――盛大なため息をついてしまった。
受付嬢のフリジット・フランベルがソロ冒険者レニーに、「恋人のフリ」の依頼を受けてもらった後。
疲れも溜まっていたのか、気がつけばため息を吐いている自分がいた。着替えに入ってからもう三回はしている気がする。
「そんなにため息を吐いてると幸せ逃げちゃうわよ」
更衣室で受付嬢のセリアに言われる。
「あんま良くないのはわかってるんだけど」
「付きまといのこともあるし、仕方がないのはわかるんだけどね」
疲れが表に出るということは受付嬢の花である明るさや笑顔がないことに繋がる。後輩の心象も良くないであろう。
冒険者の経験や反応から考えるに、必ずしも明るくいることが正義なわけではないが、フリジットにとってはよくない傾向である。
やけで恋人のフリだなんて依頼したものの、そちらの付き合いも考えなければいけない。仕事終わりに食事の約束をしている。しかし、レニー相手にどんな会話をしようか悩む。レニー自身は気にしなさそうではあるものの、付き合わせているのはこちらなのだ。気になってしまうものである。
「依頼は受理してもらったんでしょ? せっかく恋人ができたんだから楽しんだほうがいいわよ」
「偽物だけどねぇ」
相手側にこちらへの好意はこれっぽっちもない。態度はごく自然で積極性もない。仕事だからやる、といった感じであった。
「どうよ、レニーさん」
「うん。すごくドライ。助かる」
相手に下心が全くない。男であれば大なり小なり下心がありそうなものだが、隠すのが上手いのか、さすが賊狩りと呼ばれるだけはあるのかもしれない。
人間相手では様々な誘惑がある。見目麗しい異性や多額の金銭を交渉として提示されることも少なくない。
仲間になれば酒池肉林のようなおいしい想いができるぞ、と。賊であれば言うだろう。
屈する人間は冒険者でどれほどいるかはわからないが、そういう連中はハニトラもやってくる。レニーの狩った「賊」はまさに様々で、強盗はもちろん、暗殺教団や海賊といった者たちも相手にしている。賞金首も狩っており、容姿を武器にして犯罪を犯していた者もいただろう。
つまり誘惑に屈しない。言うは易し行うは難しというやつだろう。誘惑に負け続けないというのがどれほど難しいか。
それを成したからこそ、賊狩りとして、ソロのトパーズ冒険者としてやっていけている。
「笑顔で会ってあげないとね。依頼期間中のサービスってやつよ」
「そういう言われ方をするとハードル高いなぁ」
「いつもの受付嬢やればいいのよ。うちのエースさん」
ぱしっと背中を軽く叩かれる。
「うひっ!?」
フリジットの肩が飛び跳ねる。痛い訳では無いが、驚いた。セリアを見ると、じとっとした目でこちらを見ていた。
「……フリジット、もう少し可愛らしいか、色っぽい声出せないの?」
「理不尽!?」
○●○●
「おまたせー、ダーリンっ」
笑顔でレニーに声をかける。手を振りながら、待ち合わせの噴水前に駆け寄った。
「仕事おつかれさま」
「……ありがとー!」
レニーは特に笑顔を返すわけでもなく、無表情だった。恋人っぽいほうがいいかなとダーリンと言ってみたのに、何もなかったかのように会話を続けられる。
「むぅ。恋人が来たんだからもう少し嬉しそうにするのが筋ってものじゃないですかぁ?」
頬を膨らませて、レニーの胸をつついてみる。レニーは周りを確認してから、
「フリでしょ」
と訂正してきた。
「雰囲気が大事なんですぅ!」
腰に手を当てて、抗議する。
「オレが普段これなのにヘラヘラ笑う演技だなんてするわけないでしょ」
「その物言いだとできるんだね」
「うん。ほら」
レニーはにっこり笑ってみせた。自然で、顔立ちも相まって可愛らしい笑みだった。
「待ったかいがあったよ、ハニー」
甘い口調でフリジットに告げてくる。先程までの態度の差と、依頼時のギャップに脳が混乱した。
「へ? え?」
フリジットが戸惑っていると、レニーは真顔に戻る。
「ほら気持ち悪いだろ。変に演技するより身体的距離感が近いほうが自然にアピールできる。キミも変に気をつかわなくていい」
「私は遊んでるんですぅ」
「知ってる。じゃ、食べに行こうか」
レニーは道を指さす。フリジットは頷いて、並んで歩き始めた。
肩が密着しそうなほど近い距離。ドキドキはしないけれども、拒否感もない。
不思議だ。まともに会話したのは今日が初めてなはずなのだが。
「手でも繋ぐ?」
「キミが望むのなら」
「レニーくんはそーいうことしたいと思わないの」
「全く」
「めっちゃドライだね、隣にとんでもない美人がいるんだけど」
「ご期待通りでしょ」
「うん、ま、そうなんだけど」
明るく振る舞おうとしているのがバカらしくなってきた。もちろん、今の時間が苦痛だとか、さっきまでの振る舞いが無理してたとかいうわけではないのだが。
「……はぁ」
なんだか、体の力が抜けて、ため息が漏れた。
「……あ、ごめん」
そのことに気づいて、慌てて謝る。しかし、レニーは首を傾げるだけだった。
「何が?」
「ため息ついちゃって。気分よくないよね」
「構わないよ」
「でも幸せが逃げちゃうっていうじゃない」
フリジットがそういうと、レニーはバカらしいとばかりに鼻で笑った。
「ため息をするときって胸がモヤついてるときじゃないかい?」
「……んーあんま考えたことないから、そうかも」
胸を当てながら、答える。なんとなく息苦しい感じはする。
「モヤが晴れるならいくらでもやったほうがいい。話題に困るなら愚痴でも何でも聞くさ。ずっと明るいのも気持ち悪いからね」
「え、何。もしかして……私今けなされた?」
「全く。ただ、せっかくの恋人のフリだ。変にトキメキやらを求めず、溜め込んだものを吐き出すのもいいんじゃないかな。オレは楽できていいよ」
「楽?」
「うん。話題が尽きないからね」
「気分いい話じゃないと思うんだけど」
「明日キミがちょっとでもスッキリしてれば良いのさ」
「レニーくんはどうなの」
「そりゃだいたいのことに興味があるからね。美女のプライベートが知れて満足だよ」
「褒めたって愚痴しかでませんことよ」
「自分から美人だって言ったんでしょ。ノッてあげてるだけだよ」
やれやれとばかりにため息を吐かれた。わざとらしく額に手まで当てて。ため息なんてなんてことない、自分だって吐いてやるから、と言わんばかりだった。
「……ぷっ」
思わず吹き出した。
「演技ならそっちのほうがいいかも」
「でしょ?」
レニーが自慢気に笑う。そんな笑みがフリジットの心を軽くした。
「だから気にせず、昼みたいに酔って愚痴るといい。オレは気にしない」
手をひらひらと振りながら、レニーは歩み続ける。フリジットは少し歩幅を狭めて、その背中を見た。
――この人なら、大丈夫そうだ。
「――酔いに任せないと恋人のフリに誘えないんだから。変に無理しないほうがいいしね」
「気づかれてたの!?」