ソロ冒険者レニー   作:月待 紫雲

226 / 234
冒険者と嘘

 赤子のころから自分はおかしかったのだと、ウタハは語ってくれた。

 

「赤子のころ、素手で虫を潰して喜んだり、村を襲ってきた魔物を、殺したり」

 

 記憶はないと、不安げに告白した。

 馬車に揺られながら、レニーはウタハに膝を貸す。頭を撫でてやる。離れろと忠告されたが、ウタハに罪はないのだ。距離を取るよりも今は少しでも安心させてやりたい。

 

 誰も悪くはない。無論スカハも。

 

 あるとすれば災厄なんて創り出した人の業だ。

 

「おにーさん」

「なんだい」

「私、おかしくなっちゃうのかな。いつか私っていなくなっちゃうのかな」

 

 涙を流しながら、問いかけられる。

 

「おかしくしてるのはオレさ」

 

 レニーは優しくウタハに語りかける。

 

「だからあと一日だ。一日頑張れば、オレと離れられて、元に戻ってハッピーエンドさ」

 

 嘘だ。そんな確証はないし、レニーと出会う前からスカハの面が垣間見えているのなら、レニーは関係ないのだ。獲物が来て活発化してるだけで、ウタハに寄生……というのがわかりやすいだろうか。その状態は変わらない。

 

 悪意。

 

 何がきっかけで蓋が開くかわからない地獄の釜。

 

「おにーさん」

「はいはい」

「ごめんなさい。痛い想いさせて」

「腕が斬り落とされたことがあるんだ。そのときに比べたら平気さ」

「大丈夫だったの?」

「大丈夫だったさ。おにーさんは強いからね」

 

 傷はポーションのおかげもあり、もう塞がりかけている。実際平気だ。

 

「ごめんなさい。わたし生まれてこなければよかったね」

「それはこれからキミが決めることだ。他人じゃない」

「私が?」

「そうさ。キミを大事にしてくれる孤児院を見つけて、好きなことを見つけて、それで、あれこれやって、最後にキミが決めることだ」

 

 馬車が揺れる。

 

「子どものうちは目一杯迷惑をかけていいんだ。だって探してる最中だからね。一生懸命生きてて、他人を大切にしながら他人にかけちゃう迷惑はかけていいんだ。いっぱい探しな。笑えるものとか、おいしいものとか、やりたいこと」

「おにーさんは見つけたの」

「……そうだねー」

 

 レニーは過去を振り返りながら、呟く。

 フリジットの酒を飲む姿が真っ先に浮かんだ。

 

「くだらないかもしれないけど、見つけられたかな……飲み仲間」

「飲み仲間?」

「一生仲良くできそうな人ってこと」

「お母さんとお父さんみたいな?」

「近すぎるな……うーんお隣さんかな」

「よく、わからない」

「オレもよく知らない」

 

 レニーが言うと、クスリとウタハが笑った。

 

 

 

  ○●○●

 

 

 

 深夜。宿のベッドで体を起こす。

 

「どうしたんだい」

 

 起きたウタハに、レニーが問いかける。この間まで別々の部屋を用意していたのに、レニーを殺しかけた日から一緒にいる。

 

 ……寝てないのだろう。レニーの顔色は悪いし、目に隈ができている。

 

「……おといれ」

 

 もじもじしながらウタハが言う。レニーは静かに微笑む。

 

「行ってきな。怖くない?」

「平気」

 

 ウタハはベッドから降りて、部屋から出る。

 

 …………嘘だ。

 

 自分はここにいてはいけない。レニーは優しい言葉をかけてくれた。肩に傷を負って、それでも自分を引き戻してくれた。

 

 ――あの子がほしい

 

 だからダメだ。

 

 自分は死ななきゃ治(おさ)まらないんだ。

 

 出ていこう。何もかも捨てて。それで、魔物に喰い殺されて、死ぬのだ。

 

 レニーに出会った日に助けられなければ良かったのだ。じゃないと、もっと取り返しのつかないことになる。

 

『子どものうちは目一杯迷惑をかけていいんだ』

 

 嘘だ。

 嘘なんだ。ダメなんだ。自分だけは。

 

 生まれたことさえ、罪なのだ。だから、今まで辛かったのだ。悪い子であるから、罰を受け続けたのだ。

 

 終わらせよう。

 

 宿を出る。

 

 涙を流しながら、後ろ髪を引かれながら。

 

 それでも、これから訪れるもっと苦しい出来事から逃げ出した。

 

 自分が、自分でいられるうちに終わらせるのだ。

 

 

 

  ○●○●

 

 

 

 ……帰ってこない。

 

 部屋の扉を開けて、宿のトイレに向かう。

 

「なんか変なものでも食べさせちゃったかな」

 

 ウタハのお腹の具合を心配しながら、レニーは宿の廊下を進む。誘拐であれば、慌ただしい足音がする。レニーであれば一発でわかるし、そういう奴らの相手は慣れている。

 

 トイレから別の人間が出てきた。すれ違って、トイレの前に立つ。二つあるが、どちらにも気配はない。

 

「……まさか」

 

 レニーは宿から出る。宿の屋根の上に飛び乗り、周りを見るが、姿は見当たらない。

 

「どこに行った?」

 

 しまった。

 

 子どもと思って思い詰めていたことを甘く見ていた。安心させようと、心配させまいとしすぎた。

 

 神経をそちらに使いすぎて、日々の疲労も相まって、トイレに行こうとしたウタハの表情を全く読み取れなかった。

 

『わたし生まれてこなければよかったね』

 

 顎に手を当て、考え込む。

 

「死ぬなら、どこだ」

 

 魔物にわざと襲われる。それがおそらく一番楽だろう。避けようがある恐怖よりも、避けられようのない恐怖のほうが死ぬにはちょうどいい。

 

 魔物退治の依頼や調査の依頼が出やすいのは……。

 

「あそこか!」

 

 レニーはできるだけ己にバフをかけて、村を出た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。