコソと白羽の矢が立ったわけだ」
ケイジは白衣のポケットから、小さく包装された紫色に怪しく光る固形タブレットを取り出すと、ポイと口に放り込んだ。
カチリと歯が鳴り、強烈な人工ブルーベリーの風味と、脳の神経を力任せに揺さぶるような爆発的な甘みが口腔内に広がる。ミレニアムの生物科学部が試作した「脳内糖分超急速補給タブレット」だ。
「……で、先生。ヒナって委員長は、どんな奴だ?」
「とても真面目で、責任感が強くて……そして、誰よりも一人で抱え込んでしまう子だよ。自分の辛さや限界を、絶対に周りに見せようとしないんだ」
「一番たちの悪い患者のタイプだな」
ケイジは呆れたように鼻を鳴らすと、腰に吊るした黒塗りのハンドガンの位置を確かめた。
「『私は大丈夫』って顔をして倒れる奴は、倒れた時には手遅れ寸前になってる。……ま、俺がいくら口が悪くても、患者の命を落とさせるような真似はしないがね」
車はゲヘナ風紀委員会本部の地下駐車場へと滑り込んだ。
普段の賑やかさとは無縁の、薄暗く不気味なほど静まり返った地下通路。そこに、青ざめた顔で爪を噛みながらウロウロと行き来している一人の少女の姿があった。風紀委員会行政官、天雨アコである。
「あ……先生! それに……ミレニアムの河井ケイジさんですね!?」
アコは車から降りてきた二人を見るやいなや、縋り付くような思いで駆け寄ってきた。その目元には隠しきれないクマがあり、疲労と不安で声が激しく震えている。
「よくぞ……よくぞ来てくれました……! もう、私ではどうにもできなくて……!」
「落ち着け、天雨アコ。状況を話せ。委員長の現在の容態は?」
ケイジの低く落ち着いた声に、アコは息を呑み、必死に気を取り直そうと胸を叩いた。
「委員長は……もう四日間、一度もまともに横になっておられません。睡眠時間は一日数十分の仮眠のみ。食事もほとんど喉を通らず、ただ書類の山と、各地で発生するボヤ騒ぎの指揮に追われ続けて……。先ほども、執務室でペンを持ったまま意識を失いかけました。……ですが『私が休んだらゲヘナが崩壊する』と言って、私の制止も聞かずに……!」
アコの目から、悔しさと申し訳なさで涙が溢れ出しそうになる。
「風紀委員会の医療班では、委員長のヘイローの出力低下を検出できません……。キヴォトスの一般的な救護技術では『異常なし』と判定されてしまうのです! でも……でも、どう見ても委員長は限界なんです……!」
「……そうだろうな」
ケイジは医療バッグのベルトを肩にかけ直すと、静かな瞳で地下通路の奥を見つめた。
「ヘイローって神秘はな、物理的な砲弾や銃弾には絶大な防護性能を発揮するが、精神の消耗や内臓の疲労、自律神経の破綻まではカバーしてくれないんだよ。……案内しろ、アコ。ゲヘナの『絶対的な象徴』を、現実の医学で引きずり下ろしてやる」
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重厚で重苦しい鉄の扉が開かれ、風紀委員長室の内部が露わになった。
室内の空気は澱み、冷気が満ちていた。
部屋の奥、巨大な執務デスクの向こう側には、自分の背丈ほどもある書類のタワーに囲まれた、一人の小さな少女が座っていた。
銀髪の美しい髪は少しボサボサに乱れ、大きな角が疲れ果てたように垂れ下がっている。
紫色の瞳は焦点を結ぶのがやっとなほどに落ちくぼみ、真っ白な肌は病的なまでに蒼白だった。彼女の頭上に浮かぶヘイローは、まるで消えかけた蝋燭の火のように、力なく明滅を繰り返している。
「……アコ? 何度も言わせないで。今は……報告書の精査で忙しいの。余計な用事なら……」
カサついた、掠れた声。
ヒナは手元のペンを動かそうとするが、その指先は小さく、細かく震えていた。
「委員長……! シャーレの先生と、専属の医師をお連れしました!」
アコの声に、ヒナの体がピクリと跳ね上がった。
彼女が力なく顔を上げると、そこには心配そうに見つめる先生と、白衣を羽織り、冷ややかな視線を向ける見知らぬ少年の姿があった。
「せ……先生……? なぜ、ここに……? それに、その人は……」
「久しぶりだね、ヒナちゃん。アコちゃんから話を聞いて、主治医と一緒に来たんだ」
先生が優しく声をかけると、ヒナの顔に明確な「拒絶」の色が浮かんだ。彼女は必死に背筋を伸ばし、威厳を保とうと声に力を込めようとした。
「……アコ、余計な真似を……。先生、私は大丈夫です。少し疲れているだけ……。風紀委員会には、まだ処理しなければならない問題が山積みなんです。今、私が倒れるわけにはいきません。……ヘイローだって、まだ消えていないでしょう?」
強がる少女。自分を「風紀委員長」という重圧の鎧で固め、弱音を吐くことを自らに禁じた姿。
だが――その言葉が終わり切る前に、冷ややかな足音が静まり返った室内を踏み鳴らした。
「――喋るな」
「……え?」
ヒナが呆気にとられた瞬間には、すでにケイジはデスクの横へと移動していた。
無駄のないスピーディな動きで医療バッグをドサリとデスクに置くと、白衣のポケットから診察用のペンライトと脈拍計を取り出す。
「な……何を――」
「動くな、患者。診察中だ」
ケイジの手が、躊躇なくヒナの細い手首を掴んだ。
「っ!?」とヒナが身を引こうとするが、ケイジの固定は正確かつ強固だった。骨格の構造を熟知した無駄のない力の入れ方で、ヒナの小さな手首を軽々と、しかし絶対に逃げられない絶妙な力加減で保持する。
「な……何をするの、不躾な……! 私はゲヘナ風紀委員長――」
「だから喋るなと言っている」
ケイジのトーンはどこまでも低く、平坦だった。
彼はヒナの主張を一切聞き入れず、パルスオキシメーター(血酸素飽和度測定器)を彼女の細い指先に挟み込み、もう片方の手でパッと血圧計のカフを彼女の細い腕に巻きつけた。
「アコ、カフを加圧しろ。先生、タイマーを出せ」
「あ、はいっ!」
ケイジの手際の良さと圧倒的な主導権に、アコも先生も自然と指示に従ってしまう。
「ひ……放しなさい……! 私は平気だと……!」
ヒナが抵抗しようと体を揺らした瞬間、ケイジの親指が彼女の顔を持ち上げ、サッと下まぶたを押し下げた。
「眼瞼結膜、著しい貧血様。瞳孔対光反射、鈍麻。……おいおい、酷い有り様だな」
さらにケイジは、首にかけた聴診器のチェストピースを、ヒナの華奢な胸元――制服の上から正確な心尖部の位置へピタリと当てた。
「……脈拍、毎分百三十二。タキカルディア(頻脈)だ。血圧、上百四十五、下九十八。……おい、この小さな体のどこにこんな負荷をかけてんだ?」
ケイジの口から次々と飛び出す、客観的で残酷なまでの「数値」。
ヒナの顔色が、恥ずかしさと焦りで赤くなり、すぐにまた蒼白へと戻った。
「そ……そんな数値、一時的なものよ……! 私は……私はヘイローを持つキヴォトスの生徒なの! このくらいの疲労、気合と責任感で――」
「バカか、お前は」
ビシッ、と静寂を切り裂くような短い一言。
ヒナの言葉が完全に凍りついた。ゲヘナの誰もが恐れ、誰もが敬意を払う「絶対的な委員長」に向かって、面と向かって「バカ」と言い放った人間など、彼女の人生でただの一人も存在しなかった。
アコが「ヒっ!?」と悲鳴を上げ、先生も目を見開く。
しかし、ケイジの瞳には一切の容赦も、恐れもなかった。あるのはプロの医師としての、冷徹なまでの誠実さだけだ。
「気合? 責任感? ……ハッ、ヘイローが神経伝達物質の枯渇を補ってくれるとでも思ってんのか? 脳内のコルチゾール(ストレスホルモン)値は限界突破、自律神経は交感神経優位のまま焼き切れかけてる。心臓は悲鳴を上げて脈を打ち、免疫力はどん底だ」
ケイジは血圧計を取り外すと、カルテに数値を叩きつけるように書き込んだ。
「『ヘイローがあるから平気』? ……笑わせるなよ。ヘイローはお前を『弾丸』から守るための神秘であって、お前の『命』そのものを永遠に保つ魔法じゃねえんだよ。お前がやってるのは努力でも責任感でもない。ただの『自分の肉体に対する無責任な虐待』だ」
「む……無責任……!? 私が……!?」
ヒナの小さな唇が、激しい感情で震え始めた。
彼女は必死で瞳に力を込め、ケイジを睨みつけようとした。
「私は……ゲヘナの平和を守るために……! みんなが安心して暮らせるように、寝る間も惜しんで働いているのよ!? それを……それを無責任だなんて……!」
「そうだ、無責任だ」
ケイジは一歩も引かなかった。ヒナの視線を真正面から受け止め、冷淡な、しかし重みのある言葉を叩きつける。
「お前が今ここで倒れて、脳梗塞や急性心不全で二度と起き上がれなくなったらどうなる? ゲヘナの治安はどうなる? お前が守ろうとした『平和』とやらは、一瞬で崩壊するんだぞ」
「うぐっ……!」
「『私がいなきゃダメだ』って思い上がって、限界を超えて自爆する奴が一番の迷惑なんだよ。本当に責任を果たしたいなら、自分の肉体を管理しろ。自分の限界を認めろ。……それができないなら、お前は委員長失格だ」
「ケイジ君、そこまでに――」先生が止めに入ろうとした。
だが、ヒナの全身が、カタカタと激しく震え始めていた。
「……ぁ……」
ヒナの口から、小さな、か細い声が漏れた。
怒り、悔しさ、正論に対する反論の不能。そして何より――これまで誰も踏み込んでこなかった、彼女の「内側の脆さ」を、この目の前の高校生医師は容赦なく、けれど完璧なロジックで暴いて見せたのだ。
「私……私は……っ……」
ヒナの視界が、急速に歪んでいく。
言い返そうとしても、喉の奥がツンと痛くなり、言葉が出てこない。
これまで、どんな苛烈な戦場でも、どんな理不尽な暴動でも、彼女は一度だって涙を見せたことはなかった。見せてはならなかった。「完璧な風紀委員長」であり続けなければならなかったからだ。
だが、今、自分の数値と限界を冷徹に突きつけられ、そして同時に――「本当はもう、立っていることすら奇跡なのだ」という真実を、目の前の男に証明されてしまった。
「私は……っ……崩壊させたくないから……だから……っ……!」
ポロリと。
大きな紫色の瞳から、一筋の透明な大粒の涙が零れ落ち、デスクの書類の上にポタリとシミを作った。
一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
「う……っ……ふぐっ……あぁぁ……っ……!」
ヒナは両手で顔を覆い、小さな背中を丸めて、子供のように声を上げて泣き出した。
積もり積もった何百時間もの途方もない疲労、孤独、重圧、そして誰にも「辛い」と言えなかった絶望。そのすべてが、ケイジの容赦ない正論によって「限界」という名の許しを得て、溢れ出していった。
「委員長……!? 委員長が……泣いて……!?」
アコがショックでへたり込みそうになる。
先生は優しくヒナの側に駆け寄り、その小さな肩を包み込むように抱きしめた。
「よく頑張ったね、ヒナちゃん。もういいんだよ。君は十分に、いや、完璧すぎるほど頑張った。……今はもう、休んでいいんだ」
「せん……せい……っ! わたし……わたし……本当は……もう……っ……疲れたの……っ……!!」
先生の胸に顔をうずめ、ぽろぽろと涙を流し続ける風紀委員長。
そこには「絶対的な抑止力」の姿はなく、ただの、傷つき疲れ果てた一人の少女しかいなかった。
ケイジはそれまでの厳しい表情を消し、静かに深いため息をついた。
白衣のポケットに手を突っ込み、横目で泣じゃくるヒナを見つめる。
「……ハッ。泣けるうちは、まだ重症の段階じゃねえな。感情が死んでたら、泣くことすらできねえ」
ケイジは医療バッグから、静脈内点滴のセット(高濃度ブドウ糖と電解質、ビタミン複合体の点滴パウチ)を取り出すと、慣れた手つきで輸液チューブを接続した。
「天雨アコ」
「は、はいっ!?」
「部屋の奥のソファーに毛布を敷け。それと、この書類は全部箱に詰めて鍵をかけろ。明日まで委員長には一枚たりとも見せるな」
「わかりました! すぐに!」
ケイジは先生の腕の中で泣き疲れ、急速に意識が遠のいていくヒナの体を、慎重に抱き上げた。
「くっ……見た目通り、軽すぎるな。ちゃんと飯食ってねえ証拠だ」
小さく華奢なヒナの体をソファへと運び、優しく横たえさせる。
ケイジの動作は、先ほどまでの冷徹な説教からは想像もつかないほど、丁寧で、患者の負担を最小限に抑えるプロの配慮に満ちていた。
ヒナの手首を取り、駆血帯を巻く。
「……少し痛むぞ」
そっと声をかけながら、細い静脈に一発で点滴針を刺し入れる。内針を引き抜き、チューブを接続。輸液のクレンメを調節し、滴下速度をコントロールする。
ポチャン、ポチャンと、透明な液体がヒナの体内に注ぎ込まれていく。
「ん……ぅ……」
点滴の冷たさと、体内に満ちていく栄養。そして極度の緊張からの解放。
ヒナの涙で濡れた瞳が、うっすらと開いた。
ソファの脇に腰掛け、慣れた手つきで点滴の管理をしているケイジの横顔が映る。
「……あんた……ひどい……医者ね……」
かすれた声で、ヒナがぽつりと呟いた。
「……『酷い』じゃなくて『腕が良い』と言ってくれ。俺の診察代は高いんだからな」
ケイジは呆れたように肩をすくめると、白衣のポケットから紫色の個包装を取り出し、ヒナの枕元にぽんと置いた。
「……なに……これ……?」
「ミレニアム製の超高濃度ブルーベリー・タブレットだ。脳の疲労を吹き飛ばす糖分が入ってる。……目が覚めたら食え。激甘だけどな」
「……ふふ……変な……医者……」
ヒナの口元に、本当に久しぶりの、小さく穏やかな微笑みが浮かんだ。
先生のように甘やかしてはくれない。優しい言葉で慰めてもくれない。
だが、自分がどんなに強がろうとも、自分の体の「悲鳴」を誰よりも正確に見抜き、どれほど嫌がられようと、責任を持って命と健康を守り切ってくれる。
先生とはまた違う、圧倒的に頼もしい「大人の(同世代の)守り手」。
「……ありがとう……河井……ケイジ……」
「礼なら、ちゃんと十時間寝てから言え」
ケイジがそっとヒナの瞼の上に手をかざすと、彼女は抗えない深い眠りへと落ちていった。頭上の消えかけていたヘイローが、安らかな呼吸に合わせて、静かに、温かな光を取り戻し始める。
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それから三時間後。
完全に深い睡眠に入ったヒナの容態を確認し、点滴の抜針を終えたケイジと先生は、静かに風紀委員長室を後にした。
廊下では、アコが深々と頭を下げて待っていた。
「河井さん、先生……本当に、ありがとうございました。委員長があんなに穏やかな顔で眠られているのを……私は何ヶ月ぶりに見たか分かりません……」
アコの目には、再び感謝の涙が浮かんでいた。
「……カン違いするなよ、天雨アコ」
ケイジは白衣のポケットに手を突っ込み、気怠げに廊下を歩きながら言った。
「今回は初期対応が間に合ったから良かったものの、次は本当に倒れるぞ。お前ら側近の仕事は、委員長に無理をさせることじゃなく、無理をさせないように書類を奪い取ることだ。分かったな?」
「はい……! 肝に銘じます……!」
「よし。じゃあ、出張治療費と危険手当、それから極秘往診料の請求書は、後で連邦生徒会経由でゲヘナの経理に送っておくからな。割増にしておくぞ」
「うぐっ……は、はい、喜んでお支払いします……」
苦笑するアコに見送られながら、二人は地下駐車場へと戻ってきた。
車のシートに深々と体を沈め、ケイジは長いため息をついた。
「……はぁぁぁーっ。疲れた。やっぱりゲヘナの連中は心臓に悪い」
「あはは、お疲れ様ケイジ君。でも、凄かったよ。あのヒナちゃんを正論で黙らせて、ちゃんと休ませちゃうなんて。君じゃなきゃできなかった」
先生がエンジンをかけながら、心からの敬意を込めて言った。
ケイジは紫色の激甘タブレットを口に放り込み、ガリガリと噛み砕きながら、窓の外のゲヘナの夜景を眺めた。
「……ハッ。俺はただの医者だ。患者が倒れそうなら止める。それだけだろ」
「ふふ、冷たい言い方をして、本当はすごく心配してたでしょ?」
「……うるさい。それ以上言うと、先生の明日の朝食を全部激甘ゼリーにするぞ」
「それは勘弁してくれ……!」
二人の楽しげな会話が、夜のキヴォトスのハイウェイへと溶けていく。
不条理で、誰もが強がり、傷を隠して戦い続ける街、キヴォトス。
けれど、シャーレには――どんな強がりも通用しない、口は悪いが誰よりも頼もしい「主治医」がいる。
多忙で、面倒くさがりで、けれど絶対に見捨てない彼の診察室には、これからも傷ついた生徒たちが、救いを求めてやってくるのだろう。
ケイジは白衣の襟を深めにかぶり、静かな寝息を立て始めたのだった。