カンガルーという種は
カンガルーもそうである。己を狙ってくる肉食の生き物に対しては真っ先に逃げる。ボックスカンガルーがフリジット相手に攻撃をしかけたのは、畑を管理していた人間と同じと考えたこと。そして、人間を捕食者と考えず、食事を邪魔する者として排除しようと考えたからである。
フリジットが追いかけてくることを確認しながら、ボックスカンガルーは逃げる。
基本的にボックスカンガルーを狙う生き物は四足歩行であり、カンガルーの種はその四足歩行の天敵を
ボックスカンガルーの逃走経路は、天敵から逃げ切るものではない。
天敵を打ちのめすためのものだ。
○●○●
フリジットは腕を組んで、ボックスカンガルーを見た。ボックスカンガルーはフリジットを睨みつけている。
川の中にいた。
ボックスカンガルーの半身が川に浸かるほどの深さであった。フリジットが入れば、半分以上が川に沈むだろう。
「うーんどうしようかな」
「撃とうか?」
レニーが隣で訊いてくる。
撃っても当たりはしないだろう。ボックスカンガルーは水中でも素早く動ける瞬発力がある。とはいえ水生生物ではないので、レニーが魔弾で追い詰めて川から出すことはできるだろう。
川の流れも速い。地面のことを考えると、足がとられるだろう。
「よーし」
フリジットは川に足を踏み入れた。肩肘を張りながらボックスカンガルーの戦場に立つことにした。
「どうする気?」
レニーの問いにフリジットは笑顔で答えた。
「真っ向勝負!」
水中での動きはだいぶ鈍る。ボックスカンガルーは尻尾の叩きつけで加速し、水中を素早く動ける上に、跳躍という移動方法で水中から出つつ接近もできる。いかに力押しができるとはいえ、身体構造上の有利不利を覆すことは難しい。
不利を承知でフリジットは戦うことにした。
ボックスカンガルーはフリジットに近づく。そして溺死させようと首を掴んできた。
体に強い負荷がかかる。首の皮膚を引きちぎれるのではないかと思うほどだ。
「えい」
ぺしっと。フリジットはボックスカンガルーの鼻先を軽く平手打ちした。ボックスカンガルーは怯み、驚いたような顔でフリジットを二度見する。
抵抗の仕方がボックスカンガルーの想定から外れていたからだろう。
もし四足歩行の生き物──つまりボックスカンガルーの想定している天敵であれば、その力に負け、溺死させられるか、攻め手を失って敗走するしかないだろう。
ただ、ここにいるのはフリジットなのである。
ボックスカンガルーは後ろに体をそらしながら、前蹴りを繰り出した。水しぶきが上がり、フリジットの視界が水で染まる。
フリジットは両腕で頭をかばうようにガード体勢に入る。
びしょ濡れになったフリジットに、四方八方からパンチが飛んできた。上から叩きつけるようなパンチを何度も喰らう。
が、防御姿勢に入っているので魔力で生成される障壁によって全て防いでいた。フリジットの「鉄壁」というスキルの効果だ。
「すぅー」
ゆっくり息を吸う。そしてタイミングを計る。
ボックスカンガルーは水中のほうが得意なようで先程より拳が重かった。ダメージにはならないがフリジットの体が沈んでいく。地面に足が食い込み、埋まっていった。
息を止めて、水中に顔まで浸かる。
目を瞑ったまま、気配を読む。
拳の雨が止んだ。
大技が来ると読んだフリジットは防御姿勢を解除し、迎え撃つ心構えをする。
そしてボックスカンガルーが尻尾を地面に叩きつけ、前蹴りを放ってきた。魔法で威力を上げたのか、今までと明らかに勢いが違った。
フリジットは素早く手のひらを腰まで落とすと、突き出した。
前蹴りと衝突し、水を弾き飛ばす。一時的に、水中が地上になった。
キュアノスウルフが蒸気を吐く。
「今!」
拳を引いて、振るう。地面をえぐり、ボックスカンガルーの顎先を通り抜ける。
当たっていない。当てるつもりは元よりない。
当たらなくても倒せるのだから。
「ランドスパウト!」
大きく外れたアッパーを追うように、竜巻が起こった。
フリジットの魔法だ。
拳に込めた魔力とアッパーの威力に応じて風を起こし、攻撃する魔法。拳の威力を風で上乗せできれば上々であるが、フリジットにもなると災害の威力になる。
突如起こった竜巻にボックスカンガルーの体が吹き飛ばされる。弱肉強食の世界で戦い抜いてきた生き物が、自然災害に抵抗する術を持ち合わせているわけがなく、空中に体が投げ飛ばされ、そして川辺に倒れた。
弾き出された水が雨のように降り、そして川の姿を取り戻そうとする。フリジットは前髪を払って、水滴を落とした。
そしてレニーに振り返る。
「勝ちぃ!」
花のような笑顔で勝ち誇った。